軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

準備

* * * * *

深夜、仕事を終えて汚れを落とすとルフェーヴルは子供部屋に向かった。

この時間なのでリュシエンヌは確実に寝ており、急ぐ必要はない。

子供部屋に行けば、中に元侍女の世話役がいた。

「ルドヴィク、もう寝てる〜?」

「それが、今日はなかなか寝付いてくださらなくて……」

「オレが代わるよぉ」

子供用のベッドは新調して、以前のものより大きくなった。

そうは言っても相変わらず安全性を考えて柵に囲われているが。

ベッドの中を覗き込めば、自分と同じ灰色の瞳と目が合う。

背後で「失礼します」と声がかけられ、扉が閉められた。

足音が遠ざかっていくと子供がむっくりと起き上がった。

ルフェーヴルが手を伸ばせば子供は素直に抱き上げられ、腕の中に収まる。

「今は旅支度してるけどぉ、義父上から連絡がきたらオレとリュシーは出かけてくるからねぇ」

「あぃ」

「遺跡調査って結構かかるらしいしぃ、帰ってくるのは数日おきかもぉ」

今日、ルフェーヴルもアサドにその旨を伝えてきた。

アサドは特に気にした様子もなく「出立日までは依頼をお願いしますね」と言っていたし、ルフェーヴルもギリギリまでは仕事をするつもりだった。

「うじょ、おーちゅばん」

「ん? ……あ〜、お留守番?」

「あぃ」

「そうだねぇ、遺跡調査に子供は連れていけないからねぇ」

中身は転生者なので、昼間の話はきちんと理解しているはずだ。

そうしてリュシエンヌに『いってらっしゃい』と言ったのも、後押しするためだろう。

「昼間はありがとぉ」

よしよしと頭を撫でれば、子供がまじまじと見上げてくる。

「リュシーが悩んでるのも、義父上が来てほしがってるのも気付いたんでしょぉ?」

「……あぃ」

「オレとしては遺跡なんて訳分からないところに行ってほしくないけどさぁ、旧王家とかリュシーに関わることは知っておかないとまずいかもって思ったんだよねぇ。リュシーの女神の加護についても気になるしぃ」

「きゃぎょ……」

子供の呟きにルフェーヴルは頷き返す。

「そう、女神がリュシーを守って、周りにいる人間にも幸せをくれるんだってさぁ。オレもその影響で魔力量が増えたしぃ、以前より体も動きが機敏になったっていうかぁ、まあ、強くなった感じはするよぉ」

