軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第151話・レジーナ・スィル・ステラ・アウストラリス

息も絶え絶えな騎士たちに運ばれて、王国の第一王女レジーナが有羽の家まで訪れた。

言葉にすれば現状は単純だが、実際は簡単に実現できることではない。この森の探索難度は大陸でも指折り。最高難度のダンジョンと言っても過言ではない。とても護衛対象をひとり担いで進める森ではないのだ。

そして立場の問題。王国の第一王女という地位の持ち主が、この危険な森に足を踏み入れる許可はそう簡単に取れるものではない。つまり、相当な無茶をした結果として彼女は今ここにいる。それ以外に考えられない。

顔見知りである有羽ですら、驚きの顔を浮かべて固まっている。

有羽の傍で佇んでいたスキエンティアは、同じく傍らにいるニクスに耳打ちを。

「ええっと、あの人って……どことなくアウローラちゃんに似てるけど……?」

「その姉だよ。俺が数日間世話になった第一王女さんだ」

ニクスは答えてから、顔を引き攣らせる。

遠目で見ても、今のレジーナの顔つきは攻撃的すぎた。

「……なんか兄弟を睨みつけてね? 凄い眼光なんだが」

「うん。眼だけで射殺しそうだね」

スキエンティアとニクスは、遠くから視線を向けてくる第一王女の様子に若干の冷や汗を垂らす。存在格や力といった基準で見た場合、レジーナは二人の足元にも及んでいないが……今のレジーナから放たれる「圧」は、世界の上位存在ですら恐れを抱く質感を伴っていた。

上位神や、従属神級の力の持ち主ですらそうなのだ。それ以下の侍女や護衛、そして妹であるアウローラは明確に恐怖を覚えて腰が引けている。

「あ、姉上? どうしてここに? 王都で何かあったのですか?」

それでも、妹であるアウローラは鬼気迫る様子のレジーナに声をかけた。

妹だからこそ、よく分かっている。レジーナはアウローラのように、この魔境の探索を任せられている立場とは違う。そんな姉がここまで足を運ぶのなら、そこには何か理由がある。それこそ、国に関わる一大事でも起きない限りは、来ることはない。

