軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戦後帰還

* * * * *

終戦宣言から三日後。ようやく帰還準備が整った。

その間にヴェデバルド王国軍より何度か使者が訪れ、用意出来た身代金を持って来ては、貴族を連れ帰っていった。

身代金だけでもかなりの額であったが、ファイエット王国は銅貨一枚も安くしなかったし、ヴェデバルド王国も周辺領地から必死で掻き集めたようだ。

……向こうにとっても敗戦の責任を取らせる対象がいないと困るだろうしねぇ。

王太子はともかく、他の貴族は理解していたらしく、身代金が払われて引き渡される時には絶望した様子であった。

しかし、そこで情けをかける理由もない。

捕虜の貴族全員の身柄引き渡しも終え、色々な片付けなども済ませ、今はいつでも帰還出来る状態である。

もうすぐ帰るからか兵士達の表情は一番明るい。

「此度の戦争では尽力してくれたこと、感謝する。皆のおかげでファイエット王国は勝つことが出来た。国を、民を、家族を守ることが出来た。王太子として、この国に住む者の一人として、皆の覚悟と勇姿を決して忘れはしない。ここにいる一人一人が、亡くなった者達が、この国の英雄であり、共に戦った得難い友である。皆、私を信じ、ついて来てくれてありがとう。我々が勝ち、戦争は終わったのだ」

とアリスティードは帰還前に全軍の前に立ち、言った。

兵士達の反応は様々だった。

王太子の言葉を聞いて勝利と帰還の雄叫びを上げる者、本当に戦争が終わったのだと安堵する者、戦死した仲間や友人を思って泣く者、周りの者達と肩を叩き合って生き延びた喜びを分かち合う者。

だが、誰もが最後には顔を上げる。

その表情は堂々としたものだった。

アリスティードはその後、辺境伯や周辺領地の貴族達と固い握手を交わし、互いの功績を讃え合った。

ルフェーヴルも辺境伯と握手をし、挨拶を交わす。

「ニコルソン子爵、またいつでも我が領地に来てくれ。自慢の果物を用意して待っているぞ」

「はい、落ち着いたら手紙を送らせていただきます」

「うむ、楽しみにしている」

それほど多くの言葉は必要なかった。

兵達の準備、そしてアリスティード達も出立の準備が整い、ファイエット王国軍は王都へ向けて帰還する。

辺境伯と周辺領地の貴族と兵達はもう少し残り、戦地の被害確認などを行うようだ。

焼き払われた山もそうだが、周辺の村はヴェデバルド王国軍の被害を受けたところもあり、辺境伯達が先んじてそれらの支援を行ってくれるとのことだった。

国や教会からも支援があるだろう。

王太子用の馬車に乗り込み、少し走り出したところでルフェーヴルは口を開いた。

「もうオレは必要ないよねぇ?」

ルフェーヴルが戦地へ赴く際に、ずっとアリスティードのそばにいた理由は護衛の意味もあり、もし何かあった時はアリスティードを連れて逃げるためもあった。

戦地へ行く途中にヴェデバルド王国の刺客に襲われる可能性も考えていたのだ。

結局、杞憂だったが、もし襲われた際にはルフェーヴルが幻影魔法でアリスティードに成り代わり、敵の注意を引いた上で討伐または捕縛するつもりだった。

「ああ、さすがにもう私を狙ってはこないだろう。私を殺したところで敗戦国である事実は変わらないし、ここで私が強襲を受けて死ねば、周辺国もヴェデバルド王国を真っ先に疑うだろうからな」

