軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰宅

転移魔法で屋敷の居間に帰ると、すぐに扉が叩かれる。

ルルが「どうぞぉ」と声をかければヴィエラさんが入ってきた。

「お帰りなさいませ」

ヴィエラさんはいつも一番にこうして出迎えてくれる。

魔力の揺れというか、感覚で分かるそうで、ルルが魔法を使うとその気配を察して来るのだとか。転移魔法を使うと分かるというのはそういうことらしい。

「ただいま戻りました」

「ルドヴィクはぁ?」

「中庭で遊んでおります。お荷物はこちらにお出しください」

ルルの問いにヴィエラさんが答えながら、居間の一角の空いている場所を手で示す。

それにルルが「はいはぁい」と空間魔法を展開して、今回の旅荷物を出していく。

ふと、それを見ていて疑問が湧いた。

「ルルの空間魔法って色々入ってるけど、何が入ってるか分からなくなったりしそう」

「たまぁに分からなくなるよぉ。でも『コレ入ってたっけ?』って考えながら魔法を展開すれば、入ってるかどうかは分かるしぃ、そのまま入りっぱなしになっても困らないからねぇ」

「空間魔法の中はゴチャゴチャになったりしないのかなあ」

「水とか液体モノをそのまま入れても他の物が濡れないから、多分、全部分けられてるんじゃなぁい?」

荷物をせっせと出しながらルルが答える。

「水を入れたことあるの?」

「水はないけどぉ、まあ似たようなモノは何度も入れたことがあるからねぇ」

「そうなんだ……?」

……水ではないけど似たものってなんだろう?

ヴィエラさんはちょっと呆れた顔で荷物を受け取っている。

ルルが振り返り、わたしを見る。

「荷物出すのに時間かかりそうだしぃ、リュシーは入浴してきたら〜?」

「いつでも入れるよう、整えてあります」

と、ルルとヴィエラさんが言うので、そうすることにした。

「じゃあ先に入らせてもらおうかな」

「リニアに声をかけてまいります」

「うん、お願いします」

ヴィエラさんが手元の荷物を床に置き、一礼して下がった。

わたしもその後を追って居間を出る。

……ちょっとのんびり入っちゃおうかなあ。

遺跡調査中はこっそり来ていたので、ゆっくり入る時間がなかったから。

そう思うと足取りも自然と軽くなった。

* * * * *

扉がパタンと閉まり、ルフェーヴルは空間魔法から荷物を取り出す作業に戻る。

これまでずっとリュシエンヌの目の前で空間魔法を使ってきたが、今更な質問をされた。本当に、今頃それを訊くのか、という問いだったので小さく笑った。

……リュシーは使えないからねぇ。

空間魔法は基本的に、使用者の魔力量に応じて収納空間の広さが決まる。

ルフェーヴルは魔力量が多いので、かなり広いと思うが──……正直なところを言えば、どこまで広いのか自分でも把握しきれていない。

とりあえず『入れてみて入るなら、それだけの空間はあるのだろう』という感覚だ。

昔から、空間魔法には色々なものを入れてきた。

携帯食料、衣類、武器、日用品──……時には戦利品や暗殺対象の一部なども入れたし、先の戦争では遺体も全て収納して持ち帰った。

そういったものを入れても他が汚れないので、当然『同じ場所に入っているわけではない』とルフェーヴルは認識していた。だからこそなんでも放り込んだ。

……さすがにリュシーに使う物と死体が同じ空間にってのはねぇ。

けれどもリュシエンヌから見れば、いつもルフェーヴルは空間魔法に放り込んでいるので『同一の空間に入っている』と思っていたのかもしれない。

兄弟弟子はルフェーヴルの含みのある言葉に察したのか、呆れ顔をしていた。

血は水ではないが、液体なので似たようなものだろう。

全ての荷物を出し終える頃、兄弟弟子が戻ってきた。

「あ、数日後に馬車で王城に向かうから、準備ヨロシク〜」

と、言えば、訝しげな顔をされた。

「転移魔法を使わないで行かれるのですか?」

「遺跡で見つけたものがあるんだけどぉ、空間魔法には入らないんだよぉ。リュシーが所有者ってことになったから屋敷で保管する予定で、その遺物について調べたいからぁ、コッチに持ってくるってこと〜」

「かしこまりました」

返事をしつつ、兄弟弟子が荷解きを始める。

小さな足音と普通の足音、静かな足音が微かに聞こえ、居間の扉が開いた。

「ちぃうえ!」

扉を開けた小さな子供が駆け寄ってくる。

二歳の誕生日の時はまだ『ちぇーえ』と言っていたのに、この数ヶ月でだいぶ『父上』という言葉に発音が近くなった。侍従の話によると夜にこっそり発音の練習しているそうだ。

