作品タイトル不明
愛の形は人それぞれ
お父様とお兄様への報告を終えて、最後に別れの挨拶に軽い抱擁を交わし、ルルの転移魔法で屋敷へと帰った。
見慣れた居間にホッとする。
思ったよりも長居してしまい、日が大分傾いている。
薄暗い室内の中、ルルに後ろから抱き締められた。
「リュシー、オレ以外に余所見しないで」
突然言われた言葉にキョトンとした。
「えっと、わたしはルルしか見てないよ?」
少し首を動かし、横にあるルルの顔を見る。
その顔はどこか不満げである。
「随分長く、 義父上(ちちうえ) とアリスティードの侍従達を見てたよね」
……あ、なるほど。
ルルの言葉に疑問が解けた。
「確かに見てたけど、あれは観察してただけ」
「観察〜?」
「そう、リニアお母様やメルティさんもそうだけど、侍従の人達も、お父様やお兄様が何も言わなくても先回りして動いてたでしょ? それがちょっと興味深くて」
ルルが不思議そうに目を瞬かせた。
「侍女も、侍従も、主人の行動を先読みして動いてて、ルルも普段からわたしの行動を予想してるんだろうけど、それってその人のことをよく知っていないと出来ないよね? ルルもきっと、わたしよりもわたしのことを知ってるんだろうなあって考えてたの」
見つめてくるルルに触れるだけのキスをする。
「わたしもルルの行動が予想出来るくらい、ルルのことを知りたいし、どうしたらあんな風に察して動けるんだろうって不思議だったから見てたんだよ」
「そうなんだぁ」
でも、やっぱりルルはちょっと不満そうだった。
「リュシーには他の男を見てほしくないなぁ」
「それはわたしの視界に男の人が入るのも嫌ってこと?」
ルルが「うん」と頷く。
……それは、ちょっと厳しいなあ。
執事のクウェンサーさんも男性だし、屋敷には男性の使用人もそれなりにいるし、宮廷魔法士として働く上でも、全く男性を視界に入れないようにするのは難しいだろう。
難しいけれど、ルルのお願いなら叶えてあげたい。
「絶対に、とは言えないけど、極力男の人と関わらないように気を付けるね」
ジッとルルの灰色の瞳が見つめてくる。
「でも、クウェンサーさんと魔法士長様はちょっとだけ許してもらえないかな? この二人と直接話せないと困ることも多いかも……」
「魔法士長はいいけどぉ、あの女たらしはちょっとなぁ」
ルルが少し難しい顔をしたが、わたしは驚いた。
「魔法士長様はいいの?」
「あの人はリュシーのこと、優れた魔法士の王女サマとは思ってるけどぉ、昔からリュシーの成長を静かに見守ってるって感じだったしぃ、悪意も害意もないからねぇ。……でもあの女たらしはリュシーに良くない」
「女たらしだから?」
「女たらしだから」
おうむ返しに即答するルルがちょっとかわいい。
そこでふと良い案を思いついた。
「じゃあ、もしちょっとでもクウェンサーさんがわたしをたらし込もうとしたらヴィエラさんに叱ってもらおう」
ルルがキョトンをした顔でわたしを見た。
「なんで泣き虫に?」
「だって夫婦なんでしょ? 夫が他の女性に浮気しそうになったら、妻のヴィエラさんが叱ればやめるかなあって」
「それでやめるならアイツは女たらしじゃなくなってるはずなんだけどねぇ」
……確かに。
ルルはヴィエラさんを『泣き虫』と呼ぶけれど、普段はわりと気が強い感じがするし、実際クウェンサーさんを平手打ちしているのを見かけたこともある。理由は教えてもらえなかったが。
ヴィエラさんはむしろクウェンサーさんに厳しい。
冷たいわけではないものの、女性関係にだらしないところには色々感じている風ではある。
しかしヴィエラさんにそれを訊くのは少し憚られた。
…………んん? ちょっと待って?
クウェンサーさんも闇ギルド経由で雇った人で、ルルが以前チラッと話していたのが確かなら元傭兵のはずだ。
ヴィエラさんがいくらルルと同じく暗殺者だとしても、クウェンサーさんがヴィエラさんの平手を避けられないとは思えない。
避けなくても、止めることだって出来るだろう。
……あえて、そうしてないってこと?
