軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

情報収集(1)

その日のうちに、ルフェーヴルはアリスティードの通信魔道具で闇ギルド長のアサドに連絡を取る許可を得た。

アサドに渡したのは音声のみを伝えるものだが、アリスティードも同じものを持っており、先の戦争で通信魔道具は大活躍した。

それに以前、アサドの下にアリスティードが挨拶に行ったことがあるそうなので、こちらから連絡をしても問題はないだろう。

夕方、アリスティードと共にその離宮に移動し、ルフェーヴルは通信魔道具を使用してアサドへ繋げた。

【はい、ヴァルグセインです】

独特な呼び出し音の後にアサドが出た。

それにルフェーヴルが返事をする。

「やっほ〜、オレだよオレ〜」

【ルフェーヴル? ……ああ、王太子殿下のところにいるのでしたね】

「そぉそぉ、司祭の件助かったよぉ」

実際、今も同じ部屋の中にはアリスティードだけでなく、その司祭もいるが、司祭はやや離れた椅子に腰掛けて微笑んでいる。

アリスティードはルフェーヴルの横に座っていた。

「まあ、知ってる通り事件解決までアリスティード付きになったからぁ、仕事は上手く調整しておいてぇ」

【ええ、既にそのように手配していますよ】

「あとアリスティードからも話があるってさぁ」

ルフェーヴルの言葉に、それまで黙っていたアリスティードが口を開く。

「久しぶりだな、ヴァルグセイン」

【王太子殿下にご挨拶申し上げます】

「そう堅くなるな。先ほどルフェーヴルも言っていたが、司祭の件は助かった。 これ(・・) は普通ではないから司祭に疑われかねないと心配していたけれど、おかげで気を遣わなくて済みそうだ」

【殿下の助けになれたのであれば幸いです。彼の監視は常人には難しいでしょうから、気配に聡い者を派遣させていただきました】

アリスティードとアサドが話している間、ルフェーヴルはソファーの肘掛けに頬杖をつき、二人の会話が落ち着くのを待つ。

他にアリスティードの侍従もいるが、司祭と侍従は静かにしているのでルフェーヴルもさほど気にならなかった。

しかし、だからといって気を抜けるわけではない。

……むしろこっちのほうが気が張るねぇ。

影の侍従と闇ギルドと関わりのある司祭。この二人が近くにいると、いつでも戦えるように武器の位置をつい確認してしまう。ほど良い緊張感があるのだ。

「それで、協力してもらえるという話を聞いたのだが、今回の件の情報を随時共有してほしい」

【はい、殿下の御心のままに。当ギルドとしましても、末端とはいえ部下達が関わっていることについて謝罪いたします。誘拐事件に加担した者達も主犯が捕縛された後、速やかに引き渡すとお約束します】

「ああ、協力に感謝する」

闇ギルドと聞くと殺伐として荒れた雰囲気だと思われがちだが、実際のところはきちんと規則があってランキングや役職などで立場も決まっており、ある程度の自由性はあるものの規則違反への罰は重い。