しかも、今レジーナの手元にはクロエが居るのだ。何か緊急の連絡があれば、クロエを通して行えばよい。それなのに第一王女は直接来た。

そんなクロエは……現在、レジーナの腕の中。彼女と共に、籠の中で揺られていたらしい。

「クロエを通せば、有羽に情報は届く筈なのに……姉上。一体何事ですか? 帝国に動きでも? それとも神聖国絡みで何か……」

アウローラは問いかけるが、レジーナはなおも変わらず無言。

ただ一点を見つめ――否、睨みつけながら籠から這い出る。

「…………」

無言のまま、蒼褪めた顔のまま、ふらつく体のまま地に足をつけた。

息は荒い。顔色は悪い。足元も覚束ない。腕の中のクロエを、ラディウスに手渡し――レジーナはそのまま、一歩前へ。

そして二歩、三歩と前へ進む。視線はなおも一点集中。黒髪の賢者、有羽の顔から僅かたりとも目を逸らさず、少しずつ歩み寄っていく。

「……アウローラ」

「は、はい?」

その最中、レジーナは無感情に問う。

僅かだけの横目。ちらりとアウローラを見据え、冷たく動かぬ氷のような声色で。

「――彼から、どれだけ事情を聞いたの?」

「じ、事情ですか?」

「そう。事情よ。彼の……賢者様の素性、番人になった経緯、その本質、そしてこれから進むべき道について」

唐突な問い掛け。思考の外から投げられた言葉。あまりに突拍子もない発言に、アウローラは目を丸くした。

次いで思い返す。これから進むべき道と問われれば……つい先程のやり取りを思い出す。そして昨日言った自分の発言も。告白同然の、あのやり取りを。

当然の帰結として、少しばかり顔を赤らめてしまうアウローラ。

「す、進むべき道、ですか? そ、それはその、今後の有羽との関係とか、そういう意味合いのことでしたら……」

「――違うわ。そんな希望に満ちた未来の話なんかじゃない」

「……え?」

浮きたった心に、冷水を浴びせるような否定。胸の鼓動そのものを止めかねない冷たい響きに、思わずアウローラの表情は固まる。

そして、そんなアウローラを確認して――レジーナの温度は、ますます冷えていく。

「……いいわ。その顔を見ただけで、彼があなたに何も話していないのは理解した」

一度視認して、ほぼ全ての事情を理解するレジーナ。

視線は今も真っ直ぐ前だけを。有羽の顔から、まるで逸れる気配がない。

見つめられている――正しくは睨まれている有羽は、姉妹のやり取りを聞いていた。聞いていたからこそ、その表情は驚愕に満ちている。

「レジーナさん……アンタ、なんでその事を……」

「――情報は届いたわよ。クロエちゃんを通じて、貴方の、貴方たちの情報がね」

レジーナは近づきながら、にべもなく答えた。

瞬間、全てのからくりが分かる。だがそれは、有羽の中では有り得ない事態。彼自身の意識では、意図していなかったことなのだから。

(ニクスたちとの会話が伝わったのか……? いや、でもなんで届いたんだ? 俺は送った覚えなんて……)

彼に覚えはない。助けを求めた記憶も意識もない。全ては無意識下で送られた救いの声――生きたいと願っていた、ひとりの青年の切なる叫び。

クロエが受け取ったのは、そんな有羽の深い場所の声だ。レジーナが聞いたのは、そんな有羽の救いを求める本音だ。魔境の森を越えて届いた救難信号、それがレジーナを動かした。

――動かなければ、何もかも終わってしまうと判断した故に。

「……全部聞いたわ。ニクスさんの素性も、そこの女神様の話も、崖っぷちの今の世界も、どん詰まりな貴方のことも。全部、全部よ」

「……っ」

そして、有羽の目前に立ったレジーナは言う。言葉に詰まる有羽をお構いなしで。

隠していた事実を知られて、有羽の顔が歪む。その歪んだ顔を見て……レジーナの手に力が籠る。細くしなやかな手が拳の形になり、音もなく軋む。

「……アウローラに伝えなかったのね。何も語らず、何も教えず、全部自分の内に秘めたまま全て終わらせようとしていた訳ね」

息を吸うレジーナ。

有羽の思考は分かっている。意味もなく黙っていた訳ではないことも理解している。多くの外交を渡り歩いてきたレジーナだ。他者の思考を読み、相手の求めることを推測するのは得意としている。

有羽が、意味もなく沈黙を選んだわけではない。そんなこと、ここに来る前から、クロエから情報を受け取ったその時点で気付いている。

それでも……それでも。理解しているからこそなおのこと。

怒りが、胸の奥底から湧き上がる。

だから――感情の赴くまま、有羽の胸倉を掴んで怒声をあげた。

「――馬鹿にしすぎなのよ貴方は!」

一切の我慢がない怒り。

王女の威厳も、外交の仮面も、理知的な冷静さも、この瞬間だけは剥がれ落ちていた。

「私たちのことも、妹のことも! 全部全部、蚊帳の外にしてっ! 何も知らないまま、何も出来ないまま、ただ黙って見送れっていうの!? 虚仮にするのも大概にしなさいっ!!」

「……っ」

真っ直ぐな怒声。

損得ではない。王国の都合でも、王族の矜持でもない。ただ一人の人間として、有羽という男にぶつけられた剥き出しの怒り。

まともに受けた有羽は、顔を歪めて歯を食いしばるしかなかった。

「ちょ、姉上!? 突然何をしているんですかっ!?」

突如、有羽の胸倉を掴み怒号を放ったレジーナ。朝の空気を吹き飛ばすには、十分すぎる声量。だからこそアウローラも慌てて、レジーナの傍に駆け寄る。

そして肩に手を伸ばし――触れた瞬間に、息を呑む。

姉の身体が震えている。外交の場でつねに感情を制御して、夜会の席ではたおやかな笑みを保っているレジーナが、今この時自分の怒りを制御できていない。肩に手を置いただけで、その事実が分かった。

全身で怒りを顕わにさせながら、レジーナの言葉は続く。

「そんなに知られたくない? そんなに教えたくない? 貴方の素性を知ったら、アウローラが遠ざかるとでも思った? 忌避するとでも考えた?」

有羽の顔が、ぎくりとしたような顔に変わる。

得た情報から、相手の思考や心の傾きを推し測る……それこそがレジーナの真骨頂。彼女は伊達に「外交の刃」と呼ばれていない。魔法や戦いの才能こそ低いが、他者の心理を読み取る力ならば、王国随一だ。

