軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第150話・いつもの朝

朝。アウローラ一行が訪れた時の朝は、大抵美味しそうな匂いが庭に充満する。それが、有羽の家の日常であった。

本日もそう。日が差し込むのと同時に有羽が起きて。侍女が動き始め、護衛も準備を手伝って、あれよあれよという間に、庭で朝食の段取りが進んでいく。テーブルが並べられ、卵焼きを作ったり目玉焼きを作ったり、パンを焼いたりスープを作ったり……気がつけば美味しそうな朝食が並ぶ。そしてその朝ご飯を、皆が揃って食すのだ。

今回少し違うのは、アウローラ一行だけでなくスキエンティアやニクスがいること。とはいえ、然したる違いはない。全員が相好を崩し、ぺろりと平らげて――。

「――ごちそうさまでした」

そう言って、締めの言葉で朝食を終える。これが「いつもの日常」だ。

アウローラは満足げな表情で、空になった皿を見つめる。何度も食べてきた、有羽の家の朝ご飯。王宮の堅苦しい礼儀もなければ、毒見によって冷めた温度もありえない。出来立てほやほやの、あったかくて美味しい朝ご飯。

その朝ご飯が載っていた皿を、食い入るように見つめ続ける。

「はぁ。これでしばらく有羽の作る朝ご飯はお預けか……やだなぁ。もっと沢山食べたいなぁ。むしろ有羽のご飯は、毎日食べたいくらいなのになぁ」

「……」

その発言を聞いた者らは、全員押し黙る。

きっとアウローラは本音を言っただけだ。自然に、感情の赴くまま、ただ自分の希望を悩まず口にした。そこに打算も目的もない。純粋な欲求。

問題は、その純粋な欲が傍からはどう捉えられるのか、彼女がまるで理解していない点。

実に有羽がいい顔している。僅かに赤くなった顔を隠すように、額に手を当てながら空を見上げる。色んな意味で、お日様が眩しい。

「ん? どうした有羽? 突然、空なんて見上げて?」

「……アウローラ。お前さぁ、自分が何言ったか分かってる? ちゃんと理解してる?」

「?」

金色のわんこは何も理解していない。だからこそ威力が高い。純粋無垢な破壊力。

侍女たちはわざとらしく、顔をぱたぱたと手で扇いだ。本当に、見ているだけで「熱い」のだから仕方ない。

「毎日食べたい――熱くて甘い発言ですわねぇ。本当に、砂糖が溶けて空気まで甘くなっちゃいますわ」

「そうですわそうですわ……毎日、ですって。有羽様のご飯を毎日。おはようからおやすみまで、ずっと一緒にいなければそんなことは無理ですのにねぇ」

「大胆な発言ですこと……あらいやだ。殿下にしてみれば大胆ではないのですかね? ええ、有羽様の隣にいるのが当たり前になっていますから」

侍女の口から、次々に楽しげな声が紡がれていく。

そして――流石にこの時点で、アウローラも気付く。無意識の内に、とんでもない発言をしていたのだと。

手料理を毎日食べたい……その言葉は、本当に相手を好いていなければ出てこない発言だということを。

「あぶ、あぶぶ、あぶぶぶぶぶ……」

そんな訳なので、王国の第二王女は例によって真っ赤に染まる。熟れたトマトでも、ここまでは赤くはなるまい。いまにも実が弾けてしまいそうだ。

全員が生温かい目でアウローラを見つめる。空だけでなく、地上でもお日様は明るく輝いていた。

「――まあ、そうだな。俺も、誰か食べてくれる人がいるのは嬉しいよ」

だから、なのだろうか。有羽が素直に自分の心情を吐露する。

料理を一つ残さず綺麗に食べたアウローラ。感情を、隠すことなく素直に語った金色の王女。その全てを、優しい目線で見守って……彼もまた、素直に嬉しさを伝えた。

それはある意味、アウローラの言葉よりも雄弁に想いを伝える形になっており、必然的に向けられた者は目を丸くする。

「ゆ、有羽。それって……それって――!」

「さて。それじゃ片付けに入るか。侍女さんたちー。いつものように手伝ってー」

と、期待させるだけさせて、有羽は立ち上がり空の食器を抱え始める。そして流れるように台所へ向かう――甘い空気は一瞬で霧散。