夜は静かなので、控え室にいる侍従には聞こえるのだろう。

ただ、まだ同じ音が続くと上手く発音できないらしい。

ルフェーヴルの足に抱き着いてくる。

「またちょ〜っと大きくなったねぇ」

両手を脇に入れて抱え上げれば、ずっしりと重い。

抱える度に重くなっている気がする。

そうしてソファーに腰を下ろし、膝の上に子供を座らせた。

この成長速度だと、二年もすれば初めて出会った頃のリュシエンヌより大きくなりそうだ。あの頃のリュシエンヌは小さかった、と思いながら子供の頭を撫でる。

「ちぃうえ、よう、いって、やーちゃ?」

「ん? よう? ……あ、夜? 遺跡調査は終わったから行かないよぉ」

「おかーり?」

「そうだねぇ、ただいまぁ」

子供の言葉は少々分かりにくいが、状況から察することはできる。

返事は正解だったようで、子供が嬉しそうに笑った。

「はぁうえ?」

「リュシーは入浴中だよぉ」

「ぽかぽか」

納得した様子で子供が頷く。子供の中では『入浴』は『ぽかぽか』らしい。

ルフェーヴルの中でまた一つ、子供言葉が増えた。

「庭で何して遊んでたのぉ?」

「きち、けん、ぶんぶん! うど、けん、ぶんぶん!」

「ああ、剣の訓練ねぇ」

騎士の訓練のそばで、子供も剣を振って遊んだようだ。

まだ二歳半前だが、見た目はそれなりに大きくなって、短い木剣をよく振り回している。もう少し大きくなったら普通の長さの木剣を渡してもいいかもしれない。

毎日駆け回っているかと思えば、読書も好きなようで、侍女に読み聞かせてもらったり本を眺めたりしているそうだ。

……中身が普通じゃないからなぁ。

かなり早いけれど、そろそろ文字に触れさせてみようか。

リュシエンヌがそうだったように、子供もすぐに文字を覚えるかもしれない。

そんなことを考えていると居間の扉が開く。

「はぁうえ!」

子供が明るい声を上げ、ルフェーヴルの足からソファーに、ソファーから後ろ向きにずり落ちるように下りて、リュシエンヌに駆けていく。

だが、勢いのまま抱き着くことはなく、一度立ち止まってからだ。

ルフェーヴル相手には勢いよく抱き着いてくるので、リュシエンヌにはしないようにと教え込んだのだろう。子供とはいえ、足に抱き着かれたら転んでしまう可能性もある。

使用人達はきちんと子供の教育をしているらしい。

立ち止まった子供にリュシエンヌも屈んで目線を合わせる。

「はぁうえ、おかーり!」

「うん、ただいま。寂しい思いをさせてごめんね、ルド」

リュシエンヌが手を伸ばすと子供もゆっくりと抱き着いた。

子供からは見えないだろうが、リュシエンヌの表情は嬉しそうだ。

体を離し、リュシエンヌが子供の顔を見て、その頭に触れる。

「あれ、ルド、ちょっと大きくなったかな?」

ルフェーヴルと同じことを言っている。

数日前にも顔を合わせているはずなのに、やはりリュシエンヌもそう感じるようだ。

それに子供が自慢げな顔をした。

「うど、おーきぃ! かたゆけ、どーよ、おきがや、うゆ!」

「そうなの? もうそんなに色々できるなんて、ルドは天才だね!」

ニコニコ顔のリュシエンヌが子供の頭を撫でる。

片付け、お着替え、は分かったが『どーよ』はなんだろうか?

