作品タイトル不明
神器の検証(2)
二つ目は杖だ。これは『魔力を操る力』があるとゴーレムは言っていた。
……でも、魔力を操る力ってどういうことだろう?
わたしは魔力がないので、杖を持ったとしても魔力が宿るとは思えない。
前回、遺跡で持った時も特に何も起こらなかった。
とりあえず、差し出された杖を持つ。
こちらも金色で植物が巻きついたようなデザインで、天辺に琥珀のような大きな丸い石が配置されている。持ってみて、これも『聖杯』と同じ素材だと気付いた。
わたしが持つと琥珀のような石の中で粉雪のように金色がキラキラと舞う。
「きあきあ!」
光り物が好きなルドヴィクがそれに反応する。
杖の先端を近づけてあげると、嬉しそうに石の部分を眺めている。
「杖は『魔力を操る力』って話だけどぉ、リュシーが魔力を使えるようになるってこと〜?」
「うーん……そんな感じは全然しないけどなあ……」
杖を振ってみたが、何も起こらない。
……そもそも、どうやったら使えるんだろう?
そう思った瞬間、頭の中にパッと映像が浮かんだ。
「えっ?」
それはほんの僅かな時間だったけれど、なぜか杖の使い方が分かった。
「リュシー、どうかした? 大丈夫?」
突然驚いたわたしに反応して、ルルが訊いてくる。
心配そうに顔を覗き込まれたので「大丈夫」と返事をする。
「使い方が分からないなあって思ってたら、急に頭の中に映像が出てきて、杖の使い方が分かったの。……でも、これはちょっと危ない、かも……」
この杖は確かに『魔力を操る力』を持っている。
でも、それはわたしが魔法を使えるようになるわけではない。
……それよりも、もっとずっと怖いことだ……。
どう伝えるか悩んでいると、杖を持つ手にルルの手が重なった。
「リュシー、教えて?」
ルルのその言葉に、思わず目を伏せる。
「わたしが魔法を使えるわけじゃない。……魔力を操れるのは本当だけど、でも、それは……他人の魔力を操ることができる……みたい」
「他人の魔力を操る?」
お兄様が訝しげな顔をする。
「はい。説明するのは難しいですが……えっと、ルル、試しに魔法で水を出してみてもらえるかな?」
「いいよぉ」
ルルが短く詠唱し、わたしに触れていないほうの手を上に向ける。
わたしも杖をしっかり握り、意識を集中させれば、周囲が淡く黒みがかった茶のセピア色になる。世界がとてもゆったりと動いている。
その中で、ルルの体の中に虹色の光の流れが見えた。
光がルルの腕から掌に流れていくのが分かる。
わたしは杖に願うだけでいい。
……ルルの魔力を四散させて。
ルルの掌から出た光が空中にパッと弾けた。
ふっと息を抜けば、セピア色が元の景色に戻った。
ルルが目を丸くして自分の掌を見つめ、すぐにわたしを見た。
「今の、もしかしてリュシーがやったぁ?」
それにわたしは頷いた。
「うん、ルルの魔力が魔法として現れる前に、空中に四散させたの」
「どういうことだ?」
お兄様が問いかけ、お父様が難しい顔をする。
「ルフェーヴルの魔力が途中で途切れ、魔法が発動しなかったように見えたが……」
「はい。魔法が展開して現象が起きる前に、ルルの魔力を散らして断ちました」
「……」
「……」
お父様とお兄様だけでなく、その場にいた全員が絶句した。
……これは、とても怖いものだ……。
相手の魔法を発動させないというだけでなく、多分、わたしが望めば相手の魔力を好きなように操作することができてしまう。
たとえば、無理やり大きな魔法を撃たせたり、体内で魔力を暴走させたり。
そういう使い方もできると 理解(・・) してしまった。
杖を持つ手が震える。王として必要なものかもしれないが、あまりに恐ろしい。
俯いているとルルの手がそっとわたしの手から杖を取った。
顔を上げる前に抱き締められる。
「リュシー、大丈夫だよぉ。使い方に気をつければいいんだからぁ」
よしよしと頭を撫でられ、強張っていた体から力抜ける。
……そうだ、わたしがそういう使い方をしなければいいんだ。
他人の魔力を好きに操れるなんて、それだけでも怖いことだが、使い方を誤らなければいい話である。要はわたし自身がどう使うかが問題だ。
これはあくまで道具であって、道具が悪いわけではない。
「うん、そうだね、ルル」
しっかりと顔を上げてルルに頷き返す。
まだちょっと杖は怖いけれど、わたしが悪用しなければ危険はないはずだ。
ルルが小さく詠唱を行い、指の先に水を少量出す。
「これは消せる〜?」
「試してみる」
もう一度杖を握れば世界がセピア色に染まり、また虹色の流れが見えた。
魔法でできた水には虹色の魔力は見えない。
すぐに力を抜いて世界が元の色に戻る。
「魔法が展開する前なら止められるけど、火とか水とか現象になったものは無理みたい。……多分、他人の体の中の魔力も操れると思う」
「なるほどねぇ」
ルルが言いながらわたしから離れ、箱からマントを取り出した。
三つ目の神器はこのマントで、確か『物理と魔法、全てを拒絶する力』だとか。
フワフワの白いファーがついた、紅いマントには金糸で刺繍が施されている。
それをルルがわたしの肩に羽織らせ、体の前で紐を結んだ。
……わ、あったかい!
