軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出発

出発当日、朝起きてすぐに身支度を整える。

いつもは起きてから一時間くらいはだらだらしながらルルとイチャイチャしているのだけれど、今日は王都に移動して、お父様たちと合流しなければならない。

宮廷魔法士の制服に身を包み、きちんと指輪とネックレスを着ける。

指輪には物理防御と魔法防御、状態異常無効化がかけられている。

……正直、ちょっとやりすぎな気もするけど。

治癒魔法で怪我を治すことができないわたしのために、ルルが魔法付与してくれた。

王女として命を狙われるようなこともなかったが、ルルのこの付与した魔法からして、絶対にわたしを傷つけさせないという気概が感じられて嬉しい。

ネックレスには 警報(アラーム) 魔法がかけてあり、わたしが特定の言葉を発するとそれがルルに伝わる。何かあれば即座にルルが転移してくるというわけだ。

最後に認識阻害のメガネをかける。

これをかけるとわたしは赤髪緑目の宮廷魔法士見習い『ルシール=ローズ』になる。

……うん、これで準備万端!

ルドヴィクと過ごす時間が減ると思うと寂しいけれど、この世界の遺跡というのは確かに気になるし、旧王家や加護を授けてくれている女神様とも関わりがある場所なら行くべきだろう。

二つおさげに丸メガネをかけたわたしは、何度見ても『いかにも気弱そう』だ。

寝室の扉が叩かれ、振り向けば、ルルが顔を覗かせた。

「リュシー、準備できたぁ?」

「うん、終わったよ」

椅子から立ち上がれば、ルルが入ってくる。

……あ、そっか。

ルルは名目上、騎士として調査隊に参加することになっている。

だからなのか王女時代によく見かけた、王城の騎士の装いが新鮮だった。

「ルル、騎士の格好も似合うね」

本業は暗殺者だけれど、伯爵でもあって、そして今は騎士だ。

いくつもの顔を持つ男、その名はルフェーヴル=ニコルソン。

……なんちゃって。

心の中でそんなことを考えていると、ルルが右手で自身の左肩を揉むような仕草をする。

「でも鎧って重いんだよねぇ。音も立つし、目立つし、動きにくいし、何よりリュシーを抱き締めた時に鎧が邪魔なんだよぉ」

「うーん、あとで鎧だけでも外せないかお父様に訊いてみたら?」

「そうしよっかなぁ」

とりあえず、二人で話しながら寝室を出る。

居間に行けば、メルティさんとランドローさんと遊んでいたルドヴィクが振り返り、わたしとルルを見て目を丸くした。

ルルはともかく、わたしは髪色も瞳の色も変わる認識阻害のメガネをかけているため、ルドヴィクからすればいきなり見知らぬ人間が現れたように見えるだろう。

「ちぇーえ」

と、ルドヴィクが立ち上がり、よちよちとルルに近づいていく。

そばにきたルドヴィクをルルが抱き上げた。

抱き上げられたルドヴィクがルルの鎧をぺちぺちと叩く。

「鎧だよぉ。護衛がよく着てるでしょぉ?」

「ちぇーえ、あちあち」

「あちあち? ……あ、カチカチねぇ。まあ、鎧だしぃ?」

ルルがルドヴィクの言葉に小さく笑う。

抱えられたルドヴィクがわたしをジッと見る。

「……はぁーえ?」

小首を傾げながらもルドヴィクがこちらに手を伸ばしてくる。

「ルド、分かるの?」

「はぁーえ」

「わあ、ルドはすごいね〜!」

伸ばされた小さな手に触れる。

小さいといっても、かなり大きいので立ったまま抱えるのはわたしには難しい。

目の前でメガネを外してみせれば、ルドヴィクがキョトンとした顔をする。

もう一度メガネをかけて、外すと、小さな手がパチパチ拍手をした。

「はぁーえ、ぱぁぱ!」

よく分からないけれど楽しいらしく、ルドヴィクが笑顔になる。

メガネを戻してルドヴィクの頭を撫でる。

「これからしばらく、みんなとお留守番しててね」

「あーぃ」

ルドヴィクが元気に返事をする。

それから、ルルがルドヴィクを抱いたままみんなで一階に下りると、ホールに使用人達が集まっていた。

この屋敷にはそれなりの人数の使用人や警備がいるはずなのに、いつも不思議なくらい静かで、こうして集まると毎回人の多さに驚かされる。

クウェンサーさんがわたし達に気付いて声をかけてきた。

「そろそろ出発のお時間ですか?」

「そうだよぉ」

わたしもルルも手ぶらだった。

旅で必要な荷物は全てルルの空間魔法の中に入っているため、手持ちのものはない。

ルルがルドヴィクをヴィエラさんに渡した。

ヴィエラさんがしっかりとルドヴィクを抱え、ルドヴィクがこちらを見る。

「それじゃあ、留守は任せたよぉ」

