軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第145話・スキエンティアとアウローラ①

夕暮れの森に、穏やかな光景が広がっていた。

ログハウスの前では、侍女や護衛たちが慌ただしく夕食の支度に駆け回っている。有羽とニクスの二人は、相変わらず口の悪い妙な張り合いを続けながら、肉と野菜の準備を。

そんな日常の光景を、食事の準備を進める中……スキエンティアはアウローラを自分の家に招いていた。

「こっちこっち。わたしのお家ここだから」

そう言って、女神が案内した先は、庭の片隅に置かれていた奇妙な金属製の箱。

それは勿論、有羽が魔法で作りだしたあの構造物。コンテナハウスのことである。

「じゃじゃーん! ここがわたしの、スキエンティアちゃんのお家でーす! どうどう? 王女さんの目から見てどう? すごい? 内装は結構拘って造ったんだよ!」

「え、ええっと……」

無機質な金属製の箱のような物体。その中に案内されたアウローラは、返答に悩む。

なにしろ、久々に来た有羽の家の庭にあった見慣れぬ箱のような物体だ。当初、家という認識すらなかった。ましてやそれが、上位神の住居などとは夢にも思わない。

(この謎の四角い箱……探求神様の住まいだったのか。なんと言うか、変わった外見だ)

そのため、そんな感想が自然と浮かぶ。変わった外見と、心の中でさえ言葉を濁しながら。

中を見渡す。ベッドに机に棚に……思いのほか、置かれている物は真っ当。よく解らない謎の薬品や器具も乱立しているが、想像よりは奇抜ではなかった。

(あれ? でも中は意外と普通と言うか……色々ごちゃごちゃしてるけど、錬金術師の研究室なんかは似たような感じだしなぁ)

アウローラはこう見えても王国の第二王女。宮廷魔導師や錬金術師の職場に赴くことも、少なからずある。呼びつけるだけではなく、自ら足を運ぶことも辞さないのが彼女の長所であり短所だ。行動が早く、たまに順序を飛び越える。

そんなアウローラだからこそ、時折拝見する魔導師の研究室と、スキエンティアの部屋の内部はさほど差異がないことが分かる。何か、よく解らないものがごちゃごちゃしているという点で。

ただそうなると、余計に家の外観が気になる。

あんな金属製の四角い箱、家にする発想がまず無い。

「あの、探求神様。つかぬことを聞きますが」

「うん! いいよいいよ、何でも聞いて?」

「この家の外見は、この四角い箱は、神々の間では一般的な造形なのでしょうか……?」

「あ」

アウローラの問いに、何かに気づいたように口に手を当てるスキエンティア。

言おうか言わまいか、どうするべきか――そんな煩悶を覗かせる顔。

数秒だけ視線を彷徨わせ、それから少しだけ照れたように笑う。

「んんと……この家の外見はねぇ、その……有羽君に作ってもらったんだ」

「――え?」

「有羽君の故郷に「コンテナ」っていう、荷物の輸送や保管のための頑丈な容器があるみたいでね、それを作ってもらったんだ。この家は、そのコンテナを使った「コンテナハウス」。外側は有羽君の魔法で作ったものだよ」

思い出すように――そして、少しだけ嬉しさを滲ませながらスキエンティアは言った。

この構造物の謂れ。その形の意味するところ。あますことなく、隠すことなく語る。

だが、アウローラの脳裏に反響するものはただひとつ。

(有羽が……探求神様のために作った)

それだけだ。ただそれだけの事実が、アウローラの胸を刺す。

あの有羽が。かつては他者を拒絶して、誰も結界内に入れなかった有羽が、スキエンティアのためだけに家を作りあげた。

この事実に苦しむ人間は少ない――いや、おそらくアウローラただ一人。

気になっている男性が、自分以外の女性のために家を作った。

思うだけで、胸が苦しい。痛む。刺さる。締め付けられる。

その気持ちを、アウローラは口に出してはいない。けれど――スキエンティアは気づいたようだ。

小さく舌を出し、茶目っ気を滲ませながら笑みを浮かべる。

「――うん! 王女さんと一緒だね。わたしも、頼み込んで作ってもらっちゃった」

「――」

それは言外に言っていた。安心させるように言っていた。

特別じゃないよ。自分だけじゃないよ。あなたと同じだよ。

神様だからって――特別扱いされてる訳じゃないよ、と。

(そっか……私と一緒なのか。私が寝泊まりしてるあの客間も、有羽が雪の日に作ってくれた私だけの――)

