軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

暗殺者ルフェーヴル=ニコルソン(4)

……これだけ血塗れなら一目で分かるよねぇ?

ルフェーヴルは廊下にいた傭兵達を殺し、空間魔法を展開させて瓶を取り出した。

解毒剤だ。

ルフェーヴルは毒にそれなりに耐性を持っているが、念のため、飲んでおくに越したことはない。

飲み終えた瓶を空間魔法に戻し、階下へ向かう。

クラークを合わせて十一人殺した。残りは九人。

口の中で詠唱しつつ階下へ行くと、予想通り、階段を降りてすぐの角の陰から斬りかかられた。

ルフェーヴルはそれをひらりと避けた。

相手へ手を翳す。

「切り裂け」

クラークの部下達を殺した風の刃が飛ぶ。

物陰にいた一人が真っ二つになった。

背後から気合いの入った声がする。

「はぁああっ!!」

ふら、とルフェーヴルは体から力を抜く。

シャキンと前髪が数本切れる。

倒れる寸前に足を出し、くるりと横に一回転すると、その勢いのまま剣を振り下ろした男の両腕を長剣で斬った。

「あぁあああっ!? クソッ、クソッ!!」

珍しく治癒魔法が使えるようで、男が詠唱を行い始めたため、ルフェーヴルは長剣をその胸に突き刺した。

「なん、で、お、頭たち、を……!」

「交渉が決裂した。それだけだ」

男の体に足をかけ、剣を引き抜く。

血塗れのままルフェーヴルは振り返った。

「かかってこないのであれば、手は出さない」

廊下の奥の影達が動揺した様子で 蠢(うごめ) く。

そして、ルフェーヴルが一歩進めば、慌てたようにその影達は屋敷の外へ逃げ出して行った。

ルフェーヴルもその後を追うように屋敷を出る。

庭先を巡回していたはずの者達はおらず、歩いて行けば、門番達が剣を構えていた。

しかし、その手は酷く震えていた。

「通せ」

殺気を向けながらルフェーヴルがそう言うだけで、男達は剣先を下げた。

それに目を細め、ルフェーヴルは門を潜った。

早足で屋敷を離れる。

後ろから「火事だ!」「お頭ァ!!」と声がする。

慌ただしい足音がするけれど、ルフェーヴルを追いかけてくる気配はなかった。

人目を避けて足早に宿へ向かう。

ここからは時間との勝負である。

宿に到着すれば、女主人がルフェーヴルを見てギョッとした顔をする。

「急用が出来たので街を発つ」

言い置いて、ルフェーヴルは借りていた部屋へ行き、ワードローブの中にあった荷物を持って一階へ下りる。

女主人が恐る恐るといった様子で訊いてきた。

「へ、返金は必要かい?」

「いや、いい。世話になった」

ルフェーヴルはそれだけ言い、宿を出た。

しばらく通りを進み、宿が見えなくなってから、路地裏に身を滑り込ませた。

そして即座に転移魔法を発動させた。

このまま街に潜んでも捕まるだけだ。

標的は殺したのだから、もうこの街に用はない。

転移先は、まだ仕事をしているであろう義父の執務室だ。

景色が一瞬で移り変わる。

「何者だ」

転移魔法の魔法式が完全に消えるかどうか、という早さで複数の影の者達に囲まれる。

目の前にある机の向こう側にいるベルナールも剣を構えており、影達もルフェーヴルへ暗器を向けていた。

それにルフェーヴルは両手をひらひらと振って見せた。

「 義父上(ちちうえ) 、オレだよ、オレ〜」

ゆるい口調と声で話せば、ベルナールが剣を下げた。

「ルフェーヴル、か?」

訝しげに問われて頷いた。

「そうそう、アンタの義理の息子だよぉ」

「……その格好は何だ?」

「仕事のための変装をちょっとねぇ。とりあえず、説明するからコレ退けてくれる〜?」

コレ、と影達を指で示す。

ベルナールが剣を仕舞うと、影達も暗器を下ろし、音もなく姿を消した。

変装したルフェーヴルを、ベルナールはしげしげと見た。

「染めたのか?」

「いんやぁ、元の切った髪を染めて被ってるだけぇ。リュシーに『変装の髪色は何がいい?』って訊いたら『黒髪』って答えたからさぁ。ほら、黒髪だとなんか血が繋がってるっぽい感じがして面白くなぁい?」