「ルドのことやお屋敷のこと、よろしくお願いします」

ルルとわたしの言葉にクウェンサーさんが頷いた。

「はい、旦那様と奥様のお戻りを、皆でお待ちしております」

「って言っても数日に一回くらいは帰ってくるけどねぇ」

ルルの手がポンとルドヴィクの頭に触れる。

「世話役の言うこと聞くんだよぉ?」

「ちぇーえ」

ポンポン、と軽く撫でてルルの手が小さな頭から離れる。

わたしもルドヴィクの手を取った。

「ルド、できるだけ早く終わらせて戻るからね」

キュッと小さな手が握り返してくる。

「はぁーえ、いっちぇ、らぁーちゃ」

「うん、いってくるね」

わたしも軽く握り返し、手を離した。

ルルがわたしを抱き寄せる。

「それじゃあ、いってくるよぉ」

「いってきます」

全員が頭を下げて「いってらっしゃいませ」と言う。

ルルが転移魔法の詠唱を行い、ふわっと浮遊感に包まれる。

ルドヴィクに手を振れば、小さな手が振り返してくれた。

……久しぶりの外出だ。

ルドヴィクを妊娠してからは外出することがなかったため、考えてみると二年半くらいは屋敷に引きこもっていたことになる。

妊娠や出産、ルドヴィクの世話などでバタバタしていたので、あっという間に時間が過ぎていったが、ついこの間までは生まれたばかりだと思っていたルドももうすぐ二歳である。

一瞬で視界が切り替わり、見慣れない場所に移動する。

けれども、そこにはお父様とお兄様がいた。

「直接会うのは久しぶりだな、リュシエンヌ」

と、お兄様が声をかけてくる。

お父様は時々、ルドヴィクを見にルルが転移魔法で屋敷に連れてきてくれていたけれど、お兄様は国王としての公務が忙しくてその余裕がなかった。

国王となったお兄様は以前よりもいっそう、精悍な顔つきになっていた。

思わず、まじまじとお兄様の顔を見てしまう。

「はい、お久しぶりです、お兄様……」

「どうかしたか?」

「いえ……初めて会った頃のお父様とすごく似ていたので」

お兄様は変わらず、後頭部で髪を一つにまとめているものの、顔立ちや背格好が初めて出会った頃のお父様そっくりだった。声も似ているかもしれない。

「お兄様は今、おいくつでしたっけ?」

「二十四だ」

「お父様がわたしを迎え入れてくださった時、おいくつでしたか?」

「二十七、八くらいだな。……確かに、アリスティードは若い頃の私そっくりだ」

お父様がおかしそうに笑う。

それにお兄様が「尊敬する父上に似ているなら良いことです」と返した。

……と、いうことは、お父様は今は四十代半ば。

まだまだ若いけれど、お父様はお兄様に王位を譲った。

王位に未練がなさそうなところはお父様らしいと思う。

「遺跡調査のためとはいえ、リュシエンヌと共に旅をするのは初めてだな」

お父様が嬉しそうに微笑んだ。

わたしもそれに頷き返す。

「ルドを妊娠してから初の旅でもあるので、実はちょっと楽しみでした」

「体調は大丈夫か? 少しでも違和感があれば言いなさい」

「はい」

チラリとお父様がルルを見る。

「まあ、ルフェーヴルがそばにいるならば問題はないと思うが」

「そぉそぉ、オレは『ルシール=ローズ専属の騎士』ってことでヨロシク〜」

「そう言うだろうと思って事前に他の者達には通達済みだ」

「さっすが義父上〜。あと調査隊にはついていくけど、数日に一回はルドヴィクの顔を見に家に帰るからぁ、オレ達の姿が見えない時はそういうことだと思ってぇ」

お兄様が呆れた顔をする。

「まったく、転移魔法を使えるのが羨ましくなるな」

「アリスティードはまだ使えないのぉ?」

「全属性の適性があると言っても、闇属性はあまり得意じゃないんだ。転移魔法を使えるほどではないし、多分、今後もそうなる可能性は低い」

わたしが授かっている女神の加護は周囲の人々にも恩恵を与える。

それによって、ルルだけでなくお兄様とお父様も全属性の魔法を使えるようになったらしいが、やはり元々あった属性の魔法が強く、他は多少使えるという程度らしい。

「ふぅん? 残念だねぇ」

ルルはあまり興味がなさそうだった。

「ああ、それと、今回同行する宮廷魔法士はリュカ=ノワイエだ。リュシエンヌの事情を知っている上に、精神干渉系の魔法が得意分野だが、探知魔法もかなり優れているので選抜した」

「アイツかぁ」

ルルの空気が少し冷たくなる。

リュカ=ノワイエ宮廷魔法士は以前、音声のみの通信魔道具を作る際に魔法が正しく発動するか宮廷魔法士長様と一緒に試験してもらった人であり、わたしに触れたことでルルに文字通りぶっ飛ばされた人でもある。

