軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

情報収集(2)

翌日、アリスティードは王太子妃宮に向かった。

当然ルフェーヴルと司祭もついて行く。

リュシエンヌと共に以前過ごしていた離宮だが、先の戦争時は夜に帰ることが多かったため、明るい時間帯にこうして外から訪れるのは久しぶりであった。

懐かしい顔の執事の出迎えを受け、案内される。

前も感じていたが、王太子妃はリュシエンヌがいなくなった後のこの離宮の内装や家具などを変えずに使用している。

恐らくリュシエンヌが遊びに来た時のことを考えて、あえてそのままにしているのだろう。

実際、戦争中もリュシエンヌは離宮の中で懐かしく思いながら過ごしたようで、帰ってからリュシエンヌはそれについて嬉しそうに話していた。

離宮の中を歩き、居間に通される。

アリスティードがソファーに座り、ルフェーヴルと司祭はそのそばに立って控える。

……本当に変わらないねぇ。

この居間はリュシエンヌとルフェーヴル、アリスティードがよく共に過ごした場所で、リュシエンヌと共に屋敷に移ってからもう4年が経つというのに、ここで過ごしていた頃とほとんど変わらない。

だが、家具の布など新しくなっている部分もあるので、出来る限り元の状態を維持しつつもきちんと手入れはしてあるらしい。

執事が出て行き、代わりにメイドが入って来る。

紅茶の用意を済ませるとメイドは静かに下がっていった。

そうして少し経つと部屋の扉が叩かれ、王太子妃が入って来る。

アリスティードのそばに立つルフェーヴルを見て、驚きと関心が交じった表情を浮かべた。

「まあ、本当にニコルソン伯爵はアリスティード様の侍従になりましたのね」

「まあ、仕方なくだけどねぇ」

王太子妃がアリスティードの横に腰掛ける。

「アルベリクはもう寝たのか?」

「ええ、先ほどようやく寝付いたところですわ」

「そうか……」

アリスティードが少し残念そうな顔をした。

王太子妃はそれに苦笑しつつ、訊き返す。

「それでお話とは?」

「リュシエンヌの偽者の件なのだが──……」

アリスティードが闇ギルドから得た情報について話すと、王太子妃が驚きと怒りの交じった表情で拳を握り締めた。

「リュシエンヌ様の名を騙るだけでも許せないのに、我が領地で子供を攫う計画があるなんて……ティード、絶対に偽者を捕まえてちょうだい……!」

「ああ、逃すつもりはない」

頷き合うアリスティード達は面白い。

昔からリュシエンヌが関わることとなると、この二人はいつもこんなふうに協力して同じ方向に向かって行く。

王太子妃がルフェーヴルを見た。

「ニコルソン伯爵がいるならば色々な意味で心強いですわ」

ルフェーヴルも偽者を許さないと理解しているのだろう。

「アリスティードから離れられないけどねぇ」

「先に言っておくが、移動したいからと私を引きずっていくのはやめてくれよ」

「緊急の時以外はしないよぉ」

「……せめてやる時は一言声をかけてくれ」

アリスティードが小さく息を吐き、ルフェーヴルはゆるく笑った。

緊急時は容赦なくアリスティードを掴んで連れて行くつもりだが、『絶対しない』と断言しないのはルフェーヴルなりに誠意を示しているからだ。

……アリスティードは特に嘘が嫌いなタチだしねぇ。

嘘を吐かれるより、自身の望んだものでなくても正直な答えのほうがアリスティードは好む。

だからルフェーヴルもアリスティードには出来る限り嘘は吐かないし、答えたくないことなどはそう伝えるようにしている。

「努力はするよぉ」

それにアリスティードが苦笑し、王太子妃に顔を向ける。

「今後は奴隷商と会い、協力を得るつもりだが、場合によってはクリューガー公爵家の騎士達を借りるかもしれない」

「かしこまりました。奴隷商の件も合わせて、お父様とお母様にも伝えておきますわ」

「よろしく頼む」

そうして話が落ち着いたところで王太子妃が言う。

「……リュシエンヌ様にお会いすることは出来ませんわよね?」

アリスティードがそれに頷く。

「ああ。隔離状態だから、残念だが難しいだろう。私もそう簡単には会えない。……ルフェーヴル、リュシエンヌに会えるとしても一、二回が限界だぞ」

こちらを向いたアリスティードに言われ、ルフェーヴルはムッとしてしまった。

「言われなくても分かってるよぉ」

本当なら毎日でも会いに行きたいけれど、リュシエンヌが外と連絡を取れる機会を作らないことがリュシエンヌの無実の証明になる。

