軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

繋ぐ絆

教会から屋敷へ帰ったあと。

初めてこの屋敷に来た時のように、すぐに入浴し、やっぱりあの時と同じ白い夜着を着せられて寝室へ促された。

ちなみに、寝室では先に入浴を済ませたルルが、あの日と同じようにゆったりと椅子に座って飲み物を飲んでいた。

わたしを見たルルが、あは、と笑った。

「夜着まで同じにしなくてもいいのにねぇ」

この夜着をわたしに着せたのが、メルティさんとヴィエラさんだと気付いたようだ。

手招きされてルルに近付けば、立ち上がったルルにベッドへ促される。

ドキドキしていると両脇に手を入れられ、ベッドの上へ下ろされる。柔らかな毛布を巻くようにかけられた。

「その格好だと風邪引いちゃうから」

そう言ってルルはわたしの横に腰掛けた。

……あ、そういうことはしないんだ……。

少し残念に感じ、そんな自分の気持ちに気付き、慌てて頭を振った。

……残念って、わたし、その、そういうことに期待してたってこと? わあ、恥ずかしい……!!

二度目と言っても結婚式をしたのだ。

そういうことをしても不思議はない。

しかしルルに触れられるのは好きだ。

ルルを見たけれど、ルルは丁度空間魔法を展開させていて、こちらを見てはいなかった。

それにホッとしつつも、やっぱり少しだけ残念に感じる。

わたしがそんなことを考えているとは知らないだろうルルが、空間魔法から一枚の紙を取り出した。

「明日、この魔法をオレに使おうと思ってる」

差し出されたその紙を受け取った。

そこには一つの複雑な魔法式が描かれていた。

促されて、わたしはそれを読み解くことにした。

かなり難解な魔法式である。

……えっと、主従、条件は三つ、主人と奴隷、隷属、魂に契約……?

「あ、これって……」

そこに描かれている魔法式は隷属魔法だった。

以前ルルが少しだけ話していた魔法だ。

この魔法は隷属する側にかけるもので、わたし達がオリヴィエに使おうとしていた記憶を分離させる魔法も織り込まれていて、本来の隷属魔法よりも恐らく複雑で拘束性のあるものになっている。

簡単に言えば、隷属する側の魂に記憶と三つの条件を刻み込むという魔法だ。

本当はわたしに使えたら良かったのだけれど、魔力のないわたしには魔法が効かない。

だから、ルルは自分に魔法をかけることにしたのだ。

……隷属なんて、ルルが一番嫌がりそうなことなのに。

顔を上げればルルが優しい表情でわたしを見た。

「コレがあれば、リュシーを見失わなくて済むでしょ?」

ルルが何でもないことのように言う。

でも、この魔法はきっとルルに負担がかかる。

魂に干渉するなんて本来であれば許されないことだ。

それなのに、魂に記憶と三つの条件を刻むなんて、失敗したらどうなるか想像もつかない。

話を聞いた時は妙案だと思ったけれど、魔法式を見て、解読して、それがいかに危険なことなのか理解してしまった。

いつの間にか冷え切っていたわたしの手にルルが触れる。

「大丈夫」

ルルが言う。

ルルは嘘を吐かない。

だから、大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろう。

……そう思いたい、けど……。

「ルルに何かあったら、わたしは生きていけないよ」

魂に記憶を刻むことに失敗して、これまでの記憶が消えてしまったら?

魂に干渉した結果、ルルが死んでしまったら?

