作品タイトル不明
第144話・夕暮れの語り合い
夕暮れ時の森の中。有羽のログハウスの前。一日の終わりが、沈む太陽の光で示されている時間帯に……アウローラ御一行は、庭に集まっていた。
「……まだ有羽の家は閉ざされたままなのか」
結界が張られたままの有羽の家が、目の前にある。
すでにここは有羽の結界内。庭の中には井戸に畑に小屋に――なにやらアウローラの知らない、金属製の箱のようなものまである空間。
ここは有羽の結界の中、なのだが……今は更に、ログハウスにまで結界が張られている。
普段はここまで頑丈ではない。結界の中に、また新たな結界を張ったのはアウローラが知る限り、今日が初めてだ。
その現実に、困惑する一同。
「もうすぐ夕飯時ですよね……一体何をしていらっしゃるのか」
「中に居るのは、有羽殿とニクス殿と探求神様ですよね……まさか三人だけで新作カレーを食べているなんてことは!?」
「いや、ないだろ。何を言ってるんだお前は……いやしかし、まさか……」
護衛隊、そして侍女隊が抑えた声量で言葉を投げかけ合う。
有羽が家にこもってから、はや数時間。その直前に食べたカレーライスの美味も相まって、一同はログハウス内で、新たなカレーでも作っているのでは――なんて考えまで思いつく始末。
しかし、その中でアウローラは別のことが気になっていた。
先程部下が言った言葉。ログハウス内にいる者の名前。
(有羽とスキエンティア様が中に……むぅ)
思い悩む。あの二人の距離感が、微妙に近いことは気づいている。
ただ、その近さが何を意味しているのかまでは分からない。どんな感情が元で、どんな関係になっているのかも。分からないからこそ、余計に思い悩む。
それはアウローラの中の不安を増幅し、思考に混乱を呼ぶ。
だから――他の人物のことを、すっかり忘れていた。
「殿下。ニクス様も中にいらっしゃいますからね? 二人きりじゃありませんからね?」
「わ、分かっている! 何も勘違いしていないぞ! ホントだぞ!?」
横手からぼそりと言われた侍女の言葉。大慌てで否定する金髪王女。誰がどう見ても、勘違いしていたのが丸わかりなのだが……そこは王女に仕える侍女である。それ以上は何も言わない。ツッコミは最小限に抑えるのが礼儀なのだから。
そして、アウローラ達がログハウスの前で集まり、話し合っていると――扉が開く。
「あ、有羽――」
玄関から出てきた人物を見て、すぐさまアウローラは視線を向けた。
次いで……止まる。姿を見て止まる。一瞬、押し黙る。
何故か有羽の様子がおかしい。髪の毛が跳ねている。服がよれている。
「……どうしたんだ? やけにくたびれた、というか衣服が乱れてるが……ニクス殿も一緒に」
同時に出てきた、白髪のニクスも同じような恰好であった。衣服が乱れ、寝癖のように髪が乱れている。
全員がどうしたことかと見つめれば……妙に居心地が悪そうに、黒白の似たもの同士が眼を逸らす。
「あー……深く聞かんでくれ。うん。色々あったんだ、色々」
「おう。俺と兄弟は、ちょっとばかり血の気の多い話し合いをしただけだ。何も問題はない」
歯切れの悪い声。血の気の多い話し合い、という時点で問題しかないように聞こえる。
けれど、同じ顔の二人は目を逸らして、視線を合わせない。何故か下手くそな口笛まで吹きながら。
その様子を訝りながら見ていると……二人の背後から、スキエンティアの姿が。
「――大丈夫大丈夫。兄弟喧嘩してただけだから」
くすくす笑いながら、探求の女神が補足する。
スキエンティアの顔は明るい。兄弟喧嘩、という言葉にも物騒な気配は滲んでいない。
まるでそう――本当に兄弟が騒いでいただけのような。
「本気の殴り合いまで発展してたら、今頃この家が消し飛んでるから……うん。平気平気。ちょっと勢いのある取っ組み合いしてただけ。神様が断言します! ご安心ください!」
そうして、むんっ、と胸を張って言い切るスキエンティア。
アウローラ達は首を傾げるものの……確かに、有羽にもニクスにも、怪我らしい怪我は無い。せいぜい衣服がよれている程度だ。本当に、ちょっと取っ組み合いになった程度なのだろう。
……もっとも、有羽レベルの存在の「取っ組み合い」は、常人では体が砕ける規模になるのだが。
ただ、今二人が無事な事実は変わらない。有羽は頭を掻きながら、アウローラに視線を向ける。
「それで……どしたのアウローラ? というか皆さんまでお揃いで」
見渡す有羽。ログハウスの庭には、アウローラ御一行が勢揃い。侍女も護衛も、全員並んでいる。不思議に思い、首を傾げる。
アウローラは静かに、空を指差した。
「有羽。もう夕方だ」
「え?」
つられて空を見上げる有羽。
すると確かに、見事な茜色が。
どうやら、今の今までログハウス内にいて、時間の経過に気づかなかったらしい。
「あらまあホント……もうこんな時間かよ」
「えらく長く話し込んじまったからな……おい兄弟。とりあえず飯にしようぜ」
「ああ? 俺にたかるのかよ。お前さんはどうなんだ、お前さんは。何か作る気はないのか?」
