作品タイトル不明
暗殺者ルフェーヴル=ニコルソン(1)
* * * * *
……ココが標的のいる街かぁ。
さほど大きくはないが、小さいというほどでもない街の門を潜りながら、ルフェーヴルは辺りを見回した。
隣国ヴェデバルドとファイエット王国の国境近くに位置するこの街は旅人や商人などがよく通るらしく、流れの傭兵だと言えば、あっさり入れてしまった。
そういう者もよく訪れるのだろう。
ルフェーヴルはすぐに振り返る。
「すまない、聞きたいことがある」
先ほど門を通してくれた兵士に声をかけた。
兵士が面倒臭そうに振り向いた。
「何だ?」
「この街には初めて来たんだが、どこかお勧めの宿はあるか? 出来れば街について色々と訊きたいんだが」
訊きながら兵士にいくらか手渡す。
それを受け取った兵士の目が一瞬欲に塗れ、しかし、すぐに誤魔化すように小さく咳払いをする。
「あー、宿ならこの道を真っ直ぐ行った突き当たりにある赤い屋根の『豊穣の実り』という宿に行くといい。……そこの女主人は耳が良い」
「そうか、助かる」
そうして兵士に目礼をして、言われた通りに道を進む。
こういうことは地元の人間に訊くに限る。
通りは街の外から来たのだろう人間も多く、流れの傭兵に扮したルフェーヴルはそれほど目立ってはいない。
通りを大分進むと、突き当たりには確かに赤い屋根の家があり、軒下に『豊穣の実り』と看板が吊るされていた。
中へ入れば、ほどほどに綺麗な宿だった。
受付のところにはやや太った年嵩の女性がおり、ルフェーヴルを見ると頬杖をやめて顔を上げた。
「いらっしゃい。朝食付きで一泊、銀貨一枚だよ。五日泊まるなら銀貨四枚にまけてあげる」
「では五日頼む」
「じゃあ銀貨四枚さね」
財布代わりの袋から銀貨を八枚出して受付の机に置く。
それを女主人がチラと見下ろした。
「この街に来たばかりなんだが、仕事を探している。そういった話を聞ける場所をどこか知らないか?」
女主人は金を受け取らずに小首を傾げた。
「そうさねぇ、傭兵達がよく行く酒場なら知ってるけど……」
言いながら、金をチラリと見る。
ルフェーヴルは銀貨を仕舞うと、金貨を置いた。
女主人がにっこりと笑った。
「ああ、そうそう、この宿を出て左手にしばらく行くと緑色の屋根の『宵の月』って名前の酒場があるんだけどね、そこならこの街の いろんな(・・・・) 仕事の話が流れてくるよ。酒場の主人のニールっていう禿げ頭の大男に『ハンナの紹介で来た』って言えば、何か話を聞かせてもらえるかもね」
ルフェーヴルが手を引けば、女主人が金貨をサッと取り、何事もなかったような顔でそれを服のポケットへ仕舞う。
代わりに鍵を差し出される。
ルフェーヴルは目礼し、鍵を受け取った。
「二階の奥の部屋だよ。うちで一番上等なところだから、ゆっくりしてっておくれ」
その言葉にもう一度目礼して部屋へ向かう。
二階の一番奥の部屋。その扉に鍵を差す。
扉を開ければ、中は小綺麗で、触ったベッドもシーツも、それなりに質の良いものだった。
テーブルと椅子、ベッド、ワードローブがある。
部屋に入り、背負っていた荷物をワードローブに適当に放り込んだ。中身はそこそこ使い古された着替えや旅行用の道具が入っており、誰かに見られても怪しまれないものばかりだ。
それから部屋を出て、鍵をかける。
廊下を戻り、階段を下りて、宿の外へ出た。
左手の通りを歩く。
……緑の屋根の、宵の月……。
その酒場はさほど離れていない場所にあった。
扉を開けて中へ入ると、中にいた者達の視線がルフェーヴルへ向けられるのを感じた。
それを気にせず、ルフェーヴルはカウンターに向かう。
途中でスッと脇から足が伸びてきた。
そのまま進めばルフェーヴルの足は、その足を蹴ってしまうだろう。
………………。
ルフェーヴルはそのまま歩を進めた。
そして、脇から伸びていた足に、ルフェーヴルの足がぶつかると、足が当たった男が立ち上がった。
「おい、痛ェじゃねぇか! どこ見てやがる!!」
男は勢いよく立ち上がり、けれどもルフェーヴルが思いの外、背が高かったからか一瞬気圧されたようにルフェーヴルを見上げた。
ルフェーヴルは黙って見下ろす。
視線が合い、男がルフェーヴルを睨んできた。
「おうおう、こりゃあ治療が必要かもしれねぇなあ!」
