作品タイトル不明
通信魔道具・改(3)
あの件から数日後。
音声のみの通信魔道具が完成した。
魔法士長様のところにはルルが受け取りに行ってくれた。
ルシール=ローズはしばらくお休みである。
この数日、ルルは昼間は仕事で出掛けていたけれど、帰ってきてからの夜の時間は、わたしはずっとルルにべったりくっついていた。
……ルル以外の男の人はやっぱり苦手。
お父様とお兄様は別だけど、他の男の人に触れるのは嫌だし、これからも触れたくないと思う。
ルルはわたしのことを、これでもかというくらい甘やかしてくれた。
おかげで少し落ち込んでいた気持ちも戻ってきた。
通信魔道具の完成も大きい。
「ルル、闇ギルドに行こう!」
ルルが受け取った魔道具は七つ。
そのうち二つは全ての通信魔道具に繋がる、時間制限なしの特別型。
そして残りは通話登録数五つ、制限時間十分の一般型。
とりあえずこの七つはお父様から持ち出しの許可が出た。
今後、音声のみの通信魔道具は国が管理するそうなので、もし闇ギルドのほうでもっと数が欲しいとなったら、お父様と相談してもらうことになる。
闇ギルドとお父様は繋がりがあるから、話をするのに困ることはないだろう。
立ち上がったわたしにルルが頷く。
「そう言うと思ったよぉ」
魔道具を受け取って帰ってきた足で、また転移魔法で飛んでもらうことになるけれど、ルルは笑って了承してくれた。
一旦、確認のために出してもらっていた魔道具を空間魔法に収納し、わたしが外出の準備をしている間にルルには先に一度、闇ギルドへ行ってもらう。
身支度を整えて、ローブを着る。
別にドレスのままでもいいのだろうけど、なんとなく、人目を忍んでる感じが出るのでローブを着るのは結構好きだ。
ルルが転移魔法で戻ってくる。
「アサドに時間作ってもらったよぉ」
差し出された手に自分のそれを重ねる。
抱き寄せられて、ルルが詠唱を行う。
ふわ、と一瞬の浮遊感と共に景色が移り変わった。
「ようこそ、ニコルソン子爵夫人」
闇ギルドのギルド長に声をかけられる。
いつ見ても、この人は書類に埋もれている。
「こんにちは、夫がいつもお世話になっております」
「いえいえ、それほどでも」
どうぞ、と手でソファーを示されてルルと座る。
「それで、今回はどのようなご依頼でしょうか?」
ギルド長の言葉にルルが「違うよぉ」と返す。
「今日は依頼とかじゃないんだよねぇ」
「と、言いますと?」
ルルに「出してもらえる?」と訊けば、ルルが頷き、空間魔法を展開させる。
そこから箱を六つ取り出した。
一つは特別型で、五つは一般型である。
ちなみにもう一つの特別型はルルの分なので、闇ギルドに渡すのは全部で六つになる。
机の上に並べられた箱にギルド長が不思議そうな顔をする。
「これは……?」
「通信魔道具です。遠く離れた相手と声でやり取りが出来る魔道具です。わたしが発案した通信魔法が使用されています」
「手に取ってみても?」
「ええ、どうぞ」
箱を開けて、ギルド長が魔道具を取り出した。
形は懐中時計のような、前世の鏡付きのファンデーションケースのような、丸くて平たい形をしている。
ルルが自分用の通信魔道具を取り出し、ギルド長に使い方を説明しつつ、ついでとばかりに番号の登録を行った。
これでギルド長とルルはいつでも通信魔道具を繋げられる。
元々、映像と音声の通信魔道具を使っているからか、ルルは手慣れた様子で魔道具を扱っているが、ギルド長の手付きはどこかたどたどしい。
「これでオレの魔道具に繋がるよぉ。試しに魔力を注いで、魔道具を起動させてみて〜」
ルルがギルド長から離れて、壁際に寄る。
ギルド長が魔力を注いだのか、ルルの手元の魔道具が振動し、ルルも魔力を注いで通話を繋げた。
魔道具を口元に近付けたルルが喋る。
「アサド、聞こえる〜?」
ギルド長の手からもルルの声が聞こえた。
ギルド長は目を丸くして、それから、やや興奮した様子で魔道具に話しかけた。
「ええ、聞こえています。これはどれほどの距離まで使用可能なのですか?」
「よっぽど遠くなければ届くと思うよぉ。まぁ、あとは魔力が多ければ多いほど、遠くまで繋げられるかなぁ。あ、魔力反応が出るから諜報とかで使うなら注意が必要だけどねぇ」
