軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

母子

帰ってから三日後。ルルは馬車で王都に向かった。

急げばなんとか今日中には帰ってこられるそうで、馬車と数名の騎士を連れて早朝に屋敷を出発した。今回、わたしはお留守番である。

早朝に出かけたため、ルルがいないことに気付かなかったルドヴィクが昼食の席で不思議そうに小首を傾げた。

「はぁうえ、ちぃうえ、ないない?」

「うん、ルルは一日お出かけだよ。……今日は一緒にお留守番だね」

「はぁい」

たった数ヶ月、屋敷を空けていただけでルドヴィクはすごく成長した。

言葉も二歳の誕生日の頃よりもずっとハッキリしたし、きちんと意思疎通もできるし、身長も伸びた。まだ三歳前だが、もう重くて膝の上に長時間座らせるのも難しい。

そのことをルルも気付いているのか、家族三人で話す時はいつも、ルルがルドヴィクを自分の膝の上に座らせている。

……手が塞がったり、身動きが取りにくくなるのを嫌うルルが、だ。

それだけでもルルの中で大きな変化があったことが分かる。

ルドヴィクのことを『コレ』とか『ソレ』とか言っても、気にかけて、ルルなりにルドヴィクと関わろうとしていて、それを見る度に嬉しくなる。

これまでは上階で摂っていた食事を、ルルは「これからは食堂で摂ろっかぁ」と言った。

ルドヴィクが自分でフォークやナイフを扱い始めたからかもしれない。

いつの間にか子供用の小さなフォークやナイフが用意されていて、ルドヴィクがぎこちない手つきでそれを使って食事をする。

「ルド、上手に食べられて偉いね」

「うど、くんえん、いた!」

「そっか、頑張ったんだね。ルドはすごいなあ」

わたし達がいないうちにメルティさんやランドローさんから教わったのだろう。

小さい子は言うことを聞かなくて当然と思っていたけれど、ルドヴィクは物分かりが良くて、わたしが思っていたよりも暴れたり騒いだりはしない。

赤ちゃんの頃はともかく、ある程度大きくなってから泣いた記憶もない。

いつも機嫌が良くて、不機嫌になってもすぐに笑顔に戻る。

……手がかからなくていい子なんだろうなあ。

子育ては大変だと前世でも今生でも言われていたが、ルドヴィクはあまり手がかからなくて、それは親としてはありがたいことだと分かっている。

でも、少しだけ寂しいと思うのはわがままだろうか。

昼食後、紅茶を飲んで少し休む。

ルドヴィクも果実水を飲でいる。

子供にはまだ紅茶は良くないので、温めたミルクや果実水などをよく飲むようだ。

それから、一度上階に戻り、上着を着込む。

冬のこの時期は寒く、外は少し雪が積もっていたが、ルドヴィクが「きち、くんえん、いく!」と言うので、ついていってみることにした。

ルドヴィクと手を繋いで庭へ散歩に出る。

後ろからランドローさんとヴィエラさん、騎士二人がついてくる。

「はぁうえ、ぶうぶう、ない?」

「寒くないよ。心配してくれてありがとう、ルド」

小さな手が手袋をしていて可愛らしい。

ルドヴィクは慣れた様子で訓練場に向かっていく。

二年前に生まれたばかりなのに、もう立って、喋って、自分で食事もできる。

……子供の成長速度ってすごいなあ。

ルドヴィクの歩幅に合わせると、いつもよりゆったり歩くことになり、なんだか余裕を持って景色を楽しめた。屋敷の雪景色は何度見ても綺麗だった。

それにルドヴィクがよく「はぁうえ、だんた、あう」「ここ、つうつう」と話しかけてくれて、どうやら足元の危ない場所を教えてくれているらしい。

わたしにとってはもう何年も住んでいる屋敷だけれど、ルドヴィクと一緒に雪の日にこうして散歩をするのは初めてなので、わたしを気遣ってくれているのだろう。

多分、メルティさんやランドローさん、騎士達がルドヴィクに言ったのだと思う。

ここは危ないから走らないように。段差には気をつけて。ゆっくり歩きましょう。

そういう優しい言葉をルドヴィクはみんなからかけてもらっていた。

それを真似してわたしに言ってくれている。

訓練場に着くと、雪が積もっているのに騎士達がいた。

「坊っちゃま! ……と、お、奥様!?」

「こんな寒い中、大丈夫ですかっ?」

「さあ、こちらに。ここなら風が当たりませんので」

と、騎士達が慌てた様子でわたし達を風の当たらない場所に移動させてくれる。

「ありがとうございます。……雪の中でも訓練をしているんですか?」

わたしの問いに騎士達が「あ、その……」と言葉を濁した。

首を傾げれば、ルドヴィクがピョンと飛び跳ねる。

「うど、きち、ゆーき、あおぶ!」

「騎士と雪遊びの約束をしていらっしゃったようです」とランドローさんが言う。

……なるほど、それでみんなも集まっていたんだ。

「そっか、よかったね。わたしはここで見ててもいいかな?」

「ん!」

ルドヴィクは騎士達と一緒に訓練場に飛び出していった。

わたしのそばにはヴィエラさんと、ルドヴィクの護衛騎士ではない、他の騎士が二人ついた。片方はわたしが侯爵邸にいた頃からの初老の男性騎士で、もう片方は王女時代からの女性騎士だ。