首を傾げれば、控えていた侍従が補足した。

「『どーよ』は『どうぞ』で、物を渡したり譲ったりのことです。片付けの際に私達に玩具を渡したり、おやつのクッキーを譲ったり、そういうこともできるようになりました」

「なるほどねぇ」

少し前までは子供用ベッドの上でモゾモゾしていたものが、あっという間に這いずり回るようになり、立ち上がり、人間らしくなっていく。

動物と人間の境目を見ているようで、面白さがある。

子供はリュシエンヌに一生懸命、色々と言っている。

恐らく褒めてほしいのだろう。

「話すなら座ってからにしなよぉ」

と、声をかければ、子供がリュシエンヌの手に触れる。

引っ張りすぎない程度にリュシエンヌの手を引いて、子供がこちらに来た。

リュシエンヌがルフェーヴルの横に座ったので、ルフェーヴルは子供を抱え上げて膝の上に座らせた。そろそろリュシエンヌの膝の上は重さ的に厳しそうだ。

「うど、きがえ、くっく、うゆ。まんま、もぐもぐ、うゆ!」

「お着替えとお靴履けるようになったんだね。食事は……」

「ご自分でカトラリーを使って食べるようになりました」

「そうなんだ、食事も自分で食べられて偉いね〜」

子供言葉が分からないと侍従が補足を入れ、リュシエンヌが子供を褒める。

侍従や侍女には『自分のことは自分でできるように』と方針を伝えてあるため、それに沿って子供に教育を施し始めたのかもしれない。

元より中身は リュシエンヌと同じ(・・・・・・・・・) なので、体が動かせるようになれば勝手に自分のことは自分でできるはずだ。

遺跡調査中は数日に一度、数時間しか顔を合わせられなかったせいか、こうして時間を気にせず話せるのが嬉しいらしく子供はあれこれと喋っている。

リュシエンヌはそれに「そうなんだ」「すごいね」「偉いね」と丁寧に返事をして、時々質問をして、子供との会話を楽しんでいる様子だった。

ルフェーヴルにはよく分からないが、笑顔で聞いている様子からして、リュシエンヌにとっては我が子の成長は嬉しいものらしい。

子供の話を聞いていると以前よりも言葉が増えたと感じた。

多分、使用人達が子供によく話しかけるのだろう。

「ルドはどんな遊びをしていたの?」

「けん、ぶんぶん、うゆ! いないいない、まてー、うゆ!」

「『いないいない』は『隠れる遊び』で、『まてー』は『追いかける遊び』です。騎士や手の空いている使用人と共に、遊びに取り入れた訓練を旦那様の指示で本格的に始めております」

「……英才教育……!」

リュシエンヌが口に手を当てて呟く。

けれども、すぐにリュシエンヌは子供の頭を撫でた。

「ルド、遊ぶの楽しい?」

「ん! うど、たのいー、うき!」

子供はまだ『サ』や『ラ』辺り、そして『チ』を上手く発音できないようだ。

小さいうちは発音が正しくできなくても問題ない、という話を聞いたことがある。本人はこれでも正しく発音しているつもりらしいので、指摘すると混乱してしまうという。

そのうち自然と発音できるようになるそうで気にする必要はない。

ふと、ルフェーヴルは空間魔法に入れていた金貨を一枚取り出した。

この子供は義父が描かれた大金貨が好きだ。金貨もわりと好きだ。

子供の目の前に差し出すと小さな手が伸びる。

それを 躱(かわ) して視線を引き寄せる。

子供の目の前で金貨を左右の手に交互に投げて、拳を握る。

「どっちに入ってると思う〜?」

子供は迷いなく右手に触れた。

……これくらいは余裕で見えるみたいだねぇ。

右手を開けば、そこには金貨があった。

「せいか〜い。はい、あげるぅ」

子供に金貨を握らせるとキラキラと灰色の目が輝く。

もう一枚金貨を取り出せば、すぐに顔を上げた。

今度は先ほどよりも早く金貨を左右の手に移動させる。

「コレは分かる〜?」

子供は少し悩んだ後、また右手に触れた。

「せいか〜い」

その金貨も子供に渡す。子供は好きな金貨がもらえて嬉しそうだ。

……こういう訓練もできそうだねぇ。

壁際に控えていた兄弟弟子を指で呼んで「木製の、取っ手のないコップをいくつか用意しておいて〜」と言えば、全てを理解した顔で頷き返される。

子供は両手に一枚ずつ金貨を持ち、リュシエンヌに見せている。

「きらきら! きんか!」

「キラキラだね〜。……でも、ルルいいの? こんな大金渡して……」

「たまにならいいんじゃなぁい? オマエ、金貨好きだよねぇ?」

「きんか、うき!」

それにリュシエンヌが「光り物が好きなのかなあ……」と心配そうな顔をする。

銅貨や銀貨には反応しないので、金貨が高価だと気付いているのだろう。

……リュシーが身に着けてる装飾品もたまに見てるしねぇ。

試しにその小さな手から金貨を片方、取り上げてみる。

子供はキョトンとしたが、暴れたり騒いだりせず、ルフェーヴルを見上げた。

……金にがめついってわけじゃあなさそうだねぇ。

子供の手に金貨を返せば、金貨とルフェーヴルの顔を交互に見て不思議そうに目を瞬かせ、リュシエンヌに顔を向ける。

「その金貨はルドのものだよ」

と、リュシエンヌが言えば、子供は金貨を持つ手をそれぞれリュシエンヌとルフェーヴルに差し出した。

「はぁうえ、ちぃうえ、どーよ!」

「え?」

「どーよ!」

リュシエンヌとルフェーヴルの掌に金貨が置かれる。

子供はジッと様子を窺うようにこちらを見つめてきた。

「わたしとルルにくれるの?」

「ん!」

子供が頷く。

リュシエンヌが嬉しそうに笑い、子供の頭を撫でた。

「ありがとう、ルド!」

本当に幸せそうに笑うリュシエンヌに、ルフェーヴルも子供の背中を撫でる。

「よくできましたぁ」

子供が目を丸くしてルフェーヴルに顔を向け、ふにゃりと笑った。

……あ。

その笑い方は幼い頃のリュシエンヌにそっくりで、少し驚いた。

無邪気で、明るくて、まっすぐで、嬉しそうな笑顔だった。

中身は普通でなくても、間違いなくこの子供はリュシエンヌとルフェーヴルの血を受け継ぐのだと、その瞬間に改めて実感した。

「間抜けな顔〜」

ぷに、と子供の頬を指でつつけば、ぷくりと子供が頬を膨らませる。

そういうところもリュシエンヌにそっくりだった。