軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

報告(1)

ドランザークから帰ってきた夜、わたし達は通信用魔道具でお父様とお兄様に連絡を取った。

最初に想定していたよりも早い連絡に二人は少し驚いた様子だったけれど、鉱山の問題について判明したかもしれないと伝えれば、すぐに予定を調整して翌日の午後に時間を作ってくれた。

とりあえず予定の調整だけしてもらい、その日は連絡を終えた。

そして翌日の午後、ルルに転移魔法でお兄様の宮へ飛んでもらった。

時間通りに行ったからか、いつも通り、お兄様の侍従が待っていて、別の応接室へ案内される。

そこにはお兄様が既に来ており、仕事を持ち込んで書類を読んでいた。

わたしとルルを見ると書類を片付けさせる。

「お帰り、リュシエンヌ、ルフェーヴル。視察は何事もなかったか? 」

立ち上がったお兄様に近付き、軽く抱擁を交わす。

ルルが小さく肩を竦めた。

「まぁね〜、特に問題はなかったよぉ」

「セクストン子爵も鉱山の管理官も親切にしてくれました」

「それなら良かった」

わたしが子爵夫妻と管理官について話すのを、お兄様は微笑みながら聞いてくれた。

「予定より早く帰ることになったんですが、夫人が沢山お土産を用意してくださったんです。それに『またいつでも来てください』っておっしゃってくれて」

「今回は視察だったが、次は観光で行けばいい。ルフェーヴルの転移魔法を使えばすぐだろう?」

「はい、ドランザークの件が落ち着いた頃にまた行けたらいいなと考えています」

お兄様に頭を撫でられる。

その時はわたし達もお土産を持って行こう。

今回も少し持って行ったけれど、それ以上にもらったお土産の方が多かったし、滞在中は本当にお世話になった。

お兄様の対面にあるソファーにルルと並んで腰掛ける。

お兄様もソファーへ座り直した。

それと同時に部屋の扉が叩かれ、お兄様が「どうぞ」と言えば、開かれた扉からお父様が入ってきた。

「お父様」

立ち上がり、こちらへ来たお父様とも軽い抱擁を交わした。

わたしとルルを見て、お父様が微笑んだ。

「二人とも元気そうで何よりだ」

魔道具でたまにやり取りしているけれど、直接顔を合わせるのは久しぶりだった。

国王陛下であるお父様は多忙だから。

報告のためとは言え、こうして会えたのは嬉しい。

お父様は斜め向かいにある一人がけのソファーへ座る。

お兄様の侍従がお茶を用意してくれた。

ルルがそれに手を伸ばして一口飲む。

「それで、さっそくですまないが、ドランザークについて報告してもらえるか?」

お父様の言葉にわたしは頷いた。

ルルが空間魔法から書類を取り出し、それぞれ、お父様とお兄様の侍従に渡し、二人の手へ書類が回る。

「まず、ドランザークの問題をお話する前に、鉱害について説明します」

「こうがい?」

「はい、文字通り鉱山よる害です。書類の一枚目を見てください」

お父様とお兄様が手元の書類へ視線を向ける。

「鉱山や周辺に降った雨は染み込み、地下を通り、川や井戸水になります。しかし、それらの水には目には見えないほど小さな鉱物や人体に有害なものが混じってしまうことがあります。しかも、宝石などが出た時には川で洗い、鉱山内部で採掘中に出た水も排水するため、そういったところからも川に鉱物などが流れ出てしまいます」

鉱山から出た、鉱物などが混じった水が川に流れる。

地下を通って井戸水になる。

そして人々は常にその水を使用する。

「鉱物などが混じった水を使用するのは危険です。飲んだり、料理に使えば当然、水に含まれたものを取り込んでしまいますし、そんな川で採れた魚も、川の水を使って育てられた作物にも害のあるものが含まれてしまいます」

「鉱山周辺の水は全て危険があるということか」

「そうです。場合によっては川の水を飲んで生きている鹿や猪などの動物も体に有害なものが蓄積されていて、それを食べた人間の体に更に害になるものが溜まっていくこともあります」

お父様の言葉に頷きながら補足すると、お兄様が難しい顔をした。

口にするもの全てに有害なものが混じっている。

それだけで問題があるのは分かるだろう。

「しかも鉱山内部で働く鉱夫達は採掘などで舞い上がった粉塵を吸い込んでしまいます」

「……その粉塵にも、もしや有害なものが混じっているのか?」

お兄様の問いに「はい」と頷いた。

「鉱山から流れ出た水を一度や二度飲んだくらいでは何ともないかもしれません。けれど、毎日口にし続けたら? ごく微量でも、毎日、何年、何十年と鉱物を摂取し続けたらどうなるか……」

