軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

地下禁書庫と始まり

* * * * *

カツ、コツ……と薄暗い地下に足音が響く。

王位を息子のアリスティードに譲り、相談役となってから、ベルナール=ロア・ファイエットはこれまでほとんど手付かずだった地下の禁書庫の整理を行っている。

もう一つ別に存在する禁書庫は管理されていたが、地下の禁書庫は長年放置されていた。

禁書庫全体に保存魔法がかけてあるので本や書類に傷みはないものの、上階の禁書庫よりも内容に問題のある魔法書が収められており、下手に誰かの手を借りることはできない。

空いた時間で少しずつ本の内容を確認し、禁書庫に置いておくか判断する。

とても地道な作業だが、中には偽の魔法書もあり、そういったものは焼却処分となる。

旧王家の時代、何代か前の王が魔法書好きでとにかく『魔法書』であれば何でも集めていた。

集められた本の中でも扱いに困るものがここに放り込まれたのだろう。

おかげで、今になってベルナールが片付けを行うことになっているのだが。

今日は禁書庫の最深部に置かれたものの確認だ。

他は整然と並べられているのに、最深部にあるものは何故かぐちゃぐちゃで、それを確認、整理してまとめるには時間がかかりそうだ。

長い階段を下りて、目的地に着く。

最深部は慌てて本を詰め込んだのか、本の並びも乱雑で、床に積み重ねられていることもある。

魔法で明かりを確保しながらベルナールは奥へ進んだ。

奥にある本棚は特に酷く、本や書類が無理やり詰め込んである。

「さて、どこから手をつけたものか……」

どこか一箇所を引き抜けば、全て崩れ出しそうだ。

保護魔法のかかっている禁書庫内では本が破れることはない。

崩れて散らばったとしても仕方がない。

試しに適当な一冊を抜こうとして、ふとそれが動かないことに気付く。

背表紙を押しても、まるで棚にくっついているように固まっている。

「どういうことだ……?」

他の本や書類に触れてみても、やはりどれも固定されている。

棚全体を調べるとこの状態で固定魔法がかかっていることに気が付いた。

……何故本棚に固定魔法が……?