戦争前に総指揮官を殺すならば分かるが、戦後に殺したところで何の意味もない。

……アリスティードもそう簡単に殺されるとは思えないしねぇ。

ルフェーヴルほどではないが、アリスティードもリュシエンヌの兄ということで女神の加護の影響をかなり受けている。

魔法も、剣術も、そして体術や基礎体力も向上したはずなので、襲われてもアリスティードが勝つ未来しか想像出来ない。

ルフェーヴルよりかは弱いが、アリスティードは一般的な基準から比べれば相当強い。

もし闇ギルドのランキング戦で競ったなら、それなりの地位まで上がれるだろう。

その場合、王太子の出場依頼の時点でギルド長のアサドは驚きのあまり倒れてしまうかもしれないが。

……ん〜、あれでなかなか悪どいからなぁ。

密かに『王太子の出場』という噂を広げて、見たがる客を増やし、高額の観戦料でぼったくりそうな気もする。

あの穏やかそうな顔で平然と冷酷な命令も下せる。

そういう点ではアリスティードとアサドは案外、親しくなれそうだ。

以前、アリスティードが闇ギルドへ挨拶へ行くと言っていたが、その後どうなったかルフェーヴルは知らないし、両者が何も言わないのなら特に問題は起こらなかったのだろう。

「じゃあオレは先に帰ってもいいよねぇ?」

「そうだな。リュシエンヌがお前の帰りを待っているだろうから、安心させてやるといい」

「もちろん、そのつもりだよぉ」

ロイドウェルが声をかけてくる。

「子爵もお疲れ様でした」

ルフェーヴルはそれに頷きつつ、座席に座ったまま転移魔法の詠唱を行い、転移する直前にアリスティードとロイドウェルへ軽く手を上げて挨拶をして飛んだ。

視界が切り替わり、浮遊感と足の裏に床の硬さを感じながらルフェーヴルは立ち上がった。

一瞬でリュシエンヌのいる離宮に到着し、辺りを見回す。

リュシエンヌに当てがわれた部屋だが、その姿はない。

胸にある隷属魔法に意識を集中させれば、この部屋から離れた、けれど離宮の内部にはいるだろう距離にリュシエンヌの気配を感じた。

距離が離れるほどに感覚は弱くなるものの、隷属魔法は主人がどちらの方向にいるかくらいは教えてくれる。

ルフェーヴルは認識阻害のスキルを使用し、部屋を出て、リュシエンヌの気配が感じるほうへ向かう。

方向からして恐らく厨房か。

王女時代も時々、家政婦長やコック達とお菓子作りをしたり、料理について話したりしていたので、リュシエンヌにとっては懐かしい場所でもあるだろう。

厨房に近付くにつれてほのかに甘い、いい匂いが漂ってくる。

厨房に着き、そっと扉を開けて、中の様子を確かめた。

中にはリュシエンヌと侍女三名、それからリュシエンヌがいた時から勤めている年嵩の家政婦長。

五人が厨房の中で楽しそうに話している。

「二月ほどで終戦を迎えられて良うございましたね」

「うん、ルルもお兄様も無事で本当に良かった」

「此度の戦に勝利したことで、アリスティード様の即位を望む声も増えるでしょう」

「お兄様が国王になったら、お父様はどうするのかな?」

「しばらくは王城で相談役として過ごされるかと」

話しながらもリュシエンヌの手元が動いている。

ほのかな甘い香りはどうやらここから漂うものらしい。

リュシエンヌが混ぜているのはクリームだろう。そのクリームの色はリュシエンヌの髪に似ていて、恐らくチョコレートを入れているのか。

どうやらお菓子作りをしているようだ。

クリームを混ぜ終わると綺麗に焼けているケーキの丸い生地にリュシエンヌが真面目な顔で、クリームを塗っていく。

丁寧で慎重な手つきである。

次に残ったクリームを絞り袋に入れ、それでケーキを飾り始めた。

絞り袋の先端から、ニュッ、ニュッとクリームが少量ずつ出てくるのを、リュシエンヌが真剣に見つめながら絞り出している。

その様子を侍女達や家政婦長が微笑ましげに眺めていた。

最後まで綺麗に絞れたのか、リュシエンヌが絞り袋を置き、ケーキの上に板状のチョコレートを載せる。

「……よし、出来た!」

嬉しそうなリュシエンヌの声を聞きつつ、ルフェーヴルは扉を閉めるとスキルを切って、一度軽く襟を整える。

それから今度は扉を叩いた。

少しの間を置いて扉を開ける。

「ただいまぁ、リュシー」

振り向いたリュシエンヌの琥珀の瞳が煌めく。

「おかえり、ルル!」

勢いよく抱き着いてくる妻を、ルフェーヴルはしっかりと受け止めたのだった。

* * * * *

丁度、チョコレートケーキが完成するのと同時にルルが帰って来た。

ファイエット王国軍は戦地から撤収し、お兄様とロイド様は兵達と共に帰路についた。

帰りはルルがいる必要がないらしく、一足先に転移魔法で一人だけ帰って来たと言う話だった。

ルルは私兵も持っていないし、一人で参加したので、そういう点では一番身軽である。