「でもさぁ、リュシエンヌから離れてどれくらい我慢出来るか……オレも分からないんだよねぇ」

リュシエンヌと出会い、侍従となってからはほとんどの時間を共に過ごしてきた。

今更、離れて過ごすなんて出来そうにない。

一日くらいは我慢出来ても、数日、数週間となっても耐えられるだろうか。これまでにないことなのでルフェーヴル自身も予想が出来ない。

「そのわりにはいつも通りに見えるが」

「感情的な暗殺者は三流以下だよぉ。本音を言えばリュシーの偽者なんて今すぐにでも殺したいくらいだけどぉ、王家のことも考えてるから殺しに行かないんだしぃ?」

「なるほど」

偽者を殺すだけであるなら、ルフェーヴルが動くのが最も早くて確実だ。

だが、それではリュシエンヌにかけられた疑いは晴れないし、王家に対する貴族の疑念も解消しない。

そのことを分かっているからルフェーヴルも今回は甘んじて、ベルナールの提案を受け入れた。

リュシエンヌは悪と断じられることを恐れている。

それに、リュシエンヌが良き王女でいようと努力する姿を一番近くでルフェーヴルは見てきた。

リュシエンヌの名を汚す者は許さない。

リュシエンヌを悲しませる者は必要ない。

「だから早めに解決したいんだよねぇ」

ルフェーヴルは自分の掌を見下ろした。

リュシエンヌに触れられない、会えない状況になると余計に触れたい、会いたいと思ってしまう。

「そうだな、早く解決しよう」

アリスティードが手を伸ばしてルフェーヴルの足を軽く叩く。

励ますようなそれが案外、嫌ではなかった。

「そういえばぁ、奴隷商と会う時はそのままで行くのぉ?」

ルフェーヴルの疑問にアリスティードが首を横に振った。

「いや、変装する予定だ」

さすがに王太子が奴隷商と会うというのは体裁が悪い。

ふとルフェーヴルは面白いことを思いついた。

「それ、オレにやらせてくれなぁい? こう見えても変装は得意だしぃ、変装は暗殺者の嗜みってやつだからさぁ」

「そうか。まあ、お前がそう言うなら任せよう」

ルフェーヴルはニッと笑う。

「アリスティードを別人にしてあげるよぉ」

* * * * *

それから二日後、アリスティードの元にルフェーヴル宛てで闇ギルドから荷物が届けられた。

そのようなことは初めてだからか箱の蓋を開けて中身を確認しているルフェーヴルに、執務中のアリスティードも興味を持った様子で声をかけてくる。

「お前宛ての荷物なんて珍しいな」

「アリスティードの変装に使う道具だよぉ。髪と目の色は魔道具で変えるとしてぇ、服とか小物類は新しく揃えないといけないからさぁ」

「私の服ではいけないのか?」

「そんなお高そ〜な服着てたら、すぐ分かっちゃうってぇ」

全ての箱の中身を確認し、ルフェーヴルは立ち上がった。

「じゃあお試し変装してみよっかぁ?」

アリスティードは素直に頷く。

それから、ルフェーヴルはアリスティードとその侍従、そして司祭と共に隣の休憩室に移動する。ロイドウェルは執務室に残したままだ。

箱から出したものをアリスティードに見せる。

「まずはこれに着替えて〜」

それを見た瞬間、アリスティードが半歩引いた。

「……私がそれを着るのか……?」

「そうだよぉ。変装するんだから『別人』にならなきゃねぇ」

アリスティードの侍従の手を借りながら着替えさせる。

新しい靴も履かせ、アリスティードを椅子に座らせた。

侍従が髪を梳いて指示通りにまとめている横で、ルフェーヴルは化粧道具を手に取った。

顔立ちを変える一番確実な方法が化粧である。

目を閉じたアリスティードの顔に化粧を施していく。

……うん、悪くないねぇ。

最後に魔道具のネックレスで髪と目の色を変えた。

「出来たよぉ」

アリスティードが目を開けて、壁にかけてある大きな鏡を見た。

そこには金髪に赤い目をした背の高い美女が映っていた。

首や肩のがっしりとした感じを隠すために用意した昼間用の肌を出さないドレスは、大きなフリルやリボンをつけることで体の幅を視覚的に誤魔化してくれる。

髪はあえて流したままで首と肩の太さを隠す。

切れ長の目元も目尻の線を下げつつもやや気の強そうな顔立ちにし、頬紅や口紅をつけ、勝ち気美人といったふうに見える。

手袋もしているので男らしい無骨さも分からない。

胸元もそこそこに豊満で腰がくびれているように見えるのも目の錯覚を利用したものだ。

女性にしては背が高いとは感じるけれど、外見自体は女性だった。

しばし黙った後にアリスティードが呟く。

「……本当に私か?」

