軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

終戦宣言(2)

アリスティードの天幕へ戻り、少し休憩する。

大司祭が戦死した者達への祈りを捧げたいと言うので、この後にルフェーヴルが戦地へ案内する予定だ。

既に戦死者の大半はルフェーヴルの空間魔法に収納したり、領地へ移送されたりしているが、人々が亡くなった戦地で祈りを捧げることで魂が彷徨わないようにとの配慮らしい。

「帰還後、改めて戦死者達は国葬を行う予定です。よろしければ、その際に大司祭様にもう一度祈りを捧げていただけると幸いです」

「私の祈りで良ければいくらでも行いましょう」

「ありがとうございます。大司祭様の祈りがあれば、戦死者達や遺族の苦痛も和らぐと思います」

アリスティードと大司祭はそんなふうに少し話をして、それから、ルフェーヴルが二人を戦地の近くまで転移魔法で移動させた。

「総指揮官である私も祈りを捧げるべきだろう。戦った者達がいるからこそ、我が国が勝つことが出来たのだ」

と言うわけでアリスティードも共に来たのだ。

まだ戦地に残っている兵士達は、訪れた王太子と大司祭に驚いていたが、大司祭が両手を組み、朗々と祈りの言葉を紡ぎ始めると皆が膝をついて祈りを捧げる。

アリスティードも片膝をつき、浅く頭を下げ、胸に手を当てて死者への祈りを捧げている。

ルフェーヴルも同様にしたが祈りは捧げない。

暗殺者が死後の安寧を願うなど、皮肉でしかないからだ。

最も長い祈りを捧げたようで、司祭の祈りはかなり続いたが、兵士達の間から小さく押し殺した啜り泣きが聞こえてくる。

仲間を、友を失った兵士達の心の傷は深いのだろう。

祈りが終わると、最後に大司祭が光魔法で柔らかな光の粒を兵士達や戦地へと降り注がせる。

……この歳でこれだけ魔力があるなんて凄いねぇ。

「大司祭様、ありがとうございます」

アリスティードに続いて兵士達も感謝の言葉を言う。

大司祭は優しく微笑んだ。

「どうか、皆様の心にも安寧が訪れますように」

そうして、アリスティードと大司祭はその場にいる兵士達に出来る限り声をかけ、励まし、少し離れてからルフェーヴルの転移魔法で天幕へと戻ってきた。

「それでは、そろそろ戻らせていただきます。あまり長く離れていると不審がる者もおりますので。……どうか、殿下も息災でお過ごしください」

「ええ、大司祭様もいつまでもご健勝で。出来れば、息子の洗礼にも立ち会っていただきたいです」

「ほっほっほ、まだまだ長生きしなければなりませんね」

アリスティードの言葉に大司祭が笑う。

その頃には大司祭は九十代になっているだろうが、八十半ばでこれほど元気なのだから、本当にそれくらいまで長生きしそうである。

二人が互いに握手を交わし、ルフェーヴルが大司祭の手を取った。

「それでは大聖堂へ戻ります」

「はい、お願いいたします」

転移魔法の詠唱を行い、発動させ、大聖堂の応接室へと戻ってくる。

時間にして四時間ほどのことであったが、高齢の身にはやはり少しきつかったようで、大司祭はソファーへ腰掛けた。

ふう、と小さく息を吐いた大司祭に問われる。

「王女殿下はお健やかに過ごされておられますか?」

「ええ、毎日とても楽しそうにしています」

「それは何よりです。王女殿下が笑顔でお過ごしになられることこそ、女神様は望んでいらっしゃるのでしょう。そして、その幸福の恩恵を我々も授かることが出来ます」

つまり、加護持ちであるリュシエンヌが幸せに暮らせば、リュシエンヌのいる国は栄え、民の暮らしも良くなり、間接的に人々も幸せになれると言いたいのだろう。

だからこそ、加護持ちの存在は秘匿せねばらない。

もし周辺国に知られれば、奪い合いの戦争が起こる。

「何があったとしても、妻の幸せは私が守ります」

リュシエンヌが不幸になることはない。

ルフェーヴルの手の中で、大事に大事に守っている。

時にはルフェーヴルの予想もつかない行動を取ることもあるが、リュシエンヌ自身も幸福を望んでいる。

何より、リュシエンヌはどんな時でも幸せを見つけられる前向きな子なので、ルフェーヴルはそれが失われないように守るだけだ。

「王女殿下を深く愛していらっしゃるのですね」

「妻のためなら、この身も惜しくはありません。ですが、私が自分のせいで命を落としたとなれば妻は悲しむでしょう」

「そうですね、子爵ご自身も大事になさってください」

大司祭が差し出した手と、ルフェーヴルは握手を交わす。

年老いて骨ばった、皺だらけの手であったが、力強い。

どちらからともなく手を離し、ルフェーヴルは転移魔法の詠唱を行いつつ、外へと続く扉を数回叩いた。

廊下に待機しているであろう司祭が入る前に、転移魔法でルフェーヴルはアリスティードの天幕へ戻ってくる。

天幕にはアリスティードとロイドウェルがいた。

「ご苦労。大司祭様の様子はどうだった?」

アリスティードの問いに、ルフェーヴルはアリスティードの向かいにある椅子へどっかりと座った。

「ちょ〜っと疲れた様子だったけどぉ、大丈夫そうだよぉ」

「そうか、転移魔法で移動とは言え、大司祭様には色々と負担をかけてしまったな。……これから父上と連絡を取るが、お前も話をするか?」

「ん〜、別に話すこともないけどねぇ」

アリスティードが通信魔道具を取り出し、ベルナールの魔道具へ通信を繋げた。

ややあって、ベルナールの声がした。

【私だ】

「アリスティードです。無事、終戦宣言は終わりました。ヴェデバルド王国の王太子は身代金を受け取ったので返還済みです。それから大司祭様が戦死者のために祈りを捧げてくださいました」

【そうか、大司祭の祈りは兵達の気持ちを落ち着かせてくれただろう。教会には後で寄付金を渡しておく】

「ええ、お願いします」

よく似た声同士の会話を、ルフェーヴルはテーブルに頬杖をつきながら聞いていた。

……アリスティードは成長したら、まんま義父上みたいになりそうだねぇ。

子が親に似ることに不思議はないが、面白い。

「終戦宣言も終わりましたので、二、三日ほどで撤収して帰還する予定です。その間にヴェデバルド王国側で貴族の身代金も用意出来そうなので、帰還時に捕虜を連れ帰ることはないと思います」

