作品タイトル不明
女神様の加護と祝福
ルルと一緒にお父様達のところに戻れば、ランドローさんに下ろしてもらったルドヴィクが興奮した様子で駆け寄ってきた。
そうして、ルルの足に勢いよく抱き着く。
「ちぃうえ、はぁうえ、かーこい!」
「……かっこいい?」
「かーこい!」
訊き返すルルにルドヴィクが頷き、キラキラと目を輝かせて見上げてくる。
そんなルドヴィクの頭を撫で、ルルが小さな体を抱き上げた。
「すごい戦いだったな。ルフェーヴルは前より更に強くなったんじゃないか?」
「そうかもねぇ。魔力量が上がりすぎて、オレ自身もどれくらいあるかもう分かんないしぃ」
「教会で調べてもらえばいいだろう」
「変に勘繰られたら面倒じゃん。まあ、気が向いたらアサドに頼んでみようかなぁ」
「そういうのは結局『いつか』と言い続けてやらないままになるぞ」
お兄様とルルが話し、お父様が苦笑する。
「ルフェーヴルの攻撃も凄まじかったが、神器の防御力も驚くべきものだったな」
「そうですね、ルフェーヴルで壊せないなら私達でも無理でしょう。魔法をあまり使っていないようだったが……あれはリュシエンヌが杖を使っていたのか?」
お兄様に問われて頷き返す。
「はい、ルルが魔法を発動させる前に、先ほどと同じように魔力を散らして展開できないようにしていました」
魔法が使えないだけでも、かなり攻撃の手数は減るだろう。
……魔法より物理のほうが強いところはルルらしいかも?
暗殺者なので、自分の手で確実に殺す方法を好んでいるのかもしれない。
「むしろリュシーのほうが手を抜いてたでしょぉ?」
「そうなのか?」
ルルの言葉にお兄様が驚き、わたしはちょっと困った。
「そういうわけじゃないけど……」
「やろうと思えばオレの身体強化も解けたんじゃなぁい?」
「できるとは思う。でも、体内の魔力を操るのは何が起こるか分からなくて、さすがに怖いから……魔力の流れが急に変わったり減ったりしたら、絶対に体調を崩すでしょ?」
「まぁね〜」
「今回はあくまで神器についての調査だし、ルルが体調を崩すのは嫌だし……その、別に手を抜いてたとかそういうのじゃなくて、わたしはルルを傷付けたくないの」
ルルがフッと微笑んでルドヴィクを下ろし、抱き寄せたわたしの額にキスをする。
言葉はなかったけれど『分かってるよ』と言われた気がした。
「しかし、魔力を操る力は恐ろしいが……やはり魔法は使えないのか?」
「使えないみたいです」
「そうか」
……わたしも使えたらいいなあって思ったけどね。
でも、わたしからすれば魔法は使えなくて当然のものだから、このままでもいいのかもしれない。
女神様の意向なのか、表立って暴力的な力はなく、自衛特化のように思える。
ギュッとルルに抱き締められた。
「リュシーにはオレがいるから、大丈夫でしょぉ?」
「そうだね、ルルならどんな敵でも倒しちゃいそう」
「そぉそぉ」
ルルが言いながらわたしからマントを取って箱に戻し、杖も戻す。
きちんと蓋を閉めてから騎士達を指で呼んで「元の場所に戻しといてぇ」と言い、騎士達が箱を運んでいった。
「ココだと寒いし戻ろうよぉ」
「ああ、そうだな」
そして、わたし達はまた居間に戻った。
はしゃいで疲れたのか、ウトウトしていたルドヴィクはランドローさんに抱えられて寝室に行く。一度寝るとなかなか起きない子なので、お父様達が帰る時に挨拶はできないかもしれない。
抱えて運ばれていくルドヴィクをお父様とお兄様が微笑ましそうに見送る。
居間に戻り、わたし達はソファーに座った。
部屋に残っていたリニアお母様がすぐに紅茶の用意をしてくれる。
騎士達は部屋の隅に、ヴィエラさんと共に控えた。
「神器については分かった。……だが、あれらは表に出さないほうがいい」
「そうですね、リュシエンヌしか使えないと言っても欲しがる者が出てくるでしょう。何より、女神様の神器を使えるリュシエンヌを王位にと言い出すかもしれません」
「旧王家に虐げられながらも、血統を重んじる者達は多いからな」
はあ……と、お父様とお兄様が同時に息を吐く。
「しかし、あの神器も女神様の加護の一つなのかもしれない」
お父様が考えるふうに言う。それはわたしも感じていた。
……女神様はヴェリエ王家に気を配っていたんだ。
