作品タイトル不明
暗殺者ルフェーヴル=ニコルソン(2)
翌日、ルフェーヴルは情報収集を行うことにした。
早朝に宿の部屋に転移し、階下に行って出された朝食を食べる。
朝食はパンと肉が少し入った野菜のスープ、チーズ、飲み物に温めたミルクがついてきた。意外にもパンは焼き立てらしく、温かかった。
ベッドの質も食事の質もさほど悪くはないし、部屋も比較的綺麗なので、あとは防犯面がしっかりしていれば一泊銀貨一枚というのは悪くない値段だっただろう。
食後に女主人へ更に金を渡して訊く。
「最近、この街に来たという隣国の元貴族の屋敷はどこにある? 昨日『宵の月』でそこの仕事の声をかけられたんだが」
「ああ、それならこの通りを右手に行って、突き当たりの坂を右に上がっていくと屋敷通りに繋がるよ」
「屋敷通り?」
「この街でも裕福な人間が暮らす地区さ。その中に一軒だけ青い屋根の屋敷がある。そこにどっかの国の元お貴族様が最近、住み始めたって噂になってるね」
女主人に礼を言い、席を立つ。
「出掛けてくる。部屋の掃除はしなくていい」
女主人にそう言って宿を出た。
右手に道を進み、かなり歩いたところで突き当たり、坂道に出る。
……今日も特に尾行はなしかぁ。
また右に曲がるとすぐに適当な路地裏へ入った。
人目のない場所でスキルを発動させ、風魔法で屋根まで飛び上がる。
辺りを見回せば、坂の上のほうにいくつかの大きな屋敷が見えた。
その方向へ向かって屋根伝いに移動する。
……青い屋根、青い屋根っと。
目的の屋敷は簡単に見つかった。
それなりに庭のある、貴族の屋敷にしてはやや小さめな建物だった。
ルフェーヴルとリュシエンヌが暮らしている屋敷よりも小さく、元とは言え、侯爵が住むような家ではない。
屋敷の屋根まで飛び移り、様子を眺める。
この時期はもう暖炉を使っているので、そこは侵入経路には使えない。
そばにあった屋根裏の窓を見てみたけれど、窓枠がしっかりと固定されていて、音を立てずに開けるのは難しいだろう。
正面の門に二人、裏門に二人、二人一組で見る限り、常に二組が庭先を巡回している。
……中にはもっといそうだねぇ。
魔力探知を使えば簡単に数が分かるけれど、それなりに優秀な魔法士ならば探知されたことに気付く。
そうなれば、より屋敷の警備が強化されるかもしれない。
今日はここで様子を見ながら過ごすことになりそうだ。
警備の動きだけでなく、たまに出てくる使用人にも目をやりつつ、一時間、二時間と時間が過ぎていくのをルフェーヴルは辛抱強く待った。
そうして太陽が天上を過ぎて少し傾いた頃、裏門に動きがあった。
商人のものらしき馬車が屋敷を訪れたのだ。
商人の馬車は裏門から庭に入り、屋敷の裏手に停められ、馬車から荷物が運び出される。
大量の酒、野菜や肉などであった。
……やっぱりそれなりの数の傭兵がいるみたいだねぇ。
貴族と言っても一人であれだけの量を食べるのは無理だ。
使用人がそれなりの数いたとしても、運び込む量が多い。
傭兵達の昼食や夜食の分も合わせてあの量なのだろう。
一時間ほど商人の馬車はいて、屋敷を出て行った。
ルフェーヴルは立ち上がると屋根を蹴って、その馬車の後を追った。
馬車はやや離れた場所にある商会らしき建物の裏手に停まり、商人が馬車を降り、使用人達がせっせと引き取ったものだろう空になった箱を運んでいる。
それから夕方になるまでルフェーヴルは待った。
日が傾き、仕事を終えただろう使用人達が一人二人と出てくる。
その中に、先ほどの馬車で働いていた使用人達もおり、ルフェーヴルは屋根伝いに移動しながら使用人達を追った。
使用人達は近くの酒場へ入って行った。
そばの路地裏に下りて、ルフェーヴルはスキルを切った。
通りに出て、その酒場へ向かう。
地元の人間が通うような小さな酒場だ。
ルフェーヴルが入ると視線が集中した。
それに気付かないふりをして、カウンターへ向かう。
「お勧めの酒をくれ」
出されたのは安いエールだった。
だが、飲んでみると蜂蜜酒をエールで割った、甘めのもので、それなりに度数がある。
酒を出した給仕の女が無遠慮にルフェーヴルを見た。
「あなた、見ない顔ね?」