「違和感しかない」

眉根を寄せたベルナールにルフェーヴルは、あは、と笑った。

ベルナールやアリスティードの黒髪を参考に染めたので、色合いはよく似ていると思うのだが。

ルフェーヴルは黒髪を指に巻き付けて見せたが、ベルナールは小さく息を吐くだけだった。

「それで? 何故、変装を? それに血だらけじゃないか」

チラと視線がルフェーヴルの服へ向けられる。

滴ってはいないが、服は返り血でぐっしょりと濡れている。

……今頃、あの宿の女主人は街の詰め所に駆け込んでるかもねぇ。

返り血を浴びて戻ってきたのだから、何か事件を起こしたというのは一目で分かったはずだ。

街全体を捜索して、街にいないことに気付いて、慌てて手配書を出すかもしれない。

そんなことをしてもルフェーヴルに辿り着くことはないが。

「暗殺にしようかと思ったんだけど、そうすると犯人探しがいつまでも続くでしょぉ? 他国の元貴族と言ってもそれなりの人間が殺されるわけだし」

「確かに、ヴェデバルドとあの男が繋がっているなら、犯人を探そうとするだろう」

「だから今回は流れの傭兵のふりをしてぇ、雇用主と傭兵の間で問題があって、それで殺された〜ってことにしといたんだよぉ。で、今のこのオレを探そうとする。でも実在しない人間だからぁ、どれだけ探しても見つからないってわけ〜」