自分の血を受け継ぐヴェリエ王家を大切に思っていたのかもしれない。
だが、そのわりにはお兄様を祝福したので、よく分からない。
それに、わたしは女神様の欠片が入っているという。
女神様はわたしが幸せになることを望んでくれていて、今の状況はわたしが幸せだから時間を巻き戻さないだけで。逆を言えば、わたしが不幸だと感じたらこれまでの時間は全てなかったことになってしまうのだろうか。
……うーん、難しいなあ……。
「でもさぁ、結局はアリスティードを祝福して、ファイエット王家を認めてくれたんだから別にどうでもよくなぁい? 神器はルドヴィクが受け継げばいいよぉ」
「聖杯もあまり使えなかったから、杖やマントも無意味かもしれないぞ?」
「他の物に頼らないと生きていけないくらい弱いままにしておくつもりはないよぉ」
ルルらしい言葉だった。
……ルドは大きくなったら本当に大変そうだなあ。
ルルがお師匠様から受けた訓練については聞いているし、お師匠様からも教えてもらったから知っているが、同じように鍛える可能性は高い。
「そうか。……神器はここに保管していてくれ」
「王城だと、どこから話が漏れるか分からないしねぇ」
「少なくとも、お前達が生きているうちは絶対に安全だろう?」
「まぁね〜」
体を左右に揺らすルルに、お父様が苦笑する。
お兄様が「そういうところが子供っぽいんだぞ」と指摘したが、ルルは無視した。
呆れた顔をしたお兄様だったが、騎士が小さく咳払いをすると思い出した様子で懐中時計を取り出し、ソファーから立ち上がる。
「すまない、そろそろ戻らないといけない時間だ」
気付けば、お父様達が来てから二時間も経っていた。
お父様もお兄様も忙しい身なので、帰ったらまだ仕事があるだろう。
ルルが「送ってくよぉ」と立ち上がり、お父様も席を立つ。
わたしも立とうとしたが、お兄様に手で制された。
「いい。……また今度、連絡を入れる」
「はい。お兄様もお父様も、無理はなさらないでくださいね」
「ああ、リュシエンヌもな。それとルドヴィクも」
そう言ったお兄様は少し残念そうだった。
……きっと、お兄様は良い伯父様になってくれるだろう。
騎士達を手招き、集まり、ルルが詠唱を行う。
「またな」「また今度」と言うお兄様とお父様、礼を執る騎士達を見送る。
転移魔法でパッと消え、居間に静けさが戻ると少し寂しかった。
そのまま紅茶を飲んですごしていると、すぐにルルだけが転移魔法で帰ってくる。
「おかえり、ルル」
「ただいまぁ」
ルルが横に座り、ついでとばかりにクッキーを食べる。
なんとなくルルに寄りかかれば、当たり前のように腰に腕が回る。
何もいわなくてもルルは黙ってわたしを抱き締めてくれた。
……女神様は今も見てるのかな。
そうだとしたら、どんなにつらくても、苦しくても、この先に何があったとしても、ルルと過ごした時間を消してしまいたくない。わたしとルルが過ごした大切な時間だ。
……わたしはルルと一緒ならそれだけで幸せだから。
この世界の時間はもう、戻さないでほしい。
* * * * *
転移魔法で離宮に戻ってきたアリスティードは騎士達を下がらせた。
父と話したいことがあった。
人払いをしてから、二人でソファーに座り、向かい合う。
「やはりリュシエンヌしか使えなかったな」
父の言葉にアリスティードは頷いた。
実はあの神器、預かっていた数日の間にエカチェリーナにも持たせてみた。
エカチェリーナは亡くなった祖母が旧王家から降嫁した王女だったため、ヴェリエ王家の血を濃く引いており、それもあってアリスティードとの婚約がすんなりと通ったのだ。
旧王家の所業についてあれこれ言いながらも、貴族達は血統を尊ぶ。
だから、旧王家の血が濃いエカチェリーナとアリスティードが結婚すれば、結果的には旧王家の血がこの国の王家に戻るという考えであった。
しかし、エカチェリーナが神器に触れても何も反応はなかった。
それどころかエカチェリーナいわく『重くて使えない』という。
確かに聖杯を持った時、見た目よりも重くて内心で驚いた。
だが、リュシエンヌは聖杯を軽々と扱い、聖水を出していた。
……正統な後継者である者しか使えない、か。
「石碑に書かれていた通りだ」