故に、隠し通していた有羽の考えも読み取って、不敵な笑みを浮かべる。

「生憎ね。私もアウローラも、王宮っていう毒壺みたいなところで生まれ育ってきたのよ。人種も生まれも成り立ちも、実のところ大して問題にしていないわ。私たち王族が真に大事にしているのは――力の有無と、会話が成り立つかどうかだけ」

権謀術数渦巻く王国の宮廷で、王族が本当に追い求めているもの。

それは案外単純で――けれど同時に、間違えようがないほど真摯な「力」の価値。

「ホントにね、世の中には言葉だけ通じて会話が成立しない連中が多く居るのよ。そして身分や地位だけを重視して、何の為の権力か理解していない愚物もね。そんな奴らを間近に見て育ってきた私たちは、貴方の生まれなんて大して重要視しないわ」

甘い汁を吸う目的の政治屋。常に地位の向上を狙う野心家。愛国心があるからこそ、時として話が成立しなくなる頑固者。貴族という枠組みの中だけで、多種多様な難物が渦巻いている。

そんな連中の上に立って国を運営する王族が、本当に手を伸ばして欲しがる人材は、地位や身分ではない。

「大切なのは能力。そして対話。この二つが優れていれば、身分なんて勝手についてくるわよ。身元だって王家が保証する。王族の権威なんて、そんなものでしょうが」

そこでレジーナは、再度正面から有羽を見据える。

誤魔化しなど、何一つない顔で。

「そして世渡有羽、貴方はその二つをどちらも高い水準で備えている」

地位も身分も、国が与えるもの。極論を言えば、王が貴族に「下賜」していると言える。だから王家は……レジーナも、アウローラも有羽の素性は気にはなっていたが、問題にはしていない。問題にしていないからこそ、高い能力を持つ有羽のスカウトを二年間継続したのだ。

その中でも――実のところ、有羽を欲しがっていたのは、アウローラだけでなくレジーナも同じである。

優秀な人材はどれだけ居ても足りない。特に、魔国との外交を頻繁に受け持っているレジーナは、種族の違いを優先順位の下位に置いている。

「隣の魔国を見なさい。エルフにドワーフに獣人にリザードマン。同じ人種なんていやしないわよ。それでも国は回っている。種族の違いなんて、国を動かす上では障害になり得ても価値そのものじゃない。大切なのは力。どこまでいっても力。それが、国を経営する私たちの本音」

どんな力を備えているのか。そしてその力を、どこまで有効活用できるのか。

話の通じぬ暴走馬はいらない。馬の種類は問題ではない。能力値が高く、会話が成立する名馬が欲しい――それこそが、南王国の王族が手を伸ばしてでも欲しい存在。

だから。

「そう。だから――貴方の素性が、ゴーレムに近しいものだったとしても別に大した問題じゃないのよ」

――その言葉に、アウローラたちの意識が止まった。

固まった。凍った。想像だにしていなかった単語が耳に入り、その情報を脳が受け入れてくれない。それほどに衝撃的な言葉。

「――ゴーレム? 有羽が、ゴーレム? ……姉上? 一体何を……?」

呆然とした様子のアウローラが、感情の乗らない声をあげる。

無感情というよりも、情動が発生する前段階で足を止めてしまったような顔。それだけ、今の発言はアウローラの余裕を奪い去るに十分な威力を伴っていた。

だがレジーナは平然と、妹の混乱を些事のように切り捨てる。

「別に構いやしないでしょう。そこの小さくて可愛いクロエちゃんも、分類ではゴーレムなんだし。この唐変木の賢者が少し特殊な成り立ちをしていたところで、大した問題じゃないわ」

「え、いや、大した問題すぎる気がするのですが……」

「うっさいわね。別にどうでもいいのよそこは。ゴーレムだろうが何だろうが、このアンポンタンが有能で思慮深くて国益になって、そして……」

そこでレジーナは、改めて妹の顔を見た。

愛しい者を、本当に護りたい者を見た。

「アウローラ。あなたと好き合っていることの方が、ずっと大事。それ以外はどうでもいいわ」

それは、今まで決して表に出さなかったレジーナの混じりけ無しの本音。

身分の違い? 人種の違い? 地位の有無? ……全部纏めてどうでもいい。国家の安定に、法の制定に必要だから形にして扱うだけ。内心では、小賢しくて邪魔な要素だと彼女は心底思っている。

