軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第83話「帝国領での出来事(7)」

──ドルガリア帝国 会議室──

ここは、ドルガリア帝国の帝都。

宮廷の会議室に、皇太子ディアス、宰相と大将軍の3人が集まっていた。

政策の決定権を持つ者たちが行う、定例の会議だった。

「次の議題は、リアナ皇女殿下の領地巡回についてです」

宰相(さいしょう) が言った。

「 元(・) 軍務大臣ザグランより、巡回計画の提出がありました。内容に問題はありません。ただ、リアナ殿下は巡回中に、姉君との面会を望まれておりますが」

「認めるべきではあるまい」

「はい。殿下は教育係を失って不安定です。姉君と会ったら、離れがたくなりましょう」

「リアナ殿下には聖剣の使い手として、もっと強くなっていただかなければ」

大将軍と宰相が次々と言葉を交わす。

皇太子ディアスは、それを満足そうに聞いていた。

ザグランがいなくなり、ソフィアが帝都から消えても、帝国は問題なく動いていく。

国は自分たちの政策に沿って、力をつけていくだろう。

皇太子ディアスがそんなことを考えていたとき──

「失礼。私も会議に参加させていただけますかな?」

野太い声が、会議場に響いた。

大将軍と宰相が、びくり、と肩を震わせる。

大将軍は優秀な戦士であり、宰相は強力な魔術師だ。

その彼らが反射的に立ち上がり、距離を取る。

入り口に立っている者は、それほど強力な気配をまとっていたのだ。

「先代剣聖……カロン・リースタンさま……」

「ごぶさたしております。魔獣討伐の旅の途中、立ち寄らせていただいた」

宰相の震える声に、男性が答えた。

入り口に立っているのは、長身の男性だった。

筋骨隆々というわけでもない。むしろ、細身と言っていいだろう。

年齢は40歳半ば。それでも剣の腕は、帝国で5本の指に入ると言われている。

左腕の怪我がなければ、最強の名を欲しいままにしていただろう。

カロンと呼ばれた男性は、かつて単身で魔獣の討伐に向かい、重傷を負った。町から遠い場所だったので、回復の術を使うのが遅れた。だから今も、左腕の動きだけがぎこちない。剣聖の位から下りたのはそのためだ。

高齢のためか髪は半分、白くなっている。左眼の周囲にある傷跡は、魔獣との戦いによるものだ。自分に傷を負わせた好敵手を忘れないため、先代剣聖は傷跡を消さない。

今も帝都で語り継がれている、有名な話だった。

生きる伝説、カロン・リースタン。

先代の剣聖にして、帝国の東に位置する大公国の主だ。

「これはこれは大公どの。ごぶさたしております」

皇太子ディアスは椅子に座ったまま、大公を見ていた。

「お目にかかれたことをうれしく思います。ですが、案内もなしに会議にいらっしゃるとは、無礼ではありませんか?」

「皇帝陛下のご裁可は得ておりますよ。殿下」

「陛下の?」

「ごあいさつにうかがったところ、国境での事件について相談に乗るようにとのご依頼をいただきましてな。その流れで、会議に参加することになったのです」

大公カロンは唇をゆがめて、笑った。

その言葉に、ディアスは小さなため息をついた。

大公の一族は、皇帝一族の分家にあたる。

現皇帝はカロンを、しっかり者の弟のように思っている。

だから会議への出席を許したのだろう。

「大公どのは、事情はわかっていらっしゃると?」

皇太子ディアスは問いかける。

大公カロンは、ゆっくりとうなずいて、

「北の国境地帯に新種の魔獣が現れたのだろう? その処理に、軍務大臣のザグランが失敗した。今後の対応について考えあぐねているとうかがっております」

「考えあぐねているということはありませんが」

「対応は決まっていると?」

「新種の魔獣については、次の軍務大臣が対応する予定です。その人事も、この会議で決める予定です」

「なるほど。担当者は決まっていないのですな」

大公カロンは、自由になる右腕で胸を叩いた。

「ならば、我々が調査に出向くのはいかがだろうか? 魔獣退治の旅の途中だ。一カ所寄り道したところで問題はあるまい。相手が新種の魔獣であれば、腕試しにはちょうどよい」

