作品タイトル不明
暗殺者ルフェーヴル=ニコルソン(3)
* * * * *
日が沈み、夜も大分更けた頃に部屋の扉が叩かれた。
傭兵の一人がクラークに何事かを耳打ちする。
「さて、そろそろ良い頃だな」
クラークが膝を叩いて立ち上がった。
「来な。俺達のご主人様に紹介してやる」
……ようやくかぁ。
ルフェーヴルも立ち上がる。
大分酒を飲んで、少し酔っているが問題はない。
グラスの酒を飲み干してクラークについて行った。
クラークと過ごした部屋には他に五人ほどいたが、廊下を出ると、裏口に一名いるのが見えた。
そのまま歩いて行くと玄関ホールに二人、二階へ上がる階段に二人、見張りのように立っている。
表の門に二人、裏門に二人、巡回警備に四人、そして先ほど来た傭兵とクラークを合わせて丁度二十人だった。
「この屋敷に使用人はいないのか?」
「ああ、この時間はもう帰ってるぜ。俺達がいるからな。使用人達は日が出ているうちにしかいないんだ。おかげで、たまに使用人みたいなこともさせられるがな」
クラークが歩きながら肩を竦める。
「なるほど」
二階へ上がり、廊下を曲がり、奥へ向かう。
そうして一つの扉の前に立つと、その扉を叩いた。
やや強めなその音に中から返事があった。
それにクラークが扉を開ける。
「失礼しますよ」
中には六十手前ほどの太った男がいた。
量の薄い金髪に暗い緑の瞳をした男は随分と腹が出ており、何か書いていたのか、ペンをペン立てに戻している。
腹が机に当たって戻しづらそうだ。
「新しい傭兵とはそれのことか?」
こちらを見た男がジロジロとルフェーブルの全身を見て、それから顔を顰めた。
「……黒髪か」
どこか忌々しげな言葉にルフェーヴルは内心で首を傾げた。
クラークも疑問を感じたらしい。
「黒髪が何か問題ですか?」
「私が国を出ることになった原因の男も黒髪なのだ」
それにクラークは「はあ……?」と微妙な顔をする。
……あー、 義父上(ちちうえ) も黒髪だもんねぇ。
ベルナールがクーデターを起こして旧王家を潰した。
それにより、旧王家派だったこの男は、慌てて国外へ逃げ出すことになったのだ。
もし国内に残っていたら無事では済まなかっただろう。
「実力はあるのか?」
「それは俺が保証しますよ」
「ふむ」
話している二人にルフェーヴルは声をかけた。
「一つ、こちらからも質問したい」
「何だ?」
太った男が鬱陶しそうに返事をする。
「傭兵を集めていると街で聞いたが、ここでの仕事は警備だけか? それ以外の仕事をするなら事前に知っておきたい」
それに太った男がクラークを見る。
「話していないのか?」
「そりゃあ、まあ、漏らしたらまずいですからね」
男はルフェーヴルへ顔を戻すと語り出した。
自分はファイエット王国の元侯爵であったこと。
クーデターにより命を狙われる危険があったため、仕方なく他国へ逃げるしかなかったこと。
今はとあるところから支援を得て、力を蓄えていること。
「国王を暗殺後、私はお前達を引き連れてファイエット王国へ帰還するのだ。次の王権は私のものだ!」
……ええ? もしかして国王になる、なんてくだらない野望をもってるのぉ?
「ファイエット王国には王太子もいると聞いたが」
「あの男もその息子も偽りの王だ! 王族ではない者が王になるなど悍ましい!!」
それで言うと目の前の男が王となるのも 悍ましい(・・・・) ことなのだが。
「次代の王となるべきは旧王家唯一の生き残りである王女だ!! 王女を旗印とし、私は正しい歴史を取り戻すのだ!!」
……まだこういうヤツがいたんだねぇ。
クーデターの時だけでなく、教会の件でも、このような考えを持つ者達をかなり掃除したのだが、やはり他国に逃げた者まではやり切れなかったのだろう。
リュシエンヌは王位を継ぐつもりはない。
むしろ、兄であるアリスティードこそが次の王に相応しいと思っているし、ルフェーヴルと共にいるために継承権も既に放棄してしまっている。
「そして新しき女王が立った暁には、後見人の私が王配となり、ファイエット王国をこの手にするのだ!!」
…………何だって?
思わず、ルフェーヴルの体から殺気が漏れた。
クラークが太った男を守るように、ルフェーヴルとの間に立ち、拳を構える。
しかしルフェーヴルにはそんなことはどうでも良かった。
「誰が、誰の、横に立つだと?」
この太った年寄りが、あの美しくかわいいリュシエンヌを娶ると、その醜い手で、触れると?
