作品タイトル不明
報告(2)/ 鉱山とその後
「ところで、ドランザークへの道中はどうだった?」
一通り話し合いをした後、お兄様がそう問いかけてきた。
ドランザークへの道を思い出す。
馬車の旅はそれほど大変ではなかった。
疲れたら休憩も出来たし、途中の街も食事はそこそこ美味しかったし、宿も綺麗でよく眠れた。護衛もいたので危ないことも何もなかった。
「あ」
思わず漏れた声にお兄様が小首を傾げた。
「途中で『寄生』されました」
「きせい?」
お兄様も初めて聞く言葉らしく、不思議そうな顔をする。
それにルルが説明をしてくれる。
「貴族や大きな隊商の背後にこそこそついてくるヤツらのことだよぉ。護衛をほとんど雇っていなくてぇ、金を惜しんでさぁ」
お兄様が眉根を寄せる。
「それだと危なくないか? 盗賊に襲われた時に、その者達は自衛することが出来ないのだろう?」
「だから他の旅行者に付かず離れずでついて来て、襲われた時は他の旅行者のところに逃げ込んでくるんだぁ。逃げ込まれたら助けざるを得ないでしょぉ? 場合によっては盗賊なんかを押し付けてきて、自分達はその隙に逃げるっていうこともあるらしいよぉ。それで寄生虫にたとえられてるんだけどねぇ」
「最低だな」
腕を組み、お兄様が不快そうな顔をした。
「休憩中に話しかけられたんですが、見た感じは気の良い商人という感じで、とてもそんなことをするようには見えなかったんです」
「そうなのか?」
「はい、知らなければ騙されていたかもしれません」
あの商人は見た目は穏やかそうな人物だった。
見た目もそうだが、少し話したくらいではその本性を見抜くのは難しいだろう。
何も知らなければ気の良い商人と一緒に旅をした、という感覚で終わってしまっていたかもしれない。
寄生されたと気付かない人も今までいただろう。
「お兄様は視察で出た時に、そういったことはありませんでしたか?」
お兄様が首を振る。
「いや、なかったな」
「さすがに王太子の隊に寄生しようってヤツはいないんじゃなぁい? 不敬罪もそうだけどぉ、最悪、何か良くないことをしようとしてるんじゃないかって疑われるかもしれないしぃ」
「そっか、近付いただけで警戒されちゃうよね」
ルルの言葉に納得する。
でも、そういう人達がいるのは問題だ。
「寄生されたと気付いた段階で無視すればいいんじゃないか? 旅の安全については自己責任だろう?」
「そうだけどぉ、ああいうヤツらってずる賢いんだよねぇ。たとえば寄生したい相手から微妙に見える位置にいて、休憩の時とかに話しかけてくるんだよぉ。場合によっては食事を共にしたりしてぇ、わざと関わりを作るんだ〜。そうすることで、いざという時、見捨てることに罪悪感を覚えさせて助けようって気持ちにさせるためにねぇ」
お兄様が「本当に最低だな……」と呟く。
わたしも同意で頷いた。
しかも、そういう寄生する人達は街にいる段階で寄生する相手を選び、計画を練ってついて来るのである。
たとえ途中で気付いたとしても、大体の人達は、罪悪感から見捨てることが出来なかったり、盗賊などを押し付けられて結果的に巻き込まれることになる。
今回、わたし達が何もなかったのは運が良かっただけなのかもしれない。
「そんな者達に絡まれて大変だったな。ドランザークまでの道で結構、まとわりつかれたんじゃないか?」
お兄様の問いにルルが首を振る。
「寄生されたけどぉ、少しだけだったよぉ」
「わたし達が『気付いてるぞ』って警告したからか、途中で前の街に引き返したみたいで、すぐにいなくなりました」
「……そうか、お前達に害がなくて何よりだ」
一瞬、何かを考えるような仕草をしたお兄様だったけれど、すぐに微笑んだ。
……何か気になることでもあったのかな?
