軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

情報収集(3)

変装の件の翌日、アリスティードの持つ音声のみの通信魔道具にアサドから連絡があった。

クリューガー公爵領で活動しているという奴隷商との話は問題なく進み、相手から『金をもらえるなら』と協力も取り付けたそうだ。

奴隷商も今は王都にいるらしく、いつでも会えるとのことだったので二日後の夜に闇ギルド傘下の店で会う約束をした。

そうして二日後の夜、約束の時間の少し前にアリスティードに変装を施し、ルフェーヴルも侍従の装いで準備を整えた。司祭はそのままである。

人目を避けるために皆、地味なローブを着ている。

「これで完璧だな」

やや低い、艶のある女性の声で変装したアリスティードが言う。声を変える魔道具を使っていた。

「仕草とか言葉遣いとかは全く女らしくないけどねぇ」

「誘拐犯と接触する際には『自由奔放などこぞの貴族夫人』として振る舞っていたほうが怪しまれないだろう?」

「それなら通るかもねぇ。お互い悪事をするなら素性は訊かないものだしぃ?」

「そもそも男が女装していると気付いたところで 王太子(わたし) だなんて思わないさ。ああ、この姿の時の私はリスティと名乗るからな」

肩にかかった金髪をさらりと後ろに流す姿は、どこからどう見ても勝ち気な貴族の女性である。

そして名前の付け方が安直だ。

それに既視感を覚えるのは、リュシエンヌがヌイグルミに付けた名前の考え方とよく似ているからか。

だが女の名前として違和感はない。

……意外と女装は嫌がらなかったなぁ。

むしろ楽しそうで、それがルフェーヴルには不思議だった。

今回、護衛として黒騎士を数名連れて行く。

珍しく姿を現した黒騎士達だが、アリスティードとルフェーヴルに一礼すると黙って控える。

しかし、黒騎士達の視線は時折アリスティードに向けられており、女装をした主人という物珍しい光景が気になっているようだ。

「じゃあ店の近くに転移するよぉ」

アリスティードと司祭、黒騎士達が頷く。

ルフェーヴルは詠唱を行い、闇ギルド傘下のレストラン近くの空き家の屋根上に転移した。

アリスティードが辺りを見回す。

「待ち合わせの店はどこだ?」

「あそこの背の高いとこだよぉ。黒騎士は上手く隠れておいてぇ」

言いながらルフェーヴルは空間魔法から剣とベルトを出し、それを腰に差す。これはもし戦闘になった際にアリスティードに渡すためのものだ。

黒騎士達が闇に消えたのを確認し、ルフェーヴルはアリスティードと司祭の腰に手を回した。

「それでは『奥様』と司祭様は私に掴まってください。下までエスコートいたしますので」

「ああ……ええ、あなたに任せるわ」

微笑み、アリスティードがローブのフードを引き上げて顔を隠す。

……ノリノリだねぇ。

司祭も「よろしくお願いいたします」と言う。

ルフェーヴルと司祭もフードを引き上げて顔を隠した。

身体強化をかけてから二人の腰を抱え、ルフェーヴルは路地裏に飛び降り、風魔法で衝撃を和らげて地面に着地する。

その後、二人から手を離す。

「奥様、司祭様、こちらです」

ルフェーヴルはアリスティードと司祭に手招きをして、細い路地を進み、いくつかの角を曲がって目的地の店の裏に到着した。

裏口の扉をルフェーヴルは三度、二度、四度の順に軽く叩く。

ややあって中から男が出てくる。

「『月夜に輝く星の数は?』」

それにルフェーヴルが返答する。

「『今宵の空に星はない』」

「どうぞ。……二階の最奥、赤い扉です」

男が扉をしっかりと開けて横に退く。

ルフェーヴル達は裏口から中に入り、男が顎で示した階段を上って二階へ向かう。

薄暗い階段を上がればいくつかの扉が見えた。

扉はどれも色が違うか、最奥のものは確かに赤色だった。

ルフェーヴルはそこへ向かい、扉を軽く叩いた。

中から扉が開けられる。

随分と体格の良い男が扉の前にいた。

「闇ギルドからの紹介で来ました」

ルフェーヴルの言葉に男は振り返り、一つ頷くと脇に退いた。

ルフェーヴルとアリスティード、司祭が室内に入ると背後で扉が閉められる。

室内には大柄な男が二人、壁際に立ち、ソファーには中年の女が座っていた。他に人影はない。

中年の女が微笑む。

「どうぞ、おかけください」

示されたソファーにアリスティードが座り、ルフェーヴルと司祭はそのそばに控えた。

アリスティードと共にルフェーヴルと司祭もフードを外す。

「まあ、こんなに美しい方がいらっしゃるとは思いませんでした」

それにアリスティードが返事をする。

「私も奴隷商が女性とは知りませんでしたわ」

「いえ、私など亡き夫の仕事を継いだだけですから」

ワインを嗜む奴隷商だが、互いに警戒しているというのは伝わっているだろう。

「それで、今回は協力してもらえるということだけれど、そのことについて問題はありませんか? 奴隷商は基本的に客の情報は秘匿するものでしょう?」

「ええ、本来であれば、ですが。しかし何の罪もない子供達が誘拐され、売られるだなんて許されることではありませんわ。確かに私は奴隷を売買することを生業にしておりますが、良心までは捨てていませんもの」