喋るときちんとアリスティードの声である。

「アリスティードは元の顔が整ってるからぁ、女もイケるって思ってたんだよねぇ」

「そもそも何故女性なんだ?」

「ええ〜? そのほうが面白いからぁ?」

アリスティードの侍従の表情は分からないが、微かに肩が震えているので笑いを堪えているのかもしれない。

司祭は変わらず笑みを浮かべているだけだ。

「喋ったらバレるけどねぇ」

「それはそうだろう。だが、声を変える魔道具が確か王家の所有するものの中にあったはずだ。使えば女性の声も出せるだろうな。……しかし、よく出来ている」

アリスティードが呆れながらも鏡をまじまじと見つめる。

ルフェーヴルは隣室に繋がる扉を開けて、そこにいたロイドウェルに声をかけた。

「ちょっとこっち来て〜」

「え? あ、はい」

そして部屋に入ったロイドウェルがアリスティードを見て、目を瞬かせ、室内を見回した後に再度アリスティードを見る。

数秒、ジッと見つめてからロイドウェルが問う。

「……もしかしてアリスティードかい?」

「ああ、正解だ」

「うわ……声の違和感がすごいね……」

美女から青年男性の声が聞こえることにロイドウェルが苦笑する。

「黙っていたら私とは分からないか?」

「そうだね、背の高い迫力美人だよ。でも、ドレスって結構体格を隠せるんだね。……胸とかどうなってるの?」

「……詰め物が入っているようだ」

ロイドウェルの疑問に、アリスティードが思わずといった様子で自身の胸元に触れて確認する。

「あんまり触ると型崩れするから気を付けてよぉ?」

ルフェーヴルの注意にアリスティードが顔を上げる。

「ところでこのドレス、ピッタリなんだが?」

「そりゃあアリスティードの体に合わせて作らせたからねぇ。闇ギルドが本気になれば、王族の服の大きさくらい手に入るよぉ」

「よくこの大きさで作れたな? 普通の女性もののドレスだって用意するのに時間がかかるだろうに……」

「変装だけじゃなくてぇ、女の服が着たいってヤツにも需要があるんだよぉ。まあ、金を積んで急ぎで頼んだから用意が早かったけどぉ」

最初は難しい顔をしていたアリスティードだったが、鏡の前で女装姿を確認する様子からして、悪い気はしていないようだ。

「剣はさすがに身につけられないか」

「オレが持って行けばいいでしょ〜? 奴隷商に会うにしても、戦闘が目的じゃないんだしぃ」

「ああ、そうだな」

ようやく満足したのかアリスティードが鏡の前から離れる。

「あ、ちょ〜っと動かないでぇ」

ルフェーヴルは空間魔法から紙を数枚取り出し、それを持ったまま写真魔法を発動させた。

学院祭の時は白黒のもののみ使ったが、色付きのものも写すことが出来る。ただし白黒のものより魔力の消費が激しいので普段は使わない。

紙には女装したアリスティードが綺麗に写っていた。

「はい、一枚あげる〜」

紙の一枚をアリスティードに渡す。

「何故撮った?」

「リュシーに話したら『わたしも見たかった!』って言うだろうからぁ?」

「なるほど」

受け取ったアリスティードが写真を見て驚いた。

「色まで再現出来るようになったのか?」

「まあ、何とかねぇ」

「すごいな」

アリスティードが手元の写真を見下ろす。

「知りたいなら色付きの写真魔法、教えてあげよっかぁ?」

ルフェーヴルの言葉にまたアリスティードが驚いた様子で顔を上げた。

「いいのか?」

「アリスティードならリュシーも怒らないでしょ。……はいコレ、覚えたら燃やしといて〜」

ルフェーヴルは空間魔法からペンを取り出し、余った紙に魔法式を描いてアリスティードに渡した。

それをアリスティードは見た後、火魔法で紙を燃やす。

「変装も上手くいくって分かったしぃ、そろそろ化粧落としたらぁ?」

「そうだな、このまま出歩くと良くない噂が立ちそうだ」

その後、アリスティードは魔道具を外し、化粧を落として元の服に着替えた。

「ドレスは意外と重くて苦しいんだな」

と呟き、小さく息を吐いていた。

これでもコルセットは緩めに着けたのだが、やはり慣れないと苦しく感じるらしい。

ルフェーヴルも昔は女装をしたことがあったけれど、コルセットは息苦しい上に体の動きが制限されるのであまり好きではなかった。

背が伸びて女装が難しくなった時はホッとしたものだ。

「ドレスとかはオレが保管しとくよぉ」

「ああ、頼む」

後日、アリスティードが女装写真を王太子妃に見せると、王太子妃が「わたくしも男性になってみたいですわ」と言い出したりしたのだが、それはまた別の話である。