軽いのにとても暖かくて、でも暑いというほどではない適温だ。
「遺跡では弾かれたけどぉ、今回は大丈夫みたいだねぇ」
ルルの言葉に、そういえば……と思い出す。
あの時はルルとお父様がシャボン玉の膜のような──……防御系魔法によくある形のそれに弾き出されたのだが、今回は出てこなかった。
杖もマントも軽いので、この状態で聖杯を持っても負担にはならないだろう。
ルルが一歩離れてわたしを眺めた。
「これで王冠があれば、女王サマ〜って感じだよねぇ」
ルルが小さく笑う。
「王位に興味はないなあ」
「だろうねぇ」
お兄様がわたしの後ろに移動して、マントの刺繍を見つめている。
お父様も刺繍を見て「旧王家の紋章に似ているな」と呟いた。
しばらく二人は刺繍を眺めたものの、首を傾げて顔を上げた。
「やはり魔法式には見えませんね」
「刺繍や彫刻は飾りに過ぎないのかもしれない」
「観察はもういーぃ? いいならオレとリュシーは訓練場の中に移動するよぉ?」
「ああ、構わない」
お父様が頷いたので、ルルと二人で訓練場の中央に移動する。
訓練場は雪をかき出してあったものの、気を付けないと足を滑らせてしまいそうだ。
二人で訓練場の中央に立ち、向かい合う。
「オレが攻撃するからねぇ」
と、言うルルに頷き返す。
「うん」
「最初は魔法、それから物理攻撃。で、反撃できそうならやってみていいよぉ」
「分かった」
……まさか、ルルと戦う日が来るなんて。
あくまで調査の一環だが、こうしてルルと訓練場で向かい合うのは初めてだ。
幼い頃に木刀を振り回して遊んだ時ですら、ルルには向けなかったし、ルルもわたしを追いかけるだけで相手をすることはなかった。
ルルが少し離れた場所に立つ。
わたしは杖を握り、背筋を伸ばす。
他二つの神器がそうだったように、きっとこれも願えばいいのだろう。
……わたしを守って。
そう思った途端に、フワッと防御系の膜が広がった。
大きなシャボン玉の中にいるような見た目で、表面は虹色に模様が動いていた。
「いくよぉ?」
「いいよ」
ルルの声に頷けば、ルルが詠唱を行う。
最初だからか弱い風魔法のようだ。
ブワッと風が吹いてこちらに向かってきたものの、膜に弾かれてすぐに消える。
その間に次の魔法の詠唱をしたルルが、次々と魔法を放つけれど、膜はまったく壊れる気配がない。魔法が当たると微かに振動は感じるが、それだけだ。
火魔法の熱風も防いでくれているようで、熱くもない。
かなり強めの魔法も当たっているはずなのにビクともしなかった。
ルルが詠唱を行い、パッと消えた──……瞬間、パァンと音がしてルルが弾き出されるように膜のそばに現れる。
「転移魔法も通さないみたいだねぇ」
そう言ったルルはどこか楽しそうだった。
……自分の攻撃が通らないのが面白いのかな?
それから、ルルがナイフを取り出した。
「今度は物理で行くよぉ」
ルルがナイフを投げれば、シュッと鋭く空気を裂いて飛んでくる。
でも、それも膜に当たると金属のように甲高い音を立てて弾かれた。
弾かれたナイフをルルが風魔法で即座に自分の手元に引き寄せ、駆け出し、ナイフで膜を切り裂こうとしたが、やっぱりそれもギギギギ……ッと音を立てるばかりで膜は傷一つない。
ルルがナイフを膜から離し、蹴りを喰らわせる。
ドゴォッと音がして膜がヘコんだ──……ヘコんだっ!?
あんなに魔法を当ててもヒビすら入らなかった膜が、ルルの蹴りでヘコんだのだ。
……もしかして身体強化? そうだとしてもすごい……!
ただ、膜がヘコんでもわたしには一切、影響はない。
ヘコんだ部分もルルが足を離すとすぐに元の形に戻った。
ルルがナイフを持ったまま両手の拳を握り、構える。
あ、と思った瞬間、ゴッとルルの拳が膜をヘコませた。
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。人の拳から出ているとは思えない音が響く。
それなのに膜は一向に壊れる気配がなく、ヘコんでも、それ以上ルルをこちらに近づかせることはなかった。
数え切れないほど拳を打ち込んだルルが、動きを止めた。
瞬間、足元の石を蹴り上げて膜に当てたけれど、石のほうが砕け散った。
「コレもダメかぁ」
やっぱりルルは嬉しそうだった。
「反撃してもいい?」
と、声をかければ、ルルは「どぉぞ〜」と返す。
「オレも両方で攻撃するよぉ」
杖を両手で持ち、意識を集中させる。
世界がセピア色に染まり、ルルの動きがゆっくりに見える。
何もかもが遅い世界の中で、それでも、ルルの動きだけは他よりも速い。
その長身に流れる虹色の動きを見つめ、魔法の発動を予想する。
……今だ!
