軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

暗殺者ルフェーヴル=ニコルソン(5)

ルルが復帰初仕事を終えて帰ってきた翌日。

お父様の暗殺依頼を出した人間を暗殺してくるという、ちょっとややこしい依頼の事の顛末についてルルは教えてくれた。

黒髪の、あの変装した姿で流れの傭兵として潜入したそうだ。

そして雇用契約をする際に問題が起こり、争いになり、流れの傭兵が雇用主になるはずだった人間を殺して逃走した。

そういう筋書きになったらしい。

名前は知らないが、ルルが変装時に使っていたのは存在しない他国出身の流れの傭兵なので、ルルに辿り着くことはない。

たとえ元侯爵とヴェデバルドが繋がっていたとしても、犯人を捕まえることは出来ないだろう。

ルルは簡単に語ってくれたけれど、どのように対象を殺したとか、どんな武器を使ったとか、そういうことは詳細に語ることはなかった。

ただ、これだけはハッキリと言った。

「その元侯爵と、雇われてた元盗賊の傭兵達は十人くらい殺したかなぁ」

それを聞いてもルルを怖いとか感じなかった。

むしろ、その数の人間を相手にして無事に帰ってきてくれたことに安堵した。

そんなことを考えるなんて、わたしは酷い人間なのかもしれない。

だがわたしにとって一番大事なのはルルなんだ。

ソファーで並んで、くっついて座っていたので、ルルの胸元を確かめるためにぺたぺたと触る。

「ルル、怪我はないよね?」

「うん、無傷だよぉ」

分かっているけれど、確認せずにはいられない。

ルルは治癒魔法も多少は使えるため、もし軽い怪我を負っても帰ってくる前に治してしまうだろう。

わたしにはそのことは言わない気がする。

……だからこそ、ちゃんと訊かないと。

ルルはわたしに嘘は吐かない。

訊けば答えてくれるが、訊かなければ黙っていそうだ。

胸元、肩、腕、と触っていくと、くすぐったかったのか、ルルが小さく笑った。

でも、わたしの好きにさせてくれている。

他人に触られるのが好きではないルルが、わたしが触るのは許してくれる。それが嬉しいと思う。

そのまま太腿に触れると、ルルの手がわたしの手に重なった。

「リュシー、そこはちょっと、ね?」

ニッコリと微笑まれて素直に手を離した。

足の付け根に近い位置だったので、ちょっと注意された。

……はい、話に集中します。

ルルの手がわたしの両手を下から掬い上げるように包む。

「そういうことで、 義父上(ちちうえ) の暗殺依頼なんてもうギルドに回ってこないと思うよぉ」

ルルの言葉に頷いた。

……お父様の暗殺なんて絶対に嫌だ。

「その元侯爵とヴェデバルドが繋がってた証拠は見つかるかな?」

「それは難しいねぇ。一応、どっかの人間と手紙のやり取りはしてたみたいだから、そういうのが詰まった机は義父上に渡してきたけどぉ、多分、義父上もあんまり期待してないと思うよぉ」

「そっか……」

……じゃあ元侯爵はトカゲの尻尾切りだ。

ヴェデバルドにとっては今回の件は成功しても、失敗しても、痛くも痒くもないのだろう。

なんだか、それは悔しい気がする。

「まぁ、でも、そのほうがいいんじゃなぁい?」

ルルの言葉に首を傾げた。

「どうして?」

「だって、もしココでヴェデバルドが他国の王の暗殺を企てていたって証拠が出たら、こっちも問い詰めなきゃいけないしぃ、向こうも認めるわけにはいかないから、どっちも引っ込みつかなくなって最悪、戦争になるかもしれないでしょぉ?」

わたしは「戦争……」とルルの言葉を繰り返した。

戦争というものをわたしは知らない。

歴史の授業などで聞いて知ってはいるけれど、実際に経験したことがないので、本当の意味では理解出来ていない。

それでも戦争は良くないと思う。

「あとさぁ、オレもこれでも貴族の一員だから戦争になれば義務として従軍することになるかもだしぃ」

「え、あ、そう、なんだ……」

言い様のない衝撃を受ける。

……ルルが戦争に行くのは嫌だ。

暗殺や諜報の仕事は相手の情報を持っているからまだいいけれど、戦争になった時、戦場では何が起こるか分からないだろう。

ルルの強さを疑っているわけではないが、もし敵国が戦争用に新たな魔法を編み出していたとして、それを使用されてもルルが無事だという保証はない。

戦争になってルルが行ったとしても、魔法も剣も扱えないわたしは連れて行けないし、ルルは絶対に連れて行ってはくれないと思う。

「……戦争は嫌」

ルルが「そうだねぇ」と頷いた。

「義父上だってそう思ってるみたいだよぉ」

実際、今のファイエット王国は周辺国と友好的な関係を築こうと動いているし、それが難しい場合は衝突を避けつつ、下手に出過ぎないように、付かず離れずの距離を保っている。

