軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

終戦宣言(1)

ヴェデバルド王国が降伏してから三日後。

ファイエット王国軍の下へ、ヴェデバルド王国軍の代表である貴族と使者、そしてヴェデバルド王国側の司祭が訪れる予定だ。

本日、ついに終戦宣言を行うのである。

ルフェーヴルは朝からアリスティードの天幕へと来ていた。

「来たか」

アリスティードが椅子から立ち上がり、通信魔道具を片手にルフェーヴルに近付いた。

「既に大司祭には父上が話をつけたそうだ。先ほど、父上に連絡をして、迎えに行く旨の手紙も送ってもらった」

「じゃあ迎えに行くだけだねぇ」

「ああ、さすがに私が行くことは出来ないが、お前が教会近くに転移魔法で移動し、教会内部から大司祭と共に戻って来ることになる」

「りょ〜かぁい」

元よりそうするつもりだったので問題はない。

頷くルフェーヴルにアリスティードが言う。

「お前、大司祭に失礼な態度を取るなよ?」

「そんなことしないよぉ。第一、あの大司祭にはリュシーの洗礼とか結婚式の立会とかぁ、色々世話になってるんだしぃ。きちんとニコルソン子爵として対応するよぉ」

「それならいいが……」

まだ少し心配そうなアリスティードに軽く手を振り、ルフェーヴルは転移魔法の詠唱を行う。

そうしてファイエット王国の王都にある、いつもの転移先の屋根へ移動した。

遠くまで飛ぶとごっそり魔力を失う感覚がする。

スキルを使用して屋根の上を移動しながら大聖堂へ向かう。

付近に到着し、適当な人気のない道でスキルを切る。

朝の集会を終えて時間が経っていることもあり、周辺はあまり人気が多くない。

これ以上遅くなると、今度は治療を求める者や観光客が訪れるだろうから、今の時間帯が丁度いい。

大通りに出て、ルフェーヴルは教会へと向かう。

正面の両開きの扉から中へ入り、大聖堂の者を探すために見回せば、関係者だろう男に声をかけられた。

「失礼ですが、ニコルソン子爵でいらっしゃいますか?」

「ええ、ルフェーヴル=ニコルソンと申します。大司祭様と面会のお約束があるのですが……」

「はい、聞き及んでおります。さあ、どうぞこちらへ」

と、大聖堂の奥へ案内される。

案内している者の服装からして司祭の一人らしい。

祈りの間を抜け、廊下を進み、奥の応接室へ到着した。

「こちらに大司祭様がおられます。私は外でお待ちしておりますので、ご用事が済みましたらお声がけください」

明言はしなかったが、雰囲気からしてこの司祭は今回の件を知っているようだ。

応接室に他の者が入らないよう見張ってくれるのだろう。

ルフェーヴルは頷き、司祭が扉を叩き、開ける。

派手さのない、落ち着いた応接室の中に、大司祭がいた。

エイルズ=マッカーソン大司祭は最後に会った時よりも、かなり年老いた印象を受ける。

年齢的に恐らく八十代半ばくらいで高齢なので、年老いたと感じるのは当然だが、意外にも大司祭はスッと立ち上がった。

「ようこそ、ニコルソン子爵。よくお越しくださいました」

八十代と言えば、もういつ死んでもおかしくないような年齢であるのに、穏やかな口調はハッキリとしており、立ち上がった動作からしても足腰を痛めている雰囲気もない。

年齢のわりには健康のようだ。

背後で静かに扉が閉まる。

「お久しぶりです、大司祭様。結婚式の際には大変お世話になりました。妻の洗礼にも立ち会っていただけた大司祭様が式でも見守ってくださったこと、感謝申し上げます」

「いいえ、王女殿下はこのファイエット王国の、そして我々教会側にとしても重要なお方です。その洗礼だけでなく、結婚式にも関わらせていただけたことは、私にとって人生最大の僥倖でした」