ホルスターから引き抜いたナイフを投げる。
クラークがそれを拳で殴り弾いた。
「おいおい兄弟、飼い犬がご主人様に噛みつくなんて笑えない冗談だぜ?」
「俺はまだ雇われるとは言っていない」
「確かに、言ってはねえな」
互いの殺気がぶつかり合う。
魔力の波になったそれが周りの物を軽く吹き飛ばした。
「ひゃあっ!?」とクラークの後ろで太った男が悲鳴を上げたが、とっさに走り出して逃げない辺り、意外と賢い男だ。
クラークの陰から飛び出していたら、一瞬でルフェーヴルのナイフの餌食になっていただろう。
背後の廊下から慌ただしい足音が聞こえてくる。
先ほどの魔力の殺気を感じ取った階下の者達が、この部屋に向かっているのだ。
ルフェーヴルはナイフを構え、それで隠しつつ口の中で囁くように詠唱を行う。
「お頭、今のは何で──……」
扉が開かれた瞬間、後ろへ片手を向ける。
「っ、逃げ──……」
ルフェーヴルの手から魔法が放たれた。
最大の魔力量で放った風魔法が、壁ごと部屋に侵入しようとした者達を切り裂いていった。
「え」と後ろで声がした。
ビシャリと音がして背後から血が足元にかかる。
一瞬で足音が、複数人の悲鳴に変わる。
チラと確認すれば、部屋に入ろうとしていた男は風魔法によってバラバラに切り刻まれていた。
「この野郎!!」
クラークが思いの外、素早い動きで踏み込んでくる。
ブン、と振り抜かれた拳を鼻先ギリギリで避ける。
先ほどナイフを弾いた様子からして、ただの身体強化ではなさそうだった。
身体強化は文字通り身体能力や体の耐久力をある程度、上げることは出来るものの、剣などの刃が通らなくなるなんてことはない。
よほどの防具をつけているか、スキルか。
見たところ防具は大したものではなさそうだ。
つまり、防御系のスキルを持っている。
クラークは距離を取るために即座に下がった。
廊下からは悲鳴と呻き声が聞こえてくるが、足音がしないので、恐らく部屋にこようとした者達は風魔法の餌食になったのだ。
けれども、すぐにまた足音が響いてくる。
「お前達、来るな!!」
クラークの叫びと廊下の惨状で理解したのか、廊下の足音が止まる。
代わりに「おい、大丈夫か!」「クソッ、死んでるぞ!!」と騒がしい声がする。
……ちょ〜っと予定が狂っちゃったかなぁ。
冷静さを欠いたことに少しばかり反省する。
だが、仕方がない。
リュシエンヌをルフェーヴルから奪おうとする人間は全て、敵だ。殺すべき存在で、その考えすら許せない。
濃い血の匂いが漂ってくる。
クラークの目が怒りに染まっている。
それでも突っ込んでこないところがさすがだ。
ルフェーヴルは腰に差した長剣の柄に手をかける。
「どういうつもりだ?」
怒りを抑えた声にルフェーヴルは答えた。
「気が変わった」
「ハッ、残念だぜ。良い兄弟になれそうだったのに」
「俺はお前とそのような仲になるつもりはない」
ルフェーヴルはスラリと剣を抜いた。
クラークがやや身を屈めて臨戦体勢を取る。
ジリジリと互いに間合いを詰める。
クラークは後ろに雇い主がいることもあって、迂闊に動くことは避けているようだった。
それなら、とルフェーヴルは踏み込んだ。
剣を引き、クラークへ剣先を鋭く突き出す。
キィンと甲高い音を立てて剣が弾かれ、弾いたものと反対の手が拳をつくり、ルフェーヴルへ襲いかかる。
ルフェーヴルは後ろへ倒れ込むような形でそれを避け、仰け反った体勢を利用してクラークの腕へ蹴りを下から叩き込んだ。
まるで壁でも蹴ったかのような硬さにルフェーヴルは眉根を寄せた。
それでもクラークの腕を蹴り上げ、床に手をついて体勢を整える。一回転するほど広さに余裕はなかった。
「硬いな」
クラークが口角を引き上げた。
「悪いな、こちとらスキルってもんがあるからよ」
ルフェーヴルもスキルを使おうかと考えたが、足元が濡れていることに気付いてやめた。
認識阻害のスキルはルフェーヴルを隠すことは出来るものの、血でついた足跡までは消せない。
踏み込んで向けられた拳を脇へ避ける。
ドゴォッと置かれていた重厚な木製の棚がひしゃげた。
「後学のために、どのようなスキルか訊いても?」
「俺がそれに答えると思ってるのか?」
クラークが腕を抜くと棚が傾く。
中に入っていた本などが床へ散らばった。
棚には酒も置かれていたようで、割れた瓶からクラークの腕に酒がかかっているのが見えたが、瓶で腕を怪我した様子はない。
「いいや、一応訊いただけだ」
世の中には色々なスキルがある。
ルフェーヴルのように非常に稀なスキルもあれば、毒耐性などの比較的持っている者の多いスキルというのも存在する。