「そうなのですね」
ルルが通話はおしまい、と魔道具の蓋を閉じる。
そうして戻ってくるとわたしの横に座った。
ギルド長が真剣な顔でこちらを見る。
「この魔道具、いくらで売っていただけますか?」
通信魔道具の有用性を即座に判断したのだろう。
わたしはそれに微笑んだ。
「お金は要りません」
この魔道具の作製費用はわたしのお金から出した。
「こちらは全て、無償でお譲りいたします。今まで夫がお世話になったお礼という意味合いもありますが。……これからも、夫をよろしくお願いいたします」
ギルド長はわたしとルルを交互に見て、それから、目元に手を当てると声を上げて笑い出した。
愉快で仕方がないという風な笑い声だった。
「ははは、ルフェーヴル、あなたはとても素晴らしい女性を奥方に迎えましたね」
それにルルが口角を引き上げて返事をする。
「でしょぉ? オレもそう思うよぉ」
ギルド長が目元から手を離すと、机を叩いた。
「では、ありがたく頂戴いたします。その代わり、今後ルフェーヴルへ売る魔力回復薬はお安くいたしましょう」
ルルがソファーの背もたれから体を起こした。
予想外の言葉だったようだ。
「じゃあ今日も買ってくよぉ」
「何本必要ですか?」
「とりあえず十本」
ギルド長が机の上のベルを鳴らした。
ルルの手が伸びてきて、わたしの着ていたローブのフードを上げて、フードを目深に被る。
ややあってから扉が叩かれた。
「何か御用でしょうか?」
闇ギルドの職員の一人だろう男性が入ってくる。
「魔力回復薬を十五本持ってきてください。お得意様です」
「分かりました」
男性は頷くとすぐに部屋を出ていった。
「五本は特別に差し上げます」
「ふぅん、いいの〜?」
「ええ、むしろこの魔道具の対価としては安過ぎるくらいでしょう。出来ればもう少し数が欲しいのですが……」
「それは 義父上(ちちうえ) 、国王サマに訊いて〜。この通信魔道具は国が管理することになってるからさぁ」
「なるほど」
ルルとギルド長がどこか楽しげに話している。
前から思っていたけれど、ルルはギルド長相手だと、どことなくリラックスしているというか、気安い感じがある。
それだけ長い付き合いなのだろう。
そう思うと、ちょっとだけ嫉妬してしまった。
……わたしの知らないルルを知ってるんだろうなあ。
でも、不思議と嫌な気分にはならなかった。
* * * * *
扉が叩かれ、部下が入ってくる。
先ほど頼んだ魔力回復薬が収められた箱を持ってきて、それをルフェーヴルと王女殿下の前のテーブルへ置くと、すぐに部屋を出ていった。
置かれた箱をルフェーヴルが覗き込んだ。
「へぇ、一番いいヤツじゃん」
箱から取り出された魔力回復薬は最も効果の高いものだ。
だが、渡された通信魔道具に比べれば安いものである。
ルフェーヴルは空間魔法から袋を取り出すと、そこから数枚の金貨を取り出し、小さく詠唱を行った。
机の上に金貨が数枚現れる。十本分の料金ピッタリだ。
「確かにいただきました」
王女殿下が物珍しそうに魔力回復薬を見る。
「時々ルルが飲んでるよね。どんな味がするの? 美味しい? これって全部飲まないと効かないの?」
「飲んだ分だけ魔力は回復するけど、不味いよぉ」
「そうなの?」
ルフェーヴルが空間魔法へ魔力回復薬を収納しつつ、一本だけ手元に残し、その瓶の栓を抜いた。
「気になるなら一口飲んでみなよぉ」
それは一本で銀貨数枚はするのだが……。
しかし、効果の低い安いものは品質も良くない上に味も悪いため、王女殿下が口にするなら上等なもののほうがいい。
魔力を持たない王女殿下には恐らく何の効果もないだろう。
ルフェーヴルは先に一口飲んだあと、瓶を王女殿下に差し出した。
受け取った王女殿下が一口含む。
ややあって、飲み込んだのが分かった。
思ったよりも味わっていたが大丈夫だろうか。
王女殿下が口を押さえながら、瓶をルフェーヴルへ返す。
「……あんまり美味しくない」
正直な感想にルフェーヴルが少年のような無邪気な笑みを浮かべて、瓶を受け取った。
「薬だからねぇ」
「なんか、なんだろう、美味しくないアオジルの代表みたいな味……」
「アオジルって何〜?」