恐らく、お兄様の代になってもそれが続くだろう。

……戦争なんて、しないほうがいい。

思わず俯いたわたしの頭をルルが撫でた。

「大丈夫だよぉ」

それがどういう意味の『大丈夫』なのかは分からなかったけれど、ルルが『大丈夫』だと言ってくれると安心する。

ルルはわたしに嘘を吐かない。

「さぁて、今回の件はそんな感じだったかなぁ。義父上が相手の値段の三倍出すって言ってくれたからぁ、復帰祝いにちょ〜っと豪華な食事でも作ってもらおうよぉ」

わたしを励ますためか、ルルがそう言った。

気遣いが嬉しくて、その話題に乗ることにした。

「ルルは何が食べたい?」

「オレ〜? そうだねぇ、肉が食べたいかなぁ」

「リュシーはぁ?」と訊き返されて考える。

「うーん、前に王都の屋台で食べたみたいな、串焼きが食べたい。外で、炭火で焼いたやつがいいな」

「あ〜、アレは美味しかったよねぇ。どうせ金を受け取りにギルドに行くから、明日買ってくるよぉ」

「本当? すっごく楽しみ!」

屋台の食べ物はここに来てから全く口にしていない。

引っ越す前は時々、ルルとこっそり城下に出て屋台のものを食べていたので、また食べられるというのはそれだけで嬉しい。

別に屋敷の料理人が作る料理が不味いわけではない。

とても美味しいし、見た目も綺麗で、手間をかけてくれているのがよく分かるし、それを毎日作ってくれているので感謝もしている。

しかし、たまには屋台で売っているようなものが食べたくなる時がある。

「せっかくだから色々買ってくるよ〜」

ルルは微笑みながら、わたしの頭を撫でた。

復帰祝いは屋台の食べ物パーティーになるだろう。

* * * * *

「報酬、取りに来たよぉ」

転移魔法で部屋にルフェーヴルが現れた。

バタン、と扉が開かれてゾイがルフェーヴルを見ると、バタンと扉が閉められる。

転移魔法で移動することが多くなったルフェーヴルのせいで、この部屋の守り手であるゾイは最近、少し機嫌が悪い。

ゾイいわく「警備の意味がない」だそうで、確かに、これでは扉を守っているゾイの立場がないのだ。

気紛れに、転移魔法を使わずに訪れることもあるが、ルフェーヴルは王都の外に住んでいるため、面倒臭がって今後も転移魔法を使うだろう。

やや乱暴に閉められた扉にルフェーヴルが小さく肩を竦めた。

「なぁんかアイツ、苛立ってるねぇ」

「あなたが転移魔法でくるからですよ。警備する側からしたら、転移は厄介ですからね」

「でもさぁ、わざわざ毎回外から入るのも面倒なんだよぉ」

予想通りの返答にアサドは苦笑した。

それが普通なのだが、ルフェーヴルは昔からこういうところがある。

……奥方と結婚して成長したかと思いましたが……。

ソファーの肘掛けに腰掛ける姿は昔とあまり変わらない。

「それで、報酬は〜?」

催促する声にアサドは意識を引き戻した。

「受け取っておりますよ」

立ち上がり、壁に埋め込まれた金庫を開けて、ルフェーヴルが受けた依頼の報酬を取り出した。

もちろん、ギルドの仲介料分は抜いてある。

それをルフェーヴルへ渡した。

受け取ったルフェーヴルが袋の口を少し開け、中身を確認すると、そのまま空間魔法へ放り込む。

「あ、ついでにヴェナヴァンの葉と茎、蜂蜜も用意しておいてくれなぁい? 次来た時に受け取るから〜」

ヴェナヴァンとは毒を持つ植物のことだ。

ほんのり黄色みがかった白い綺麗な花を咲かせ、人の腰ほどまで育つヴェナヴァンは、可憐な見た目とは裏腹に花、茎、葉、根、その全てに毒性を持つ。

特に花は猛毒で、ほとんどの虫は近寄らない。

そのため自然に受粉して増えることがあまりない植物だ。

花を酒に浸け、一月ほど置き、花を漉して、特殊な方法で濃縮するとヴェナヴァンの毒が完成する。

それは揮発性が高く、空気に溶けた毒を吸い込むと全身が麻痺し、放っておくとそのまま呼吸が出来なくなって死ぬ。

独特な味がするので服毒には向かないが、殺したい相手のいる部屋に瓶一本分の毒を撒けば、やがて死に至る。

しかしこれには解毒剤がある。

このヴェナヴァンの蜜を主食とする特別な蜂がおり、その蜂から採れた蜂蜜を使った解毒剤を飲むと、毒性を抑えることが出来る。

だが、自分も室内にいる時に使うのは危険を伴う毒だ。

「使ったのですか?」