長い黒髪に紫の瞳をした、ディオン=ペローという、存在しない流れの傭兵を探すことになる。

当然、どれほど手を尽くしでも見つかるはずがない。

この存在しない人物の情報は闇ギルドが用意したもので、ギルド側は売った情報について口外することはなく、ディオン=ペローの足取りを追うことも難しい。

ちなみにディオン=ペローはファイエット王国ではない別の国の出身ということになっている。

「だが、黒髪という点で私達の関わりを疑うかもしれない」

「もし訊かれても『そういう人間はいません』で通せばいいじゃん? 実在してないんだしぃ、嘘は吐いてないよぉ」

ベルナールは少し考えた後、納得した様子で頷いた。

「標的はちゃんと殺してきたな?」

「もちろんだよぉ」

どうやって殺したかの説明は不要である。

昔、事細かに説明したらベルナールに止められたため、それ以降は『暗殺成功』の報告だけに留めている。

「あ」とルフェーヴルは思い出して空間魔法を展開させる。

「コレ、暗殺対象の部屋にあった机〜」

ドン、と部屋の中に重厚な机が現れる。

「中に手紙とか書類とか詰め込まれてたから持って来ちゃった〜」

「ここに出されても困るんだが。そもそも、この大きさだと部屋から出せないんじゃないか?」

「机はバラしちゃえばいいんだよぉ」

重要なのは中に入っているものだ。

外側の机など、どうでもいい。

「手紙をやり取りしていた相手が分かれば、裏で糸を引こうとした者も判明すると言いたいんだな?」

「そういうことぉ」

その辺りはルフェーヴルには興味のないことだ。

リュシエンヌを表舞台に引っ張り出そうとするのは正直、不愉快だが、一個人で国とやり合うのはさすがにまずい。

ルフェーヴル一人ならば問題ないが、今は、リュシエンヌという守るべき対象がいる。

それはルフェーヴルの逆鱗であり、弱点でもある。

だからこそ、闇ギルド経由で使用人を雇い、戦闘を行える者達で屋敷を固めているのだが。

今回のことはベルナールに任せれば良い。

「でも、相手もそんなに間抜けだとは思えないけどねぇ」

ヴェデバルトも他国の王の暗殺に関わったという証拠を残すほど、愚かではないだろう。

恐らく手紙のやり取りでは、向こうも実在しない人物の名前か、実在しても実際には何の関わりもない者の名前を使用していると思われる。

ルフェーヴルの言葉にベルナールも頷く。

「そうだろうな」

その程度の国なら、苦労はしていないということか。

「最近怪しい動きも多い。今後もあの国の様子は注視していたほうが良さそうだ。また何か仕掛けてくる可能性もある」

「大変だねぇ」

「他人事のように言うが、もし戦争となればお前も貴族として参加することになるぞ」

戦争については特に思うところはないが、リュシエンヌと離れる時間が長くなりそうなので好ましくはない。

「そうならないように頑張ってよ〜」

これで終わりだとルフェーヴルは手を振った。

ベルナールもそれに、少し表情を和らげた。

「ああ、努力はしよう。……報酬は今渡すか?」

「ギルドのほうに渡しておいて〜」

「分かった」

ルフェーヴルは詠唱を行う。

この時間だと、もうリュシエンヌは寝ているかもしれない。

今日は遅くなるかもしれないと伝えてあったので、寝ていたとしても構わないのだが、リュシエンヌの「おかえり」という言葉が聞けないのは少し残念だ。

もう一度ベルナールに手を振って、ルフェーヴルは転移魔法を展開させた。

一瞬の浮遊感と共に視界が移り変わる。

屋敷の、見慣れた居間が広がっている。

すぐに居間の扉が開き、兄弟弟子が顔を覗かせた。

「リュシーは?」

ルフェーヴルの問いに、静かに扉を閉めながら兄弟弟子が答えた。

「お休みになっておられます」

「やっぱり寝ちゃったかぁ」

ルフェーヴルに近付いてきた兄弟弟子が、ふとルフェーヴルの服を見て、僅かに眉根を寄せた。

「血塗れではありませんか」

常ならば返り血を避けるルフェーヴルにしては珍しい、と言いたいのだろう。

この兄弟弟子も返り血はあまり好きではないらしく、暗殺者のくせに、血に汚れるのを嫌がっていた。

「仕事でちょっとねぇ」

それよりリュシエンヌの顔が見たい。

寝室へ向かおうとすると、兄弟弟子が慌てた様子で寝室へ続く扉の前へ立つ。

「汚れを落として着替えてきてくださいませ」

「ええ〜、リュシーに早く会いたい」

「いけません、奥様まで血で汚れてしまいます。奥様は一般人でしょう? 驚かせてしまいますよ」

ルフェーヴルは束の間、兄弟弟子をジッと見つめた。

昔から泣き虫で、ルフェーヴルのことが少し苦手らしい兄弟弟子だったが、目を逸らすことはなかった。

ガチャ、と廊下に続く扉が開けられる。

「え、誰?」

振り向けば、リュシエンヌに昔から仕える侍女の一人が立っていた。顔にそばかすのあるほうだ。

ルフェーヴルをまじまじと見たあとに、思い出した、といった風に表情が明るくなる。

「ああ、お帰りになられたのですね。リュシエンヌ様でしたら、少し前にお休みになられてしまいましたよ」

侍女が近付いてきて、ルフェーヴルの服を見て固まった。

思えば、この侍女の前でこのように血に塗れた姿を見せたことはなかった。

叫ばれるとリュシエンヌが起きてしまう。

声をかけようと口を開きかけた瞬間、グイと腕を掴まれた。

それが予想外のことでルフェーヴルは驚いた。

「もしかしてその格好のままリュシエンヌ様のところへ行くつもりだったのですかっ?」

声は抑えられていたものの、怒っているようだ。

頷くと、侍女に腕を引っ張られる。

「入浴が先です」

「でもリュシーの顔が見たいんだけどぉ……」

「入浴が、先、です!」

ルフェーヴルからしたら、さほど強い力ではなかったが、有無を言わせない雰囲気があった。

浴室へ続く扉を開けた侍女にペイッと中へ放り込まれる。

振り向けば、侍女がジロリと睨んできた。

「良いですか。綺麗になるまできちんと洗うんですよ? 血塗れでリュシエンヌ様に会うなんて許しませんからね! 着替えはヴィエラに運ばせますから、爪の間まで、綺麗に洗うんですよ!」