崩れさせないためにしては何かがおかしい。

全ての本や書類を確かめていると、くすんだ黄色の背表紙の本だけが動く。

ただ、何かが引っかかっているのは引き抜くことはできない。

試しに押し込んでみると、奥でガコンと音がして、鈍い音を立てながら本棚が横に移動した。

「隠し部屋、か?」

本棚の裏に扉があった。扉には旧王家の紋章が描かれている。

扉に触れ、そっと取っ手を掴んで押せば、ゆっくりと開く。

ベルナールが室内に入ると壁にあったランタンにポッと明かりが灯った。

室内は狭く、大きいが質素な机と椅子があり、机の上には多くの書類や本が散らばっていた。

使いかけの羽ペンやインク壺、ズレたままの椅子はまるで少し前まで誰かがいたような気配を感じさせる。保存魔法のおかげでインク壺の中身はまだ使えそうだった。

だが、羽ペンの形から今よりもっと昔に使われていたものだということが分かる。

誰かが、禁書庫の最深部で何かを研究していたのだろうか。

机の上に置かれた書類と開きっぱなしの本を見る。

本を手に取り、その内容に目を通す。

「これは……」

慌てて机に散らばっている書類や本の内容に目を通し、ベルナールは頭を抱えたくなった。

こんなところに、旧王家の問題がまだ残っていた。

* * * * *

ルドヴィクがもうすぐ二歳になる。

最近はかなり言葉も覚えて単語を二つ合わせて喋るし、性格もより強く出てきた。

どうやらルドヴィクは剣や魔法に興味はあるけれど勉強はちょっと苦手で、体を動かすことが一番好きらしい。

ついこの間も、ルルから刃を潰した小さな剣をもらって喜んでいた。

かなり気に入ったようで、ずっとその剣を持っているくらいだ。

わたしとルルがソファーに座ってのんびりしている間も、剣を振っている。

騎士から剣の型を教えてもらい、小さいながらになかなか様になっていると思う。

ルルが何も言わずにその様子を眺めているので、型は正しいのだろう。

ふと、ルルが顔を上げた。見慣れた仕草にわたしも振り向く。

ルルが立ち上がるのと同時に通信魔道具が震え、大股で近づいていったルルがそれを手に取った。

「こんな時間になぁに〜?」

通信魔道具に連絡を入れられるのは、お父様とお兄様、そして闇ギルドのギルド長さんだけ。

ルルが通信魔道具を開けながら声をかければ、お父様の姿が現れる。

【すまない、今、時間はあるか?】

「あるけどぉ……ちょ〜っと待って、リュシーのほうに戻るからぁ」

そう言ってルルがこちらに戻ってくる。

わたしの横に座ったので、お父様からもわたしが見えているだろう。

「それでぇ?」

【直接話したい。旧王家……リュシエンヌに関わることだ】

「どこにいるのぉ?」

【私の執務室だ】

「すぐ、ソッチに迎えに行くよぉ」

【ああ、頼む】

そして、ルルがぱちりと通信魔道具の蓋を閉じて立ち上がった。

「ちょっと義父上、拾ってくる〜」

「うん、いってらっしゃい」

ルルがわたしの頬にキスをしてくれたので、わたしも返す。

満足そうに微笑み、詠唱を行うとルルの姿が消えた。

ルドヴィクが剣を振るのをやめてジッと見つめてきたため、手招きする。

「おいで、ルド」

「あい」

ルドが剣をティエリーさんに渡してこちらに来る。

わたしのそばで剣を使ってはいけない、というルルの教えを守っているようだ。

そばに来たルドを抱き上げ、ソファーに座らせた。

まだ小さなルドがソファーに座ると、足を投げ出すような格好になるのでちょっと可愛い。

「今、父上がお祖父ちゃんを迎えに行ってるからね」

「じぃじ、くゆ?」

「そうだよ、じぃじが来るよ」

ルドヴィクが生まれた時にお父様は来てくれたし、その後も通信魔道具で顔は見せているが、直に会うのはほぼ初めてである。

でも、ルドヴィクは記念硬貨が好きなので、きっとお父様にも人見知りはしないだろう。

話していると部屋の扉が叩かれ、ルルが入ってきた。

「連れてきたよぉ」

ルルの後ろからお父様が入ってくる。

お父様は並んで座るわたし達を見て、眩しそうに目を細めて微笑んだ。

「大きくなったな……」

ルルがお父様にソファーを勧め、わたしの横に座った。

お父様も向かいのソファーに座った。

横を見れば、何故かルドヴィクがモジモジしている。

「ルド、ご挨拶しておいで」

床に下ろせば、テーブルを回ってお父様のそばに行き、でもソファーの肘掛けに隠れてしまった。

ルドヴィクが人見知りをするのは初めてで驚いた。

だが、怖がっているというより、照れた様子である。

「じぃじ、こんちゃ……」

それにお父様が微笑み、ルドヴィクの頭に手を伸ばした。

「ああ、こんにちは、ルドヴィク。私のことを覚えていてくれて嬉しいよ」

「じぃじ、だぁきぃん、ちゅき……」

「お父様が描かれている大金貨は、ルドのお気に入りなんです」

「そうか。……抱っこしていいか?」

お父様がルドヴィクに訊くと、ルドヴィクが両手を広げて抱っこ待ちする。

それにお父様が柔らかく笑ってルドヴィクを膝に抱き上げた。

「アベリアより成長が早いな」

「ルドヴィクはこの歳の子供にしては早熟らしいよぉ」

「そうなのか」

お父様がルドヴィクとルルの顔を交互に見て、小さく笑った。

「直に見ると、お前達は本当によく似ているな。ルドヴィクはリュシエンヌではなく、ルフェーヴルから生まれてきたのではないか?」

「オレだってこんなに似てくるとは思わなかったよぉ」

ルドヴィクは成長する度にどんどんルルに似てきている。

容姿で言うなら、わたしに似たところはないが、使用人のみんなからは『魔法が好きなところがそっくり』とよく言われる。ルルや使用人達が魔法を使うと大喜びするのだ。

「で? そろそろ本題に入ってくれるぅ?」

ルルの言葉に、お父様が頷き、ルドヴィクを床に下ろした。

ルドヴィクもわたしのほうに戻ってきたので、ソファーに座らせる。

「そうだな。……まずはこれを見てほしい」

お父様が空間魔法から荷物を取り出したので驚いた。

いつの間にか、お父様も空間魔法を習得したらしい。

ローテーブルの上に書類や本が置かれ、地図が広げられたので、ルルとわたしで覗き込んだ。

「半年ほど前に城の地下禁書庫で隠し部屋を見つけた。その部屋に置かれていたものだ」

地図はファイエット王国と周辺国が描かれており、国内のいくつかの場所に小さな『×』が、隣国との国境近くに大きな『×』が一つある。

ルルが書類を手に取り、わたしは本を手に取った。

本は何代か前──旧王家時代──の国王が書いたものだった。

どうやら国内の遺跡を調査していたらしい。

「……遺跡?」

この世界でその言葉を目にするのは初めてだった。

「ああ、これらは国内にある古き時代の遺跡についての調査書だ。何代か前の国王が遺跡に気付いたものの、成果が見込めなかったのかその後は調査がされなかった。旧王家の前国王もそういったことには興味のない男だったから、放置されたまま現在まできてしまったらしい」