「大公どのの手をわずらわせるほどのものではありません」

しばらくして、皇太子ディアスが言った。

「それに、新種の魔獣はすでに倒されております。無駄足になるかと」

「それは残念」

「大公どのにも連絡するべきでした」

「気にする必要はございませぬよ。旅先でも、部下は 噂(うわさ) を教えてくれますからな」

「噂ですか?」

「うむ。帝国の秘伝である『召喚魔術』を使って、皇帝陛下の血を引くお方が……つまらない実験を行っていると」

会議場に、沈黙が落ちた。

顔を見合わせる大将軍と宰相を 一瞥(いちべつ) して、大公カロンは続ける。

「国境地帯に現れた魔獣は新種。似た魔獣は存在しない。となれば、どこからか召喚されたものだと考えるべきかと」

大公カロンは言った。

「辺境からか、異世界からは知らぬ。だが、この地に存在しない魔獣を召喚したというなら、帝国が持つ召喚魔術が使われたのではないだろうか?」

「その可能性は考えておりました。ですが、あり得ませんね」

皇太子ディアスは椅子から立ち上がる。

会議室の中心で、大公カロンと向かい合う。

「魔術兵たちの調査を行いました。召喚魔術について知るものの中に、国境で召喚の儀式を行った者はおりません。全員、所在が確認されました」

「犯人が、召喚魔術を行うためだけに集められた者だとしたら?」

「召喚魔術を行うためだけに、ですか?」

「大公国で、そのような話を耳にしたもので」

大公カロンは丁寧な口調で、皇太子ディアスに問いかける。

「我が大公国には、時々、流れ者の魔術師がやってくる。その魔術師が言っていたのですよ。『魔術の実験に参加してくれる者を探しているという話を聞いた。勇者のような勇気が必要だそうだ』と」

「大公どのは、私の兄弟姉妹が魔術の実験部隊を作ったとおっしゃるのですか?」

「あるいは、召喚魔術を知る者の誰かが」

「……予想外の話に、少し混乱しております」

皇太子ディアスは、大公カロンに向けて会釈する。

「このディアスの知らないところで、誰かが動いたということですか。さすがは大公さま。ご指摘に感謝いたしますよ」

「殿下こそ、ご理解が早くて助かります」

大公カロンは、皇太子ディアスを見据えた。

彼の表情が変わらないのを見て、薄い笑みを浮かべる。

「妙な噂をお耳に入れてしまい、申し訳ない。新種の魔獣召喚などというつまらないことに、殿下が関わるはずがないというのに」

「つまらないこと、ですか?」

「奴らがやっているのは、過去の成功の焼き直しですからな」

「……面白いことをおっしゃいますね」

「そうだろうか?」

「新種の魔獣を召喚した者は、新たな魔術を開発しようとしたのでは?」

「そこは殿下と意見が分かれますな。自分は奴らが、勇者召喚をしようとして失敗しただけだと思っておりますよ。仮に新種の魔獣を召喚し、使役しようとしていたのだとしても、過去の焼き直しには違いないでしょう。強者を呼び出し、自分の力としようとしていたのだから」

白髪を指で掻きながら、会議室を見回す大公カロン。

それから、つまらなそうに肩をすくめて、

「──まったく。帝国は勇者から、なにを学んだのでしょうな」

「どういう意味でしょうか? 大公どの」

「かつて召喚された勇者たちは、力を尽くしてこの世界の『神秘』を探ろうとしていた。どのようにスキルを磨けばいいのか。どこで修業をすればいいのか。未知なるダンジョンはあるか。使えないスキルでも、使い道はあるのか……彼らは知恵を絞り、この世界の出来事に目を輝かせながら戦っておりましたよ」

「勇者の伝説は知っています」

「しかし、その結果として生まれた帝国は、未知なる神秘へと挑むことはなくなった。南方の戦線でも、今まで有効だった方法をなぞっているだけ。いやはや、時の流れというのは恐ろしいですな」

「国が成熟するということは、そういうことですよ。大公どの」

「……今の帝国を異世界の勇者が見たらどう思うでしょうか」

「大公どののご不満は理解いたしました」

皇太子ディアスは、大公カロンから目を逸らして、つぶやく。

「いずれゆっくりと語り合いたいですね。それで、新種の魔獣の調査はお任せしてもよろしいのですか?」

「無論ですよ。殿下。できればその調査には、リアナ殿下にご同行いただきたいのですが」

大公カロンは告げた。

「聖剣の姫君であるリアナ殿下には才能があります。皇帝一族に剣の才能がある者がいたなら、次の剣聖になるように鍛えたいのですよ」

「10年前にも、同じことをおっしゃいましたね。大公どの」

「私の代で剣聖が絶えては、先々代に申し訳が立たぬもので」

「先々代剣聖のご子息、バルガ・リーガス公爵──いえ、伯爵は?」

「あれは駄目でしたな。あやつは自分のことしか興味がない。剣を振るたびに名声と金貨が頭の中をちらつくようでは、武芸は極められぬ。1年で 匙(さじ) を投げましたよ」