そしてアサドは規則を守らない者を嫌う。

無法地帯になってしまえば闇ギルドはあっという間に傾いてしまうだろうし、そもそもが実力主義の世界なので最低限の規則すら守れないような半端者は長生き出来ない。

【新たな情報を掴めたのですが、このままお伝えをしてもよろしいでしょうか?】

「ああ……いや、ルフェーヴル、転移魔法は使えるか?」

アリスティードの問いにルフェーヴルは頷いた。

「使えるよぉ」

「ヴァルグセインの都合が良ければそちらに行かせてもらっても? ルフェーヴルと司祭も同行することになるが……重要な話は出来るだけ顔を合わせてしたい」

【こちらにお越しいただいて問題ありません】

「そうか、では伺おう」

【お待ちしております】

そうして通信を切り、アリスティードが立ち上がった。

ルフェーヴルと司祭もほぼ同時に席を立ち、司祭が近づいて来る。

アリスティードが侍従に声をかけた。

「もし誰か来ても待たせておけ」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」

「ああ」

アリスティードがルフェーヴルに顔を向けて頷いたので、ルフェーヴルは詠唱を行い、転移魔法を発動させる。

一瞬の浮遊感と共に視界が移り変わる。

司祭が少し驚いた表情を浮かべて「これは凄い……」と呟く。

転移魔法は魔力もかなり消費する上に、本来は使用が許されない特別な魔法である。

ルフェーヴルもその便利さと危険性はよく理解していた。

薄暗い室内で、珍しくソファーに座っていたアサドが立ち上がり、ルフェーヴル達を出迎えた。

「ようこそお越しくださいました、今お茶の用意をさせますので……」

「いや、気遣いは無用だ」

「そうでしたね、殿下のお立場を思えばそのほうが良いでしょう」

アサドを信用していないわけではないだろうが、王太子という立場上、アリスティードは毒見なしで飲食をすることはない。

下手に何かを出しても互いに気を遣ってしまうだけだ。

アサドに勧められてアリスティードと司祭がソファーに腰掛け、ルフェーヴルはその肘置きに寄りかかるように座った。

「おい」

「このほうがラクなんだよぉ。オレからすると椅子って大体低いしぃ」

「こら、寄りかかるな」

ルフェーヴルが背中を倒してアリスティードに寄りかかると、アリスティードが鬱陶しそうに押し返してくる。

わりと本気で押し返されるのが少し面白い。

そんな悪戯をして遊んでいれば、アサドが目を丸くした。

「驚きました。……彼が奥方以外でこれほど気を許している姿を見たのは初めてです」

アリスティードがキョトンとした顔をする。

「そうなのか? いつもこんなふうに私を 揶揄(からか) ってくるんだが……それに容赦なく叩きのめされたこともある」

「ルフェーヴルはあまり良い性格とは言えませんが、そのように誰かに背中を見せるのは珍しいです。私個人としても、ルフェーヴルに信用出来る相手が出来るのは喜ばしいことです。彼が暗殺者として活動を始めた時から知っておりますので」

「ルフェーヴルの昔の話は非常に気になるな」

自分の話題で盛り上がるアリスティードとアサドに、ルフェーヴルは嫌そうに体を戻して顔を背けた。

「オレの情報を聞きたいなら金払ってよぉ」

「身内でもか?」

「タダで身の上話をするのはリュシーだけって決めてるんだよぉ」

元々、自分の話など好んでするほうではないのだ。

ルフェーヴル=ニコルソンの情報が欲しければ買って金を落とせと思うし、アリスティードならばルフェーヴルのこれまでを知ったところで今更態度を変えるようなことはないだろう。

「っていうかぁ、そんな話をしに来たわけじゃないでしょぉ? いい加減、本題に入ったらど〜ぉ?」

アリスティードとアサドを放っておいたらいつまでもルフェーヴルについて話を続けそうなので話題を切り替える。

ルフェーヴルのことを知りたがっているのがリュシエンヌならば好きなだけアサドに訊ねればいいし、ルフェーヴルも答えるのだが、アリスティードにあれこれ訊かれるのはなんだか落ち着かない。

……義父上とかギルドのヤツとかは訊いてこないしなぁ。

そういう意味では、リュシエンヌ以外でルフェーヴルのことを純粋な興味で訊こうとするのはアリスティードだけだ。

他の人間はルフェーヴル=ニコルソンという暗殺者の性格や戦い方、弱点などを知りたくて情報を欲しがるから、こうして好意的な意味で知りたがる者がいるのは不思議な気分である。

「そうだな、話を逸らしてすまない。新たな情報について、是非聞かせてほしい」

「かしこまりました。まずはこちらの書類をご覧ください」

立ち上がったアサドが机から数枚の書類を取り、差し出したそれをルフェーヴルが受け取った。

素早く目を通してアリスティードに渡す。

「誘拐事件に関わった者の一人を捕え、訊き出したところ、いくつかの領地でこれから行われる誘拐の情報を得られました。そちらにも記載しておりますが、その一つに王太子妃様のご実家であるクリューガー公爵領も含まれているようです」

アリスティードが書類を読みながら頷く。

「そのようだ」

まだ誘拐がいつ行われるかは決まっていないようだが、これが実行される可能性がある以上は無視出来ない。

むしろ、これは朗報である。

「闇ギルドはあちらの動向をある程度ならば把握出来るということか。それならば、クリューガー公爵領で子供の誘拐がいつ行われるかも分かるのだろう?」

「ええ、あの辺りで奴隷商を生業としている者とも付き合いがございます」

「すぐにその奴隷商と連絡を取ってくれ。今回の件に協力するならば、いまだに奴隷を売買していることについては問わない、と」

現在、ファイエット王国内では犯罪奴隷以外の奴隷制度を廃止する動きがある。

その一つとして一般奴隷の売買が禁止された。

それはたとえ他国の奴隷であっても同様で、犯罪者でない奴隷の販売と購入は罪に問われる。

そして犯罪奴隷の売買には国の許可が要る。

犯罪奴隷であっても許可なく売買した場合も違法だ。

「クリューガー公爵領内で犯罪奴隷の売買が認められた店は少ない。それらの奴隷商は売買した奴隷について必ず領主に報告を行うことが義務付けられている。わざわざ闇ギルドと繋がりがあるということは、非合法の奴隷商なのだろう?」

アリスティードが不愉快そうに目を細めた。

「その奴隷商が売買しているのは『表に出せない罪を犯した者達』で、罪人と称しても過言ではありません」

「罪人は裁きを受けるべきだ。……だが、そうはいかない場合もあることは理解している。その奴隷商が今後も闇ギルドと罪人の売買をするならば、クリューガー公爵家に取りなしをしてやってもいい」