死んでしまったなら後を追えばいいけれど、もし記憶を失ったり、記憶が欠けてしまったりした時が怖い。

ルルに忘れられてしまうのが何より恐ろしい。

想像しただけで震えが止まらない。

そんなわたしをルルが抱き締めた。

「人間はいつか死ぬ。その時、死んだからってだけで、リュシーのことを忘れて離れ離れになるなんてオレは嫌だ」

淡々とした静かな声だった。

「オレはリュシーだけを愛したいし、リュシーに愛されたい。次も、その次も、そのまた次も、もし生まれ変わるならリュシーに出会いたい」

「わたしも、ルルと出会って、ずっと一緒にいたい」

「そのための鎖が欲しい」

「鎖……」ルルの言葉を口の中で転がす。

隷属魔法で縛るなんてきっと 歪(いびつ) なことだ。

しかも死んで生まれ変わっても縛り続ける魔法。

それが本当に死後も効果を保ち続ける保証はないが、そうすることで、ルルはわたしに自分の気持ちを示してくれているのだろう。

ルルの魂をわたしに縛りつける魔法。

そんな魔法、一度使ったら解除出来ないかもしれない。

魂に刻んだものを安易に消せるとは思えない。

それほどの覚悟を持っている。

それほどわたしを愛してくれている。

もう一度、魔法式を見る。

……ルルにばっかり制約のかかる魔法だ。

条件は三つ。

一つ、主人以外を愛せない。

一つ、主人以外とは子孫を残せない。

一つ、主人の変更は不可。

……同じ時に、同じ場所で生まれるかどうかも分からないのに……。

どうしてわたしには魔力がないのだろう、と悲しくなる。

だけど、同時に喜んでいるわたしもいる。

この魔法を使えばルフェーヴル=ニコルソンをわたしだけに縛りつけ、永遠に愛し愛される関係になれる。

仄暗い喜びだ。自分でもどうかしてると思う。

……でも、ルルが好き。どうしても、愛してるの。

この人を手放したくないと思ってしまう。

「……分かった」

頷くと、ルルが「ありがとう」と言う。

……それはわたしの台詞なのに。

「ルルにもしものことがあったら、後を追うからね」

「うん」

頷くルルにわたしはそれ以上、何も言えなかった。

ちゅ、と額に口付けられる。

「ねぇ、リュシー」

見下ろしてくる灰色の瞳と視線が絡む。

「触れていい?」

その問いかけに首を傾げてしまう。

「もう触ってるよ?」

「確かに。でも、そうじゃなくて」

ルルの手が怪しく毛布の隙間から入ってくる。

「今日は最後までするから。リュシーの奥まで、オレのものだって証、つけないとね」

その言葉の意味を理解するのに、わたしは数秒、時間を要した。

……きょうはさいごまでする?