リュシエンヌが女神の加護持ちだと知っている、数少ない人間の一人がこの大司祭である。

若干、加護持ちのリュシエンヌに心酔しかけているような雰囲気をたまに感じるが、敬虔な信徒というものは、大体このようなものなのだろう。

「ニコルソン子爵からはご夫婦で多額の寄付をしていただき、おかげで生活に困窮している多くの者たちを救うことが出来ました。お気遣い、ありがとうございます」

「お気になさらずに。大聖堂で大司祭様に誓いを見守っていただいたお礼のようなものです」

「王女殿下が子爵を夫とした理由がよく分かります」

好々爺然とした笑みで大司祭が頷く。

どうやら、この大司祭からはルフェーヴルが善人に見えているらしい。

わざわざ否定して話をややこしくするつもりはないが、善人と思われるのは少し不思議な気分だった。

「それだけでも私はもう自分の役目を終えたと思っていたのですが、まだ、やるべきことが残っていたようです」

終戦宣言は教会側としても喜ばしいことだ。

戦争で家族を失って生活出来なくなる者。

身寄りを失う者、怪我を負って働けなくなる者、住んでいた場所を追われる者。戦争では多くの者が不幸を強いられる。

だからこそ、戦争期間は短いほど良い。

「既にご存知かとは思いますが、リスティナ辺境伯領までは転移魔法で移動します。それほどお体に負担はかかりませんが、少し浮遊感がありますので、気分が悪くなるようでしたらおっしゃってください」

「分かりました」

「それでは、お手を失礼します」

ルフェーヴルは大司祭に近付き、その手を取る。

転移魔法の詠唱を行いつつ、アリスティードの天幕を目的地に思い浮かべた。

詠唱が終わるのと同時に僅かな浮遊感があり、そして、予定通り、アリスティードの天幕へ大司祭と共に移動した。

ふらついた大司祭をルフェーヴルはとっさに支える。

「大丈夫ですか?」

「ええ、少し足元が揺れたので驚いてしまって……」

待っていたアリスティードが立ち上がると、すぐに椅子を大司祭のそばへ運んだ。

大司祭は恐縮した様子ではあったが、アリスティードの厚意に感謝しながら椅子に腰掛ける。

転移魔法の浮遊感は独特なので仕方がない。

椅子に座って一息吐いた大司祭は周囲を見回した。

「本当に転移魔法が使えるのですね……」

どこか感動した様子であった。

そもそも、転移魔法を扱える者はまずいない。

ファイエット王国でも禁書扱いの本に書かれていた内容なのだから、普通の人間が扱えないのは当然である。

だが、ルフェーヴルはそれについては黙っておいた。

「大司祭様、遠くまで御足労いただき感謝いたします」

アリスティードの言葉に大司祭が小さく首を振り、頭を下げる。

「いいえ、私のほうこそ、この度は終戦宣言の立会人という大役に選んでいただき、まことに光栄でございます。短期間で戦が終わることで、きっと、多くの民の命が救われたことでしょう。殿下の英断にファイエット王国の民として感謝申し上げます」

「こちらこそ、本日はよろしくお願いいたします。共に平和のため、王国の民のため、尽力しましょう」

アリスティードが頭を下げていた大司祭の肩に触れ、頭を上げさせると微笑んだ。

それに大司祭も穏やかに笑みを浮かべる。

……なぁんか落ち着かないなぁ。

アリスティードも大司祭も、ルフェーヴルからすれば善人すぎると言うか、綺麗すぎて、たまにむず痒くなる。

その感覚を誤魔化すようにルフェーヴルは空間魔法から魔力回復薬を取り出し、一息で飲み干し、瓶を空間魔法へ放り込んだ。

大司祭を返して、リュシエンヌに会いに行ったら、もう一本飲むことになるだろう。

魔力回復薬は不味いが効果は高い。

特にルフェーヴルは値段が高くて効きやすいものを購入しているので、飲めば即座に魔力が回復する。

「ヴェデバルド王国軍の使者が訪れるまで、休憩されますか? 天幕もご用意してありますが……」

「ありがとうございます、殿下。ですが、よろしければ此度の戦争についてどのような流れであったかお聞かせいただけますでしょうか? 終戦宣言後に亡くなった方々への祈りを捧げたいのです」

