軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

調査隊 - 旅(1)

馬車の中、ルルがジッと向かいに座る人物を見つめている。

明らかに好意的ではない視線を受けて、その人物──……リュカ=ノワイエ宮廷魔法士が俯いたまま、硬直しているのが分かる。

馬車の中にはお父様とルル、わたし、そしてノワイエ宮廷魔法士がいた。

わたし達三人は馬車の進行方向を向いて座っており、ノワイエ宮廷魔法士だけが進行方向を背に、こちらに向く形で座っている。

調査隊と合流し、お父様とノワイエ宮廷魔法士、ルルの四人で馬車に乗り込んだものの、それ以降ずっと沈黙が続いていた。理由はルルが冷たい眼差しでノワイエ宮廷魔法士を見張っているからなのだが。

「ルフェーヴル、いい加減殺気を仕舞え」

お父様がそう言えば、ルルが「はいはぁい」と返事をした。

どうやらノワイエ宮廷魔法士に殺気を向け続けていたらしい。

……それは生きた心地がしなかっただろうなあ。

ルルがわたしの手を握ると、ノワイエ宮廷魔法士が少しホッとした様子で小さく息を吐いた。

そうして、ノワイエ宮廷魔法士と目が合った。

「……ローズ様、以前は大変無礼な振る舞いをしてしまい、申し訳ありませんでした」

と、頭を下げられた。

「謝罪を受け入れます。……ルルも、怒ってくれてありがとう」

ルルの手を握り返せば、ルルがわたしの頬にキスをする。

言葉はなかったが『どういたしまして』と返事をされた気がした。

ノワイエ宮廷魔法士が目を丸くし、不思議そうにわたしとルルを見た。

「あの、ローズ様はご結婚されていらっしゃるのですよね……?」

なぜか既婚かどうか確認され、わたしは首を傾げた。

「はい、そうですが……?」

「横にいる騎士は護衛だと窺っておりますが……その、随分親密そうなご関係のように見受けられまして……」

どう言ったら良いものか、というふうに言葉を濁されて更に首を傾げた。

親密そうも何も、ルルはわたしの夫なのだから、親密なのは当然である。

ルルが不意に「あ」と何かに気付いた様子で手を叩いた。

「ルシール……いや、この子の夫はオレだよぉ」

……もう、この 子(・) という年齢ではないけどね。

ノワイエ宮廷魔法士も目を瞬かせ、わたしもキョトンとしてしまう。

「前に会った時は変装してたんだよぉ」

「あ」

ルルの言葉に以前のことを思い出した。

確かにあの時、ルルはヴェデバルド王国に逃げた旧王家派の貴族を消す仕事をお父様から受けており、わたしの希望で黒髪の傭兵に変装していたのだった。

そういえば、ルルは変装したまま転移してきていた。

変装時と今のルルはまったく顔立ちが違うように見えるし、声や口調も異なっていたから余計に分からなかったのだろう。

横にいたお父様が納得した様子で「ああ、あれか」と言う。

黒髪傭兵の変装はあの時しか見ていないので、よく覚えている。

「……って、あれ? ルル、変装姿でお父様のところにも行ったの?」

「報告のためにちょ〜っとねぇ」

「なるほど」

本来は旧王家派の貴族が国王暗殺の依頼を出したけれど、逆にお父様が相手を暗殺するようルルに依頼をかけたため、ルルはお父様のほうの依頼を請け負った。

終わった後に報告に行ったなら、変装姿も見ているはずだ。

ルルの本職を知らないノワイエ宮廷魔法士は、頭の上に疑問符が浮いているようだった。

「とにかく、用事で変装してたんだよぉ。本来はこっちが正しいから〜」

「そ、そうなのですね……」

面倒になったのかルルが雑に言い、ノワイエ宮廷魔法士もそれ以上は訊かなかった。

恐らくルルにぶっ飛ばされたことが忘れられないのだろう。

そのせいでルルに苦手意識を持っているのかもしれない。

「妻がオマエを許しても、オレは許さないからねぇ?」

「は、はい……」

ノワイエ宮廷魔法士は萎縮した様子で肩を竦めて俯いた。

ルルがここまで根に持つのは珍しいが、任務中に突然、 警報(アラーム) 魔法が伝わってきてわたしに何かあったかもしれないと感じ、任務を中断して転移したのだ。

仕事について結構こだわりがありそうなルルからすれば、面白くなかっただろう。

お父様が小さく溜め息を吐いた。

「ノワイエ宮廷魔法士、休憩後は別の馬車に乗っても構わない」

「……お気遣い感謝いたします……」

同じ馬車に乗っていたらいつまでもこのままだと、お父様も察したようだ。

「えっと……」

お父様に声をかけようとして、なんと呼べばいいのか迷った。

ルシール=ローズの姿でお父様を『お父様』と呼ぶのはまずい。

……ファイエット侯爵って呼んだほうがいいのかな?