「『魔力を持たず、琥珀の瞳を受け継ぐ者こそ正統な王位継承者』」
父が持ち帰った遺跡の資料の中には、石碑に書かれた内容も記されていた。
ヴェリエ王家では魔力を持たない、琥珀の瞳を受け継ぐ子が生まれる。その者こそが正統な王位継承者であり、国を導く役目を持つ、女神の血を引く王の中の王となるべき存在。
だから、リュシエンヌしか神器は扱えないのだろう。
エカチェリーナは旧王家の血を濃く引いていても魔力があり、金色の瞳だが、琥珀ではない。正統な後継者以外には神器は重く感じるようだった。
「……正直に言えば、ルフェーヴルと戦うリュシエンヌに一瞬、王の姿を見ました」
真紅のマントに金色の杖を持ち、凛と佇むリュシエンヌは若き女王と言われても頷けた。
あのルフェーヴルの攻撃を防ぎ、立つ姿は堂々たるもので、もしもあれが本物の戦場であったなら、誰もが敵わずひれ伏したと思う。
神器はリュシエンヌのものなのだと納得した。
それくらい神器はリュシエンヌに似合っていたし、リュシエンヌしか扱えないという意味を理解した。
「ですが、リュシエンヌは王位など望まないでしょう」
「ああ、だからこそ女神様はお前に祝福を授けてくださったのだろう」
そのおかげで他国の使節団だけでなく、貴族達の態度まで変わった。
明らかに恭しくなったし、教会との連携もより密になり、最近は少し政に関しても貴族達のうるさい横やりが減った。
それくらい女神様からの祝福は影響力がある。
……ある意味では助かっているが……。
時折、アリスティードは思う。
もしリュシエンヌが女王となっていたら、また違った未来があったのだろうかと、そんなくだらない未来を思い描いてしまう。
リュシエンヌが女神の加護を授かっていると知った時、幼心にも『自分はどう足掻いても本物の王にはなれないのだ』と衝撃を受けた。簒奪者の息子だと言われても仕方がないことだと分かっていたし、それでも民のため、国のために身を捧げる覚悟はあった。
だが、覚悟だけではどうしようもないことがあるのも事実だった。
思わず目を伏せれば、父に「アリスティード」と名前を呼ばれる。
顔を上げるとまっすぐな父の視線と目が合った。
「今、この国の王はお前だ。女神様もそれをお認めくださった」
「……はい」
「だからお前も堂々としていなさい」
まるでアリスティードの心を読んだかのような言葉だった。
……そうだ、今は女神様にも認めていただけている。
そしてリュシエンヌは王位を望まない。
誰がなんと言おうと、この国の王はアリスティードである。
「はい」
しっかりと背筋を伸ばし、父に返事をする。
フッと父が柔らかく微笑む。
「あまり気負いすぎるものではない。王は確かに一人だが、そのそばには大勢の支えてくれる者達がいる。一人で国を動かすのではなく、皆で舵をきっていくんだ」
「はい、父上」
「そうすれば、自ずと良き国となる」
そう言った父の言葉に遅ればせながら気付く。
……ああ、そうだ……。
旧王家から王位を簒奪した父はもっと苦労しただろうし、不安もあったはずだ。
それでも父はこの国を導き、たった十数年で立て直した。
人々は父の偉業を讃えたが、そこには大勢の者達の手助けも必要だった。
……父上はその大切さを知っている。
これは父親ではなく、前国王としての言葉なのだ。
「私も、父上のように国を良い方向に導きたいです」
「その気持ちを忘れず、これからも励みなさい」
だが、言葉とは裏腹に父の表情は優しかった。
不意に祝福を受けた時のことを思い出す。
あの瞬間、アリスティードが思い浮かべたのは幼い頃に亡くした母の顔だった。
優しく、柔らかく、慈愛に満ちた表情でアリスティードを抱き締めてくれた母の、あの温かく、安心できる腕の中に包まれたようであった。
……女神様の祝福、か。
教会では、女神様は全ての人間の母とも表現される。
「はい」
女神様から、王に相応しいと認められ、祝福された。
……私はきっとこれからも悩むだろう。
それでも前を向いて歩いていこう。
父や母、女神様に顔向けのできない振る舞いはしないように。
「ありがとうございます、父上」
アリスティードは王としての人生を歩んでいく。
その覚悟を込めて、拳を握り締めた。
* * * * *