「俺に料理を期待すんじゃねぇよ。今まで、そんなもん作ってる暇も余裕もなかったんだから……せいぜい、野菜スープがいいとこだ」
「へっ、雑魚が」
「あ?」
「お?」
いきなり睨み合い始める、黒いのと白いの。
同じ顔の二人が、唐突にメンチを切り合う。突然発生した一触即発。さっき女神様が、大丈夫って言ったばかりなのに。
侍女のひとりが顔を引き攣らせながら、スキエンティアに問うた。
「あ、あの探求神様……あの二人、本当に大丈夫なので?」
「だいじょぶだいじょぶ。ぜーんぜん問題ないよー……むしろ、ちょっと安心したくらい。あんな風に、自然に言い合える仲になって良かったよ」
「ええ……?」
何言ってんのこの女神様――そんな感想を、不敬にも思ってしまう。
だが……スキエンティアの言葉は事実だ。今の有羽とニクスのやり取りは、実は安心しかない。
何故ならば。
(ホントに――少しでも間違えたら、殺し合いしててもおかしくない間柄だったんだから)
善悪の調停者と、その後継機。
ニクスの側は悪く言えば「用済み」。有羽は「代替品」。
どちらも酷い現実を背負っている。この現状に、今一番不満と怒りを抱いているのはこの二人だろう。だからこそ荒れる感情の向く先が、お互いに向かってもおかしくなかった。
理屈ではないのだ。感情をぶつける先を探して、時として身近な原因に向かってもおかしくない。ニクスは有羽に。有羽はニクスに。
けれど二人はそうならなかった。
お互いに、現状をどうすれば打破できるかを考えて協力している――それこそ、本当の兄弟のように。
理不尽を押し付けた相手として憎むのではなく。同じ理不尽を背負う友として。
だから今のような光景はむしろ――。
「まったくしょうがねぇな。俺がちゃんと、料理ってもんを食わせてやるよ。何もできない白いのは、そこでお行儀よく待っているんだなぁ?」
「……言ってくれるじゃねぇか黒いの。じゃあ飲ませてやるよ、最高の野菜スープをなぁ?」
「いいんだぜ、無理しなくても?」
「はっ、どっちがだ」
……まあ、口が悪いのは御愛嬌だろう。悲惨な未来が迫ってる中、ああして軽口叩けるだけよしとしておこう。
そして、メンチの切り合いも口喧嘩も、一段落ついたようで……有羽がパン、と両手を叩く。
「――うしっ! 今日は焼肉だ! 肉焼くぞ、肉!! そこの御一行、庭にテーブルと食器の準備!」
「――こっちは台所使わせてもらうぞ! 野菜勝手に使わせてもらうからな兄弟!」
「おお、勝手に使え使え! 美味く作らなかったら承知しねぇぞ!」
「こっちの台詞だ! 言っとくが俺は「生まれが生まれ」だ! 肉にはうるせぇからな!」
そうして、やいのやいの騒ぎ出しながら、夕飯の準備に取り掛かる両名。
声を掛けられた侍女や護衛は、各々夕餉の準備に取り掛かる。
何せ、二年間この地に通い続けた者たちだ。夕飯の段取りくらい心得ている。侍女が、勝手知ったる有羽の家で、食器の類を用意する。護衛が、声を掛け合って大きなテーブルを庭に移動させる。魔境の森の中で「いつもの」食事の準備が始まる。
「……元気だねぇ。そう思わない? ――王国の第二王女さん?」
そんな「日常の様子」を見ていたスキエンティアが、穏やかな瞳をアウローラに向ける。
柔らかな微笑と、整った顔立ち。天に座する上位神の声。
その全てを向けられたアウローラは、反射的に身を竦ませた。
「身構えないでいいよ。わたしは確かに神様だけど……偉ぶるつもりはないから。それにここは、有羽君の領地みたいなものだし……わたしは、ただの眼鏡さんだと思ってて」
「い、いえ、いくらなんでもそんなことは……」
スキエンティアは、苦笑しながら声をかけてくる。
だがアウローラの言うことももっともだ。世界に名を連ねる探求神に声掛けされて、恐縮しない人間のほうが稀だろう。これに関しては、出会った時から対等にやり取りしていた有羽の方がおかしいのである。
ただ、スキエンティアの方には、アウローラに声をかけた理由があった。
今後のこと。神聖国のこと。
そして。
「それより、お話しよう? 夕ご飯まで、まだまだ時間掛かりそうだから」
――きっと何か、それ以外のことも。
今ここで話しておかないといけないと、探求の神は感じたのだ。
少し離れた場所から、有羽とニクスの怒鳴り声が聞こえる。
侍女たちの慌ただしい足音も。護衛たちが家具を運ぶ気配も。
焼肉の準備が少しずつ進んでいく庭で――女神と王女が見つめ合う。
アウローラも、何かに気づいた。
目の前の神は、ただ雑談をするためだけに声をかけた訳ではないということを。
今ここで、話しておかなければならないことがあることを。
それが何なのかは解らない。
帝国のことなのか、神聖国のことなのか。
それとも――有羽のことなのか。
「……はい。是非、お願いします」
いずれにせよ、逃げる選択だけは持たなかった。
だからアウローラは、ゆっくりと頷く。
沈みゆく夕陽の下。
有羽に近しい女性が二人――静かに向き合った。