ふ、とアサドが微笑む。

「きっと奴隷商は喜んで協力するでしょう」

公爵家公認で闇ギルドから奴隷の売買が出来れば、その奴隷商は隠れて商売をする必要がなくなり、他国へ奴隷を売りに行くことも許される。

いつ見つかるかと恐れる心配もなくなるだろう。

……ふぅん? アリスティードも大人になったねぇ。

アリスティードもいずれ国王となるが、その時に清く正しいだけでは解決出来ないこともある。

旧王家に対して反乱を起こした時のベルナールも『簒奪者』となる覚悟を決め、それ以降、時と場合によっては表に出せないような手段を使ってでも国を立て直した。

昔のアリスティードは潔癖なタチであったが、今のアリスティードは自身の感情と問題を切り離して考えられるようになったらしい。

……成長したら義父上そっくりになりそうだなぁ。

元々アリスティードは父親に尊敬の念を抱き、手本としているようなので、恐らくベルナールの手腕を覚えていくだろう。

「奴隷商の情報には金を払おう」

「おや、よろしいのでしょうか?」

「ただし、奴隷商には私とルフェーヴルの身分は明かすな。誘拐事件で攫われた子供の中に知り合いがいるかもしれない、という話で進めてくれ。奴隷商が協力するならばその者に協力金を与えても良い」

「承知しました。そのように交渉いたします」

立ち上がったアリスティードに、ルフェーヴルも肘置きからの腰を上げる。司祭も静かに立ち上がる。

「では頼んだ。……ルフェーヴル」

「はいはぁい。オレはしばらくアリスティードのとこにいるからぁ、連絡はアリスティードの通信魔道具にヨロシク〜」

「分かりました」

アサドが頷いたのを確認し、ルフェーヴルは詠唱を行う。

そしてアリスティードと司祭と共に転移魔法で離宮へ戻って来た。

部屋に控えていただろう侍従にアリスティードが声をかける。

「リーナに手紙を書く」

侍従はすぐに便箋とペン、インクを用意し、アリスティードが手紙を書いた。インクが乾くとすぐに封をする。

「これをリーナに届け、返事を受け取って来てくれ」

「かしこまりました」

侍従が一礼して下がる。

「遅くなったが夕食にしよう。……しばらくは部屋で摂ったほうが良さそうだな」

アリスティードから視線を向けられ、ルフェーヴルは小さく肩を竦めた。

「オレはどっちでもいいよぉ?」

「お前を立たせたまま私だけが食事をしていたと知ったらリュシエンヌも良い顔はしないだろう。私も家族なのに立たせておくのは落ち着かない」

「家族、ねぇ」

リュシエンヌと結婚したが、いまだに『家族』というものがルフェーヴルにはよく分からなかった。

リュシエンヌは妻だが、それは唯一無二の存在としてルフェーヴルのそばに縛り付けておくためのもので、本質的な意味では『家族』の感覚を理解出来ていない。

そのことをアリスティードは察したのか、苦笑する。

「お前がどう感じていようと私は『家族』と思っているが、その考えを押しつけるつもりはない。どうせ、お前にとって大事なのはリュシエンヌだけだろう?」

「なぁんだ、分かってるじゃん」

「これでもお前との付き合いは長いからな」

ルフェーヴルはそれを面白いと思った。

付き合いは長いが、アリスティードがルフェーヴルの思考を把握した上で「それでいい」と考えているところに、どこか心地好さを感じた。

ほどよく距離を置きつつも何かあればアリスティードは躊躇いなくルフェーヴルに手を差し出し、助けようとするだろう。

アサドとはまた違った信頼関係だ。

これが家族の親愛的な感覚なのだとしたら興味深い。

「オレに殺されるかもって心配はないのぉ?」

暗殺者に心を許すなど、愚行である。

しかしアリスティードはおかしなことを聞いたというふうに小さく笑った。

「お前がリュシエンヌを愛している限り、リュシエンヌが私を家族と思っている限り、お前はリュシエンヌに嫌われたくないから私を害することはない。だが、私がお前からリュシエンヌを取り上げようとした時は迷わず剣を交えることになる」

アリスティードはルフェーヴルの思考を正しく理解している。

「そうだねぇ、たとえアリスティードでもオレからリュシーを奪うヤツには容赦しないよぉ」

「だからこそ私は安心してリュシエンヌをお前に任せられるし、信用している。身勝手で気紛れで子供っぽいが一度決めたことは覆さない。お前は自分で定めたことには忠実だと知っているから」

アリスティードと視線が合い、青い目に見つめられる。

「私も父上もリュシエンヌとお前の幸せを願っている。だからお前達を引き離すつもりはない。従って、お前は私達を殺さない」

それにルフェーヴルは声を上げて笑ってしまった。

「あははっ! 確かにその通りだよぉ!」

ルフェーヴル=ニコルソンはファイエット王国の王族を殺せない。

家族という感覚は分からないが、それだけは事実である。

心から愛するリュシエンヌですらいつか殺すと決めているのに、そんなルフェーヴルが殺せない相手が二人もいる。

そのことがルフェーヴルには酷く愉快に感じられた。