太ももにルルの手の感触と温もり感じ、ゆっくりと上がってくるそれに理解した。

一気に顔が熱くなるのが分かる。

「嫌?」

首を傾げたルルに見つめられる。

「ううん、嫌じゃない」

わたしのほうからキスをする。

唇が触れたまま伝える。

「今日は、その、最後までしてください」

顔を離すとルルが、ふ、と笑った。

「何で急に丁寧な口調なの? ……かわいい」

首筋にルルの唇が触れ、毛布を剥ぎ取られる。

……ルルになら、何をされても怖くない。

ルルが与えてくれるものなら痛みすら愛したい。

* * * * *

柔らかな温もりを唇に感じて目を覚ます。

横になったまま、間近にルルの顔があった。

寝ぼけた頭でぼんやりと眺めていると、ルルが、ふふ、とおかしそうに優しく笑った。

「おはよぉ、リュシー」

ちゅ、と唇にキスをされる。

わたしを抱き寄せるルルの手が背中を撫でた。

それに、昨夜の出来事を思い起こさせた。

「〜〜っ!!」

ぶわっと顔が熱くなる。

思わずルルの胸元に顔をくっつけて隠したけれど、ルルの手がわたしの耳をなぞるように触る。

「リュシー、耳真っ赤だよぉ」

かわいい、と耳元で囁かれて余計に気恥ずかしくなる。

この一年でルルと過ごす夜について、大分慣れてきたつもりであったのだが、それは所詮『つもり』でしかなかった。

……初めては痛いって聞いてたけど……。

そんなに怖がるほど痛くはなかった。

それよりも、ルルに翻弄されて、思い出すのも恥ずかしいことを色々と口走ってしまっていた気がする。

両手で顔を覆っているとルルに名前を呼ばれる。

「リュシー、リュシー? 顔見せて?」

ルルにお願いされては敵わない。

そっと手の隙間から覗けば、ルルが見つめてくる。

「かわいいリュシーの顔、見せてくれないの?」

……やっぱりルルはずるい。

少し眉を下げて、悲しそうな顔をされる。

顔から手を離せば、ちゅ、とまたキスされた。

「昨日は無理させてごめんねぇ。リュシーがかわいくって、オレもつい、やりすぎちゃったぁ」

ギュッと抱き寄せられて、よしよしと頭を撫でられる。

ルルに翻弄されてわたしはされるがままだったけれど、ルルは何度も「愛してる」「かわいい」と言ってくれて、触れる手や唇からもルルの愛情を感じ取れた。

気だるく、運動しすぎた後のようにくたくたに疲れてしまったが、それ以上の幸福感があった。

……わたしはとても嬉しかった。

「ルルは……」

「うん?」

「ルルも、わたしとして、良かった?」

そう問うとルルがすぐに頷いた。

「最高だった」

簡潔だが、その言葉だけで十分だった。

「リュシーは? 怖くなかった〜? やっぱり痛かっただろうしぃ、無理させちゃったから、体つらいでしょぉ?」

「怖くなかったし、そんなに痛くなかったよ。……その、この一年、ルルが色々してくれてたからかも。体のほうは疲れたけど、大丈夫」

そこまで言って、ふと起き上がる。

腰が痛いけれど動けないほどではない。

……ちょっとお手洗いに……。

ベッドから足を出し、立ちあがろうとして、失敗した。

「え?」

すとん、と床に座り込んでしまう。

ルルが「あ〜」と起き上がる。

「腰砕けちゃってる?」

ベッドから出たルルがわたしに手を差し出した。

その手を借りて立ち上がったものの、足がぷるぷる震えてしまう。

「用足しに行く〜?」

「うん」

「じゃあ扉のところまで連れて行くよぉ」

ひょいと横抱きにされて、トイレの扉の前まで運ばれる。

何とか用を済ませてトイレを出れば、またルルに抱き上げられて、ベッドへ戻された。

「大丈夫〜?」

ルルの問いに頷いた。

「大丈夫。多分、ただの筋肉痛だから……」

足は震えるけれど痛いわけではない。

ルルがわたしの隣に座る。

そっとルルの肩に手を置いて、耳元に顔を寄せる。

「その、わたしも、良かったから……」

こんなことを女の子のほうから言うのは、少しはしたないかもしれないけれど。

「また、いっぱい愛してほしい」

ルルと一つになれて幸せだった。

本当の意味でルルのものになって、ルルに愛されて、今まで以上にルルの愛情を感じられて、凄く嬉しくて。

わたしの言葉にルルは驚いたように目を丸くした。

それから、グイッとベッドへ押さえつけられる。

わたしに馬乗りになったルルが悪い顔で笑う。

「煽ったリュシーが悪いからね?」

返事をする前に深く口付けられる。

……また愛してもらえる。