ヴィエラさんが椅子を持ってきて、ハンカチを敷いてくれたので座った。

キャハハと明るい笑い声がして、ルドヴィクが何かを投げた。

足元の雪を集めて、丸めて、騎士達に投げているようだ。

子供なので足元の雪を集めて、丸める間は集中していて、みんなも待っている。

ルドヴィクが顔を上げると騎士達もワッと逃げるが、あまり離れないのは、距離がありすぎると小さな雪玉が届かないからだろう。

ランドローさんはルドヴィクを追いかけ、そばについていた。

何度か投げて、一人の騎士の足に雪玉が当たる。

「わ、当たってしまいました!」

「ゆーき、くうくう、うど、なげう。きち、どーよ、うゆ」

「承知しました」

という、やりとりがあって、雪玉が当たった騎士がルドヴィクの後ろについた。

ルドヴィクと一緒に雪を集め、丸める。

ルドヴィクが雪玉を投げると、その手に騎士が新しい雪玉を追加した。

……ああ、補充係なんだ。

騎士が後ろで雪玉を作ってはルドヴィクに渡す。

そして、騎士達がルドヴィクに雪をかけようとすると、ルドヴィクは騎士を盾にして、逆に雪玉を投げ返していた。間に挟まれている騎士は雪まみれだけど楽しそうだ。

ランドローさんはきっちり雪玉を避けている。

小さな体をめいっぱい動かしてルドヴィクは走り回っていた。

「いつもこんなに動き回っているの?」

「ええ、坊っちゃまは体力がありまして。遊びと称していますが、騎士達にとっても良い訓練となっています。……さすが、旦那様の血を引いておられますね」

あんなに駆け回っているのにルドヴィクは疲れた様子を見せない。

初老の男性騎士が「将来が楽しみです」と言う。

……確かに、ルルもすっごく体力があるんだよね。

ルドヴィクはまだ子供だけど、ルルに負けず劣らず体力があるのかもしれない。

魔力量もルルと同じくらいあるそうなので、本当にルルがもう一人増えた感じだ。

そうして二時間ほどルドヴィクが遊ぶ様子を眺めたが、ずっと走り回っていたルドヴィクもさすがに疲れたのか、途中で歩くことが増えたため声をかける。

「ルド、風邪引いちゃうから、そろそろ中に入ろう」

それにルドヴィクが「ん!」と振り返る。疲れていても良いお返事だ。

騎士達にお礼を言い、ルドヴィクが「またーね」と手を振ると騎士達も嬉しそうだった。

屋敷の中に戻り、上階に行き、わたしもルドヴィクもそれぞれ入浴した。

……意外と冷えちゃったかも。

暖かな居間に戻れば、ソファーの上にルドヴィクが座っていた。

うとうとしているルドヴィクの横に座れば、顔が上げられる。

「はぁうえ……?」

「うん、母上だよ。ルド、お昼寝する?」

「ん……」

かなり眠いのか、目元をこすりながらルドヴィクが頷く。

そっとその背中と肩に手を添えて、小さな頭を膝の上に促した。

頭を撫で、優しく肩に触れれば、リニアお母様が膝掛けをルドヴィクにかけてくれる。

「ありがとう、リニアお母様」と声をかけつつ、ルドヴィクの肩まで膝掛けを引き上げた。

小さな頭を撫でながら女神様の讃美歌を歌う。

あまりうるさくない程度に歌い、それに合わせて膝掛けの上からルドヴィクの小さな体を優しく、一定のリズムで叩いているとすぐに寝息が聞こえてきた。

……こんなに小さな体なのに、あんなに元気なんだね。

お腹を痛めて産んだ子だ。それも、ルルとわたしの大切な子。

その成長が嬉しくて、走り回るルドヴィクを何時間でも見ていられる。

……それにしてもルルとそっくりだなあ。

ルルも膝枕をして、讃美歌を歌いながら頭を撫でるとすぐに眠る。

そっくりの柔らかな茶髪はメルティさんが整えてくれていて、ルルと同じ髪型なので、どこからどう見ても小さなルルだった。それがとても可愛い。

ころりと寝返りを打ったルドヴィクの顔がこちらを向く。

気持ち良さそうな寝顔にわたしもなんだか眠くなってきてしまった。

* * * * *

結局、ルドヴィクに膝枕をしたままわたしも昼寝をしてしまった。

二人で夕方に起きて、笑い合って、食堂で夕食を摂った。

その後は居間の絨毯に座り、ルドヴィクはローテーブルの上で積み木遊びをして、わたしはそれを眺めて過ごした。メルティさんが言うには、これも訓練の一環らしい。

積み木を沢山積み上げることで、物のバランス感覚だけでなく、指先を使う訓練や集中力を高める訓練にもなるそうだ。

ランドローさんが運んできた積み木箱から自分で取り出し、慎重に積んでいる。

もう積み木を口に入れることはないので、積み木は様々な色に塗られていた。