「昔さぁ、鉛を使った暗殺もあったでしょぉ? 相手に何年もかけて鉛を飲ませて、病気に見せかけて殺すってやつ〜。それと一緒だよぉ」

わたしの説明にルルが前と同じように付け足してくれる。

お父様とお兄様も鉱山で採掘されるものは知っているだろうから、それらを少量ずつ、毎日摂取することがどれほど体に良くないかは簡単に想像がつくはずだ。

二人とも眉を顰めている。

「その鉱害がドランザークでも起こっているのか」

お父様の問いかけに頷いた。

「はい。特に鉱夫達は粉塵を吸い込むため、肺を患う者が多いそうです。でも、療養所ではあまり見かけませんでした」

「どうしてだ?」

お兄様の疑問に、わたしはすぐに返事が出来なかった。

「……鉱夫の寿命が短いからです。鉱山で粉塵を吸い、鉱物の混じった水や食べ物を摂取し続けた結果、病にかかって死んでしまうのです。療養所にいたのはほとんどが街の人でした」

お父様とお兄様が黙った。

「そこにドランザークの鉱害による症状が書いてあります。倦怠感や息切れ、顔色の悪さや眩暈などの貧血のような症状に、腹痛や下痢、体が冷える、嘔吐、酷いと失神することも。肺を患っている者は咳が酷く、呼吸がしづらいそうです。関節や体の痛みを訴える者も少なくありません」

「ドランザークからの調査要請に書かれていた症状だな」

「これらは長期間に渡って鉱物などの人体に有害なものを摂取し続けたことによって起こっています」

たとえ小指の爪以下の量だったとしても、そもそも人体にとって害のあるものを、毎日口にしていれば当たり前だが害が出る。

街の人々も鉱夫達も、きっと、わたし達が想像しているよりももっと多くの鉱物などを日々、摂取してしまっていたのかもしれない。

「だが、それならもっと早く、この症状が広がって調査要請が来るはずじゃないか? 何で今になって広がったんだ?」

お兄様が、わたしが抱いたのと同じ疑問を投げかけてくる。

「鉱夫の寿命が延びたからか」

お父様が何かに気付いた様子で呟く。

お兄様が「え?」とお父様を見た。

「先ほどリュシエンヌが話しただろう。鉱夫は短命だと。しかし、管理体制が変わったことで鉱夫の労働環境も変化し、鉱山で働く者達の肉体的な負担は減った。短命だった時は症状が出る前に亡くなっていたが、今は寿命が延びたため、長生きした分、症状が出る者も増加した」

「その通りです」

それにお兄様が目を伏せた。

寿命が延びたのに病で苦しむなんて。

お兄様が顔を上げる。

「鉱物などが原因なら、それらを体から取り除けば病を治せないか?」

「それは無理だよぉ。もし体から有害なものを取り除けたとしても、治癒魔法はあくまで少し前の状態に戻すだけだからぁ、機能が落ちたり傷付いたりしてから長時間経った内臓はどれだけ魔法をかけても意味がないんじゃないかなぁ。固定された元の状態がそもそも悪くなっちゃってるんだしぃ」

「……そうか、そうだな……」

お兄様がどこか悲しそうな顔をする。

治癒魔法で治せるのは外傷などであって、病に関しては薬で治すしか方法がない。

内臓の機能が傷付き、低下してしまっている人に治癒魔法をかければ一時的には良くなるが、病によって低下した機能は健康な状態まで回復はしないのだ。

……そうだ、ファイエット侯爵夫人は病死したんだ。

きっと、お父様もお兄様も治癒魔法をかけ続けただろう。

普通の病原菌の病も治癒魔法では治せない。

そもそも、病原菌自体を退治することが出来ないから、治癒魔法で傷付いた部分を一時的に修復しても、病原菌がいる限り、病気は治らない。

一時的に苦痛は取り除けるものの、それだけだ。

「そして、これはドランザークだけの話ではありません」

ハッとお兄様がこちらを見る。

お父様が同意するように頷いた。

「ああ、他の鉱山でも恐らく同じようなことが起こっているはずだ。ただ人々が気付いていないだけで」

「そうですね、父上のおっしゃる通り我が国には複数の鉱山があります。ドランザーク以外も鉱害に遭っている可能性は高いでしょう」

「早急に対策を考えなければならないな」

お父様とお兄様が頷き合う。

「それですが、とりあえず粉塵対策に口元を覆うマスクの着用を、水には必ず金属分離魔法と、出来れば濾過魔法もかけてから使うようにしてもらいました。沈殿槽も試しに作るそうです」