力が有るか。会話が成立するか。自身の大切な者が幸せで居てくれるのか――それらを護るために、レジーナは王族の鎧を身に纏い今日まで生きてきた。必要であることと、内心の感情は別物として。

レジーナが護りたいものは、もっと小さく、もっと身勝手だ。ただそれを、誰にも悟らせなかっただけ。

徹(・) 底(・) 的(・) な(・) 合(・) 理(・) 性(・) で(・) 蓋(・) を(・) し(・) て(・) ――彼女は内側の欲望を隠し続けた。

「――そう。どうでもいいのよ。貴方にとっては重大な悩みなのでしょうけど、私からすれば取るに足らない些細な事。問題視する必要性すらない……どうせバレやしないんだから。神様が精査してようやく気付くレベルなのでしょう? ホント、どうだっていいわ」

バレなければいい。有羽がゴーレムだという衝撃の事実に対して、レジーナは本気で言っている。神ですら容易には気づけない事柄ならば、気にするだけ時間の無駄だと。

語りを聞いていた全員が、ただ一人を除いて絶句していた。

ただ一人……レジーナの夫であるラディウスだけは、彼女の本音の吐露を微動だにせず聞いている。とうの昔に知っていた、愛する妻の大らかを通り越した 視(・) 座(・) の(・) 高(・) す(・) ぎ(・) る(・) 価(・) 値(・) 観(・) 。

レジーナの内面は常軌を逸している。あまりに王族として適性がありすぎる。ともすれば、その価値観の違いから他者から排斥されてもおかしくないほどに。

それなのに、そんな事態には陥っていない。それどころか、国民皆に愛されている。

理由は、本性を隠し通していた――それだけではない。

もっとも大事な理由。それは。

「私が問題にしているのは――――勝手に死のうとしてる、貴方のそのひん曲がった根性の方よ」

レジーナが、人として真っ当な性根を持ち合わせているからに他ならない。

王族として必要な冷徹さと、ひとりの人間としての真っ当さ。その両方を極端な密度で持っているのが、レジーナという女だ。

だから此処に居る。死出の道を歩もうとする有羽を止めるために、無理を通してやってきた。

「………………死ぬ? ……有羽が、死ぬ?」

ただ、事情をまだ知らないアウローラは、完全に魂が抜けた顔をする。

信じない。信じられない。信じたくない言葉。

好きになった人が、共に歩みたいと願う男性が、自らの知らぬところで死のうとしていた――その事実を、すぐに受け止められる筈もなく。

有羽は、そんな悲しむ余裕すら失ったアウローラの顔を見て、悲痛に顔を歪めた。

あんな顔を見たくなかったから、させたくなかったから、沈黙を選んだというのに。

「……なんで言うんだよ、レジーナさん」

「何よ? 何か文句でもあるの? 文句言いたいのはこちらの方なんだけど?」

有羽は睨みつけるが、それ以上の凶眼でレジーナに睨み返される。

間近で、真っ向から睨み合う二人。森の賢者の称号も、王国の第一王女の肩書も、今は無関係。そこにあるのは、一人の男と女の感情のぶつかり合い。

だから――有羽は全力で吼えた。

「――言ってどうなるっていうんだよ!? 全部喋って、全部教えて、それで何か事態が好転するのか!? どう足掻いても、死ぬか壊れるか作り直されるか……それぐらいしか違いはなくて、それなのに俺と一緒になってくれとでも言えってのか!?」