「ちぇーえ、ちゅおい?」

「ちゅおい……強いかってこと〜?」

「あぃ」

こうして子供に訊かれるのは初めてで、ルフェーヴルはそういえば教えていなかったと気付く。

「オレ、これでも闇ギルドのランキング一位なんだよぉ。実力で言えば一番上ってことぉ」

「いちゅい……」

「オマエがもっと大きくなったらオレの技術は全部叩き込むからねぇ」

子供が嫌そうな顔をする。

それがおかしくて、ルフェーヴルは小さく噴き出した。

「仕方ないでしょぉ? 戦えて、魔法も使えて、そのほうがオマエの選択肢は広がるよぉ」

「ちぇんちゃくち?」

「そ、伯爵位を継いで貴族になるのか、暗殺者になるのか、それとも家を出て自由に生きるのか。オレ達も好きに生きるからぁ、オマエも好きにしなよ〜」

そう言えば、今度は子供が困ったように眉尻を下げた。

自分と似た顔立ち──幼いが──なのに、ルフェーヴルよりも表情豊かだ。

「オマエ、学院は通いたい〜?」

「ぎゃきゅぃん?」

「そぉ、十五歳から三年通って勉強を教えてもらうところぉ。リュシーは飛び級で一年だけ通ったけどぉ、爵位を継ぐなら通ったほうがいいかもねぇ」

「ぎゃきゅぃん、ちゃのち?」

「あは、何言ってるか分かんないよぉ」

子供はまだ言葉が上手く発音できないので、たまに意味が読み取れない。

だが、子供は自分で納得した様子で小さく頷いた。

「ぎゃきゅぃん、いきゅ」

「通うなら勉強も剣も、魔法も学ばないとねぇ」

「あぃ」

話をしている間に眠くなってきたのか、子供が目元をこする。

ベッドに戻し、毛布をしっかりとかけてやった。

「おやすみぃ」

「……あぃ……」

すぐに眠りに落ちた子供の寝顔を数秒眺めてから、ルフェーヴルは足音もなく部屋を出た。

控え室に声をかけ、世話役を戻し、今度こそリュシエンヌのいる寝室へと戻ったのだった。

* * * * *

遺跡に行くことが決まって数日。

ルドヴィクは二歳になった。誕生日は今年も使用人のみんなとお祝いをした。

……きっと、これからも毎年そうやっていけるんだろうなあ。

とても幸せで、ルドヴィクが愛されていることが嬉しかった。

旅の準備はリニアお母様が手伝ってくれて、二人で用意している。

調査団の一員という名目で、表向きは宮廷魔法師ルシール=ローズとして、同行する予定だ。

今回はお父様も共に行くそうで、調査団の人々には事情を伝えているらしい。

だから、周りもわたしをルシールとして扱うだろう。

ルルは臨時の騎士として入れる予定で、宮廷魔法士の護衛ということになる。

……なんだかややこしいなあ。

でも、そうしなければ表舞台から消えた 王女(わたし) は動けない。

「荷物について、他に必要なものはございますか?」

「ううん、大丈夫。ありがとう、リニアお母様」

荷物の確認を済ませれば、ベッドの縁に座って眺めていたルルが立ち上がる。

「荷物の準備、終わった〜?」

「終わったよ」

「じゃあオレの空間魔法に入れとくねぇ」

ルルが小さく詠唱して旅行カバンに手をかざせば、その下に空間魔法が展開して収納される。

……いつも思うけど、ルルは何を入れたか分からなくなったりしないのかな。

絨毯の上から立ち上がろうとすれば、手が差し出され、大きなルルの手に引っ張り上げられる。

「リュシー、体調はどーぉ?」

「もう大丈夫だよ。出産からもうすぐ二年近く経つし、元気いっぱい!」

拳を握って見せるとルルが笑って「それならいいよぉ」と言う。

ルドヴィクが一歳になるまではやはり体がだるかったり、体調を崩しやすかったりしたけれど、もう今は何ともない。ルシールとして仕事に復帰するにも良い機会だと思う。

寝室から居間に移動する。

先ほどルルがルドヴィクを寝かしつけてくれたらしい。

リニアお母様がお茶の用意をしてくれるというので、ルルとソファーに座ってのんびり過ごす。

「わたし達が出かけている間、ルドは寂しくならないかな……」

「大丈夫でしょ〜。使用人全員が面倒見てくれるんだしぃ」

つん、とルルの指がわたしの鼻先に触れる。

「寂しいのはリュシーのほうなんじゃなぁい?」

図星を指されて、わたしは思わず押し黙ってしまった。

ルドヴィク専属の使用人が付き、こうして離れて過ごす時間は増えたけれど、同じ屋敷の中で過ごすのと外に出て過ごすのとでは気持ちが違う。

「……わたしのほうが子離れできてないのかなあ」

「リュシエンヌ様、まだルドヴィク様は二歳にも満たないのですから、今すぐ無理に子離れをする必要はございませんよ。ゆっくり、自然に離れていけばよろしいのです」

リニアお母様の言葉にルルも頷く。

「そぉそぉ、今回はお試しだと思っておけばいいよぉ。これでルドヴィクが泣いて手を焼くって話だったら、まだしばらくリュシーは仕事に復帰しなければいいんだしぃ」

「うん、そうだね」

やっぱり少し寂しいけれど、お父様の手助けもしたい。

そうなると、どこかで何かを妥協しなければいけない。

どちらにしても幼いルドヴィクを遺跡に連れていくことはできないので、使用人達と一緒にお留守番をしてもらい、わたし達だけで行ったほうが身軽だし、周りにも迷惑をかけずに済む。

一応、ルルの転移魔法でルドヴィクの様子を見に数日おきに帰ってくる。

リニアお母様達にルドヴィクのことを任せることに不安もない。

「オレは久しぶりに一日中、リュシーと過ごせるから楽しみだよぉ」

そう言ったルルは確かに機嫌が良さそうだった。

「調査団の人達もいるのに?」

「他のヤツらなんてどうでもいいよぉ。オレがリュシーと一緒っていうのが大事なんだからぁ」

ルルに抱き着かれ、わたしも抱き締め返す。

リニアお母様が「お茶のご用意ができましたよ」と声をかけてくれたので、ルルと二人で紅茶を飲む。

遺跡調査に行っている間は使用人を連れていくことはできない。

……わたしとルルだけなんていつ以来だろう?