ぽかんと口を開けるアウローラ。だがすぐに、怒りと羞恥で体が震え始めて。

「ゆ、有羽ーー!! お前という奴はーー!!」

照れの混じった叫び声をあげた。

――そんな、騒がしくも楽しい朝だった。

――有羽やアウローラが慣れ親しんだ、いつもの日常だった。

◇◇◇

それからじきに、時間が来る。食事も終え、準備が整えば……次はアウローラたちが帰る時間だ。いつものように、王都へ戻る帰還の時。

「 守護力場(フォースフィールド) 」

有羽の詠唱とともに、淡い光がアウローラたちを包む。

上位の防御魔法。アウローラたちが帰還する度に、有羽が唱えてくれる身を護る障壁。光の膜が一同を包み、外敵の攻撃を容易く弾いてくれる。

――いつの間にか、当たり前になった魔法。

「……この魔法をかけられると、帰る時間が来たんだなって思うようになった。いつ頃からだったかな有羽? お前がこの魔法を、私たちに付与してくれるようになったのは?」

アウローラが薄い膜に包まれた全身を確認しつつ、過去の記憶を引き出していく。

最初は拒絶され、何度赴いても無視されて、声もかけてくれず顔も見せてくれず……あの雪の日まで、ずっと縮まらなかった距離。

有羽もまた思い出す。過去の想い出を――大切な、その記憶を。

「えーと……割と最初のほうからだっけ? 確か、あの雪中での帰り道の時に」

「そうだ。私たちが雪で真っ白になった森を帰ろうとしたあの時、お前はぶつくさ文句を言いながら、魔法をかけてくれた」

アウローラは忘れていない。忘れるわけがない。

あの雪の日に、怒鳴られながら結界の中に引き込まれたあの日に、ようやく距離が縮んだのだ。

だから忘れない。あの日の暖かさも、有羽の不器用な優しさも。

その思い出を、染み入るようにアウローラは語る。

そして、そんなアウローラを直視していられないのか……有羽が目を逸らしながら言う。

「だってなぁ……雪中用の装備も整えずに来て、震えて凍死しかけて、それなのに雪の中帰ろうとしただろ? 見てられなかったよ、本気で」

居丈高に、王族の権威を前面に出すだけの者だったのなら……きっと有羽は絆されなかった。何度も何度も、ひたむきに通ったアウローラだったから扉を少し開けた。

だから見捨てられなかった。手を伸ばす義理も義務も無いと知ってなお、結界の外で凍えていたアウローラを捨て去ることができなかった。

あの時は、名前さえ知らなかったのに……眩しく笑うお日様を、無視できなかった。

アウローラが、有羽を見る。正面から、微笑みながら黒髪の男性を見る。

その顔にあるのは、王女の矜持ではなく――ただひとりの女性の感謝。

「世話になった。本当に、今までずっと」

亡き夫と同じ髪。その黒髪が気になっていた時期もある。

けど今は、そんなもの切っ掛けでしかなかったと……アウローラは断言できた。

だって、ここに居たいのだ。ここに通いたいのだ。同じ景色を見て、同じ食事を囲んで、同じ苦楽を共にしたいと……本気でそう思っている。

だから、だから――。

「だからこれからも――有羽。お前の世話になりたい。これから先もずっと」

その言葉は、知らぬ者が聞けば我儘なだけの言葉。

けれどアウローラの、二人の関係を知れば違うことが分かる。

王国の王女という立場がある女性と、魔境の森で引きこもっている男性。

その二人の関係を知ってなお、立ち塞がる壁があると分かってなお、それでもこの先もずっと関わりたいと言うのならば、それは――。

……それはきっと、愛の言葉に相違ないと、この場に居る誰もが理解していた。

「そ、その……本当に伝えたいことは、それじゃないんだけど……」

でも、言った本人はとても照れ屋なので、この期に及んで口ごもる。

赤い顔を背けて、指と指を突き合わせながら、ここまで来て決定的な言葉は口に出さない。

「大事なそれは、神聖国絡みのゴタゴタが片付くまで控えておく。うん。面倒事を終わらせてからの方が良いと思うんだ」