言えない。言える筈がない。近い将来自分は死ぬか壊れるけれど、それでも共に生きてくれと言える人間がどれだけいようか。

拒否や拒絶だけの話ではない。そんな惨いこと、簡単に口には出せない。

だから有羽は、アウローラに伝えずに道を歩くと決めた。先の未来が無い自分が、アウローラの未来を奪うことだけはできないと。

せめて、自分が出会った輝かしくて暖かいお日様だけは護ろうと、そんな想いで選んだ道。言えないからこそ、選んだその決意。

その決意を――。

「――そうよ!! 言えと言ってるのよ!!」

――レジーナは一蹴する。

有羽の覚悟も、有羽の決意も、その選択の意味も全て分かった上でなお。

「死ぬしかない!? いいわよそれで! 言いなさいよ!! 全部口に出して伝えなさいよ!!」

レジーナの声は、怒りに震えていた。

「こちとら、生まれた時から死ぬことも念頭に入れて国背負ってんのよ! 民の命も、部下の命も、自分の命も全部計算の内に入れて生きてんのよ!! 血を吐く思いで今日まで生きてきてんのよ――私たちを、王族を舐めるなぁっ!!」

血が出そうなほど力強く、有羽の胸倉を掴み上げる。

その細腕のどこにそんな力があるのか。文字通り、血を吐くような想いと言葉を有羽にぶつける。

荒い息。全力の叫び。それらを全てぶつけた後――レジーナは顔を伏せた。

「……アウローラの夫のことは知っているでしょう。帝国の戦で死んだ公爵令息」

三年前の悲劇。帝国との戦で失った、かつてのアウローラの最愛の人。

あの時のことを、あの日のことをレジーナは忘れない。

戦いの中で死んだ、それだけの話ではないのだ。あの日、あの時、アウローラは戦場に居なかった…… 居(・) ら(・) れ(・) な(・) か(・) っ(・) た(・) 。

その理由を誰よりも知っているレジーナは、あの悲劇の本質を口にする。

「……手の届かない所で、失ったのよ。傍に居られない時に、亡くしたのよ」

アウローラは失った。自分の力が及ばぬ所で、永遠に喪った。

選択を違えた訳でも、行動を誤った訳でもない。

選択や行動を、行使する権利すら与えられなかった――可能性すら奪われて失った。

だからこそ絶望し、怒り狂い、一度は禁呪級の稲妻を呼び起こす領域に届いた。

そんなアウローラは今、明るさを取り戻している。陽だまりのような笑顔で、昔のように笑っている。それが一体、どれだけの奇跡なのか。

そして、その奇跡はもう二度と起こり得ないとレジーナは知っているからこそ。

「……二度も、耐えられる訳がないでしょうが。少しは考えなさいよ……私の妹を、どこまでないがしろにする気よ……っ!」

歯を食いしばって、有羽の胸倉を掴む。顔を伏せたまま、両手で握り締める。

細腕だ。 存在格(レベル) の低い王女の繊細な腕だ。振りほどくことは、有羽ならば容易い。

――それでも出来なかった。この、妹を想う一人の姉の慟哭を振り払うようなら、それはもう人ではない。

レジーナの背後からラディウスが近寄ってくる。冷静に、穏やかに……けれど厳しい視線を有羽に向けて。

「有羽殿。僕もレジーナと同じ気持ちだ。君は全ての事情を話すべきだと思う――いや、話さなくてはならない」

世渡有羽は他者を慮る配慮がある。この地で得た魔法の力だけでなく、生まれ持った性質。だからこそ魔境の森に「選ばれてしまった」彼自身の特性。

しかし、だからこそ思い至らない部分がある。

奪われた側だからこそ、壊された側だからこそ。

「――取り残される側が、どれだけ辛いのか。君は何も知らないのだから」

その痛みを、有羽は知らない。

自分が居なくなることで、アウローラがどれだけ壊れ果てるのか理解していない。

「……有羽。教えてくれ。ちゃんと、答えてくれ」

蒼白の顔で、アウローラが有羽を見ていた。

手も足も、全てが震えている。歯の根すら噛み合わず、言葉だって震えて。

それでも、有羽から目を逸らさずに。

「今、姉上が言ったことは……本当なのか? お前は、死ぬつもりなのか……?」

退く気のない瞳を、有羽にぶつけていた。

逃げられない眼。避けられない問い。ここまで判明してしまった以上、言い逃れはできない。誤魔化していい段階を、とっくに過ぎてしまった。

有羽は諦めたように――息を吐く。

「……分かった。全部、教えるよ」

そして、全てを語り出す。

その結果がどうなるかは、今はまだ分からない。

分かることは一つだけ。

――今この時、運命が変わった。

有羽ひとりが破滅へ進む未来は、今この瞬間に終わったのだ。