「……さすが大公どの。先見の明がおありだ」

「ですが、リアナ殿下は才能がある。正直、どうしてあのお方を、ザグランなどに預けたのか理解に苦しみますな」

「……そろそろ、お言葉に注意された方がよろしいかと」

皇太子ディアスは目を細めて、そう言った。

腰の短剣──皇帝の代理人である証に触れて、大公カロンを見据える。

「幼少より陛下の弟のように扱われていたとはいえ、大公どのは臣下の身。それをお忘れなきよう」

「わかっておりますよ。殿下。自分は陛下の忠実なる臣下だ」

「ならば、皇帝陛下の名において命じます」

ディアスは大公を見据えて、告げた。

「大公カロン・リースタンは皇女リアナと共に、国境地帯の調査に出向いていただきたい。新種の魔獣が現れた場合は討伐し、素材をお持ち帰りください」

「……なんと?」

「もちろん、怪しい召喚魔術を使っている者がいた場合は、大公どのの判断で処罰していただいて構いません。それで奴らが、私の部下でないこともわかるでしょう」

「本当によいのですかな? ディアス殿下」

探るような目を向ける大公カロン。

彼は新種の魔獣を召喚したのが皇太子ディアスの部下だと確信していた。

そのディアスがあっさりと調査を許したことで、拍子抜けしたようだった。

「申し訳ないが、私には殿下のお考えがわかりかねます」

「私は常に、帝国の未来を考えていますよ」

「我々が魔獣を召喚した者を発見した場合、生かして連れ帰るとします。黒幕が誰なのか吐かせましょう。それでよろしいですな?」

「お任せいたします」

「わかった。では、使命を果たすとしよう」

「国境の魔獣対策については、このディアス・ドルガリアに一任されております。この調査は、皇帝陛下の命令とお考えください」

その言葉を聞いて、大公カロンが床に膝をつく。

皇太子ディアスは皇帝の代理人の証である短剣を手に取る。

帝国の紋章が刻まれた鞘を抜き、それから、かちん、と音を鳴らして元に戻す。

「皇帝陛下の名において。大公カロンに命令を下す」

「偉大なる、皇帝陛下の名において、命令をお受けいたします」

膝をついたまま、大公カロンは頭を垂れた。

それから立ち上がり、きびすを返す。

彼は宰相と大将軍に視線を向けることもなく、会議室から出ていった。

「使いを」

皇太子ディアスは宰相に告げる。

宰相は会議室のドアを開け、控えていた侍従に命令を下す。

数分後、ディアス直属の使者がやってくる。

「使いを。皇女リアナの元へ」

皇太子ディアスは言った。

「急ぎ、彼女をここへ呼び寄せなさい。至急の要件だと。大公どのより先にリアナの元へ」

「承知いたしました」

「リアナにはこう言いなさい。『双子の姉、ソフィアに関わること』と。あの子もこちらを優先するだろう」

落ち着き払った口調で、ディアスは告げる。

むしろ、慌てているのは宰相や将軍だった。

彼らは、大公カロンの言葉が真実かどうかを知らない。

仮に事実だとすれば、皇太子の考えがわからない。

大公が術者を捕らえれば、すべてが明らかになるというのに、どうして皇太子は落ち着いているのか。

「──皇太子殿下……」

「──今の、大公さまのお言葉は……?」

大将軍と宰相が口々につぶやく。

だが、皇太子ディアスは穏やかな笑みを浮かべて、

「大公どのが我々の懸案を解決してくださるそうです。感謝するとしましょう」

──なにごともなかったように、そう言った。

「新種の魔獣が本当に召喚されたものであるなら、放ってはおけませんからね。先代の剣聖であるカロン・リースタンどのなら、間違いなく犯人を捕らえてくださるでしょう」

「──しかし……殿下」

「──殿下は、その犯人を捕らえたあと、どうされるのですか?」

「事件についてのすべてを聞き出したあと、その処分を決めましょう。今は、大公どのに任せるべきです。後のことは、後のことですよ」

そして皇太子ディアスは、話を打ち切った。

大将軍と宰相は席へと戻り、南方戦線についての議論をはじめる。

──南方の小国が、意外と手強いこと。

──長期戦となれば、国費がかさむこと。

──先代剣聖のような切り札が必要であること。

──国境地帯の問題が片付いたら、大公国にも支援を要請すべきであること。

そんな話を聞きながら、ディアスは──

(『神秘』を求める、ですか。大公どの。あなたはまだ、そんな子どもじみたことを)

──さっきまでここにいた先代剣聖に向けて、つぶやいていた。

(私たちに勇者と同じことはできないのですよ。彼らの世界は、私たちよりはるかに先を行っていた。勇者世界の技術を求めて手を伸ばしても……むなしく空をつかむだけだろうに)

(仮に……もしも勇者世界の技術を操る者がいたら……)

(おそらく……その者は迷わず、世界を手に入れるために行動を起こすでしょう。幸いにも、そのような者は存在しない。だから帝国は切り札となる力を──)

終わらない会議の席で、皇太子ディアスはそんなことを考えていたのだった。