あれ以降、顔を合わせることはなかったので少し気まずいかもしれない。

「まあ、リュシーに精神干渉系は効かないからいいけどさぁ」

と、ルルが言う。

……そっか、わたしは魔力がないからそういう魔法も効かないんだっけ。

「恐らく、向こうから謝罪があると思うが……殺すなよ?」

「態度によるねぇ」

ルルの返事にお兄様は小さく息を吐いた。

その肩を励ますように、お父様が軽く叩く。

「さあ、そろそろ私達は行こう」

お父様の言葉に、お兄様が顔を上げる。

「父上、リュシエンヌ、ルフェーヴル……三人とも気を付けて」

「アリスティードは心配性だねぇ」

「特にお前は気に入らないからってノワイエをいじめるなよ?」

「さあ、どうだろうねぇ」

わたしの両肩に触れて、ルルが小さく体を揺らす。

その仕草にお兄様は呆れ顔で、お父様はいつも通り微笑んでいた。

* * * * *

転移魔法で出かけていった主人夫婦を、ヴィエラは見送った。

腕の中には主人夫婦の子がいる。もう二歳だ。

……この子が生まれてから、もう二年が経つのね。

妻が妊娠してからの兄弟弟子はより過保護になり、妊娠中も出産後も仕事に行ったり休んだりを繰り返していた。昔は仕事一辺倒だったあの暗殺者が、だ。

何より、この屋敷に来てからはヴィエラは驚いてばかりだった。

兄弟弟子が結婚すると聞いた時ですら、タチの悪い冗談かと思った。

それが本当に結婚して、妻を愛し、愛され、そして子を成した。

正直に言えば、兄弟弟子が生まれてきた子を殺してしまっても不思議はないと考えていたのだが、予想に反し、兄弟弟子は子育てに積極的で、我が子の世話を甲斐甲斐しくしていた。

侍女長のリニアによれば、奥様が幼い頃も甲斐甲斐しく世話を焼いていたそうだ。

所々で気になる点はあるものの、兄弟弟子は我が子に関心を持っているらしい。

「ちぇーえ、はぁーえ……」

と、腕の中の子が小さく呟く。

手を振って見送ったものの、両親がいなくなって寂しいのだろう。

この子のそばには常に誰かがいて、屋敷には奥様もいたので、両親が近くにいないという状況に不安を感じても不思議はなかった。

坊っちゃまの世話役になったメルティと侍従のティエリーが近寄ってくる。

「ルドヴィク様、お庭に遊びに行きましょうか!」

「騎士達の訓練を見に行くのでもいいですよ」

二人の言葉に子が顔を上げる。

「くーりぇ、いきゅ」

「訓練ですね。きっと騎士達も喜ぶでしょう」

差し出されたティエリーの手に、ヴィエラは子を渡した。

「さあ、ルドヴィク様、お外に行きましょうね〜」

「ちぇん、うんうん」

「木剣は騎士が持ってきてくれますよ」

二人が子の護衛騎士を伴い、玄関ホールを出ていく。

集まっていた使用人達も主人夫婦がいなくなると、それぞれの仕事に戻っていく。

……子供って意外と重いのよね。

あんなに小さいのに、ずっしりとしていて、温かくて、柔らかい。

ヴィエラは昔から避妊薬を飲み続けていた影響で妊娠できない体になったが、そのことについて不満はなく、クウェンサーも気にしていない。

だが、まさか兄弟弟子の子を抱く日が来るとは思わなかった。

主人夫婦の子を何度抱いても、少し感動してしまう。

人間らしさのない兄弟弟子を知っているからこそ、以前と現在の違いに驚くし、人間らしさを得た兄弟弟子の今後も気になる。

「……師匠にも見せられたら良かったのに」

もう二度と顔を合わせることはないと、師匠は決めてしまった。

あの森の中の家に今、また行ったとしても、きっと誰もいないだろう。

主人達の子はこれからどんどん成長していく。

今ですら兄弟弟子に顔立ちや色彩がそっくりなので、このまま成長すれば本当に兄弟弟子の若い頃そのままの姿に育つかもしれない。

それに少しばかりの懐かしさと、あの頃の訓練を思い出してほろ苦さを感じた。

「ヴィエラ、今のうちに三階のお掃除をしてしまいましょう」

リニアに声をかけられ、ヴィエラは頷いた。

「ええ、そうね」

主人夫婦も出かけているし、子も騎士達のところに行っている。

今なら時間をかけて、三階の主人達の居住区を清掃できるだろう。

「シーツも替えて、ルドヴィク様の玩具も綺麗にして、ベッドや柵に不備がないかの確認もしないと。できればクッションも一度洗いたいし……やることは沢山あるわ」

リニアが指折り数えながら言うので、ヴィエラは笑った。

「ルドヴィク様のヌイグルミは洗う前に確認しないと」

「前は大騒ぎになったものね」

リニアもおかしそうに小さく笑う。

主人夫婦の子のヌイグルミを洗濯した時は、いきなりなくなったからか子が大泣きして大変だった。あの時は主人夫婦も目を丸くして驚いていた。

……そういえば、旦那様は空間魔法におしめを入れたまま行ったのかしら?

兄弟弟子の性格を考えると、出すのが面倒だからとそのままにしている可能性が高い。

闇ギルド随一の実力者である暗殺者の荷物の中におしめが交じっているところを想像すると、なんだかおかしくて自然と笑みが浮かぶ。

この穏やかで平和な日々を、ヴィエラは結構気に入っていた。

* * * * *