まるで子供に言い含めるような口調だった。

「綺麗になっていなかったらリュシエンヌ様には会わせません!」

「……オレ、ココの主人なんだけどぉ」

「私の主人はリュシエンヌ様です」

それからパタンと扉が閉められた。

……あの侍女、たまに押しが強いんだよねぇ。

諦めて 鬘(かつら) を取っていると、浴室の扉が叩かれ、着替えを持ったヴィエラが入ってくる。

「鬘と服は処分いたしますか?」

「明日自分でやるからいいよぉ」

「かしこまりました」

着替えとずた袋を置いてヴィエラはすぐに出て行った。

鬘と服をずた袋へ入れ、髪や体を手早く洗い──特に血のかかった部分や手は言われた通り爪の間まで入念に──、着替えて浴室の外へ出る。

そばかすの侍女が立っていた。

サッと全身を見て、頷かれる。

「よろしいでしょう」

そうして侍女は兄弟弟子と共に下がっていった。

寝室へ繋がる扉へ向かい、そっと扉を押し開ける。

薄暗い室内だが、ベッドの脇にある小さな棚の上にある明かりのおかげで中は薄明るくなっている。

ベッドの縁にリュシエンヌが座っていた。

「ルル、おかえりなさい」

少し眠気の残る声でリュシエンヌが言う。

ルフェーヴルは静かにリュシエンヌへ歩み寄った。

「ごめん、起こしちゃったぁ?」

「ううん、ルルが帰って来たら起こしてもらえるようにしておいたの。ちゃんと『おかえりなさい』って言いたかったから」

ルフェーヴルは手を伸ばしてリュシエンヌの頬に触れた。

つい先ほどまで血塗れだった手だ。

リュシエンヌが手にすり寄ってくる。

「そっかぁ。ただいま、リュシー」

そっとリュシエンヌの顎を上げて、口付ける。

離れて、リュシエンヌが小さく笑った。

「ルル、お酒の匂いがする」

「結構飲んだからねぇ」

さすがに酒臭いかと顔を離そうとすれば、リュシエンヌの腕が首に回り、今度はリュシエンヌから口付けをされた。

「……お疲れ様、ルル」

仕事について深く訊いてはこなかった。

だが、今回の仕事内容は知っているので、ルフェーヴルが人を殺してきたことを、恐らくリュシエンヌも察しているはずだ。

それでいて、あえてそこには触れないのだろう。

眠そうなリュシエンヌをルフェーヴルは横にならせ、ルフェーヴルも靴を蹴り脱いで、ベッドへ入る。

「詳しいことは明日話すよぉ」

「うん……」

リュシエンヌは寝つきが良い。

一度寝るとなかなか起きないところがあるのだが、それでもこうして起きて出迎えてくれたのがルフェーヴルは嬉しかった。

「おやすみ、リュシー」

リュシエンヌを抱き寄せて、その額に口付ける。

「おやすみ、ルル……」

ルフェーヴルの胸元にすり寄り、そう言って、少しするとリュシエンヌは穏やかな寝息を立て始めた。

愛しい妻の髪を起こさないように優しく撫でる。

人を殺したルフェーヴルをリュシエンヌは怖がらない。

その事実が、ただただ心地良かった。

「いい夢を」

もう一度リュシエンヌの頭に口付けて、ルフェーヴルも目を閉じ、体の力を抜く。

伝わってくる温もりを感じながら眠りに落ちる。

この瞬間の感覚がルフェーヴルは好きだった。

* * * * *