「遺跡調査、お気を付けてくださいね。リュシエンヌ様は集中すると周りが見えなくなることがありますので、必ずおそばに旦那様がいるように」

「うん」

「旦那様は……私が言わずとも分かっていらっしゃるでしょう」

「まぁね〜」

リニアお母様の言葉にルルは軽く返事をして、クッキーを食べている。

この二人は仲が良いのか悪いのか、昔から不思議である。

「リュシーの世話についてはオレがするしぃ、心配しないでよぉ」

そうして、わたしの口元にもクッキーが差し出されたので食べる。

「オレ達のことよりルドヴィクのほうは頼んだよぉ。アイツ、まだ小さいけど頭は良いからさぁ、オレ達がいない間にこっそり屋敷の外に出ようとするかもしれないしぃ、しっかり見張ってて〜」

「確かにルドヴィク様は利発な方ですが……」

「リュシーに似て好奇心旺盛でしょぉ? 何するか分からないじゃん」

ルルが言い、リニアお母様が「そうですね」と困り顔で呟く。

ルドヴィクは好奇心の強い子で、行動力もあって、物怖じしない。

……だからこそ屋敷の外に関心を持つ可能性も高いよね。

あの子はまだ一度も屋敷の敷地外に出たことがなく、ここだけがあの子の世界だ。

このままでは良くないけれど、外に出すにはまだ幼すぎる。

「まあ、でも一回くらいは痛い思いしないと分からないこともあるからねぇ」

ルルはルドヴィクに対して関心はあるけれど、たまにこういう放任的な時もある。

その辺りの対応がわたしと違うのは『怪我をしても治癒魔法で治せる』という違いなのだろう。

……ルドに魔力があって良かった。

もし魔力がなかったら、わたしはきっともっと過保護になっていたかもしれない。

* * * * *

夜、寝る前に挨拶しようと両親の寝室に行った。

明日から二人は遺跡調査に向かうという。

この国を昔支配していた旧王家は傍若無人で、圧政により民を苦しめ、国を傾けた。

貴族達も王族の振る舞いを許せず、祖父が旗印となり、クーデターを起こすことで旧王家から現在の新王家に代わったらしい。

母は当時まだ幼く、旧王家から虐待されていたため、処刑を免れたそうだ。

王族は母を除いて全員が処刑された。

だが、今回は遺跡の解明のために旧王家の血筋が必要となった。

だから母は遺跡調査に行き、母にべったりな父も当然ついて行く。

……貴族と王女の子供なら将来安泰と思ったけど、複雑な立場だし。

母の血筋を悪用されないために、書面上、自分はこの二人の養子になっている。

実子である利点は少ないと父に言われたが、それについては気にしていない。

自分達が事実を分かっていればそれで十分だ。

世話役のメルティが寝室の扉を叩くと、中から父が扉を開けた。

「しーっ、リュシーはもう寝ちゃってるから静かにねぇ」

口元に指を立てて言う父に、自分も口を手で覆った。

その手には細い三角形の瓶が握られており、中に黄色っぽい液体が入っている。

ジッと見上げていれば、父が視線に気付いて部屋の外に出て、後ろ手に音もなく扉を閉めた。

こちらの視線に合わせるためか父がその場にしゃがみ込む。

「これは避妊薬だよぉ」

メルティが「旦那様……」と咎めるように父を呼んだ。

「別に隠すことでもないでしょぉ?」

「それはそうかもしれませんが……」

「妊娠も出産もリュシーには負担がかかりすぎるからさぁ、残念だけど一人っ子で我慢してぇ」

父が言って、瓶の栓を抜くと中身を飲む。

その躊躇いのない仕草から、薬を飲み慣れているのが分かった。

母と夫婦として過ごしたいけれど、妊娠は困る。

でも、母の体に負担をかけたくないから薬は父が飲むということなのだろう。

この父については『何を考えているんだ』と思うことはあるが、母への愛情だけは本物で、いつだって母を最優先に考えている。

父は薬を飲み終えると栓を戻し、魔法の中に空き瓶を放り込む。

それから、大きな手に頭を撫でられる。

「明日からオレ達は出かけるからねぇ」

「 はい(あぃ) 」

「世話役とか使用人達に遊んでもらうんだよぉ」

母にしか関心を持っていない父だが、それでも、自分のことは気にかけてくれる。

こういう人なのだと思うし、他の使用人への態度を見る限り、父なりに息子を可愛がろうとしてくれてはいるようだ。放置されるよりかはいいだろう。

「 はい(あぃ) 」

返事をすれば父が満足そうに微笑む。

「それじゃあ、おやすみぃ」

「 おやすみ(おーちゅい) 、 なさい(あちゃー) 」

ぽんぽん、と大きな手が頭を叩くと離れていく。

父は立ち上がると振り返らずに寝室に入り、扉が閉められる。

「さあ、ルドヴィク様もねんねしましょう」

「ん」

メルティの言葉に頷き、子供部屋に戻る。

柵付きのベッドに入れられ、横になれば、優しく毛布がかけられる。

「明日は早く起きて、母上と父上のお見送りをしましょうね」

それにもう一度頷き、目を閉じる。

……明日は笑顔で見送ろう。

少し寂しいと感じるけれど、それはきっと両親も同じはずだから。

* * * * *