首を傾げれば、お兄様が何でもないと首を振る。
ルルがわたしの頭を撫でた。
「しかし、そういう者達がいるのは問題だな。いくら護衛をきちんと雇っているとは言え、それは自分達の人数に応じたものであって、他の者を助ける余力まではないことも多い」
それにわたしも頷いた。
普通は旅の人数に応じた護衛しか手配しない。
だからいきなり人数が増えると、警備が手薄になったり、いざという時に敵に押し切られて負けてしまう。
「もしかしたらわたし達も助けを求められたり、盗賊などを押し付けられていたかもしれません。今回はそうならなかっただけで、また、いつ同じようなことが起こるかも分かりません」
「ああいうのを取り締まればいいんだけどねぇ」
「難しいんだよねぇ」とルルが溜め息まじりに言う。
街を出入りする際に門番が身元の確認などはするものの、基本的に魔法が使えるので自衛出来る者も多く、単純に人数や護衛の有無だけで判断することは出来ない。
たった一人で旅をしているがとても強いということもある。
何より自分の身は自分で守るもので、本来、寄生などという行為は想定されていないのだ。
それは自分や共に旅をしている者達も危険に晒す。
常識的に考えたらそんな行為は誰もしないはずだ。
だが、寄生する者達は常識など気にしないのだろう。
自分の安全にかかる費用を安く済ませようとするなんて、それだけ危険も大きいと理解出来ていないのか。
他者の安全に寄りかかる、まさしく寄生虫である。
けれども、門番達も街を出る一人一人に「護衛は足りていますか」なんて当たり前なことをわざわざ質問することはない。
何より、そういった行為をしても罰則がないのだ。
「事後報告でも良いから、次の街の兵に伝えて捕らえてもらうのはどうだ? 報告した側にもいくらか報奨金を出し、寄生していた側からは罰金を徴収すれば減らないか?」
お兄様の発案にルルが小さく肩を竦める。
「それだと報奨金目当てに『寄生された〜』って言いがかりをつけるヤツが出るかもしれないよぉ?」
「その時には護衛の数や力量を調べて問題がないかどうか判断すればいい」
「うーん……」
あまりルルは乗り気ではないようだ。
「もしそれを導入したとしてさぁ、街への出入りが面倒にならなぁい?」
「それは仕方がないだろう」
「商人とか早馬で文を送りたいヤツとかは時間を取られるのを嫌がると思うよぉ。旅行者もねぇ。反対派も多いでしょぉ」
それまで黙っていたお父様が口を開いた。
「報奨金目当て、または悪意を持って報告した場合、その報告をした側に罰金をかければいい。そして旅行者には護衛がいなくても問題ないことの証明書を発行するという手もある。発行料を取ることにはなるだろうが」
お兄様の表情が明るくなる。
「それは良い案ですね、父上。寄生行為も減り、税収も上がり、旅人達の安全に対する意識も向上するでしょう。各街に発行所を設けることは可能かと」
「あ〜、それなら証明書を見れば良いだけだから門でも時間はあんまりかからないかもねぇ」
それに思わずわたしも手を挙げて追加する。
「発行料の何割かはその街の税収にするのはどうですか? たとえば証明書を持っている人は街へ入る通行料が少し安くなるとか、そういう利点もあれば、より多くの人が使ってくれるかもしれません!」
ほんの少しの額であっても、チリも積もれば山となる。
商人も旅行者もいくつもの街を経由するなら、一回の支払いが少額でも、旅をする上で通行料はそれなりの額になってしまう。
証明書があれば安くなると知れ渡れば、商人達は喜んで証明書を発行してもらいに来るのではないだろうか。
最初にいくらかかかっても、その後の通行料を考えたら安いと考えてくれるかもしれない。
発行料の何割かはその街のものになったとしても、大勢が発行すれば、結果的に国の税収にもなり得る。
「証明書を作るなら、旅行者の名前を入れるのと、特別な印を捺すようにした方がいいよぉ。他人から奪ったり偽造したりってこともあるだろうしぃ」
「最初は広がるまで時間がかかるが、寄生されて困っている者もいるだろうし、今までその行為を知らなかった者達が知識を得ることで寄生行為をされた時に気付けるはずだ」
お兄様とルルとが珍しく頷き合っている。
今回の寄生の件でルルはかなりご立腹だったようだ。
お父様も交えて三人で証明書について話し始めた。