【分かった。アリスティードもご苦労だったな】

「いえ、私はそれほどでも。皆が尽力してくれましたし、何より、ルフェーヴルが良い働きをしてくれましたから」

急に名前を出されたルフェーヴルは目を瞬かせた。

通信魔道具の向こうでベルナールが小さく笑う。

【なかなかに使えるだろう?】

「はい、雇えないのが残念です」

【そればかりはルフェーヴルの気持ち次第だな】

目の前でそのような会話をされたルフェーヴルは、思わず口を挟んでしまった。

「だってアリスティードに雇われたらぁ、今よりもっと忙しくなりそうだしぃ?」

ベルナールはよほどのことがなければルフェーヴルを使わないが、アリスティードは信頼の置けるルフェーヴルを何かと使おうとするだろう。

ベルナールやアリスティードの依頼は優先して受けるが、そればかり相手にしているわけにはいかない。

何より、同じ雇用主だけだと飽きてしまう。

だからこそ、ベルナールに雇われながらも闇ギルドの仕事も請け負っているのだ。

「否定は出来ないな」

「オレは裏世界で正義に生きる王家の影〜みたいなのになるつもりはないよぉ。やりたい仕事はするけどぉ、やりたくないことはやらないからねぇ」

「仕事を好き嫌いで選べるなど贅沢なことだ」

【確かにな】

アリスティードとベルナールの言葉に、ロイドウェルも無言で頷いている。

ルフェーヴルは、あは、と笑った。

「ギルドのランク上位は仕事を選べるんだよぉ」

「羨ましい限りだな」

アリスティードが肩を竦めると、場の雰囲気が柔らかくなる。

【何はともあれ、予想より早く戦争が終結して良かった。後はお前達が無事に帰還することを待っている】

「はい、帰還準備が整いましたら、また改めて連絡します」

【ああ、連絡を待っていよう】

そして魔道具への魔力が途切れ、通信も終わった。

魔道具を懐に仕舞いながらアリスティードが言う。

「ルフェーヴル、本当に私に雇われる気はないか?」

アリスティードにしてはどこか未練たらしい様子に、ルフェーヴルは満面の笑顔で答えた。

「首輪も主人もリュシーだけで十分だよぉ」

ルフェーヴルを縛るものはリュシエンヌだけがいい。

それ以外の鎖など、不要である。

* * * * *

「ってわけでぇ、戦争終わり〜」

転移魔法で戻って来たルルが軽い調子で言う。

ルルが来たのは日が沈む少し前くらいで、偶然お義姉様もいたため、突然現れたルルにお義姉様が酷く驚いていた。

わたしがすぐに転移魔法だと告げれば、お義姉様は納得した様子ではあったけれど、同時に頭が痛いというふうに額に手を当てた。

「ニコルソン子爵の前では王城の警備も、あってないようなものですわね」

「その、それは元々と言いますか、転移魔法が使えなくてもルルはスキルで気付かれずに忍び込めますので……」

「……そうでしたわ……」

お義姉様は困ったように微笑んだ。

それから、気を取り直した様子でお義姉様がルルに声をかける。

「ご報告ありがとうございます、ニコルソン子爵。戦争が早期終決したことで民達も安堵するでしょう」

「アリスティードも無事だから安心していいよぉ」

「それは何よりですわ」

お義姉様の表情はどこかホッとしていた。

お兄様とお義姉様も通信魔道具で連絡を取り合っていたようだけれど、やはり、心配だったのだろう。

「アリスティードは義父上に連絡してたから、多分、後でそっちにも連絡が来ると思うよぉ」

「ええ、そうですわね。……申し訳ありません、リュシエンヌ様。わたくしも急ぎ王城へ行き、陛下と話をしなければ」

