軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二人の約束

ルルが本職に復帰してから二週間後。

その日は、何故か朝からお風呂に入れられた。

リニアさんとメルティさんに全身ピカピカに磨かれて、香油でマッサージもされて、髪も丁寧に洗われて、午前中いっぱいをかけて入浴した。

「何があるの?」

と、訊いても二人は訳知り顔で微笑むだけだった。

悪いことではないだろうと、とりあえず入浴し、ガウンを着て寝室へ戻る。

すると、そこにはヴィエラさんがいた。

ヴィエラさんは風魔法でわたしの髪に香油を馴染ませると乾かし、丁寧に梳った。

その間にメルティさんがわたしの爪を整える。

そしてリニアさんがドレスを持ってきた。

真っ白で、肌の露出が全くないシンプルだけど上品なドレスだった。

……もしかして……。

それを着させられて、メルティさんが化粧を施してくれている間に、ヴィエラさんがわたしの髪を編み込んで、華やかな髪型になる。

手袋がつけられる。繊細なレースで出来ていた。

靴を履いて、最後に頭の上にヴェールがつけられる。

鏡のわたしはどこからどう見ても、花嫁だった。

コンコン、と寝室の扉が叩かれる。

リニアさん達がサッと下がって扉を開ける。

振り向けば、開けられた扉の先にルルがいた。

薄いグレーのシャツに、真っ白なタキシード姿のルルが、青い可憐な花で作った小さな花束を持っている。

ゆっくりとルルが歩み寄ってくる。

「ドレスは要らないって言ってたけど、リュシーには白いドレスがやっぱり映えるね」

わたしの目の前でルルが立ち止まった。

「前に約束したでしょ?」

座っているわたしの前でルルが片膝をつく。

青い花束が差し出された。

「リュシエンヌ、オレの奥さん」

ルルがふわっと微笑んだ。

「もう一度、オレ達だけの結婚式、しよっか?」

目の前の花束をわたしはそっと受け取った。

この時期、花を手に入れるのは大変だっただろう。

もうすぐ雪が降ってもおかしくないような頃なのに、青い花は瑞々しくて、今摘んだのではと思うほど鮮やかな色をしている。

「うん。……うん、結婚式、しよう。ルル……」

これだけでもう泣きそうになってしまう。

二人だけの結婚式をしようと確かに約束した。

それをルルはきちんと覚えていてくれて、こうして、わたしのために新しい衣装を用意してくれたのだ。

わたしが花束を受け取るとルルが立ち上がった。

「泣くのはまだ早いよ、リュシー」

そう言ったルルの声は柔らかくて、嬉しそうで、実際ルルは嬉しそうな顔で手を差し出した。

「さあ、教会に行こう?」

頷き、片手をルルに預ける。

手を引かれ、ゆっくりと歩き出す。

部屋を出て驚いた。

廊下の左右には色とりどりの花が飾られていた。

使用人達の姿は見つけられなかったけれど、これをルルが一人でやったとは思えないので、きっと使用人達が飾りつけてくれたのだろう。

それは屋敷の外に停めてある馬車まで続いていた。

外では、使用人達が見送りのために出てきて、並んで待っていてくれた。

言葉はなかったけれど、全員がビシッと揃い、綺麗な礼を執って、わたし達が馬車に乗るまでそれを崩さなかった。

別の馬車でリニアさん達もついて来てくれるらしい。

「ビックリした〜?」

隣に座るルルに訊かれて頷く。

「うん、凄くビックリした」

「これからオレも忙しくなるから、もう一回式をするなら今かなぁって思ってねぇ」

「そっか」

今日のルルは短くなった髪を後ろへ流していて、整った顔がいつもよりよく見える。

普段髪を下ろしている時は実年齢より若く見えるけれど、髪を撫で付けた今は年相応の大人っぽく感じた。

でも、ルルは今日は手袋をしていない。

侍従の時も、仕事の時も、ルルは手袋をしていた。

ルルにとって、今は自分の時間ということだ。

繋いだ手の温もりにホッとする。

「……あのね」

手を繋いだまま、ルルに話しかける。

ルルは「うん?」とわたしの肩を抱き寄せた。

「前世の、わたしのいた国ではね、結婚出来る年齢は十八歳からだったの」

わたしは今年の秋、十八歳を迎えた。

偶然なのだろうが、前世の結婚可能年齢でもう一度結婚式を行えるのがとても嬉しかった。

……お父さん、お母さん、わたし、別の世界でだけど結婚するよ。

もう両親の名前も顔も思い出せないけれど、それでも、前世の両親に愛され、大切にしてもらったことは覚えている。