よく見ると、お父様の背後に控えていた侍従がいつの間にかメモ帳らしき小さな本を取り出して、話し合いの内容を記しているようだった。
……お父様は何も言っていないのに流石だなあ。
よくリニアお母様もメルティさんも、わたしが何も言わなくても、まるで心を読んだように欲しいものを用意してくれたり、準備を整えてくれたりする。
お兄様の侍従が空になったカップに紅茶を注いでくれる。
目が合うと静かに一礼して下がっていった。
横から伸びてきたルルの手がわたしのティーカップを持ち、流れるような動作でそれに口をつけた。
一口飲み、頷きながら返される。
ルルはその間もお父様やお兄様と話していた。
……ルルにとっては自然なことなんだ。
いつものことだけれど、改めて気付くと面白いな、と思う。
それからしばらく、わたしはお父様やお兄様の侍従達の動きを横目で追いつつ、三人の話を聞いていたのだった。
色々と準備があるためすぐに証明書を運用するのは難しいだろうが、それは、どんなことでも同じである。
大切なのは『始めること』だ。
何事も始めなければ結果は出ない。
寄生に関する問題も、鉱害同様に人々に広まってほしい。
わたし達と同じように嫌な思いをする人が減ればいい。
* * * * *
それから後の話。
王国内の鉱山全てに、王家から調査団が派遣された。
鉱山の労働状態や環境、鉱山周辺の街の様子、人々の健康に水質、食べ物、近隣の植物や動物に至るまで調査が行われた。
そのために調査期間は長かったが、結果、ドランザークと同様に、どの鉱山でも鉱害が起こっていたことが判明した。
即座にお父様は鉱害への対策を講じた。
まず、鉱害問題を公にした。
国王の名の下に公表されたそれに人々は驚いた。
特に鉱山周辺の街の人々は健康被害を受けていたため、鉱害は早急に何とかしなければならない課題となった。
しかし大規模な魔道具を設置するのは金銭的に難しく、また、それを鉱山周辺の全ての川に設置するのは現実的ではなかった。
そのためお父様は鉱山を管理している貴族達に国王として命令を下した。
鉱山周辺の川には最低でも二つ以上の貯水池を設け、鉱山周辺の街には井戸や川から汲んだ水を綺麗に出来るように魔法式をいくつも配置し、人々には魔法で清浄した水を使用させるように。鉱山内部では必ずマスクの着用を義務付ける。
それらにかかった費用分、税は免除する。
民の安心と安全を最優先させる。
貴族達はすぐに行動を起こした。
そもそも、鉱山を管理する側としても鉱害によって働き手が減ることに利点はない。
鉱害を防ぐことで人々の健康が保たれ、長生きすれば、鉱夫達はそれだけ長く働いてくれる。
人々にとっても管理する貴族にとっても悪い話ではない。
金をかけて安全面を強くすればするほどその年の税も下がり、鉱夫達は安全に働くことが出来るのだ。
国王から命令が下った一年後には、どの鉱山でも鉱害対策が取られることになる。
鉱夫達は鉱害について学び、自分達の労働環境について考えるようになり、それから様々な鉱害対策が講じられるようになっていく。
この問題は後の国王、アリスティード=ロア・ファイエットの代でも活発に議論されたという。
だが、最初に鉱害問題について言及した初代ファイエット王家の国王ベルナール=ロア・ファイエットも、その息子の二代目国王も、その功績を決して己のものとはしなかった。
そしてその理由はどの歴史書にも書かれていない。
それと共に国王ベルナール=ロア・ファイエットは旅行証明書なるものを王国に導入した。
証明書は各街で最も大きな教会に発行所を設けて、そこで発行される。
教会で専属の司祭と監査官がステータスを確認した上で、場合によっては模擬試験などを行い、本人の力量を確認する。
証明書の発行にはいくらかかかるが、これを持つ者がいれば街を出入りする際にかかる通行料が安くなる。
少人数の旅人や商人の護衛などの多くが証明書を欲しがった。
これを持つことで通行料が安くなるだけでなく、護衛対象からの信頼度も上がり、少人数の旅人は道中の問題が減ることになる。
これにより、寄生行為も人々に知れ渡った。
中には悪質すぎて捕縛される者もいたという。
旅行証明書はやがて、ファイエット王国だけでなく周辺国にも導入されるようになるのだが、それは数年先の話である。
* * * * *