作品タイトル不明
神器の検証(1)
夜のうちにそれなりに雪は積もったものの、翌日はいい天気だった。
午後にルルがお父様とお兄様を迎えに、転移魔法で王城に向かう。
居間でわたしとルドヴィクはソファーに座り、戻ってくるのを待った。
「ちぃうえ、いって、やーちゃ?」
「すぐに帰ってくるよ〜。ルドはじいじ──……黒髪で金色の目の、わたしのお父様のこと、覚えているかな?」
「ん! でぃ……う、いぇ……じぇーじぇ!」
「そう、じいじ! ルド、初めて『ジ』が言えたんじゃない? すごいね!」
ルドヴィクを抱き締めれば、小さな手が抱き着いてくる。
「じぇーじぇ、くう?」
「うん、じいじとわたしのお兄様……伯父ちゃんも来るよ」
「おーやん?」
「記念硬貨の……えっと、白いキラキラ金貨のほうに描いてある人だよ」
ルドヴィクは大金貨が好きで、白金貨も好きだ。やっぱり光り物好きなのだろう。
話していれば、控えていたヴィエラさんとランドローさんがピクリと動く。
リニアお母様もそれに気付いただろうけれど、静かに控えたままだ。
二人の反応と同時に居間の中央にルル達が現れる。
……あれ、思ったより人数が多い?
「ちぃーうえ、おかーり!」
ルドヴィクがソファーから下りて、ルルの足に突撃していった。
ルルが「ただいまぁ」と言いながらルドヴィクを抱き上げたので、わたしも立ち上がって近づいた。
ルルが連れてきたのはお父様とお兄様、そして騎士が二人ずつの計六人だった。
騎士達四人は胸に手を当てて一歩下がる。
「おかえり、ルル。お父様もお兄様も、いらっしゃい」
「ただいまぁ」
「ああ、邪魔させてもらおう」
「すまない、騎士も連れていくようロイドに言われてな……」
どうやらロイド様が護衛として騎士達も同行するよう進言したらしい。
……まあ、国王様と前国王様だしね。
「大丈夫ですよ」
「それで〜、コレが息子のルドヴィクねぇ」
「コレと言うなと何度言ったら……」
ルルがルドヴィクの片手を取り、お兄様に小さな手を振った。
それにお兄様が呆れ顔をしたものの、すぐにルドヴィクに目線を合わせて微笑む。
「改めて初めまして、ルドヴィク。私はアリスティード=ロア・ファイエット、この国の国王で、君の母上の兄だ。……よろしくな」
「うど、にたぃ……おーやん、よーしゅく!」
「『ルドヴィク、二歳』なんかよく分からないけど『よろしく』だって〜」
ルドヴィクの言葉をルルが通訳する。
「『おーやん』は『伯父ちゃん』だよ」
「あ〜、なるほどねぇ」
頷くルルの腕の中で、ルドヴィクが『じぇーじぇ、おーやん!』とお父様とお兄様に手を伸ばすので、ルルが二人にルドヴィクを近づけた。
ルドヴィクがお父様とお兄様を交互に見て「きやきや!」と言う。
「ルドは光り物が好きみたいで、よく大金貨と白金貨を見たがるんです」
「そうなのか」
お兄様がそっとルドヴィクの頭に触れて、撫でる。
ルドヴィクは人見知りのない子で、ニコニコ顔でお兄様を見上げた。
「しかし、見れば見るほどルフェーヴルにそっくりだな」
「以前より成長したようだが、ルフェーヴルが小さくなったようにしか見えん」
お兄様とお父様が言い、ルルが「そんなに似てるかなぁ?」とルドヴィクを抱え直す。
わたしから見てもよく似ているから、気のせいということはないだろう。
「それより、神器について調べるんでしょぉ? 訓練場に案内するよぉ」
ルルがランドローさんを呼び、ルドヴィクを渡す。
そうして空間魔法から膝掛けを出し、既に上着を着ているわたしの肩にかけた。
室内だとちょっと暑いが、外に出たら寒いのでこれくらいで丁度いいのだろう。
ルルと手を繋ぎ、お父様とお兄様達と共に階下に行く。
歩きながら、お兄様がルドヴィクに話しかけている。
後ろから楽しそうな話し声がする。お兄様もアルベリク君とアベリアちゃんがいることもあって、子供言葉をきちんと理解しているようだ。
思わずといった様子でお兄様が「純粋なルフェーヴル……」と呟き、ルルが「オレは汚れてるってこと〜?」と返した。