「だから、この年齢でまた式が出来て嬉しい」

ルルが「そっかぁ」と返事をする。

「オレは今のリュシエンヌと、前世のリュシーと、両方娶ることになるのかもねぇ」

そこまで言って、ルルがふとわたしを見た。

「そう言えば前世のリュシーって何歳で死んだの〜?」

それに一瞬ギクリとした。

前世のわたしと今生のわたしの年齢を足すと、ルルより少し年齢は上になってしまうのだ。

思わず視線を逸らすとルルが小首を傾げる。

仕方なく、ルルの耳元でこっそりと囁いた。

ルルがふっと笑った。

「じゃあリュシーのほうがちょ〜っと上なんだねぇ」

「う……、あんまり言わないで」

「まぁ、でも、リュシーはリュシーだよぉ」

ルルは気にした様子もなく笑った。

わたしも、前世の記憶は昔よりも鮮明に思い出せなくなっており、どちらかと言えば今生の年齢とさほど精神年齢に変わりはないような気がする。

まだハッキリと覚えていることもあるが。

「ねえ、リュシー」

今度はルルから声をかけられる。

「なぁに、ルル?」

「リュシーはオレといて、幸せ?」

いつも通りの声で、何気なく問われた。

だけど、この問いにはルルの気持ちがこもっている。

そんな気がした。

「幸せだよ」

だからわたしは即答した。

繋いだ手にギュッと力を入れる。

「ルルがいてくれるから、わたしは毎日幸せ」

この世界で、わたしがわたしとして生きてきて、その中で幸せだと感じた時にはいつだってルルが傍にいてくれた。

わたしがこの世界で初めて嬉しいと思ったことは、全て、ルルが与えてくれたものだった。

わたしの幸せはルフェーヴル=ニコルソンと共にある。

そう、胸を張って言える。

「ルルはわたしといて、幸せ?」

ルルが目を伏せた。

「オレは幸せって感覚、まだよく分かんないけど、リュシーといる時の心地良さとか、触れた時の嬉しさとか、そういうのが幸せって言うなら、オレは幸せなんだと思う」

間延びしていない口調からして、ルルの本心なのだろう。

その答えもなんだかルルらしくて笑ってしまった。

「それなら良かった」

少なくとも、ルルはわたしと関わって後悔はしていないらしい。それだけで十分だ。

次第に馬車の揺れの感覚がゆっくりになっていく。

目的地の近くに来たようだ。

やがて、馬車は小さく揺れたのを最後に停車した。

外から御者が壁を軽く叩く音がした。

ルルが馬車の扉を開ける。

「ちょっと寒いけど大丈夫〜?」

ルルの問いに頷いた。

「大丈夫」

ドレスは手首から首、足元までしっかり生地があるので思ったよりも寒くはない。

ルルの手を借りて馬車から降りる。

木々が生い茂る森の中に、寂れた教会があった。

壁は蔦に覆われて、外壁も少し崩れている。

「中はそれなりに片付けてあるよぉ」

リニアさんとメルティさんが教会の中へ続く、両開きの扉を開けてくれた。

中に入ればすぐに祈りの間がある、小さな教会だ。

でも、ルルと話した通りの教会だった。

いくつかの窓は割れていたものの、正面のステンドグラスは残っており、女神様が色付きの綺麗なガラスで描かれている。

ルルの言う通り、廃墟にしては中は綺麗で、枯れ葉や崩れた壁の一部などもなく、古びた赤い絨毯が何とか残っていた。

天井から所々差し込む日差しとステンドグラスからの明かりで、室内はほどよく照らされ、厳かな雰囲気がある。

ルルが祈りの間の入り口で立ち止まる。

そうして、左腕を差し出してくる。

わたしはその腕に右手をかけた。

「司祭は必要ないでしょ?」

ルルの言葉に頷いた。

「さあ、行こう」

ゆっくり、足を踏み出した。

行こうと言いながらもルルはわたしに歩調を合わせてくれて、それほど距離のない二度目のバージンロードを、時間をかけて進む。

一度目の結婚のような華やかさも、お祝いの言葉も、わたし達の結婚を見届ける人々もいない。

でも、それでいいと思う。

初めて出会った時、二人だけだったように。

わたし達の結婚式は二人だけがいい。

静かな祈りの間にわたし達の足音だけが響く。

段差を数段上がり、古びた祭壇の前に立つ。

祭壇の上は天井が崩れてしまっていて、まるで、スポットライトを当てられたように明るくなっていた。

ルルがスッと右手を上げた。

「オレ、ルフェーヴル=ニコルソンはリュシエンヌ=ニコルソンを妻とし、健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、この魂の続く限り真心を尽くして愛することを誓います」