「いろんな野菜を全部混ぜて液体状にした飲み物のこと。私が飲んだのは美味しかったけど、ものによっては不味いのもあるって。ほんのり甘いけど、それ以上に苦くて、えぐみがあって、口の中に青臭さが残るね」
確かに、魔力回復薬は数種類の薬草を使っているため、ほのかな甘味があり、それを上回る苦味と青臭さがある。
それでも王女殿下が口にしたものは特上なので、他のものよりもかなり味が改善されているけれど、到底美味しいとは言えない味だ。
苦味や青臭さだけなら我慢出来るのだが、そこにほのかな甘味があるせいで、非常に飲み難い味だ。
……私もあまり飲みたい味ではない。
「はい、口直し〜」
ルフェーヴルがまた空間魔法から何かを取り出し、王女殿下の口へ入れた。
「……チョコレート?」
「うん」
頷き、ルフェーヴルが瓶に残った薬液を飲み干した。
そして栓を戻すと空になった瓶をテーブルへ置いた。
「もしかしてルルがいつもチョコレート持ってるのって、こういう時の口直しのためでもあったの?」
「ん〜? まぁ、そういう意味もあったかなぁ。オレ、苦いのあんまり好きじゃないしねぇ」
……それは知らなかった。
元々、ルフェーヴルは己のことを他人にあれこれと話すような人間ではない。
チョコレートを持ち歩いているというのも初めて知った。
そして、食べ物の好き嫌いがあるという事実に驚いた。
人間なのだから好き嫌いがあって当たり前なのだけれど、長い付き合いの中で、一度でもルフェーヴルが食べ物の好みについて触れたことはなかったし、自分もわざわざ問うことはなかった。
「でも、毎回あの薬飲むの、ルルはつらくない?」
王女殿下が気遣うようにルフェーヴルを見上げる。
その額にルフェーヴルが口付けた。
「別につらくないよぉ」
……奥方と出会って、本当に変わったな。
昔のルフェーヴル=ニコルソンという暗殺者は、いつも掴みどころがなく、無機質で、冷酷無慈悲で、人間らしさを感じさせない存在だった。
王女殿下の傍にいるようになってからルフェーヴルは段々と変わっていった。
相変わらず掴みどころはないし、仕事では冷酷無慈悲だが、以前よりも人間味が増した。
どこがどうかと問われると答えるのが難しいけれど、確かに、人間らしいところが見られるようになった。
……ただ、暗殺者としてそのことが良いのかは分からないが。
それに 歪(いびつ) な部分は変わっていない気がする。
そして奥方である王女殿下もまた、どこか 歪(いびつ) だ。
歪んだ者同士、噛み合ったと言えばそうなのだろう。
「あ、こっちの依頼だけど、あと数日くらいで終わりそうだよぉ」
ルフェーヴルが思い出したように言う。
「そうですか。依頼を完了したら、報告後にこちらにも声をかけていただけますか?」
「りょ〜かぁい」
ルフェーヴルが頷き、王女殿下を促して立ち上がる。
「さぁて、オレ達はそろそろ帰るとするよぉ」
それに立ち上がって応える。
「改めて、通信魔道具を譲っていただき、ありがとうございます。子爵夫人も、ルフェーヴルも、今後とも良きお付き合いをよろしくお願いいたします」
王女殿下が浅く頭を下げた。
「こちらこそ、今後もよろしくお願いします」
「そういうことで、また依頼完了後にくるよ〜」
ルフェーヴルが詠唱を行い、二人の足元が光り、姿が掻き消える。
そして誰もいなくなった。
椅子に座り直し、机の上の箱にそっと触れる。
これがあれば、別の街にある支部との連絡が取りやすくなり、今よりもずっと仕事が捗るだろう。
「……とんでもない贈り物をいただいてしまいましたね」
これがどれほど価値ある物か、ルフェーヴルや王女殿下が分からないはずもない。
それなのに無償で譲ると言った。
……夫をよろしく、か。
元よりルフェーヴルは当ギルドの出世頭の一人である。
使い捨てにするつもりはないが、こうして素晴らしい贈り物をされてしまえば、ルフェーヴルを無下にすることは出来ない。
しかも王女殿下、直々のお言葉である。
……本当に、ルフェーヴルは良い奥方を迎えた。
今後もニコルソン子爵夫妻に振り回されるかもしれないと苦笑しつつも、箱に収められた魔道具を手放す気にはなれなかった。
* * * * *