「昨日この街に来たばかりだ。『豊穣の実り』という宿に泊まっている」
「ああ、ハンナさんのところね」
あの女主人はそれなりに顔が広いらしい。
宿の名前を出しただけで女の警戒心が和らぐのを感じた。
「屋敷通りの、青い屋根の屋敷のことで訊きたいことがある」
いくらか女に金を渡せば、愛想の良い笑みを向けられる。
それから女が別の方向へ顔を向けた。
「ねえ、イアン、あなた屋敷通りの青い屋根の屋敷によく行くって言ってたわよね?」
別のテーブルにいた男達の一人が顔を上げた。
「ああ、今日も行ってきたばっかさ!」
「この人があなたの話を訊きたいんだって」
イアンと呼ばれた青年は十代後半ほどだった。
目が合うと、また不躾な視線を向けられる。
「なんで?」
かけられた疑問の声にルフェーヴルは答えた。
「傭兵として働かないかと声をかけられた。雇用主がどのような人物なのか知っておきたい」
「なるほど、アンタ確かに傭兵って感じだもんな!」
「話を聞かせてもらえるなら、今日は奢ろう」
ルフェーヴルの言葉に青年と同じテーブルにいた他の者達も、声を上げた。
「俺もあそこに行ってるぜ」
「俺も俺も!」
「あそこの傭兵とちょっと話したことある!」
働き盛りの青年達の言葉にルフェーヴルはジョッキを片手に、そのテーブルへ移動した。
「全員分、払おう」
「やった、兄ちゃん気前がいいね! 何が訊きたい?」
「あの屋敷に住んでいる者のことや集められている傭兵達のこと、屋敷の構造、何でも良い。情報が欲しい」
そうして青年達の分に新しく酒とつまみを注文する。
それに気を良くしたのか、青年達は自分の知っていることを話してくれた。
もしかしたら彼らもあの屋敷の主人について、誰かに話したかったのかもしれない。
そこには仕事の愚痴も含まれていたが、欲しかった情報も多く含まれていた。
あの屋敷に住むのはファイエット王国の元貴族で、本来は高位貴族であり、今は訳あってヴェデバルトに亡命していること。
傭兵を集めている理由は知らないそうだ。
ただ、金払いはかなり良いらしい。
使用人は全員通いで、十人ほどが働いているそうだ。
集められた傭兵がどれほどいるかは分からないが、屋敷には、常に二十人前後おり、屋敷の警備と主人の警護に当たっている。
「まあ、そうは言っても中にいる奴らは大体酒飲んで、適当に時間を潰して過ごしてるみたいだけどな」
「酒飲んで金もらえるなんて羨ましいよなあ」
傭兵達を束ねている男の名前はクラーク。
外見的特徴から、昨日『宵の月』で話しかけてきた元盗賊が傭兵達の頭であることが分かった。
集まっている傭兵達の半数以上がこのクラークという男が盗賊だった頃に率いていた者達で、元盗賊仲間らしい。
ここ数年、盗賊稼業もあまり稼げなくなってきたため、傭兵に鞍替えしたようだ。
青年達は屋敷の一階の構造について教えてくれた。
二階に上がったことはないそうで、屋敷の主人はいつも、二階で過ごしていて、一階はほとんど傭兵達の過ごす空間になっているという。
「アンタもあそこで雇ってもらうつもりなのか?」
青年の一人に訊かれて頷いた。
「ああ、そうする予定だ」
傭兵二十人くらいなら、何とかなりそうだ。
全員を殺す必要はない。数名殺し、標的を殺し、流れの傭兵の仕業に見せかけて帰ってしまえばいいのだ。
それからしばらく青年達の愚痴混じりの話に付き合い、支払いを済ませて酒場を出ると、外は暗くなっていた。
……今日はちょ〜っと遅くなっちゃったなぁ。
家でリュシエンヌが待っているだろう。
通りを歩いて『豊穣の実り』まで戻る。
明日、あの屋敷に行って雇ってもらえば正式に中へ入れる。
屋敷の中へ入り、標的に会ってしまえば、あとは殺すだけだ。
……あの元盗賊の男、強そうだったなぁ。
あれと戦うことになるだろう。
強い者と戦うのはルフェーヴルにとっては数少ない楽しみで、祝福で以前よりも強くなった今、他の者に負ける気はしなかった。
宿に戻り、暇そうにしている女主人に一言声をかけて、二階へ上がる。
泊まっている部屋の鍵を開けて中へ入った。
掃除を断ったので、ベッドは朝のまま、乱れている。
……今日はさすがに入らなかったみたいだねぇ。