アウローラの脳裏に雪の日の光景がよみがえり、同時に肩の力が抜ける。

次いで生まれる安堵感。その安堵が、安心が、何を意味するのかアウローラは気づいていない。正確には、無意識に目を逸らしている。

まだ大丈夫……そんな弱気に似た猶予だということを。

スキエンティアだけが特別ではないと解った。けれど、それでも距離が近い事実は消えない。

少なくとも、有羽がスキエンティアを庭の中に住まわせている現実までは消えないのだ。アウローラは安堵しながらも、まだ警戒の意識が解けない。

そんなアウローラを知ってか知らずか、スキエンティアが椅子を差し出してくる。

「ささ、座って座って。今、お茶淹れるから、ちょっとだけお待ちをー」

「い、いえいえいえ!? 探求神様に茶を淹れさせるだなんて、そんな恐れ多いこと……っ!?」

「いいからいいから。わたしだって、お茶のひとつくらい淹れられるんだから。ティアちゃんに任せておきなさーい!」

「そ、そういう意味では……あ、あああああ」

言葉も聞かずスキエンティアは、器具をガチャガチャと弄りながらお茶を淹れ始めた。

見たところ、おかしな仕草はない。茶葉はおそらく有羽の家にあるのと同じ種類か。おそらくお裾分けしてもらったのだろう。小さな物証が視界に入り、再びアウローラの胸がちくりと痛む。

魔法を使ってお湯が沸く。この手際の良さ、そして魔法の展開の滑らかさは、流石は知性の上位神。息を吸うようにお湯が注がれて、茶の安らぐような香りが漂い始める。

その最中――ふと、アウローラに向かって声が。

「それよりさ、王女さん。ちょっとお願いがあるんだけど……いいかな?」

「は、はい? 私に出来ることでしたら何なりと」

突然の声掛け。

思わず背筋が伸びるアウローラ。

どんな言葉が飛び出てくるか、身構える彼女に……スキエンティアは少し照れながら、そして少し俯きながら言った。

あまりに予想外なことを。

「……名前で呼んでもいいかな? 折角お近付きになれたんだし」

「な、名前!? わ、私を名前でですか……?」

「……だめ?」

悲しげに眉を寄せた上目遣い。

同じ女性だというのに、アウローラの胸が高鳴るほど、その表情の破壊力は高かった。

邪気も悪意もなにもない。ただ「名前を呼んで?」と訴えかけてくる美しい女神の懇願。

それに抗える筈もなく――アウローラは赤面しつつ頷く。

「か、構いません……探求神様の、お好きなように……」

「やったぁ!」

ぱあっと花が咲くように笑う。子供のように喜ぶ。

スキエンティアの無垢な笑顔が、再度アウローラに向けられる。

「えへへ、わたしってばほら、上位神って枠組みにいるでしょ? だから、名前で呼び合う知り合いってあんまりいないんだー。こんな風に気軽に呼び合う間柄って、結構憧れてたりするんだよ」