それに協力すれば今までのことは見逃してもらえる上に、クリューガー公爵領で正式な奴隷商として活動が出来るようになる。

アリスティードは淡々と「そうですか」と言う。

「では、本題に入りましょう。子供達を誘拐している組織との取引はいつ頃行う予定ですの?」

アリスティードの問いに女が答える。

「いつでも。この国では奴隷は禁止されているのもあり、あちらも子供を購入してくれる取引相手を探しています。私が客を紹介すると伝えたら『いつでも売り物は用意出来る』と言っていました」

ルフェーヴルからアリスティードの表情は見えなかったが、眉根を寄せているだろうことは想像に難くない。

「では、五日後にまずは顔合わせをしても? 場所はクリューガー公爵領でいかがかしら?」

「かしこまりました。改めて闇ギルドを通じてご連絡いたしますが、恐らく向こうは受け入れるでしょう」

いつまでも誘拐した子供を手元に置くには手間も金もかかる。早めに売りたいと考えるはずだ。

「クリューガー公爵家への紹介は事が済んでからいたしますわ」

先に報酬を渡してしまうと、向こうにも情報を売って両者から利益を得ようとするかもしれない。

だから事件が解決するまで報酬は渡さないほうがいい。

そのことは女も理解しているらしく頷いた。

「このようなことを訊くのは恐縮ですが、本当にクリューガー公爵領で公認の奴隷商として仕事をさせていただけるのでしょうか?」

「それについては公爵から了承を得ておりますわ。わたくし、こう見えて公爵家とは懇意にしていますの。事件解決のために協力してくださるなら構わない、とのことでしたわ」

これだけでもただの貴族のご令嬢ではないということが分かる。

王太子妃の実家であるクリューガー公爵家は今、最も力を持つ貴族だ。

その家と交渉を行える上に、条件について頷かせたのだから、よほどの家柄か能力がある人物だと女も察するだろう。

「他に質問はあるかしら?」

「いえ、ございません。質問に答えていただき、ありがとうございます」

「それでは、向こうとのやり取りはよろしくお願いいたします」

立ち上がったアリスティードに女がまた頷く。

もしも女が国内の貴族令嬢全てを調べても、アリスティードに辿り着くことはないだろう。

女もアリスティードも名乗らなかった。

たとえ名乗ったとしても本名は出さないし、今、互いにとって名前はさほど重要ではない。

自身に利益があるか。それが問題だ。

恐らく、女は国の法に背いて奴隷の売買をしていたのだろうが、いつまでも人目を避けて続けるのは難しい。

協力するだけで見逃してもらえる上に、公爵家公認で公爵領内で仕事が出来るならば、今後を考えると協力したほうが利益が大きい。

部屋を出るアリスティードに司祭がついて行き、ルフェーヴルも動こうとしたところで、ふと女が声をかけてきた。

「夫人、そちらの従者を私に売る気はございませんか?」

アリスティードが呆れ顔で振り返った。

「あなたでは手に余りますわ」

「やはりそうですか。これほど優秀な者ならば是非欲しいと思ったのですが……相場の三倍で買い取り、彼にも今の給金の倍は出すと言っても?」

女がこちらを見たが、ルフェーヴルは笑みを浮かべる。

「私の主人は既に決めておりますので」

「そう……とても残念ね」

女は小さく肩を竦めるとそれ以上はもう何も言ってこなかった。

ルフェーヴルは一礼し、アリスティードと司祭と共にフードを被って部屋を出た。店の外へ向かう。

部屋の気配が追って来ることはなかった。

路地を歩き、いくつかの角を曲がってから、ルフェーヴルはアリスティードと司祭に近寄った。

「飛ぶよぉ」

二人の腰に手を回し、詠唱を行い風魔法と身体強化で補助をかけながらルフェーヴルは近くの家の屋根に上った。

……当たり前だけどリュシーより重いなぁ。

さすがにこれ以上重い相手だと運ぶのが面倒だ。

アリスティードが屋根の上に立つが、ドレスが風を受けるからか不安定な様子である。

司祭も少し不慣れな様子だった。

少し間を置いて黒騎士達も現れた。

「奴隷商についてどう思った?」

アリスティードの問いにルフェーヴルは答えた。

「嘘は吐いてなさそうだったねぇ。まあ、コソコソ子供を買って他国まで行って売るより、公爵家公認の奴隷商になるほうが利益があるしぃ、アサドが出てくるくらいには特別な客だってのは理解してるみたいだったよぉ」