わたしはそれが、何より嬉しかった。

* * * * *

その日、わたしがベッドから出たのは午後になってからだった。

自分では立ち上がることが出来ないので、メルティさんとヴィエラさんに支えられながら入浴したのだ。

二人は訳知り顔で何も言わなかった。

寝室に戻ってくると、ベッドのシーツが新しいものに取り替えられていて、ルルがソファーに座っていた。

メルティさんに支えてもらいつつソファーへ行き、座る。

そのまま下がろうとしたメルティさんとヴィエラさんを、ルルが珍しく引き留めた。

「あの魔法使うから、警備を厳重にするようにって女たらしに言っておいて〜」

二人はやっぱり訳知り顔で、ヴィエラさんが頷いた。

「何かあった時にリュシーが混乱すると危ないから、侍女は部屋にいていいよぉ」

「かしこまりました。リニアも呼んでまいります」

二人が寝室を出て行った。

メルティさんはリニアお母様を連れてすぐに戻ってきた。

ヴィエラさんが戻ってくると、執事のクウェンサーさんを伴っており、廊下には他にも人の気配がした。

「治癒魔法に長けた者と、医術に詳しい者も連れてきましたよ」

クウェンサーさんの言葉にルルが満足そうに頷いた。

そうして、ルルがわたしを見る。

「リュシー」

ルルの手が、わたしの手を握る。

「何が起こっても心配しないで? オレはいつだってリュシーの傍にいるからね」

真剣な声に頷いた。

ルルが空間魔法から紙を取り出す。

あの隷属魔法が描かれている紙だ。

それと一緒に取り出した小さなナイフを渡される。

「オレが声をかけたら、コレで指を少しだけ切って。ちょっと血が出るくらいでいいからね?」

「分かった」

わたしがナイフを受け取るとルルが微笑んだ。

そして、魔法の詠唱が行われる。

……長い。転移魔法より複雑なんだ。

しかもルルは詠唱を続けるほどに顔を顰めていく。

魂に記憶と条件を刻み込むのだ。

もしかしたら、かなり痛みが伴うのかもしれない。

そっとルルの手に自分の手を重ねると、ふ、とルルが目を細めた。ありがとう、と言われた気がした。

ルルが詠唱を続け、そして、こちらを見た。

「リュシー」

わたしは頷き、ナイフで自分の指先を切った。

少し痛いけれど大した傷ではない。

ルルがわたしの手首を掴み、シャツの前を寛げると、血の滲む指を手ごと自分の胸に押し当てた。

そこには紙に描かれているものと同じ魔法式が光っていた。

ルルが更に詠唱を行う。

触れたルルの体温はいつもより熱く、鼓動も早い。

詠唱が全て終わったのか、ルルの声が止まり、光がルルの体を包む。

光が収まるのと同時に、ふらりとルルの体が前へ傾いた。

「ルル!」

ナイフを投げ捨ててルルの体を支える。

ぽた、とルルの額から汗が落ちた。

「ルル、ルル? ねえ、大丈夫っ?」

反応しないルルに不安が増す。

クウェンサーさんが近付いてきて、ルルの顔を確認する。

「気絶しています。……今はベッドへ運びましょう」

そう言われて、クウェンサーさんと共にルルをベッドへ移動させる。

普段のルルなら他人に触れられただけで目を覚ますのに、ルルは苦しげに呻くだけで、目を開けることはなかった。

酷く熱があるようで体温が高く、汗も出ている。

ベッドへ横にならせるとクウェンサーさんが廊下にいた使用人達を呼び、ルルが診てもらっている間、わたしはただただルルの手を握るしかなかった。

隷属魔法で魂に干渉した影響だろうということだった。

それから、わたしは付きっきりでルルの看病をした。

治癒魔法に長けた使用人も部屋に常駐して、ルルが苦しげに呻くと治癒魔法をかけて痛みを和らげてくれて、わたしも濡らした布でルルの唇を湿らせたり、汗を拭ったり、とにかく出来ることは何でもした。

ルルは意識を取り戻すことはなかったが、それでも、わたしが口移しで水を与えると、少しずつだが飲んでくれた。

痛み止めと滋養強壮に良いという薬を混ぜた水を、少量ずつ、様子を見ながらルルに与えた。

高熱の中で痛みに呻くルルを見るのがつらかった。

……大丈夫、大丈夫。ルルは大丈夫って言った。

その言葉を信じながらもわたしはルルの世話を続けた。

そうして一日が過ぎ、二日が経ち、三日目になり、四日を迎えた。それでもルルは目覚めなかった。

「……ルル……」

数時間ごとにルルに薬を混ぜた水を与える。

汗を拭き、着替えさせ、濡らした布で額を冷やす。

ルルの手を握り、額を押し当てる。

……女神様、ルルをまだ連れて行かないで。