お父様がフッと微笑んでわたしの頭を撫でた。

「道中はメガネを外しても問題ない。皆、知っている。調査に向かわせた先発隊と合流する際は一度着けてもらうが、あちらにも事情は説明する予定だ」

お父様がそう言うと、ルルがすぐにわたしのメガネを外した。

髪色が赤から見慣れたダークブラウンに戻る。

「沢山の人に知られてしまいますが、大丈夫ですか……?」

「全員に誓約魔法をかける。それにもし漏らした場合、ルフェーヴルが黙っていないさ」

「まぁね〜」

お父様の問いにルルが軽く体を揺らす。どうやら機嫌が少し良くなったようだ。

魔法でわたしのことを口外できないようにしておくのであれば安心だ。

「それで、リュシエンヌ、何か訊きたいことがあったのだろう?」

お父様の言葉に、わたしは頷いた。

「はい、旅程について改めて知りたくて。遺跡は王国の東の国境近くにあると聞いていましたが、具体的にはどの辺りですか?」

東と聞くとクリューガー公爵領やオーリのいる修道院、ルルのお師匠様を思い出す。

でも、今回はそういったところに寄り道をすることはないだろう。

ルルが空間魔法から地図を取り出し、わたしの膝の上に広げた。

そこにお父様の手が伸びる。

「今は王都を出たばかりだが、目的地はここだ」

お父様の手が東に移動して、国境沿いを示した。

そこは以前行ったバウムンド伯爵領よりも更に先、ルルのお師匠様が住んでいた森よりももっと東に進んだ、山間の場所だった。周りに大きな街もない。

お父様の話によると、遺跡は森の中で見つかったそうだ。

街道からもかなり外れているらしく、先発隊は辿り着くまでにかなり苦労した上に、遺跡はどこにも入り口がなく、多分入り口だろう場所には謎めいた文字が書かれているだけ。

文字は東の国・イズールの文字で書かれていたそうだが、文字も掠れていた上に文章が古めかしいものだったようで、解読と調査で半年ほどかかった。

イズールの文字は前世の日本語に近い。

ひらがなにカタカナ、そして漢字。

わたしにとっては懐かしいものだが、お兄様は覚えるのにとても苦労していた。

……前々から不思議だったけど、どうして前世の世界と同じ文字があるんだろう?

わたしと同じように前世が向こうの世界だった人が文字を広めたのだろうか。

そうだとしても、この世界がゲームとして前世の世界にあったのも疑問だし、わたしがこの世界でリュシエンヌとして生まれ変わった──と言っていいのか分からないが──のも、何かあるのかもしれない。

旧王家と女神様と関係する遺跡なので、さすがにその辺りは分からないかもしれないが、そうだったとしても リュシエンヌ(わたし) のルーツは分かる。

何より、あれほど好き勝手にしていた旧王家だ。

これまでに何度も貴族達は不満を感じていたはずなのに、どうしてこれまで王位を簒奪されることがなかったのかも気になるところである。

遺跡についてお父様とお兄様は話し合い、わたし達に連絡を取り、現在に至る。

「旧王家の正統な血筋であり、琥珀の瞳を持つリュシエンヌがいれば遺跡に入れるかもしれない」

お父様の言葉に新たな疑問が湧いた。

「お父様は遺跡を無視しなかったんですね。……旧王家こそが王族であるべき、という証拠が出てしまったら、ファイエット王家にとっては困ると思うのですが」

「そうだな」

わたしが言えば、お父様が困ったように微笑んだ。

「私は簒奪者だ。どれほど国を良き方向に導くことができたとしても、正統性はなく、国の在るべき姿を変えてしまったのかもしれない。だが、だからといって旧王家の歴史を忘れていいわけではないんだ」