あの奴隷商が裏切ることはないだろう。

闇ギルド経由で来た話なので、裏切ってギルドを敵に回すような愚行はしないと思う。

「とりあえず戻ろっかぁ」

ルフェーヴルは転移魔法の詠唱を行う。

……リュシーに会いたいなぁ。

* * * * *

「まったく、 王太子(わたし) にこのような姿をさせようなどと思うのはルフェーヴルくらいのものだな」

隣の浴室で汗を落としているルフェーヴルを待つ間、アリスティードは己の金髪を指先でくるくると弄びながら言う。

それに長年仕えている侍従が口を開いた。

「アリスティード様も楽しんでおられるではございませんか」

この侍従は常にスキルで顔立ちが認識出来ないようにしており、主人であるアリスティードですら、その素顔を見たのは数回しかない。

普段は侍従として働いているが、時には黒騎士として動くこともあり、ルフェーヴルと同じくらい謎の多い人間だ。

「普段出来ないことだからな」

「言葉遣いや仕草もお上手だったと聞きました」

「ああ、リーナを手本にした」

壁にかけられた鏡の中には金髪に赤い目の美しい令嬢がいる。

ドレスや髪で体格が隠れており、女性にしては背が高いものの、こうして座っているとそれも分からない。

「我ながらなかなかの美人だと思うが」

侍従は黙っていたが、微かに笑った気配がした。

ガチャリと音がして浴室の扉が開かれる。

そこには入った時と全く変わらない姿のルフェーヴルがいた。

後から司祭も入ってくる。

「まだその格好のままでいたのぉ?」

呆れた顔のルフェーヴルにアリスティードは肘置きに頬杖をついたまま、返事をした。

「それは私の台詞だ。お前こそ、そのままでいる気か?」

「リュシーの侍従だった時もこうだったよぉ。椅子に座って少し休めば大体問題ないしねぇ」

「……せめて隣室で休め。あまり無理をするとリュシエンヌが心配するし、体を壊すぞ」

アリスティードが手で隣の控えの間を示せば、ルフェーヴルが小首を傾げる。

「そこまで離れても大丈夫なのぉ?」

「ああ、離れすぎると警告音が鳴る。それを無視して更に離れたら首が絞まるから気を付けろ」

「りょ〜かぁい」

言いながら、ルフェーヴルがソファーの肘掛けに行儀悪く腰掛ける。

リュシエンヌの前では比較的、行儀良くしていることが多いけれど、その他の人間の前ではわりと行儀が悪いところがある。

……身長的に座りやすいのだろうな。

長身のルフェーヴルには一般的な椅子は低く、窮屈なのかもしれない。ソファーの背もたれや机などによく座るのは、そのほうが楽だからか。

「リュシー、もう寝ちゃってるかなぁ」

とルフェーヴルが呟く。

別の方向を向いているので表情は分からない。声はいつも通りで、雰囲気も普段と変わらないが、ずっと一方向ばかり見ていることにアリスティードは気が付いた。

……城の、いや、リュシエンヌのいるほうを見ているのか?

不意にルフェーヴルの耳に光るピアスが煌めく。

リュシエンヌがまだ学院に通っていた時、夏休みにクリューガー公爵領に行った後から二人はずっとピアスと指輪を身につけていた。

ルフェーヴルの手がそのピアスに触れる。

大事そうにピアスに触れるので、アリスティードは思わず声をかけてしまった。

「私達の立ち会いの下ならば、少しの時間だが面会は出来るぞ」

ルフェーヴルがピアスから手を離して振り向く。

「リュシーに会いたい」

間延びしていない言葉は本心だからか。

灰色の目が珍しく、期待のこもった眼差しでアリスティードを見る。

「では、数日以内に予定を調整する」

ルフェーヴルの目が嬉しそうに細められた。

「じゃあヨロシク〜。……オレはあっちで休んでるからぁ」

肘掛けから立ち上がったルフェーヴルは背を向け、ひらひらと手を振って司祭と共に控えの間に行った。

それを見送り、アリスティードも立ち上がる。

「さて、私も化粧を落とすか」

早めにリュシエンヌに会わせてやろうと思いながら、アリスティードは魔道具を外したのだった。