男と同じテーブルについていた者達がニヤニヤと笑う。
こんな方法をいまだに使う者がいることに、ルフェーヴルは呆れとくだらなさを感じていた。
「それで?」
だから何だとルフェーヴルは問い返す。
それに男が唾を飛ばしながら怒鳴った。
「頭の悪ぃ男だな!! 治療費の代わりに有り金全部置いていけって言ってんだよ!!」
ルフェーヴルの胸倉を掴もうとした手を避ける。
酔っているのもあるだろうが、男がふらつき、前方向へ倒れ込む。無様に床に転がった男をルフェーヴルは見下ろした。
「骨は折れたほうが早く治るらしい」
そして、躊躇いなく男の顔を蹴り上げた。
男が悲鳴を上げて、テーブルで笑っていた他の男達の表情が変わった。
「何しやがる!!」
「テメェ!!」
椅子を蹴倒すように立ち上がった男達に、ルフェーヴルは黙ったまま、指先だけでかかってこいと合図を送る。
怒りに顔を染めた男達が剣を抜いた。
男の一人が振り下ろした剣を、一歩下がって避ける。
追撃を二歩、三歩と下りながら避けて、くるりとその場で一回転し、剣を突き出していた男の腕を掴み、捻り上げた。
手から剣が抜け、床に落ちる前にそれを手に取った。
剣を取り上げられた男が捻られた手を抱えながら下がると、別の男がルフェーヴルに切りかかってくる。
それを剣で受け流し、体勢を崩した男の腹を殴る。
……まずは一人。
床を蹴って、別の男の目の前へ移動する。
慌てた様子の男が拳を突き出した。
それを屈んで避け、床に手を当て、横から男の側頭部に蹴りを入れる。男はふら、と体を揺らしたあと、後ろへばったりと倒れた。
体勢を戻し、最後の一人を見る。
最初に剣を向けてきた男だ。
「まだやるか?」
男へ剣を向ければ、男は「ひぃっ」と情けない声を上げて、仲間を残したまま店から飛び出していった。
……つまらないなぁ。
ルフェーヴルは男達がいたテーブルに剣を置き、カウンターへ向かった。
今度は誰にも邪魔されなかった。
カウンターに座れば、この店の主だろう、髪を全て剃った大柄の男に声をかけられた。
「注文は?」
「この店で一番高い酒を」
店主の大男が小さなグラスに酒を入れてルフェーヴルの前に出した。
それをルフェーヴルは一息で飲み干した。
おかわりと言うようにグラスを店主へ返す。
「ハンナの紹介で来た」
ルフェーヴルの言葉に店主がチラとルフェーヴルの顔を見て、グラスに酒を注ぐ。
「……何が知りたい?」
「仕事の情報を。報酬が良ければ、内容は問わない」
標的の情報については事前に闇ギルドを通じて調べてある。
元侯爵という立場を捨てられず、いまだに貴族らしい暮らしに固執した男で、金遣いは荒いらしい。
最近は傭兵を集めているそうで、いちいち探らなくても良からぬことを企んでいるのは察せられる。
いくら傭兵を雇ったところで程度の低い荒くれ者ばかりだ。
……何がしたいんだかねぇ。
国王の暗殺が成功しても王太子がいる。
両方を狙うならともかく、国王だけを殺したところで、ファイエット王国の勢いが落ちることはない。
それはともかく、標的はこの街で傭兵を集めているという話だった。
ガタリと隣の椅子が引かれる。
顔を向ければ、そこには店主と同じくらいの大柄の男がいた。
「アンタ、強いな」
それにルフェーヴルは答えた。
「そうでもない」
「ははは、それに謙虚だ!」
男は何が面白いのか楽しげに笑った。
そうして、男が隣の椅子に腰掛ける。
「仕事を探してるって話だが、わりのいいやつがあるぜ」
ルフェーヴルは二杯目を飲みつつ、視線で促した。
酒気のせいで少し胃が熱い。
一番高い酒が、一番美味いとは限らない。
そもそもルフェーヴルは酒に興味がないので、酒の美味い不味いというもの自体、よく分かっていない。
男は少し声を落として言う。
「少し前に隣国の元貴族がこの街に来てな、傭兵を集めてるんだ。俺もその元貴族のところにいるんだが、これがなかなかに金払いがいい」
「出し渋りは?」
「一度もないぜ」
ルフェーヴルは考える素振りを見せた。
男が更に言葉を重ねる。
「アンタほど強けりゃあ俺より金をもらえるだろうよ」
ルフェーヴルは顔を上げた。
「考えておく」
「受ける気になったら、その元貴族の屋敷に来い。こう見えて、俺はそれなりに顔が広いから、アンタの話は通しておいてやるよ」