「リュシー?」
ルルの声にハッと我へ返る。
「何考えてたのぉ?」
顔を覗き込まれて苦笑してしまう。
「えっと、ヴィエラさんは大変そうだなあって。クウェンサーさん、実は結構面倒臭い人なんだろうなって気付いたの」
「あ〜、まぁ、そうだろうねぇ」
ルルは前からクウェンサーさんが面倒な人だと知っていたのだろう。特に驚いた様子はない。
「でも泣き虫も面倒臭いヤツだからぁ、面倒同士いいんじゃなぁい?」
ルルが言いながらわたしから腕を離す。
それに釣られるように振り返るのと、居間の扉が叩かれるのはほぼ同時だった。
ルルが「いいよぉ」と声をかければヴィエラさんが入ってくる。
「お帰りなさいませ」
話題の人だったので、つい、まじまじと見てしまった。
視線に気付いたヴィエラさんが不思議そうに、少しだけ首を傾げる。
「何かございましたか?」
それにルルが返事をする。
「どうしたら女たらしがリュシーをたらし込もうとするのをやめさせられるかって話〜?」
「あれはもう不治の病です」
ヴィエラさんは即答だった。
……妻にそこまで言われる夫ってどうなんだろう。
「ヴィエラさんは嫌じゃないんですか?」
困ったようにヴィエラさんが微笑んだ。
「嫌ですよ。でも、あの人のあれは生きる術でもあったのです。……最後に私の下へ戻ってくるのであれば、許します」
惚れた弱みですね、とヴィエラさんは続けた。
けれど、困った表情はすぐに消える。
「ただし、罰はきちんと受けさせますが」
ニッコリと微笑んだヴィエラさんはちょっと怖かった。
ルルが呆れた顔で言った。
「いっそ首輪と鎖でもつけてちゃぁんと躾けてよぉ」
「それが出来たら苦労していませんわ。今後も奥様に必要以上に馴れ馴れしくするようでしたら、遠慮なくボコボコにしてください」
「オレに押し付けないでよぉ」
嫌そうな顔でルルが何かを追い払うように片手を振った。
なんとなく、ルルに抱き着く。
ルルは何かを感じ取ってくれたのか、笑ってわたしを抱き締め返してくれた。
「とにかく、リュシーはあんまり他の男に関わらないでよぉ」
「うん、そうするね」
わたしが好きなのも、ずっと傍にいてほしいと思うのも、殺されてもいいと笑って言えるのもルルだけだ。
それがわたしの愛し方で、幸せだから。
だけどルルに嫉妬してもらえるのはちょっと嬉しい。
それだけ、わたしを好きでいてくれるということだから。
* * * * *
「失礼いたしました」
やや遅れて来たメルティに後を任せ、ヴィエラは一礼し、部屋を退出した。
主人達の衣類を回収し、階下へ向かう。
静まり返った屋敷内は人気があまり感じられない。
ほとんどの者は闇ギルドから雇用しており、気配を断つことに慣れているからだろう。
階段を下りながらふとヴィエラは立ち止まった。
「ヴィエラさんは嫌じゃないんですか?」
そう問われた時、脳裏に夫の顔が思い浮かんだ。
昔から、それこそ、出会った時からずっとクウェンサー=スペラードという男は女好きの女たらしであった。
初めて出会ったのは別件の 暗殺(しごと) で、標的を暗殺し終えて闇ギルドへ報告に行った帰りのことだった。
ギルド一階にある酒場を通りかかった際に声をかけられた。
「美しいバラには棘があると言うけれど、君ほど美しくなると棘だけではなく毒まであるようだ」
その日、暗殺には毒を使用した。
少し独特な匂いのする毒で、それを比喩されたことはすぐに気付いたが、ヴィエラはそれを無視してギルドを出た。
再会したのはそれから恐らく一月は後のことだった。
依頼された暗殺対象を殺すために潜入した先で、その対象の護衛として雇われていたのがクウェンサーであった。
そのようなこと自体は珍しくない。
殺しと護衛。依頼があれば闇ギルドは人を紹介する。あくまで仲介役に過ぎず、どちらかが死んでもそれは依頼を引き受けた側の責任である。ギルドは紹介した時点で仲介料を得ているので損はない。
もちろん、信用問題というのはあるが、仲介する際にギルドはその辺りも説明している。
紹介はするが、雇うかどうか選ぶのは依頼主だ。
その護衛が依頼主を守れるかどうか、判断するのは依頼主自身ということである。
よほど高貴な者か権力者で、ギルドにとって無視出来ない人物でもない限り、ギルドが中立から外れることはない。
互いに闇ギルドに属する者だとすぐに気付いた。
それからはヴィエラとクウェンサーの攻防戦だった。
暗殺しようとするヴィエラ、それを邪魔するクウェンサー。互いに互いの腹を探り合い、喜劇のように馬鹿みたいなやり取りを何度したことか。
しかしクウェンサーは何故かヴィエラが暗殺者であることに気付いても、それを依頼主に伝えることはなかった。
代わりに、鬱陶しいほどまとわりつかれたが。
「あなた、どうして依頼主に報告しないの?」
何度かクウェンサーを殺そうとした。
だがクウェンサーはああ見えてなかなかの実力者で、ヴィエラが本気で殺そうとしても、いつだって戯れるように躱された。
「俺は君に惚れたんだ。惚れた女を殺すなんて無理さ」