昨日、金目のものを持っていないと分かったからか、今日は部屋に侵入されなかったようだ。
後ろ手に扉の鍵をかける。
転移魔法を使い、ルフェーヴルは家へと帰ったのだった。
* * * * *
翌日の午後、ルフェーヴルは件の屋敷へ向かった。
門のところへ行くと、門番をしていた二人組の片方が、ルフェーヴルを見て「ついて来い」と顎で屋敷を示して歩き出した。
元盗賊のあの男はきちんと話を通しておいてくれたようだ。
あっさり屋敷の中へ通された。
元は応接室だっただろう一室は傭兵達が溜まり場にしているらしく、そこへ案内されると、声をかけてきた男がいた。
ルフェーヴルを見ると男が立ち上がる。
「よう、兄弟。来てくれたか」
近付いてきて、肩を二回叩かれる。
これはこの男の挨拶みたいなものらしい。
「ここで雇われる気になったんだろ?」
男の言葉にルフェーヴルは頷いた。
「ああ。俺はディオン=ペロー、よろしく」
流れの傭兵としての偽名を名乗り、手を差し出す。
男がニッと歯を見せて笑った。
「クラークだ。悪いな、家名はない」
「気にするな。俺も生まれ育った孤児院の名前を名乗っているに過ぎない」
「そうなのか」
もちろん偽りの情報だが、男、クラークは「お互い大変だな」と笑うと、それ以上は訊いてこなかった。
ついでにルフェーヴルは持ってきていた紙袋を差し出した。
「声をかけてくれた礼だ」
それは、ここに来る前に立ち寄った店で買った酒だった。
そこそこの値段で味の良いものを店主に選んでもらったが、こういう男達は酒なら大抵何でも喜ぶものだ。
中には大瓶で三本、酒が入っている。
案の定、部屋の中にいた男達は表情を明るくした。
「分かってるな、兄弟!」
クラークは酒好きなのか紙袋を嬉しそうに受け取った。
促されてテーブルに近付くと、クラークの部下だろう男の一人がルフェーヴルに椅子を用意した。
それに目礼し、ルフェーヴルは椅子に腰掛けた。
その向かいにある椅子にクラークも座る。
「雇用主は?」
ルフェーヴルの問いにクラークが苦笑する。
「俺達のご主人様は昼間はお忙しいらしくてな。夕方か夜じゃないと会ってくれないのさ。ここで長く働きたいなら、勝手に上へ行かねえほうがいいぜ」
「分かった」
クラークは紙袋から瓶を取り出し、そのうちの二本を部下達へ渡した。
一本は自分が飲むつもりなのだろう。
ついでとばかりに部下の一人に使用人へ「新しい傭兵が来たって伝えるよう頼んどけ」と言付けをさせていた。
それからコルクを抜き、瓶が差し出される。
「アンタも飲むだろ?」
部下の一人がグラスを差し出してくる。
「ああ、もちろん」
ルフェーヴルはそれを受け取り、グラスに酒を注いでもらう。
そして、クラークから瓶を受け取り、クラークの持つグラスへ同様に酒を注いだ。
互いにグラスを持ち上げ、乾杯し、酒を飲む。
警戒心の強い男だ、と思う。
こちらの持ってきた酒を共に飲むことで、中身に何か混ぜられていないか確認するとは。
これを断っていたらルフェーヴルは疑われていただろう。
そういう可能性も考えて、この酒には何も混ぜていない。
二人で瓶の酒を飲みながら話をして過ごす。
「俺は元々この街の生まれでな。盗賊をやめようと思った時、生まれ育った故郷のことを思い出して帰ってきたんだ。こいつらもついて来ちまったけどな」
「そうなのか」
こいつら、と酒を飲んでいる部下達を親指で示す。
それに部下達が「俺達、死んでもお頭についていきますよ!」「第一、行くところなんてないしな!」と楽しげな返事をする。
クラークはそれが嬉しいのか満足そうに笑っていた。
以前のルフェーヴルには『仲間』という感覚が分からなかったけれど、アリスティード達と出会い、過ごす中で『仲間』という感覚を何となく理解出来るようになった。
だが、目の前の元盗賊達のような気持ちを抱いたことはない。
そういうものかと思いながら酒を飲み干した。
仲間のために命を懸けるという気持ちを、恐らくルフェーヴルは一生抱くことはないだろうし、抱きたいとも思わない。
……オレが命を懸けるとしたらリュシーだけだろうねぇ。
それから数時間、クラーク達のお喋りに付き合ったのだった。
* * * * *