一度目の結婚式の誓いの言葉だった。

ルルがその手を自分の胸へ当てる。

わたしも祭壇に花束を置き、ルルと同様に左手を上げた。

「わたし、リュシエンヌ=ニコルソンはルフェーヴル=ニコルソンを夫とし、健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、この魂の続く限り、真心を尽くして愛することを誓います」

左手を自分の胸に当てる。

ルルを見上げれば、目が合った。

とても嬉しそうなルルの笑顔がそこにあった。

ルルがわたしに向き直ったので、組んでいた腕を離す。

伸びてきた手に優しく抱き寄せられる。

「誓いの口付けをしても、いい?」

唇が触れそうなほど近い距離で問われる。

その囁きにドキドキと胸が高鳴った。

「……うん」

目を閉じれば、柔らかな感触が唇に触れた。

優しい、愛しむようなキスだった。

* * * * *

重ねた唇を離せば、リュシエンヌが瞼を上げる。

近い距離で目が合うと、気恥ずかしそうに、照れたように、リュシエンヌが笑った。

綺麗な琥珀の瞳がステンドグラスから差し込む光を反射させてキラキラと輝く。

その瞳に自分だけが映っていることに充足感を覚える。

「もう一回」

リュシエンヌの唇をまた塞ぐ。

間近にある琥珀の瞳がルフェーヴルを見て、そして、すぐにルフェーヴルの後ろへ向けられた。

同時に、ひら、と視界の端を何かが掠める。

唇を離して顔を上げれば、天井の空いた穴から、ひらひらと無数の花弁や小さな花が虹色に輝く光の粒と共に舞い落ちてきた。

同時に、ふわりと温かな空気に包まれる感触がする。

これには覚えがある。

リュシエンヌと婚姻を結び、祝福を受けた時と同じだ。

『──……どうか、幸せに……』

透き通るように澄んだ、女の囁き声がした。

それはリュシエンヌにも聞こえたらしく、ハッとした様子でリュシエンヌが声を上げた。

「女神様!」

その手が落ちてくる花弁を掴むように伸ばされた。

「ありがとう!!」

どのような意味があるかは分からない。

しかし、その一言にはリュシエンヌの様々な感情が込められているのは感じられた。

そして、そこに負の感情がないことが伝わってくる。

そんな、喜びに満ちあふれた声だった。

リュシエンヌの口から、讃美歌が流れ出す。

聞き慣れた歌だが、リュシエンヌが歌うと、何度聞いても美しいと思う。

ルフェーヴルが何かに感動したり、美しいと思ったりすること自体、リュシエンヌに出会うまでほとんどなかった。

だが、リュシエンヌの歌は素直に美しいと感じる。

両手を組み、祈るようにリュシエンヌは歌う。

その手にルフェーヴルは自分の手を重ねた。

信仰心なんてものはないが、それでも、こうして女神の存在を感じて、祝福を授かり、強くなった今は少しだけ感謝の気持ちは持っていた。

暗殺者という職業柄、信仰心は邪魔になる。

そうだとしても、今だけは祈りを捧げることにした。

リュシエンヌの美しい歌が寂れた教会に広がっていく。

空から舞い散る花弁と光が呼応するように量を増やした。

そうして、リュシエンヌが歌い切ると、ゆっくりと花弁や光の量が減り、空気に溶けるように消えていった。

「……女神様の声、優しかったね」

リュシエンヌが天井に空いた穴を見つめたまま言う。

「そうだねぇ、ちょっとリュシーに似てたかもぉ」

「え?」

「オレの気のせいだろうけどねぇ」

女神の声は、まるで祈りのような言葉だった。

女神が祈る必要なんてないだろうに。

「あ」

空を見上げたまま、リュシーは小さく声を上げた。

ルフェーヴルもつられて、また、顔を上げた。

「あ〜、雪だねぇ」

天井の穴から、小さな雪の欠片が一つ、二つと落ちてくる。

そろそろ降ってもおかしくはない気温と時期だと思っていたが、雪を見ると、冬が来たのだなぁと実感する。

「冬が来たんだね」

同じことを考えていたらしい。

「引っ越してから、あっという間の一年だったねぇ」

「うん、もう一年経っちゃったんだね」

「なんか、時間の流れが早いよねぇ」

思わず、二人でしみじみと頷き合う。

そしてどちらからともなく笑った。

「今年も雪遊び、一緒にしようね、ルル」

リュシエンヌの屈託のない笑顔に頷く。

来年も、再来年も、その先だって一緒にいよう。

……オレ達は夫婦なんだから。

ずっと、いつまでも、リュシエンヌの傍にいる。

それこそが今のルフェーヴルの望みでもあるのだから。

* * * * *