「そうなのですか……しかし、上位神という枠組みで女神ならば、月麗神様などがいらっしゃるのでは?」

「ノクタヴィアはねぇ……神のわたしから見ても、高嶺の花みたいなところあるから」

お茶をこぽこぽコップに注ぎながら、遠い目になるスキエンティア。

その顔は、手の届かない山の峰を見上げるような表情。

「わたしから見ても美人過ぎて気後れするくらいなんだよ? 黒髪は夜空みたいに綺麗だし、肌は月光みたいに透き通るような艶と白さで……」

「探求神様の目から見ても、なのですか……それは見たいような見たくないような」

「ちなみに、男の人は絶対見ちゃ駄目な容姿だよ。一瞬で恋に落ちちゃうから――ってアウローラちゃん!」

「は、はい?」

「名前、スキエンティアでいいよ。むしろスキエンティアって呼んで。有羽君だって名前で呼んでくれないんだから、アウローラちゃんは名前で呼んでよー!」

女神はそう言って、頬を膨らませる。それなのに、目は楽しげに笑っていて。

なんとなく、アウローラは理解した。この女神を嫌うのは無理だと。

あまりに善意が強い。邪気が見えない。真っ直ぐこちらに好意をぶつけてくる。

きっと有羽も、この女神の振る舞いに絆されて――そう思った時、またしても胸が痛んだけれど。

それでも、アウローラ自身もスキエンティアの笑顔に絆されている自覚があって。

おそるおそる、だが……名を呼んだ。

「ス、スキエンティア様?」

「うん! 本当は、様もいらないくらいなんだけどね」

「そ、それは流石にご勘弁を……私の胃が持ちませんので」

「残念」

苦笑しながら、スキエンティアは柔らかな視線を投げかけてくる。

無理強いはしない。ただそこにある人の姿を愛している顔。

そして――判明した事実に、再び安堵。

(そっか。有羽は、スキエンティア様のことを名前では呼んでいないのか)

それは、少しだけ生まれたアウローラの黒い感情だった。

自分は呼ばれている。女神は呼ばれていない。そこに付随した、歪んだ優越感。

(……やだな私。なんでスキエンティア様に対して、こんな感情を)

なんて浅ましい安堵を抱いたのか。なんて歪んだ気持ちを抱いているのか。

そして、何故そんな想いが生まれるのか……その原因は、とっくに解っている。

二年間通った。何度も話をした。そして国境線で助けてくれた。その結果、有羽が倒れた。

――あの時抱いた感情。その想いの名が分からないほど、アウローラも初心ではない。

いや、初心ではあるのかもしれない。アウローラの性根は純粋で、少女といっても過言ではない。

ただ、二度目だ――男性を愛することは。

「はーい、お茶淹れたよー。熱いから気を付けて飲んでね」

「は、はい。ありがとうございます」

お茶が運ばれてくる。女神手製のお茶。

恐縮しながら、その温かなコップを両手で受け取る。

じんわりと熱が掌を通して伝わってくる。まだ飲んでもいないのに、その温度が心を落ち着かせていた。

向かいにはスキエンティアが座る。淹れたお茶を一口飲み……その澄んだ眼差しを、改めてアウローラに向ける。

「それじゃ、ちょっとずつお話しようか。色々話さなきゃいけないことがあるんだけど……まずは根本のことから」

穏やかな微笑と共に、女神は「本題」に移る。

ただの茶飲み話のために、この家の中に招いた訳ではない。

今の状況を打破するため。北の神聖国の対応のため。話すべき項目は山のようにある。

けれどまずは――。

「――有羽君と出会った時のこと。まずはそこから話し合おうよ。お互い知っていこう?」

きっと、そこから辿らなければならない。

この先の、有羽の道を支えるためには。

あらゆる道筋が、地獄への案内になっているような有羽の未来。

その未来を、少しでも良いものへ変える為には――まずはお互いのことを知る必要がある。

スキエンティアはそう思ったのだ。理屈ではなく感情で。

無自覚に――アウローラ以外で、きっと世界で一番有羽と距離が近しい彼女が。

アウローラも頷く。彼女はスキエンティアのように、有羽の現状を理解している訳ではない。

有羽が、どれほど過酷な状態なのか。どんなに未来が閉ざされているのか。その全貌はまるで知らない。何も解らない。

ただ、アウローラもまた知らなければならないと思った。理屈ではなく感情で。

無自覚に――スキエンティア以外で、きっと世界で一番有羽のことを想っている彼女が。

「はい。あれは二年前。帝国との戦が終わった後。私は森の探検隊として、この地に訪れました――」

そうして語り出す。

出会った時のことを。拒絶されて、それでも諦めず通った時のことを。

きっとこれは大事な語り。

同じ心を抱く者同士の――避けてはならない意思疎通なのだから。