* * * * *
訓練場の中央にリュシエンヌがいる。
両手で杖を構え、真紅のマントを身に着け、王冠があれば本当に女王に見えただろう。
駆け出したルフェーヴルはリュシエンヌの周りを覆う膜を、身体強化をかけた拳で殴り、風魔法を放つ──……が、風の刃となる前に魔力が四散する。
それに思わずルフェーヴルは口角が引き上がった。
先ほどよりも威力の高い火魔法を放とうとしても、展開する前に魔力が空中に飛び散り、魔法が発動しない。リュシエンヌが言う通り、魔力が操られている。
……面白いねぇ。
あえて身体強化は解かないでいてくれているのだろう。
駆け出し、リュシエンヌの認識よりも速く転移魔法で背後に現れる。
無防備な背中にナイフを振り下ろしたものの、やはり虹色の膜に防がれた。
分厚い鋼鉄の板にナイフを突き立てたような感触と衝撃が手に伝わってくる。
……視界は関係ないってことかぁ。
リュシエンヌが僅かに顔を動かして振り返る。
背後から攻撃したにも関わらず、驚いた様子のないリュシエンヌは堂々としており、その凛とした表情にルフェーヴルはぞくりと 悦(よろこ) びが込み上げた。
ルフェーヴルにとって、リュシエンヌは『守るべき者』である。
いつだってルフェーヴルが守り、囲い、腕の中で愛する存在だった。
それが今は互角に──……いや、ルフェーヴルのほうが負けている。
どれほど殴っても、蹴りを入れても膜は壊れず、魔法を放とうとしても展開しない。
ルフェーヴルが身体強化を使って殴れば建築物の壁を破壊し、蹴れば鋼鉄の板でさえ曲げることができるというのに、壊れそうな手応えがまったくない。
物理も魔法も、全てを拒絶するという意味が分かった。
この膜はリュシエンヌを完璧に守護する壁だ。
真剣な眼差しの琥珀の瞳と、視線が絡み合う。
リュシエンヌは今、ルフェーヴルだけを見て、ルフェーヴルに全集中を向けている。
そのことがたまらなく嬉しくて、ルフェーヴルがこれほど攻撃しても通らないという事実が愉快で、面白くて、とても楽しい。本気のルフェーヴルに勝てる人間などいないだろうと思っていたところにこれだ。
……リュシーには敵わないねぇ。
昔からそうだった。
自分よりも小さくて、弱くて、脆い存在なのに、いつだってルフェーヴルに手を伸ばし、笑いかけ、求め、その心はルフェーヴルと違って人間らしくてずっと強い。
リュシエンヌだけがルフェーヴルの唯一で、光で、特別だ。
リュシエンヌが一歩踏み出し、ルフェーヴルの体が膜で弾かれる。
「……っ!」
その勢いに後ろに飛べば、リュシエンヌが杖を片手に持ち、こちらを見る。
堂々とした佇まいにルフェーヴルは笑った。
そして、両手を上げて立ち上がる。
「オレの負けだよぉ」
物理も魔法も、本当に全て弾かれてしまう。
この膜は全てを拒絶するが、逆を言えば、誰もリュシエンヌに近寄れない。
……確かに、王が持つには相応しいのかもしれないねぇ。
全てから王を守るマント、他者の魔力を操る杖、そして傷病を癒す聖杯。
女神から授かる特別な神器という意味でも、王が所有するべきものだろう。
……でも、リュシーには似合わないなぁ。
ルフェーヴルの言葉にリュシエンヌがホッと表情を緩め、杖の構えを解くと周囲を覆っていた膜も消えた。
リュシエンヌに近づいてその頭を撫でる。
「ルル、どうだった? 楽しかった?」
と、問われてルフェーヴルは目を丸くした。
ルフェーヴルが楽しんでいたことを、リュシエンヌは気付いたらしい。
「うん、楽しかったよぉ。久しぶりに本気出しちゃったぁ」
「ルルの攻撃すごかった。それにかっこよかったよ!」
目を輝かせて言う姿はいつものリュシエンヌだった。
先ほどの凜とした、堂々たる姿も良いが、かわいいリュシエンヌが一番落ち着く。
……女王サマなリュシーに屈服するのも悪くないだろうけどぉ。
「リュシーもかっこよかったよぉ」
それはそれで、なんだか別の扉を開いてしまいそうだった。
* * * * *