「な、何をしている! 早く殺せ!!」
太った男が喚いている。
「うるせぇ!! 戦えねえ奴はすっこんでろ!!!」
クラークの怒声に「ヒッ」と男が机の裏に隠れる。
……こんなヤツが 義父上(ちちうえ) やアリスティードの代わりに王権を握ろうなんて、どう考えてもありえないよねぇ。
そうしてクラークが次の攻撃を繰り出してくる。
ルフェーヴルは短く詠唱を行いつつ半歩下がるとテーブルの上にあった盆を掴み、上に載っていた料理ごとクラークへ投げつけた。
それと同時に空間魔法から瓶を取り出し、かかった料理を払い除けたクラークへ追撃とばかりに投げつけた。
クラークは瓶を拳で砕いたため、中の液体塗れになる。
淡い黄色の液体が広がったことにルフェーヴルは目を細めた。
「クソッ、毒か!?」
クラークの慌てた様子に、なるほど、とルフェーヴルは思う。
防御系のスキルだが、先ほどの酒と同じく、やはり液体までを弾くようなものではないらしい。
物理防御であったなら液体も弾かれているはずだ。
だが、何も起こらないことに気付いたのか、クラークは腕を振って液体を腕から弾くとこちらを睨む。
「何をした!?」
ルフェーヴルは剣を持って踏み込んだ。
「俺が答えると思うか?」
ガキィンと剣の刃とクラークの腕とが交差する。
金属同士を合わせたような音と感触、そして受けた威力が腕に伝わっている様子から、スキルは防刃のようなものだと推察出来る。
確かに、剣相手で防刃系のスキルは強いだろう。
だが、ルフェーヴルの『殺し』は何も刃物だけではない。
「う、ぐっ……!!」
クラークの体がぐらりと傾ぐ。
先ほど投げたのは遅効性の、それも空気に溶けやすい毒だ。
それが少しの間を置いてクラークを襲う。
いや、クラークだけではない。
机の裏からも苦しむ声が聞こえてくる。
思わずといった様子で身を折って片手を首に当てるクラークの顔面を、ルフェーヴルは全力で蹴り上げた。
靴越しに骨の砕ける感触があった。
しかし倒れず、ふらふらとクラークが数歩後ろへ下がる。
「お前は強い」
けれど、今回はたまたまルフェーヴルのほうが強かった。
ルフェーヴルは剣を下ろすと反対の手を翳す。
短く詠唱を行い、火魔法で槍をつくり、クラークへ向けて放った。火魔法の槍はクラークの体を貫き、そして炎が全身を襲う。
咆哮のような悲鳴が上がった。
火を消そうともがくクラークから距離を取る。
クラークは壁によろめいて自分が潰した棚に当たり、床へ転がった。転げ回って火を消そうとしたが上手くいかない。
毒も吸っているため、転がる動きが鈍いのだ。
その間にルフェーヴルは机の裏に回り、同じく遅効性の毒を吸って苦しそうに泡を吹きながら何とか呼吸を繰り返している太った男を蹴って、仰向けにさせた。
「国王の暗殺など考えなければ、もう少し長生き出来ただろうな」
男の血走った目がギョロリとルフェーヴルを見た。
ルフェーヴルは手にしていた剣で男の喉を掻き切った。
血飛沫がルフェーヴルの体にかかる。
陸地に上がった魚のように、男はパクパクと何度か口を開閉させて、そして、息絶えた。
クラークの咆哮のような悲鳴もなくなっていた。
どうやら水魔法に親和性がなかったらしい。
もしあれば、すぐに水魔法を使えば生き残れただろう。
動かなくなったクラークの体から絨毯に火が燃え移っていく。
ルフェーヴルは目の前にある机の引き出しを開けた。
中には何かの書類や手紙などが乱雑に押し込められており、素早く中身を確認する。
誰かと頻繁に手紙のやり取りをしていたようだ。
その誰かがやはり金を支援していた様子は窺える。
面倒臭くなって、空間魔法へ机ごと収納すると、ルフェーヴルは燃え始めた絨毯を飛び越えて廊下へ出た。
廊下には、意外にも、まだ傭兵達がいた。
ズタズタに体の裂けた仲間を何とか助けようとしていたようだが、治癒魔法に長けた治療師でもない限り、どう見ても助からない傷だった。大半は既に死んでいた。
ルフェーヴルは長剣を構えながら進む。
「このっ、お頭はどうした!?」
先ほどの悲鳴は聞こえていたはずだ。
「あの男は死んだ」
ルフェーヴルの言葉に叫びながら男達が切りかかってくる。
けれども、大して広くもない廊下で長剣を振り回し、それも複数人で束になっては身動きが取り難い。
向かってくる動きの悪い男達を、ルフェーヴルは、もはや作業の一環として殺していく。
……死んでもついて行くって言ってたしねぇ。
宣言通り、あの男に続いて死ねるのだから本望だろう。
一人、二人、三人と切り殺し、暗い色合いの服が血に染まる。ついでにまだ息のあった者も殺す。
普段は返り血を浴びないようにするのだが、今回はあえて浴びていた。