ルルと一緒に部屋に戻り、メルティさんとリニアさんがケーキとティーセットを持って来てくれたので、昼前だけど二人で出来上がったばかりのケーキを食べることにした。

帰って来たルルに食べてほしくて作ったのだ。

出征中、ルルは匂いの強い甘いものを控えていたので、多分大好きなチョコレートもあまり食べていないだろう。

だからこそ、チョコレートケーキで帰還のお祝いがしたかった。

二人でソファーに座り、リニアさんが紅茶を用意してくれて、メルティさんが目の前のテーブルにケーキを置いてくれる。

ケーキの上の板チョコにはわたしが文字を書いた。

文字は『旦那様、おかえりなさい』である。

それを見たルルが目を瞬かせ、そして嬉しそうに笑った。

「ただいまぁ、リュシー」

わたしも「おかえり、ルル!」と返す。

この世界、飾り菓子は多少あるのに、こういう文字を入れるチョコプレートは見かけたことがなかった。

……これがあるとやっぱり違うよね。

ただ板チョコに文字を書いただけのものだが、誕生日のケーキなどでこれが載っているとわたしは嬉しい。

メルティさんに切り分けてもらい、二枚の取り分け皿にそれぞれ一切れずつケーキが載る。チョコプレートはルルのお皿のほうに。

フォークで一口分切ると、ルルが「あー」と口を開ける。

……わたしが作ったものだから毒見は必要ないんだけど。

親鳥から餌をもらう雛のようにルルが待っている。

切り分けた一口分をルルの口へ入れた。

ルルがチョコケーキを咀嚼する。

その灰色の目が嬉しそうに細められた。

「うん、美味しいよぉ」

「良かった。実はまだ味見してなくて……」

わたしも一口分、食べようとすると、ルルがフォークに載せた一口分を差し出してくる。

それをパクリと食べればルルがニコリと笑う。

「ね? 美味しいでしょぉ?」

ルルの問いに頷き返す。

美味しいが、しかし、上手に出来たから美味しいというだけではない気がした。

こうしてルルと一緒に食べられるから美味しいのだろう。

離宮で過ごす間、お義姉様も王太子妃という忙しい身なので一緒に食事を摂れないことも多く、わたしは基本的に部屋で食事を済ませていた。

どんなに美味しいものでも一人の食事はどこか味気ない。

「うん、美味しい」

「この板のチョコレートに文字書いたのもリュシー?」

「そうだよ、面白いでしょ?」

「食べるのが勿体なくなるねぇ」

ルルがフォークの先端でチョコプレートをつつく。

ミルクチョコレートの板にホワイトチョコで文字を書いただけだが、ルルからしたら新鮮らしい。

「ルルのためなら何度でも作るよ。だから、せっかくなら食べてほしいな。このチョコプレートはルル専用だよ」

と言えば、ルルがチョコプレートを指で摘み、端にかじりつくとパキリと割って食べる。

ルルの好きな甘いけど若干ビターな味わいのチョコレートにしたので、悪くはないはずだ。

もぐもぐと食べながらルルが言う。

「甘いねぇ」

どこかしみじみとした様子に訊き返す。

「甘すぎた?」

「いんやぁ、オレ好みの味だよぉ。チョコも甘いけどぉ、リュシーと一緒に食べるから普通より美味しく感じるのかなぁって思って〜」

ルルの言葉に思わず笑ってしまった。

「わたしも、同じことを思ってたよ。一人で食べても美味しいのかもしれないけど、ルルと一緒に食べたほうがもっと美味しく感じるの」

ルルに抱き着くと片手で腰を抱き寄せられる。

寄り添ったまま、お互い、ケーキを食べさせ合う。

「美味しいね」

「美味しいねぇ」

どちらからともなく発した言葉が重なり、同時に噴き出した。わたしとルルと二人分の笑い声は部屋に響き渡る。

……本当に無事で良かった。

こうして一緒に食事が出来ることが幸せだと再確認した。

「コレ食べたら帰ろうねぇ」

終戦宣言の話を聞いて、既に帰る準備は整っている。

お義姉様への挨拶も今朝のうちに済ませてあるし、あとはもう、我が家へ帰るだけだった。

「一月も空けちゃったね」

「まあ、女たらしが上手くやってるよぉ」

「ふふ、そうだね、きっと帰ってもみんなはいつも通りにしてくれるよね」

ルルに寄りかかり、ギュッと抱き着く。

「帰ったら、ルルと一緒に過ごしたいな」

わたしの我が儘にルルが嬉しそうに笑って、わたしの額にキスをする。

「オレも可愛い奥さんと過ごしたいなぁ」

しばらくはルルとのんびり過ごしたい。

……でも、それも難しいかな?

何せ、今回の戦争でルルは伯爵位を授かるはずだ。

ルルはニコルソン伯爵として登城することになるだろう。

まだしばらく、ルルは忙しいかもしれない。

ルルもそのことは分かっているだろうに、わたしの願いを叶えようとしてくれている。

「お疲れ様、わたしの旦那様」

今は愛する人がいる、この幸せに浸っていよう。

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