ある程度積んだところで、ぐらり、と積み木が揺れた。

あ、と思った瞬間には積み木が音を立てて崩れていく。

けれども、ルドヴィクは泣いたり怒ったりしなかった。

腕を組んで、むー、と考えるように小さく唸る。

少し首を傾げていて、その姿は考えごとをする時のルルに似ていた。

散らばった積み木を集め、ルドヴィクがまた積み木を重ね始める。

……ルドは我慢強いのかも。

普通なら思い通りにいかなかったことで癇癪を起こしそうなものだが、ルドヴィクは崩れたことに泣いたり怒ったりせず、どうすれば次は崩れないか考えていたようだ。

そういう冷静なところは 父親(ルル) 譲りなのだろう。

一時間ほど積み木で遊び、きちんと自分で積み木を箱に片付けた。

その後に一時間、ルドヴィクとお喋りをした。

元々お喋りなほうだったけれど、言葉が増えてきたからか話す内容も増えた。

昼間、騎士達と雪遊びをして何が楽しかったとか、次は何をしたいとか、ルドヴィクは沢山お喋りをしてくれた。目が輝いていたので雪遊びは満足したみたい。

そろそろ寝る支度をする時間になり、メルティさんに声をかけられた。

「ルドウィク様、そろそろおやすみのお時間ですよ」

「ん! はぁうえ、うど、ねんね。おやーみ!」

「うん、おやすみ、ルド。良い夢を見てね」

ルドヴィクの頭に軽くキスをして、小さな背中を送り出した。

一日、ルドと過ごしたのは久しぶりだった。

……本当に大きくなったなあ。

そのうち反抗期が来て『母上なんて嫌い』とか言われるのだろうか。

それはちょっとヘコむかも……と、考えていれば居間の扉が開いた。

「ルル、おかえりなさい!」

入ってきたルルに立ち上がり、歩み寄る。

触れた服が冷たかったので、その頬を両手で覆った。

「すごく冷たい……大丈夫? 風邪引いてない?」

「大丈夫だよぉ」

ルルがわたしの手の頬擦りをして、微笑んだ。

「ルドヴィクはもう寝た〜?」

「さっき寝る支度をしに行ったよ」

「そっかぁ。まぁ、ソッチは後で顔見ればいいや〜」

「ルル、入浴してきたほうがいいよ。すごく冷え切ってる……」

わたしの言葉にルルが「そうだねぇ」と頷き、居間を出ていく。

読書をして待っていれば、すぐにルルが戻ってきた。

相変わらず、一人で入る時は長湯しないようだ。

魔法で髪も乾かしてきたのか、ラフな格好で戻ってきたルルが横に座った。

「今日は何してたのぉ?」

「ルドが騎士達と雪遊びするのを見て、お昼寝をして、夕食を摂って、ルドが積み木をしてるのを見て、あとはお喋りしたよ」

「この寒い中、外で遊ぶなんてアイツは元気だねぇ」

ルルが小さく笑い、わたしを抱き寄せた。

「あんまり付き合ってるとリュシーが風邪引くよぉ?」

「厚着して出たから平気だったよ。……それにしても、子供って体力がすごいんだね。ルドは二時間くらいずっと走りっぱなしで遊び回ってたよ」

「ふぅん? じゃあ体力は結構ついたんだねぇ」

愉快そうにルルが口角を引き上げる。今後のことを考えているのだろう。

「ルルのほうはどうだった? 神器はもらってこれた?」

「うん、問題なく持ってきたよ〜。義父上が『一緒に乗っていってもいいか』って訊いてきたから断ったけどねぇ」

ルルはお父様にもお兄様にも、この屋敷の場所は伝えていない。

二人とも多分、場所は察しているはずだが何も言わない。

お父様やお兄様が動けば、どうしても人の目が向いてしまい、わたしの居場所が他人に知られてしまうかもしれなくて。ルルはそれを嫌がっている。

わたしもここに余計な人は来てほしくなかった。

「明日、義父上とアリスティードを迎えに行くよぉ」

「お兄様も?」

「神器に興味があるんだってぇ。あと、ルドヴィクにも会いたいって〜」

ルドヴィクとお兄様は通信魔道具で何度も顔を合わせているので、大丈夫だろう。

……そういえば、ここにお兄様が来るのは初めてかも?

お父様が来たのもルドヴィクを妊娠してからだった。

それくらい、ルルにとって『家』は特別な場所なのだと思う。

逆に言えば、お父様とお兄様は自分の領域に入れてもいいと考えている。

「ルル」

名前を呼び、顔を上げて目を閉じれば、ルルがわたしにキスをくれる。

「……寂しかったぁ?」

その問いに「うん」とルルに抱き着いた。

隙間を埋めるようにルルが抱き締め返してくれる。

……やっぱり、ルルがいると安心する……。

「オレもリュシーと離れてると、寒くて嫌だよぉ」

ルルの『寒い』は『寂しい』と同じ意味だ。

ギュッと背中に腕を回し、もう一度キスをした。