「うん、ちょっと特殊なスキルを使うヤツがいてね、防刃って言うの〜? 身体強化の更に上で、素手で剣を弾いちゃうようなのがいたんだぁ」

「殺してしまったんですか?」

そのような特殊なスキルを持つ者は総じて強いことが多い。

ルフェーヴルがまた「うん」と頷く。

「敵だったからね〜」

敵には容赦しないのが、ルフェーヴルである。

この裏社会で気の迷いや一時の情けは命取りだ。

……しかし、ギルドに勧誘してみたかった。

ルフェーヴルが毒で殺したということは、剣では倒せないと感じたからだろう。

それほどの人間ならば、ギルドに欲しかった。

「もしかして欲しかったぁ?」

ルフェーヴルの問いにアサドは頷いた。

「ええ、当ギルドは強い者をいつでも募っていますから」

「確かに打撃系で近接戦闘は強かったけど、魔法は使ってこなかったしぃ、自分の弱点になる毒への対策も全然してなかったから入っても中堅止まりだったと思うよぉ?」

「そうですか……」

ルフェーヴルがそう言うなら、そうなのだろう。

この男はこういったことで嘘は吐かない。

……いや、思えば今まで嘘を吐かれたことはなかった。

だからこそアサドもルフェーヴルを信用しているのだ。

「コレ、報告書ね〜」

机の上に数枚の紙が置かれる。

今回の依頼についてどのように行ったかの詳細が書かれており、アサドはそれを手に取ると素早く目を通していく。

暗殺者だが、今回は暗殺ではなかった。

ルフェーヴルは暗殺を最も得意としているが、諜報もするし、今回のように偽装して標的を殺すこともある。

殺し方にこだわりを持たない珍しい人種だ。

自分の仕事に誇りやこだわりを持つ者は、強者ほど、何かしらのこだわりを持っている。

他の武器を使いたがらない者、殺しに独自の美学を持つ者、戦い方にこだわりがある者。色々だ。

けれどもルフェーヴルは仕事において、そのようなこだわりはない。

強いて言うなら、効率の良い、もしくは理に適った殺し方をする。

殺し方や使う武器などもその時々で変えるし、自分が殺した痕跡をわざと残して名を売ろうとすることもない。

「……問題はないようですね」

顔を上げればルフェーヴルが頷いた。

「ディオン=ペローに関する書類はちゃんと破棄しておいてよぉ?」

「ええ、もちろん」

アサドは立ち上がると、今しがた読んでいた書類を暖炉へ放り込んだ。

パチッと小さく薪が爆ぜて、書類はあっという間に灰になる。

今回の依頼は書面に残してはいない。

隣国ヴェデバルトとの軋轢を生むかもしれない依頼であり、ギルドに残しておいても良いことなど何もない。

だから、全て『なかったこと』とする。

「そういえば、あなたは王太子殿下ともそれなりに親しい間柄でしたよね?」

アサドの唐突な問いにルフェーヴルが目を瞬かせた。

「まぁ、親しいと言えば親しいけどぉ……?」

「今度、王太子殿下がこちらへご挨拶をしに来てくださるとのことで、殿下のお好きなものをご用意しておこうかと思いまして」

「アリスティードがココに挨拶、ねぇ。って言うか、そんなのギルドで調べればすぐに分かるでしょぉ?」

王太子殿下を名前で呼ぶ辺り、かなり親しい間柄だろう。

それでもハッキリ親しいと言わないのは暗殺者の 性(さが) か。

「あなたに訊いたということが大事なのですよ。そのほうが話題にしやすいですし、お互い、嫌な気持ちになりません」

「ふぅん? そういうもん? アリスティードはあんまり甘いものは好まないよぉ。酒の肴になりそうなもののほうが好きかなぁ。あ、あとリュシーに関する話題は絶対に食いついてくるよぉ」

……あの話は本当だったのか。

王太子は妹王女を溺愛していたという話は耳にしている。

国王も義理の娘である王女殿下を、実の娘のように可愛がっているようなので、恐らく王太子も似たような感じなのだろう。

「なるほど」

話題としては良いかもしれない。

お互いルフェーヴルとは知り合いなので、その繋がりで話題を広めれば、さほど困らなさそうだ。

「じゃあオレは帰るねぇ」

ルフェーヴルが転移魔法の詠唱を行う。

「ヴェナヴァンについては次までに用意しておきます」

「ヨロシク〜」

魔法式がルフェーヴルの足元で輝き、その姿は一瞬で掻き消え、室内にアサドだけが残される。

静かになった室内で、アサドは席に戻り、息を吐く。

そうして、決裁の必要な書類に手を伸ばしたのだった。

* * * * *