お父様とお兄様が首を傾げる。

「沈殿槽とは何だ?」

「鉱山周辺の川に池を設けるんです。金属などの鉱物は水より重いので、溜め池を作って、そこに川の水を流します。池で滞留した水はゆっくりと内容物が底に沈んで、綺麗な上澄みだけが流れていくんです。底に溜まったものは時々取り出す必要はありますが、常に魔法を使わなくても、いくつか池を作って何度も沈殿させればかなり綺麗になるかと」

「なるほど……」

お父様が考えるように顎に手を添える。

「本当は大きな貯水池を作って、そこから流す水全てに魔道具で分離魔法と濾過魔法をかけて浄化出来たら良いんですが、費用も人員もかなりかかってしまうので鉱山周辺の川全てにそれを設置するのは難しいでしょう。……わたしはこれくらいしか思いつかなかったけど、鉱害について多くの人が知れば、もっと良い案も出てくるかもしれません」

「ああ、鉱害についてはきちんと公表し、広く意見を募ろう。調査も鉱害を考慮して行わせる。他の問題も出てくるかもしれないが、徹底的に調べさせよう」

「お願いします。それと、鉱害によって既に症状が出て苦しんでいる人達の救済支援を行えませんか? 療養所を併設している教会、働く人がいなくなって困窮している家や人、症状が出始めた人など、お金も人手も足りていないと思うんです」

ふむ、とお父様が書類を見る。

政(まつりごと) に参加していないわたしには分からないが、この国の国庫だって無限ではない。

何でもかんでもお金を出せば良いわけじゃない。

お金で解決する問題でもない。

その辺りはお父様やお兄様に丸投げしてしまう形になってしまうけれど、少しでも鉱害で苦しむ人々のために支援があったらと思う。

「ごめんなさい、わたしはただ言うばっかりで……」

もう王女ではないわたしに出来ることはない。

いつも、お父様やお兄様に自分の意見を言うだけだ。

立ち上がったお父様がわたしの頭をそっと撫でた。

優しい手付きは降嫁する前と変わらなかった。

「いや、リュシエンヌの意見は役立っている。私達では気付けなかったことや考えつかなかったことも多い」

「そうだぞ。リュシエンヌが新たな視点を教えてくれるおかげで、国や民について、以前よりも深く考えて話し合うようになった」

お父様とお兄様の言葉が嬉しかった。

わたしを気遣ってくれる気持ちが感じられる。

離れて暮らしていても、お父様もお兄様もわたしの家族なのだと、心が温かくなる。

ルルがわたしの横で少し背中を逸らし、頭の後ろで両腕を組みながら背もたれに寄りかかった。

「それで義父上とアリスティードは忙しくなってるけどねぇ」

ルルのからかうような言葉にお父様とお兄様が苦笑する。

二人が多忙なのは、確かにわたしのせいもあるだろう。

「えっと、多分しばらくはそういうことはないと思うので……」

居心地が悪くてぼそぼそと言えば、ルルもお父様も、お兄様も揃って小さく吹き出した。

「リュシエンヌはそのままでいい」

お父様がもう一度わたしの頭を撫でた。

そうして、お父様はソファーに座り直した。

お兄様もお父様も書類を読み、時々、質問をされるので、それに答えてを繰り返す。

鉱害についてはもっときちんと調査が必要で、その調査次第で対策内容を考えるそうだけれど、何もしないということはないだろう。

鉱山周辺の街の人々が減るのは国としても困る。

労働力が減れば、その分、採掘量も減ってしまう。

それがどの鉱山でも起こっている可能性が高いとなれば、放っておくわけにはいかない。

「この書類はもらってもいいか?」

書類を示されて頷き返した。

「はい、どうぞ」

元より、そのつもりで作ったものだ。

「この書類を書き写して、ドランザーク以外の鉱山にも配布しなければ。……それぞれの鉱山にも調査団を送るべきか」

「調査員を増やし、調査団そのものも編成し直した方がいいでしょう。その調査員達にもこの書類を配布し、説明して、鉱害について知識を持たせておかないといけませんね」

「ああ、調査団に宮廷魔法士と災害派遣員も同行させた方がいいかもしれないな」

お父様とお兄様があれこれと話し合っている。

きっと、鉱害問題も良い方向に進むだろう。

冷めてしまった紅茶をゆっくりと飲む。

……美味しい。

ドランザークの紅茶も美味しく飲める日が来るといいなと思う。

またいつか行く時には、良い茶葉も持って行こう。