立ち上がった男に二度、肩を叩かれる。
「じゃあな、兄弟」
と、男は言うと席を立って店を出て行った。
今の男について店主へ問えば、この辺りで一番強い荒くれ者らしい。元盗賊で、現在は先ほどの話に出ていた他国の元貴族の下で傭兵崩れみたいなことをして過ごしているそうだ。
「あんた、気に入られたみたいだな」
珍しい、と店主が言う。
「そうか」
そう返しつつ、ルフェーヴルは三杯目に口をつける。
……ただの元盗賊にしては強そうだったけどねぇ。
その後、店主からこの街の仕事について訊いたが、やはり先ほどの男の話が一番稼げる仕事のようだった。
ついでに元貴族についての情報も尋ねてみたものの、思ったほどの内容はなかった。
内情については先ほどの男に訊くか、出入りしている別の者から聞いたほうが良さそうだ。
酒を飲み干し、適当に多めに金をカウンターテーブルへ置き、席を立つ。
店の外へ出て宿へと戻った。
誰かに尾行される気配はない。
真っ直ぐ宿へ戻り、宿へ入ると階段を上がって部屋に向かう。
鍵を開けて室内へ入り、後ろ手に扉の鍵をかける。
室内に視線を走らせる。パッと見、違和感はない。
ワードローブを開けて荷物を確認する。
……誰か、中に入ったみたいだねぇ。
僅かだが荷物の置き位置がズレている。
それに荷物入れの紐の縛り方も微妙に間違っている。
考えられるのはこの店の女主人だ。
金目のものがないか確認したのだろう。
金目のものを持って安い宿に泊まった旅人を、宿の人間が荒くれ者を雇って襲わせるということは稀にある。
だから金目のものは一切、荷物に入れていない。
……金貨を見て欲に目が眩んだんだろうねぇ。
でも、荷物に金目のものがなくて諦めた。
仕事を探したいと伝えていたから、恐らく、もう金をほとんど持っていないと思われたかもしれない。
ワードローブの扉を閉めてベッドに座る。
使った感を出すためにシーツを手で乱した。
……さぁて、どうやって殺そうかなぁ。
スキルで侵入して殺すのは簡単だが、そうなると、元貴族とは言えど他国の人間が死んだからと調査が行われる可能性が高い。
特に、ヴェデバルトもファイエット国王の暗殺依頼に一枚噛んでいるとしたら、絶対に犯人を探そうとするはずだ。
ルフェーヴルは暗殺が得意だが、殺す際に、あえて犯人を用意する場合もある。
それを考慮して今回は流れの傭兵になったのだ。
……雇った傭兵と金の話で揉めて殺されたって筋書きがいいかもねぇ。
そうすれば、調査した側は、実際には存在しない流れの傭兵を追いかけることになる。
……一応探っておいて、それから受けに行くかなぁ。
もし屋敷に使用人が住み込みでいた場合は少し面倒だ。
集まっている傭兵達の数も知りたいし、屋敷の内部の造りや警備も事前に調査しておいたほうがいいだろう。
立ち上がると窓のカーテンを閉め、隣室の音に耳を澄ませる。
どうやら隣室には誰もいないようだ。
小さく詠唱を行って転移魔法を発動させる。
五日泊まると言ったが、この部屋で眠るつもりはない。
足元が光り、景色が見慣れたものへと移り変わる。
「お帰り、ルル」
丁度、浴室から出てきたリュシエンヌに声をかけられる。
その後ろには兄弟弟子が控えている。
「ああ、ただいま」
良い匂いのするリュシエンヌに近付き、抱き寄せる。
その頬に口付けるとくすぐったそうな反応をされたが、すぐにリュシエンヌは首を傾げた。
「んん? ルル、なんかお酒臭い?」
それにルフェーヴルは小さく笑った。
「少し酒を飲んだ」
「そうなんだ」
酔った感覚はないが、酒気の匂いがするのだろう。
リュシエンヌがスンと小さく鼻を鳴らして匂いを嗅ぐので、ルフェーヴルはその鼻先をチョンと指先でつついた。
「体を拭いてくる」
「お湯には浸からないの?」
「湯を使える場所ではない。あまり身綺麗にしていると逆に不審がられる。拭くだけなら違和感はない」
「そっか」
リュシエンヌの額にもう一度口付け、体を離す。
「戻ったら、一緒に夕食にしよう」
笑顔で頷くリュシエンヌにルフェーヴルも微笑み、それから浴室へ向かったのだった。
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