「そうしてくれ。俺も、のんびりできるようになってから話を聞きたいし」

有羽も同意する。同意、してしまう。

彼とアウローラの気持ちは同じかもしれないが……その内に抱えているものが、あまりに違うから。だから、結論を先延ばしにするアウローラに同意してしまった。

迎えたい未来が、届かぬ願いなのだと、無意識下で気付いている。

そんな有羽のどこか諦観を孕んだ顔に、アウローラは眉を寄せる。

「……有羽?」

「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」

「いや、ついてない。ついてないけど……」

アウローラには分からない。目の前の有羽が、何を隠しているのか、そもそも隠し事があるのかどうかさえ。

アウローラの眼に映るのは、いつもの有羽だ。気だるげで、目付きがやたら眠そうで、やる気があるのか分からない有羽。

そんな有羽だったから――掴みかけた違和感を、彼女は無視した。

無視してしまった。

「ごめん。気のせいだ。私の勘違いだった」

「そりゃよかった。てっきりデカい虫でもついていたのかと」

「そんなに大きな虫は、そもそも有羽の結界の中に入れないだろうに」

「それはその通り。俺の家に害虫の類は、一匹たりともいませんよ?」

「是非ともその技術は、王国にも導入したいものだ……どうだ有羽? 今こそ、その技術を我が王国のために――」

「スカウトですか? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します」

そして――二人は同時に笑い合う。変わらない、いつものやり取りを交わして。

そのやり取りこそが、二人が愛する「いつもの日常」だと宣言するように。

「それじゃ、行ってくる。またな、有羽」

「ああ。行ってらっしゃい」

そして、二人はごく自然に挨拶を交わす。

王女一行は背を向けて、王都へ向かって歩き出す。いつもの別れ、いつもの行動だ。

だが、アウローラは気づかなかった。あまりにいつも通りだったから――有羽が、再会の約束をしていなかったことを。いつものように「またな」と返さなかったことを。

彼は、穏やかな顔で遠ざかるアウローラの背中を見つめている。

静かに、愛おしい者を見る眼差しで。

(――さよなら、アウローラ)

胸中に浮かんだ、そんな別れの声を隠し通して。

その想いは決して表に出ることはなく――二人の運命は、今ここで決定した。

――そう、決定した筈だったのだ。

僅かな可能性を見つけたその者が、この場所に訪れない限りは。

「……? 誰か、来る?」

有羽が目を細める。結界の外、森の奥から何かが近づいてきた。

結界内にいても、有羽ならばその気配は辿れる。彼の類稀なる知覚領域は、遠方から近づく気配を見逃さない。しかもその気配の中に、覚えのある者が混じっていたのだから猶更だ。

数は複数。先頭を行く者は、なにやら重い物を背負っている気配。

結界の外に出ようとしていたアウローラも、遠くから近づいてくる人影に気づいたようで足を止めていた。

そしてアウローラも有羽も、その人影を視認する。

それはあまりに覚えのある人物。

「ラディウスさん? それに――」

「まさか、姉上!?」

籠を背負ってやって来たラディウス。そんなラディウスの周りには屈強な騎士が数名。しかもその全員が――余程焦っていたのか、汗だくで息を荒げている。

ラディウスは、息を整える余裕すらなく、背負った籠を地面に降ろす。

以前、王国の第一王女を中に入れて運搬した、やたら豪華絢爛なその籠を。

置かれた籠の内側から、ゆっくりと蓋が開かれる。

ぎぃぃと音を立てて、白く細い手が伸びる。震える指先もそのままに、籠の縁を掴んで、その者が顔を出す。

整った顔が蒼褪めている。金色の髪が乱れている。

具合が悪そうで、籠に揺られて酔ってしまったのが丸分かりな表情。

そんな表情をした彼女――レジーナが、しかし瞳を真っ直ぐ有羽へ向けていた。

睨みつけるように、逃がさぬように、研ぎ澄まされた眼光で射貫いていた。