お兄様の「お前は捻くれている」という言葉を、ルドヴィクが「ひぃね〜?」と真似して、お父様とお兄様が小さく笑った。
一階に下り、屋敷の外に出る。風はないらしい。
普段は騎士達がいる訓練場も、今日は空けてくれているようだ。
「静かで人目もなくて良いところだな」
お兄様が言い、訓練場を見回した。
「でしょぉ? ゆっくり静かに過ごすには最適なんだよねぇ」
「ねー」
ルルの真似をしてルドヴィクも言い、お父様がその頭を撫でる。
どこからともなく来た騎士達が箱を運んできて、わたし達のそばに置いて下がった。
「神器についての調査だけどぉ、具体的にはどうするのぉ?」
「性能について調べたいが……リュシエンヌの協力が必要だ。一つずつ確かめるのがいいだろう」
「でもさぁ、マントは『物理と魔法、全てを拒絶する力』らしいし、マントを着けたリュシーに攻撃してみる必要があるってことだよねぇ?」
「ああ、そうなるな」
全員が一瞬、押し黙り、そしてお父様とお兄様がルルを見た。
「その役についてはルフェーヴルに任せたほうが良さそうだ」
「ルフェーヴルならリュシエンヌを傷付けることもないでしょうね」
うんうん、と頷く二人にルルが珍しく呆れ顔をする。
「自分達がリュシーに怪我させたくないだけでしょぉ? まあ、オレもリュシーに攻撃を当てるつもりはないけどさぁ。リュシーは嫌じゃなぁい?」
「ルルならいいよ。他の人に攻撃されるのは嫌だけど、ルルならもし何かあっても気にならないから」
「……一応、主治医は呼んでおこっかぁ」
ルルの言葉に、一緒について来ていたリニアお母様が一礼し、下がっていく。
そういうわけで神器の調査についてはルルが相手をしてくれることとなった。
箱の蓋を開けたルルが、中から神器を一つ取り出した。
まず、一つ目は聖杯だ。これは『傷病を癒す聖水を生み出す力』がある。
帰り道で試しに使った時はすごく美味しい水といった感じだったけれど、そのおかげなのか道中で体調を崩すことなく帰ってくることができた。
「はい」と渡された聖杯を持つ。ワイングラスくらいの大きさで、見た目より軽い。
全体的に金色で、女神様が彫られていて、金属のような質感と触り心地だ。
お兄様が興味深そうに見てくるので、差し出した。
「どうぞ」
「私が触ってもいいのか?」
「はい、特に何も起きないと思いますが……?」
首を傾げれば、お兄様が「そういう意味ではないんだが」と苦笑する。
一拍置いて『遺物に所有者ではないお兄様が触れてもいいか』という問いであったと気付き、慌てて頷いた。
「あ、大丈夫です。お父様やお兄様なら気にしません」
「そうか」
お兄様が両手で聖杯を受け取り、丁寧に眺めて調べる。
お父様もそばにより、一緒になって見ているのだが、そっくりな二人がそっくりな表情で聖杯をジッと見ているのでなんだか面白い。
「女神様が彫られているな」「これは魔法式……ではなさそうですね」と、二人が『聖杯』の表面に彫ってある図柄を真剣に見ている。
「ルフェーヴル、後ほど写真魔法で神器を撮っておいてくれないか?」
「いいよぉ」
お兄様のお願いにルルが頷く。
「……どうやら讃美歌の一文が書かれているようだ」
「ということは、讃美歌は遺跡が作られた古い時代からあったものなのですね」
「それか、遺物に書かれているから歌詞に使われたのかもしれないな」
お父様とお兄様が話しながらもう一度、聖杯をぐるりと眺めた。
それから、わたしに返される。
「金でできているのかと思ったが、違うのかもしれない。質感のわりに冷たさを感じないし、重さも金にしては軽い」
そういえば、ドランザークで以前持たせてもらった金の塊はとても重かった。
金でできているなら、この聖杯もそれなりに重いはずなのに、ガラスのワイングラスよりも軽いかもしれない。試しに指で弾いてみるとチーンと涼やかな音がした。
……金属っていうより、音はガラスに近いのかな?
