軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戦後と陞爵(1)

ルフェーヴルが一足先に帰還してから一週間後。

アリスティード達も問題なく、王都へ帰還し、凱旋を済ませたと通信魔道具で連絡を受け、ルフェーヴルももう一度王都へ向かった。

空間魔法の中に入れっぱなしになっている戦死者達を渡すためである。

戦争にしては少ない戦死者であったが、王城の広場に出し、戦死者の確認を行う作業は半日かかった。

午後には家族が来て、戦死者と対面することになるだろう。

戦死者を取り出している最中、兵士達に何度も声をかけられたが、どれも感謝の言葉だった。

戦争では戦死者があまりに多く、戦地が離れていると現地で墓を作って遺品を持ち帰るくらいしか出来ないので、こうして遺族の下へ帰ってくることは難しい。

友人を、同僚を、仲間を、連れ帰ってくれてありがとう。

多くの兵士から感謝の言葉をかけられて、ルフェーヴルは少しむず痒い気持ちになった。

あくまで仕事として請け負っただけなのに、誰もがルフェーヴルに感謝するので何とも言えない気持ちだった。

あまりに声をかけられるので、戦死者を全て取り出した後、ルフェーヴルはさっさと帰って来てしまった。

その日の夜、アリスティードに通信魔道具で【帰るなら一言声をかけろ】と呆れた顔をされた。

戦後処理でアリスティードのほうも忙しいだろう。

どうせ、声をかけたところでゆっくり話す時間もない。

それから、戦死者達のために国葬が行われた。

そこでは王太子アリスティードだけでなく、国王ベルナールからも民へ戦争の勝利と感謝の言葉が伝えられ、遺族には暮らしていくのに十分な額の報奨金が支払われていくこととなった。

家族や友人を失って悲しみに暮れる者もいたが、王都はすぐに戦勝の喜びに沸き立った。

王都からそれなりに離れた場所での戦争ではあったが、やはり王都の民も不安を感じていたらしい。

思いの外、早く決着がつき、勝利したことを誰もが喜んでいた。

王都は勝利を祝って戦勝祭を行っているようだ。

どこの店でも出征した兵士達は飲み放題、食べ放題だそうで、王都は豊穣祭よりも大賑わいしているのだとか。

アリスティードから教えられてもルフェーヴルは興味が湧かなかった。

この一週間、リュシエンヌと離れていた時間を埋めるようにルフェーヴルは妻と二人で過ごした。

昼過ぎまで寝て、二人で起きて、特に身支度もせずに朝食兼昼食を軽く食べたら、のんびりする。お喋りしたり、魔法について考えたり、たまに昼食は摂らずにティータイムで済ませることもある。日が沈む頃に夕食を摂り、入浴したら、暖炉の前の絨毯で寝転がって過ごす。

二人でいるだけで楽しいし、充足感も得られるし、癒される。

一緒に過ごしたことでリュシエンヌの機嫌も良い。

ルフェーヴル自身も機嫌が良い自覚がある。

帰還後は屋敷に帰ったが、クウェンサーを含めたほとんどの使用人達はいつもと変わらず淡々と仕事をこなしていて、主人達が帰って来ても、出征などなかったかのように過ごしている。