言葉通り、申し訳なさそうに眉尻を下げるお義姉様に、わたしは頷き返す。

「お気になさらないでください」

「ありがとうございます。それでは、わたくしは失礼いたしますわ」

「はい。戦争は終わりましたが、お義姉様も無理はしないでくださいね。帰って来たお兄様が心配してしまいますから」

「ふふ、そうならないよう気を付けます」

わたしの冗談交じりの言葉にお義姉様は小さく笑い、立ち上がると、侍女のフィオラ様を連れて出て行った。

室内にはヴィエラさんとメルティさんが残る。

ルルがわたしの横へ腰掛けたので、なんとなく、ルルにくっついた。

「戦争、早く終わって良かった」

「そうだねぇ。アリスティード達の作戦もなかなかだったしぃ、オレもそれなりに武勲を立てられたしぃ、リュシーと離れて過ごす時間が短くて済んで何よりだよぉ」

ルルにギュッと抱き寄せられる。

「……ファイエット王国はどれくらい被害が出たの?」

戦争だから死傷者ゼロとはいかないだろう。

それでも、やはり王国の民には死んでほしくないし、出来るなら誰も死なず、傷付かずに終わってくれたら良かったのにと思ってしまう。

……そんな考えこそ傲慢なのかもしれないけど。

「怪我人は結構多かったけどぉ、ほとんどは治癒魔法で治せる者ばっかりだったしぃ、まあ、死者は全体のほんの一握りって感じだねぇ」

具体的な数を言わないところにルルの気遣いを感じた。

言えば、わたしが傷付くと思ったのだろう。

実際、具体的な戦死者数を聞けば気落ちしてしまうかもしれない。

「そっか……」

「リュシーがそんな顔することないよぉ。そもそも今回の戦死者だって普通の戦争に比べたら凄く少ないんだからさぁ、むしろ少ない損害で国を守れたことを喜べばいいんじゃなぁい?」

「……そう、だね」

「リュシーはもう降嫁してるんだしぃ、王族の責任ってヤツをそこまで感じなくてもいいんだよぉ」

よしよしとルルに頭を撫でられる。

「今はオレが無事だってことだけ、喜んでてよ」

ルルがわたしの額にキスをする。

わたしも、ルルの頬へキスを返した。

「……うん、ルルが無事で嬉しい」

「あと数日は向こうとコッチと行ったり来たりしなきゃいけないけどぉ、オレはそんなに仕事もないしぃ、帰還準備が終わったら転移魔法で先に帰って来るよ〜」

「お兄様達と一緒じゃないんだ?」

「だって帰って来て、王都に入った時に今度は戦勝パレードするでしょぉ? そういうのには参加したくないしぃ」

確かにルルはそういうものに出たがらないだろう。

「早く屋敷に帰りたいしねぇ」

それにはわたしも同意した。

「そうだね、早く我が家に帰りたい」

「数日はダラダラして過ごしたいなぁ」

「昼過ぎまで寝坊して、二人でのんびりしたいね」

離れていた分、ルルとの時間を埋め戻したい。

ルルがわたしにすり寄ってくる。

「あ〜……、しばらく本職の仕事減らそっかなぁ」

「ふふ、ギルド長さんが困っちゃいそう」

戦争で亡くなった人々、その家族や友人のことを思うと手放しでは喜べないのだろうけれど、ルルがわたしの下へ無事に帰って来てくれて嬉しい。

……やっぱり、わたしはルルがいないとダメだなぁ。

ルルの腕に抱かれながら内心で苦笑する。

出征中も帰って来てくれていたけれど、不安で仕方がなくて、こうして戦争が終わったと聞いて心の底からホッとした。

ルルには死んでほしくないし、傷付いてもほしくない。

……死ぬ時は二人一緒に。

「報奨金で何か買う〜? 宝石でもドレスでも、リュシーの欲しいものは何でも買ってあげるよぉ」

わたしはこの人と永遠に共にいたい。