どれほどヴィエラが殺そうとしても笑顔を向けてくる。
結局、依頼は期間内に達成出来ず、失敗に終わった。
これで会うこともないだろうと考えていたのに、どこから聞きつけたのかクウェンサーはヴィエラの住処までやって来た。
「俺と結婚してください」
真っ赤なバラを持ったクウェンサーは言った。
ヴィエラはとっさにナイフを投げたが、それを避けて、クウェンサーはただ嬉しそうに笑った。
それから二年ほど追い回され続けた。
その間、クウェンサーは常にヴィエラの敵であり続けた。
いつだって依頼主の護衛としてそこにいた。
とにかく色々あった。
思い出すだけでも正直、頭が痛くなる。
今でも、どうしてあんな男を愛してしまったのだろうとヴィエラは疑問を感じることが多い。
ヴィエラに求婚する口で、他の女も口説く。
クウェンサーの古い友人と知り合い、過去を聞くまで、あの生き方を理解出来なかった。
「あれはあいつなりの世渡り方法なのさ」
クウェンサー=スペラードは孤児だった。
両親の顔も、名前も、いつ生まれたのかも定かではない。
ただ、クウェンサーは昔から見目が良かった。
線の細い優しそうな顔立ちで、スラリと手足が長く、孤児の子供達の中でもそれなりに頭の回転が早い子供だったそうだ。
貧しい孤児院から友人数名と共に抜け出して物乞いとなった。
けれど普通の物乞いでは食い繋げない。
だからクウェンサー達は裕福な女性のツバメになる道を選んだ。
最初は奴隷商の妻の愛人だった。
それが大商会の妻に、下位貴族の妻にと物のように献上されて、やがて、それなりの金が貯まるとクウェンサー達はツバメをやめて傭兵団に入った。
傭兵団での暮らしはツバメよりもつらかった。
下っ端として何でもやらされたし、他の傭兵達に暴力を振るわれることもあったし、食事だって満足に食べられない。
ツバメのほうが良い暮らしだった。
それでも長く傭兵団で働き、技術を身に付け、毎日死に物狂いで体を鍛えた。
幸い、クウェンサー達は才能がそれなりにあったようで、実力を伸ばして傭兵団でも一目置かれるようになる。
その後、友人達は傭兵団に残ったが、クウェンサーだけは闇ギルドに加入した。
傭兵だが、女主人につくことが多かったそうだ。
「愛人兼護衛ってとこだな。だけど、それは様々な情報を得るためでもあったんだ」
男も女も、ベッドの中では口が軽くなる。
どのような情報だろうと、それ自体に大した価値がなかったとしても、知っているということは武器になる。
クウェンサーが女と関係を持つのは情報を得るためだった。
「あいつはあんたを夜の相手に誘ったことはあったか?」
クウェンサーの友人の問いに、ヴィエラは首を振った。
「……いいえ、ないわ」
「だとしたら、あいつなりにあんたを本気で想ってるってことさ。少なくとも情報や体の関係目当てじゃあないな」
その後もクウェンサーはヴィエラに求婚し続けた。
半ば押し負ける形でヴィエラはそれを受け入れた。
だが、全く気持ちがなかったわけでもない。
長く顔を合わせ、言葉を交わすうちに情が湧いてしまった。決して「愛している」とは言わないくせに、ヴィエラを見る目はいつだって熱と優しさと、それ以上の意地の悪さを含んでいた。
ヴィエラの中に、クウェンサー=スペラードという男が刻まれ、その存在は無視出来ないほどに大きくなっていた。
主人に言ったように、あの女好きも女たらしなのも、治ることはないだろう。
だからヴィエラは思ったのだ。
「……最後に私のところへ帰ってくれば、それでいい」
主人達のようにいつまでも情熱的な関係ではない。
燃え盛るような恋もないし、真綿のような愛もない。
それでもクウェンサーは必ずヴィエラの下へ最後には帰ってくるし、ヴィエラの存在をクウェンサーが忘れたことはない。
腹立たしいことはあるが、そこに愛はある。
愛があるならそれでいい。
主人達の愛が熟しきった甘い果実のようなものだとしたら、ヴィエラとクウェンサーの間にあるのは乾燥した果物のようなものだ。
よく噛めば甘みと香りをしっかりと感じられる。
だが新鮮な果物ほどの瑞々しさはない。
そういう愛なのだ。
薄暗くなった階段の下から人の気配がした。
顔を向ければ、見慣れた顔が現れた。
「ヴィエラ、奥様と旦那様は?」
夫の言葉にヴィエラが返す。
「今は休まれているわ。出先でお茶を飲んだそうだから、夕食はもう少し後のほうがいいかもしれないわね」
「分かった、料理人にそう伝えておこう」
ヴィエラは足を動かして階段を下りる。
後ろをついてくる足音を聞きながら、ヴィエラは心の中で呟いた。
……本当に、惚れた弱みなのよ。
そうでなければこんな男の妻なんてやっていられない。
「クウェンサー、今夜少し飲みましょう?」
「いいね、君のためにとっておきを開けよう。この間、街で手に入れた品なんだが、聞いたところヴィエラ好みの味だから──…」
話しながらするりとヴィエラの腰を抱いたクウェンサーに、ヴィエラは珍しく微笑んだのだった。
* * * * *