風鈴がチリンチリンと鳴る時の音に似ている気がする。
「音はガラスみたいですね?」
「ああ、不思議だ」
「強度はどれくらいあるのだろうか」
お兄様とお父様が聖杯を見ていると、スッとルルの指が聖杯の縁に触れた。
縁の一部を指で挟み、グッと力が込められる。
……割れる感じはなさそう。
ルルが手を離した。
「結構、頑丈だよぉ」
「そのようだな」
お兄様が少し呆れた様子で腰に手を当てながら頷いた。
わたしは手元の聖杯を見下ろした。
……お水出てきて〜。
と、思うだけで『聖杯』は透き通った綺麗な液体で満たされる。
「これが『傷病を癒す聖水』か? ……見た目はただの水だな」
「味もすっごく美味しい水って感じ〜」
「なんだ、もう試したのか」
お兄様が顔を上げ、ルルが「帰り道で飲んでみたよぉ」と返す。
ルルとわたしとで試しに飲んだことと、道中で体調を崩さなかったことを伝えると、お兄様が小さく息を吐いた。
「よく飲む気になったな」
「あの遺跡は女神サマの領域だったしぃ、リュシーを傷付ける意図もなかったからねぇ」
「お前はもっと警戒するかと思った」
「一応、オレが先に毒見してからリュシーに飲ませたよぉ」
「なるほど」
ルルがわたしの手から聖杯を取り、お兄様に差し出した。
「アリスティードも飲んでみたら〜? 女神サマの祝福を受けてるしぃ、大丈夫だと思うよぉ」
お兄様が聖杯を受け取り、縁をハンカチで拭いた。
香りを確かめ、そっと口をつける。いくらか飲んで、顔を離した。
「……非常に美味しいが、確かに水だ」
言いながら、口をつけたところをハンカチで拭いて、お父様に渡す。
お父様も聖杯の中身を一口含み、残りも飲み干した。
「水だな」
頷き、ハンカチで縁を拭った。
お父様はしばらく聖杯を持っていたものの、何か納得したのかわたしに返される。
「回数制限はあるのか?」
「分かりません。試しに何回か出してみましょう」
お父様の問いにそう返し、心の中で望めば、またすぐに聖杯は満たされる。
ルルが空間魔法からピッチャーを取り出し、中の水を捨てた。
そこに聖杯の中身を注ぎ入れる。
満たしては注ぎ、注いでは満たしを繰り返してみたけれど、ピッチャーの中に水が増えていくばかりで制限はなさそうだ。結局、ピッチャーが満杯になる。
「リュシエンヌは疲れたりしていないか?」
「はい、なんともありません」
あえて言うなら、ピッチャーに水を注ぐのが意外と大変だったことくらいか。
「魔力を持たないリュシエンヌだけが聖水を出せる遺物、か……」
「魔法が付与されているのではとも思いましたが、その様子はないようです。魔力がある者が触れることで使用できるのであれば説明はつきますが、これは私達の……人知の及ばない代物なのは確かですね」
「女神様のお力の一端なのかもしれないな。私が願っても、魔力を込めてみても、何も起こらなかった」
先ほどお父様が納得した様子だったのは、自分も使えないか試してみたのだろう。
ふとルルが何かに気付いた様子でこちらを見る。
「ちょ〜っと貸して〜」
「うん」
ルルに聖杯を渡せば、それをランドローさんが抱えているルドヴィクの手に持たせた。
取り落とさないようにルルが手を添えつつ、ルドヴィクに声をかける。
「『水がほしい』って思ってみてぇ」
「みう?」
「そぉ、お水〜」
ルドヴィクが「おみう……!」と聖杯を見つめる。
僅かにピチョンと音がして、ルルが聖杯の中を覗き込んだ。
「……一口分は出るみたいだねぇ」
わたしも釣られて聖杯を覗き込めば、本当に底のほうに少しだけ水が揺れる。
ルドヴィクの手から聖杯を回収したルルがそれに口をつける。
「味は変わらないよぉ」
「そうか。……量は少なくても、ルドヴィクは出せるのか」
……ルドはわたしの子だからね。
旧王家の血筋的に考えて、直系に近いからなんとか出せるのかもしれない。
お父様が難しい顔をする。
「まあ、この量じゃあ意味ないだろうけどねぇ。それで、義父上とアリスティードは体調のほうはどーぉ? オレは前に飲んだ時、ちょ〜っとだけ体が軽くなったよぉ」
「……言われてみれば、疲労感は減ったかもしれないな?」
「ふむ、肩凝りも解消されたようだ」
お兄様とお父様が揃って肩や首周りを気にして、触っている。
「やはり国王としての公務はお忙しいですか?」
「それもあるが、つい色々と気になって政務室にこもってしまう」
苦笑するお兄様は、まるで昔のお父様のようだった。
それを分かっているのか、お父様も困ったように微笑んでいた。
ルルがハンカチで聖杯を綺麗に拭い、箱の中に戻した。
「『傷病を癒す』かはどうかは分からないけどぉ、体調が良くなるのは確かだねぇ。今度、屋敷の使用人に飲ませてみるよぉ」
「使用人に?」
「怪我で現役を退いたヤツが何人かいるからねぇ」
ルルの返しにお兄様とお父様が「ああ」「そういえばそうだったな」と呟く。
……古傷にも効くのかなあ。
もし効くなら、怪我で現役を退いた使用人達に飲んでもらいたい。
少しでも古傷が良くなるなら、きっとそれは良いことだ。
「それについては任せるが、報告はくれ」
「はいはぁい」
ルルが気楽にお義父様に返事をする。
そうして、次の神器を取り出した。