「お話しするのは構いません。しかし、戦争の内容となると大司祭様がお聞きになるのはつらい部分もあるかと思います」

「そうかもしれません。それでも、私達の平穏を守るために戦ってくださった方々のことを、少しでも多く知っておかねばなりません」

そうして、ヴェデバルド王国軍の使者が訪れるまでの二時間ほど、アリスティードが大司祭に今回の戦争について語り、大司祭は静かに話を聞いていた。

その間、ルフェーヴルも付き合うこととなった。

* * * * *

そして、太陽が天上に届く少し前。

ヴェデバルド王国から使者達が訪れた。

使者二人と司祭、そして警護の兵士達がいた。

使者二人が丁寧な挨拶を述べ、続けて、こう言った。

「王太子殿下の身代金の用意が整いましたので、終戦宣言後、お支払いいたします」

天幕の中にはアリスティードとロイドウェル、リスティナ辺境伯、大司祭、ルフェーヴルがいて、ヴェデバルド王国の王太子もいた。

捕虜とは言え、ヴェデバルド王国軍の総指揮官だったので、終戦宣言では書面に王太子の署名が必要なのだ。

使者の言葉にビクリと王太子が震える。

しかし、肩を落としただけで何かを言うことはなかった。

さすがの王太子も、そろそろ自分に発言権がないと理解したようだ。

使者二人を椅子に座らせる。

アリスティードも席についており、その向かいに使者二人、アリスティードの右手に大司祭、左手にヴェデバルド王国から来た司祭が着席した。

「それでは、まずは立会人に改めてヴェデバルド王国軍の降伏と我が国の条件について確認してもらう」

ヴェデバルド王国の使者達が頷き、立ち上がった。

片手を上げ、もう片手を胸に当てる。

「我がヴェデバルド王国軍は、ファイエット王国軍に降伏いたします」

「我がファイエット王国はヴェデバルド王国軍の降伏を受け入れる」

次にロイドウェルが一歩前に出て、書簡を読み上げる。

戦勝国であるファイエット王国の出した条件だ。

長い内容を最後まで読み上げたロイドウェルが、それをアリスティードに渡し、アリスティードが素早く内容を確認してから署名する。

ロイドウェルがそれを受け取り、次に大司祭に手渡した。

大司祭、ヴェデバルド王国の司祭、使者達が同様に書簡の内容を確認し、署名を行う。

最後にヴェデバルド王国の王太子も署名をした。

この流れを三回繰り返した。

一枚はファイエット王国の控え、二枚目はヴェデバルド王国の控え、三枚目は教会の控えである。

ちなみに三枚目の教会控えは大司祭が保管する予定だ。

王太子は書類の内容を確認していないようであったが、誰もそのことについて指摘はしない。

死んだ魚のような目で王太子はただただ署名を行うだけだ。

全てに必要な署名が行われると、それぞれが書簡を受け取り、不備がないことを最後にもう一度確認した。

アリスティードが立ち上がり、使者達も立ち上がる。

「ファイエット王国とヴェデバルド王国の戦争が終結したことを、アリスティード=ロア・ファイエットの名の下に宣言する」

アリスティードの言葉に使者二人は頭を下げ、恭順の意思を示す。

大司祭と司祭が頷き、ヴェデバルド王国の王太子が項垂れる。

両国の短い戦争が終わった瞬間であった。

使者二人が頭を上げ、自国の兵士を見て頷く。

兵士が動いたことでルフェーヴルは警戒したが、兵士は近くにいた辺境伯へ箱を手渡した。

「こちらが王太子殿下の身代金でございます。どうぞ、ご確認ください。……貴族達についても数日ほどでご用意いたします」

辺境伯とロイドウェルが金額をその場で確認し、ロイドウェルがアリスティードへ頷き、アリスティードが王太子へ顔を向けた。

全員の視線が向かったこともあってか王太子の背筋が伸びる。

「これで貴殿は自由の身だ。自国へ帰られるが良かろう」

王太子が眉根を寄せ、口を開きかけたが、ヴェデバルド王国の使者であった貴族が先に声を発した。

「我が国の王太子がご迷惑をおかけいたしました」

「ヴェデバルド王国は王太子の教育について今一度、見直すべきだとだけは告げておこう」

「……お恥ずかしい限りでございます」

ヴェデバルド王国の兵士が王太子に近付き、身柄を引き取る。

王太子がアリスティードへ縋るような視線を向けたけれど、アリスティードは首を振り、王太子は兵士に連れられてヴェデバルド王国の使者の下へ行く。

使者は王太子に対して「よくぞご無事で」と言ったが、言葉とは裏腹に淡々とした表情であった。

しかし、王太子はこれで多少、寿命が伸びたわけだ。

少なくとも責任を取らされるまで死ぬことはない。

使者達が頭を下げ、司祭と兵士と共に王太子を連れて帰って行った。

使者達がいなくなるとアリスティードの表情が和らいだ。

「これで私達も帰還出来るな」

戦争が始まる前は数ヶ月、最悪年単位でここにいることになるかもしれないと考えていたから、余計にホッとしたのだろう。

しかもファイエット王国軍の勝利である。

アリスティードも王太子として功績を残せるし、これにより、アリスティードの即位を望む声が国民からも増えていくと思われる。

「殿下、お疲れ様でございます」

「大司祭様も、ありがとうございました」

大司祭も表情を穏やかなものにして微笑んだ。

その手には終戦宣言の書簡が大事そうに抱えられていた。

後はロイドウェルと辺境伯に任せ、ルフェーヴルとアリスティードは大司祭と共にアリスティードの天幕へと戻ったのだった。