出征前と変わらない日常が続く。

そうして、ルフェーヴルの帰還から二週間ほどが過ぎた。

昼前頃に起きたルフェーヴルは、リュシエンヌと共に軽食を摂ってから、着替えることにした。

今日は陞爵のために登城しなければならない。

アリスティード達の帰還から一週間。その間に参戦者の武勲の内容が確認され、昨夜、珍しくベルナールから通信魔道具で連絡があった。

【予定通り、お前に伯爵位を与える】

リュシエンヌが横で聞いていたからか、武勲の詳細についてベルナールが何か言うことはなかった。

ルフェーヴルはそれに軽く返事をしつつも、暗殺者の自分が伯爵になるということをどこか面白く感じていた。

相変わらず領地も私兵もない貴族である。

昨夜のことを思い出しつつ、私服とも暗殺者用のものとも違う、より高級な布地で作られた服を着る。

リュシエンヌの婚約者になった当初はこの貴族の装いに違和感を覚えていたが、今ではもう慣れて、こういった服を着る自分の姿を見ても何とも思わない。

「貴族の装いもやっぱり似合うなあ……」

目の前で着替えを行なっているルフェーヴルを眺めながら、リュシエンヌが呟く。

大体、ルフェーヴルがどんな格好でもリュシエンヌは「似合う」と言う。

たまにバスローブだけで浴室から出てくると、赤い顔をしつつもチラリチラリと盗み見てくることもある。

ただ、一番食いつくのは貴族の装いだ。

現にリュシエンヌはニコニコしている。

「リュシーはどの服装のオレが一番好き〜?」

「うーん……」

ルフェーヴルの質問に真剣な表情でリュシエンヌが悩み出す。

しばし続く沈黙から、どれか一つを選べない、という思考が読み取れた。

けれども、ややあってリュシエンヌが口を開く。

「……暗殺者の服、かな?」

意外な答えにルフェーヴルは目を瞬かせた。

「貴族の装いじゃなくて〜?」

「うん。貴族の装いは色々な服のルルが見られて嬉しいけど、初めて会った時の、暗殺者の服が一番ルルっぽい」

「そっかぁ」

ルフェーヴルも一番落ち着く装いは暗殺者の服である。

互いに好みが一致していることは嬉しい限りだ。

最後に白手袋をつけ、リュシエンヌへ見せる。

「ど〜ぉ? 変じゃなぁい?」

「変じゃないよ。凄く似合ってて、かっこいい」

ジッと食い入るように見つめてくるリュシエンヌの琥珀の瞳がキラキラと輝いて、素直である。

最後に左耳と左手薬指に触れる。

着替えの度に、左耳にあるピアスと左手薬指にある指輪を確認するのがルフェーヴルの癖になっていた。

代わりに、リュシエンヌの髪で作られた御守りは、ルフェーヴルの髪で作られた御守りと共に二つ並べて大事に仕舞ってある。

長年持ち歩いていたせいで髪の御守りはだいぶ擦れてしまい、このまま持ち歩けば壊れてしまいそうだったので、持ち歩くのをやめたのだ。

「ルルって実年齢に比べて若く見えるよね」

立ち上がったリュシエンヌが近寄って来る。

その腰を抱き寄せ、二人で姿見の前に並んだ。

初めて出会った頃は幼かったリュシエンヌも二十歳を迎え、あの当時はどう見ても子供と大人だった身長差もかなり埋まった。

あれから十五年が経ち、ルフェーヴルは三十三歳だ。

それでも外見だけは二十代半ばか後半に届くかどうかくらいに見えると言われるので、外見年齢もリュシエンヌと近くなっているかもしれない。

「オレ、別に童顔ってわけでもないと思うんだけどねぇ」

「若く見えるなら良いことだよ。そのうち、わたしのほうが歳上に見えるようになっちゃったりして。……それはちょっと嫌だなあ」

「さすがにそれはないでしょ」

歳の差を考えれば、リュシエンヌがたとえ大人びていたとしても、ルフェーヴルのほうがどう頑張っても歳上に見えるだろう。

……そもそも、オレも何歳まで生きられるか分からないしなぁ。

暗殺者としての訓練や仕事で体に負担をかけているので、恐らく、大司祭のように長生きをするのは難しい。

自分が年寄りになっている姿は想像もつかない。

リュシエンヌの手が伸びて、首元のネッカチーフが整えられる。

「……よし、今日のルルも完璧だね」

そう笑うリュシエンヌに、ルフェーヴルも微笑んだ。

* * * * *

転移魔法でアリスティードの離宮へ移動したルフェーヴルを出迎えたのは、アリスティードの侍従だった。

名前は聞いたことがあるものの、関わったことはほぼない。

ルフェーヴルに丁寧な礼を執り、それから、離宮の裏手に停めてあった馬車までルフェーヴルを案内する。

馬車ごと転移して登城しても良かったのだが、アリスティードが「私の離宮から来ればいい」とあっさり許可を出したので、そうすることにした。

馬車が王城の敷地内をゆったりと進む。

車窓から見える景色は四年ぶりであった。

リュシエンヌと共にアリスティードの離宮へ行く際によく見た景色だが、四年経ってもほとんど変化がなく、だからこそ少しばかり懐かしさを感じた。

……リュシーも離宮で過ごしてる間、こんなふうに懐かしい気持ちだったのかなぁ。

離宮での暮らしに戻りたいわけではない。

だが、リュシエンヌが十二歳を迎える直前から約四年間過ごしてきた場所だと思うと、案外、離宮で過ごした時間は短かった。

結婚式の後に移った今の屋敷でも既に四年が経った。