パラパラと書類を流し読みしていたルルが言う。

「ふぅん、旧王家と女神に関わる遺跡ねぇ」

「一応、先発隊を送って確認したが、確かに印の場所に遺跡らしきものを発見した。どこも深い森や谷間で、滅多に人が訪れないような場所だと聞いている」

「そういえば、旧王家は女神様の血を引いている……と言われていましたよね?」

この国だけではないが、多くの国が女神を信仰をしており、王族は女神の血を引くとされている。

ヴェリエ王家では琥珀の瞳を持つ者の王位継承権が最も高いとされていた。

他の国の王族でも琥珀の瞳や金色の瞳が多いこともあって、特に琥珀の瞳は特別視される。

「それが事実だとしても、そうでなかったとしても、調査は必要だと思ったんだが──……」

お父様が言葉を濁す。

ルルが書類をテーブルに戻しつつ「だが?」と先を促した。

「……遺跡の内部に入ることはできなかった。恐らく入り口だと思われる場所は見つけたものの、そこには何やら文字があり──……解読が正しければ『女神に承認されし王にのみ、過去は語られる』と書かれているらしい」

ふう、とお父様が小さく息を吐いた。

「これは私の予想だが、旧王家の血筋で琥珀の瞳を持つ王位継承者──……そして、女神の加護を授かるリュシエンヌでなければ、遺跡の入り口は開かないということだろう。……少なくとも王位を簒奪した私達にはどうにもできない」

「なるほどねぇ」

ルルが自分の顎に手を添えて、考えるように目を伏せる。

「その遺跡調査にリュシーを参加させたいってこと〜?」

「ああ、そうだ」

ルルとお父様が同時にわたしを見る。

……遺跡調査に行く……。

思わずルドヴィクを見た。

わたしが行くと言えば、ルルも来るだろう。

だが、そうしたらこの屋敷にルドヴィクと使用人だけになってしまう。

安全面は大丈夫だけれど、ルドヴィクは寂しくならないだろうか。

しかし、お父様からは遺跡調査をできれば進めたいという雰囲気を感じるし、わたし自身も興味はある。それにこの国で旧王家の血筋、琥珀の瞳、女神の加護を持つのはわたしだけだ。

迷っているとルドヴィクがニコリと笑った。

「はぁーえ」

「ルド……」

ルルが手招きをして、ルドヴィクを呼んだ。

ルドヴィクがソファーから下りてルルに近づき、ルルがルドヴィクを抱き上げる。

「リュシー、遺跡調査に行きたいならオレも一緒に行くよぉ?」

「でも、ルドが……」

「この屋敷の中なら安全だしぃ、遺跡に興味があるんでしょ〜?」

「うん……」

ルドヴィクと離れるのが心配で、不安で、寂しい。

だけど、いつかはルドヴィクだって親離れをするだろうし、わたしもルシール=ローズとしてまた働き出すようになれば、ルドヴィクと使用人だけで過ごすことも増えてくる。

それが少し早まるだけだと言われたらそうだ。

顔を上げればお父様が心配そうにわたしを見つめていた。

「ルドヴィク、オレとリュシーが『いってらっしゃい』してもいーぃ?」

ルルの問いにルドヴィクが目を瞬かせ、小さな手が振られた。

「いっちぇ、らーちゃ」

「だってさぁ。オレ達が出かけても、コイツは大丈夫だよぉ」

ルルがよしよしとルドヴィクの頭を撫でる。

まだルドヴィクが完全に話を理解できているとは思えないけれど『いってらっしゃい』はルルが出かける時にかける言葉なので、最近はお出かけ用の言葉だと分かっているようだった。

手を伸ばしてルドヴィクの頭を撫でた。

「わたし、お出かけしてきてもいい……?」

「はぁーえ、いっちぇ、らーちゃ」

「そっか……」

嬉しいような、寂しいような、何とも言えない気持ちになる。

ルルが「気にしすぎだよぉ」と言う。

「それに旧王家に関することなら、リュシーも行ったほうが気が楽でしょぉ?」

「そうだね」

お父様が困り顔で「すまないな」と言い、わたしは首を横に振った。

「いえ、大丈夫です。ルドヴィクは……わたしとルルの子は強いですから」

もう一度頭を撫でれば、ルドヴィクがニコニコ顔で見上げてくる。

……そう、弱いのはわたしのほう。

ルルが片腕でルドヴィクを抱え直し、もう片腕でわたしを抱き締める。

「さっさと終わらせてぇ、早く帰ってくればいいよぉ」

それに、わたしはもう一度しっかり頷いた。

……そのためにも体調を崩さないようにしないと。

恐らく遺跡までは馬車の旅になる。

久しぶりの旅に出ると思うと、楽しみに感じるのは都合が良すぎるだろうか。