むしろ、旧王家の歴史は明らかにするべきだとお父様は言う。

正統な血筋で琥珀の瞳を持つわたしを王位から外したが、お兄様の妻であるお義姉様──……クリューガー公爵家は王家の血を濃く引いている。

中には旧王家の血が濃いお義姉様との結婚に反対する者もいたそうだ。

今回の遺跡調査は、旧王家の正統性を調べる良い機会でもある。

もしも旧王家の血筋がこの国の王家になくてはならないものであるなら、お兄様とお義姉様の結婚は正しいものとなる。

「たとえどのような結果だとしても、旧王家が長きに渡りこの国の王族であったことは変わらない。その歴史を知りたいと私も思っている」

それにわたしも頷き返した。

ルルはつまらなさそうに、わたしに寄りかかる。

「歴史とかどうでもよくなぁい? そもそも歴史ってのは『勝者の言い分』だしぃ、負けたほうが死ぬか消えるかするんだから本当に正しい歴史かどうかも分からないじゃん」

「その辺りも含めて歴史というのは考えるべきものだ」

「え〜? めんどくさぁい」

ルルは遺跡についてまったく興味がないのだろう。

わたしが行きたいから付き合って来てくれているだけだ。

……それにしても『勝者の言い分』かあ。

すごく的を射ているというか、上手い表現だと感じた。

「そうは言うが、ルフェーヴル、お前もいずれ歴史書の中に名が残るだろう。旧王家最後の生き残りの王女と結婚した貴族として、語られることになる」

「あは、 暗殺者(オレ) の名前が歴史に残るなんておかしいよねぇ」

愉快そうに笑ったルルだけど、やっぱりあんまり関心はないみたいだ。

「でもさぁ、最近はそれも悪くないって思うんだよぉ」

ギュッとルルに抱き締められる。

「リュシーの夫として名前が残るなら、それが残っている限り永遠にオレはリュシーの夫でリュシーはオレの妻ってことでしょぉ? 死んだ後もずっと夫婦関係が残るっていうのもいいよねぇ」

完全に機嫌が直ったのか、ルルがわたしの頭に頬擦りをする。

ノワイエ宮廷魔法士だけは変なものでも飲み込んでしまった時のような顔をしていて、でも、お父様もルルもそれについては触れなかった。

* * * * *

休憩地点だという村に到着し、馬車から降りる。

お父様が外していても良いと言うのでメガネはかけていなかったけれど、誰もわたしの色彩が変わったことに言及する者はいなかった。

王都から東に二時間ほどの村はそこそこ大きく、人も多い。

逆にお父様は度のない伊達メガネをかけ、髪を後頭部の低い位置でまとめていた。

ノワイエ宮廷魔法士は馬車から降りるとそそくさと離れていく。

二時間も 暗殺者(ルル) にジッと見つめられていて、ルルの本職を知らなかったとしても非常に気まずかっただろう。逃げ場がないので余計につらいと思う。

「リュシー、喉渇いてなぁい? お腹減ってるなら軽食もあるよぉ」

賑やかな村を眺めているとルルに訊かれた。

ルルは鎧を脱いで騎士服だけの格好だ。鎧は動きにくいと馬車の中で脱いで、空間魔法に適当に放り込んでしまった。もう鎧を着ることはなさそうだ。

「ルフェーヴル、たまにはリュシエンヌに外の食べ物を食べさせてやってはどうだ」

「ええ〜? ……まあ、リュシーはこういうところの食べ物も好きだしねぇ」

代わりにルルが小袋を取り出した。

「じゃあ、どこかで昼食にしよっかぁ」

お父様が辺りを見回していると騎士の一人が近づいてきて、何事かを耳打ちする。

それにお父様が頷き、騎士が下がっていった。お父様がわたし達を見る。

「向こうにある二階建ての赤い屋根の家が宿と併設の食事処らしい」

「わあ、行ってみたいです! ……ルル、いい?」

横を見上げれば、ルルが仕方ないなあという顔で笑う。

ルルとお父様の手を取り、歩き出す。

「ルル、お父様、早く行きましょう!」

急かすわたしに二人が顔を見合わせて「うん」「ああ」と笑った。

もういい大人がと思われるかもしれないが、お父様と食事をするのは久しぶりだし、ルルとまた出かけることができたのも嬉しかった。

お父様とルルと三人で手を繋いで向かう。

ちょっと目立ったけど、元々わたし達は目立っていたから気にするのはやめた。

「多分、ここだな」

お父様が言い、二階建ての赤い屋根の家の前で立ち止まった。

看板には確かにベッドの絵が描いてある。

わたしから手を離し、お父様が先に入った。

わたしとルルもその後に続く。

「いらっしゃい!」

と、元気な女性の声に出迎えられた。

「泊まらないが、食事をしたいんだ」

「ああ、構わないよ! ……あんた、三名様お客さんよー!」

その明るい声に遠くで「あいよ!」と声がする。

女性がすぐに振り返った。

「一階は食堂兼飲み屋をやっててね、お好きな席にどうぞ! すぐに注文を伺いに行きますからね。あ、水はいるかい?」

「ああ、頼む」

「はいよ!」

女性が受付のところで何かやっている間に、横の食堂だろう場所に入る。

木造の建物で、カウンターもテーブルも全部木目の見える造りだ。

……なんだか可愛いなあ。

これまでは貴族用の宿に泊まっていたけれど、こういう一般人向けの宿はシンプルで、贅沢さはないけれど置いてある小物やお花が温かみがあって可愛らしい。

出入り口からあまり見えない位置のテーブルを選び、三人で席に座る。

その後、すぐに女性が注文を取りに来た。

「お待たせさん!」

お盆に乗せた木製のコップには水が入っていて、三人分をテーブルに置く。

「すぐに食べられるものはあるか?」

「そうだねぇ、シカ肉の赤ワイン煮込みと鶏のミルク煮ならすぐ出せるかねえ」

「では私は赤ワイン煮込みを。二人はどうする?」

お父様に訊かれて、わたしとルルは鶏のミルク煮にした。

女性は「赤とミルク煮ね!」と返事をするとカウンターの向こうに行った。