離宮で暮らしていた時よりもずっと時間の経過が早いと思うのは、毎日が充実しているからだろうか。

二十歳になったリュシエンヌはより美しくなり、少女から女性へと成長した。

もし社交界へもう一度出ることになれば、注目の的となることは間違いないし、リュシエンヌに惹き寄せられる男もいるだろう。

それが容易に想像出来てしまうので、リュシエンヌを表舞台に出そうとは思わない。リュシエンヌもそれは望んでいない。

……余計な虫が近づく機会は潰しておかないとねぇ。

そんなことを考えているうちに馬車は王城へ到着した。

馬車から降りて、ルフェーヴルは城を見上げた。

いつもは転移魔法で来るか、外から入っても忍び込むことが多いので、こうして一人で堂々と入るのは思い返してみると初めてかもしれない。

アリスティードの侍従がそのまま案内役を務めるらしい。

正面入り口のホールを抜け、階段や廊下を進み、予定時間通りに謁見の間の前へ着く。

既に中では話が進んでいるらしく、ルフェーヴルの到着を待っていたのだろうベルナールの侍従が振り向いてホッとした顔をする。

ルフェーヴルが遅れるのではと心配したようだ。

ベルナールの侍従が礼を執る。

「もうすぐニコルソン子爵の入場のお時間です」

それにルフェーヴルは頷き返した。

ベルナールの侍従が懐から小さなベルを持ち出し、軽く振り、そして戻した。ベルは音がしなかった。

けれども、この手のベルは魔法が付与されており、別の誰かに音が聞こえるようになっている。

「陛下より『後ほど話があるので応接室で待つように』とのことでございます」

「かしこまりました」

ベルナールの侍従はもう一度、丁寧に礼を執り、その場に留まった。アリスティードの侍従も控えたままだ。

五分ほど待っていると侍従が顔を上げる。

「お時間のようです」

ベルナールの侍従が扉の左右に立つ騎士達に頷けば、騎士達が両開きの扉を開け、ルフェーヴルの到着を告げる。

ルフェーヴルは謁見の間へ足を踏み入れた。

大勢の貴族達がいる中を進んでいく。

他に出征に参加した貴族達はリスティナ辺境伯とその周辺領地の領主達なので、戦後の忙しい時期に王都まで来るのは難しかったのだろう。

全身に突き刺さる視線に気付かないふりをする。

左右に貴族達が並ぶ中、絨毯の上を進み、玉座のある段差の少し手前で立ち止まり、片膝をついて礼を執る。

「面を上げよ」

頭上から聞こえる声にルフェーヴルは顔を上げた。

いつも見るベルナールだが、こうして玉座に腰掛けている姿を見ると国王らしい威厳が感じられる。

初めてベルナールに雇われてからの付き合いも、だいぶ長い。

……まさかホントに王サマになっちゃうとはねぇ。

そして傾いていたこの国を立て直した。

「我が国の気高き太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます」

「ニコルソン子爵よ、そう堅苦しくする必要はない。義理とは言え、そなたも我が息子である」

ベルナールの言葉に一部の貴族達がハッと息を呑んだ。

ニコルソン子爵と聞いて、どの家か分からなくとも、国王の義理の息子と聞けば誰もが王女が降嫁した家だと理解出来る。

玉座のそばにいた、宰相だろう貴族が今回の戦争でルフェーヴルがどれほどの武勲を立てたか朗々と語る。

遊撃部隊を率いて包囲網を作り、敵軍の指揮官を複数名討ち取り、そして敵の総指揮官である王太子の捕縛を単騎で行った。

それを聞いた貴族達が騒めく。

中には「単騎でそのようなことが可能なのか?」と疑問の囁きもあったが、アリスティードの鋭い視線が向けられると貴族達は口を噤む。

仰々しくルフェーヴルの功績が語り終わると、ベルナールが一つ頷いた。

「まず、此度の戦にて尽力してくれたことに礼を言おう」

「勿体なきお言葉でございます、陛下。国のため、民のため、非才なこの身を役立てる栄誉を与えていただき、感謝申し上げます」

「そう謙遜することはない。そなたは昔から優秀な男ではあった」

ベルナールが小さく笑う横で、アリスティードが一瞬だが微妙に目を伏せた。

多分『心にもないことを』と呆れたのだろう。

事実、ルフェーヴルは国のためなどという理由で参戦したわけではなく、多額の報奨金と伯爵位を得ることで、よりリュシエンヌにいい暮らしをさせられると思っただけだ。

そもそも断ったとしても貴族として招集されるだけなので、それならさっさと従うほうがいい。

「この功績は報奨金だけではつり合わないだろう」

ベルナールの言葉にアリスティードが頷く。

「ええ、ニコルソン子爵は此度の勝利に多大な貢献をしました。しかし、子爵は領地を欲していないようです」

「そうか」

「けれども武勲を立てた者に金銭しか与えないとあっては、良くない前例となってしまうでしょう」

ベルナールはアリスティードの言葉に頷き、ルフェーヴルを見た。

「成果に見合った報酬は与えられるべきだ。子爵よ、此度の武勲を讃え、そして今後の働きに期待し、そなたに伯爵位を授けることとしよう」

また貴族達が小さく騒めいたけれども、反対の声は出なかった。

ほとんどの者達は、これが予定通りの話であることに気付いたのだろう。

ルフェーヴルは口角を引き上げながら頭を下げた。

「謹んでお受けいたします」