作品タイトル不明
またいつか
翌日、わたし達は昼過ぎにドランザークを立つことにした。
夫人は予定が早まったのを残念に思ったらしく、お土産を用意して持たせてくれたり、食事を豪華なものにしてくれたり、色々と気を遣わせてしまった。
昨夜のうちに殆ど帰る準備は済んでいて、わたし達は午前中を自室で過ごした後、最後に子爵夫妻と管理官と昼食を共にした。
昼食の席で三人から何度も感謝の言葉を受けた。
長年住んでいた彼らであっても、鉱害という存在には気付けなかったそうだ。
昼食後、部屋で少し休む。
「やぁっと帰れるねぇ」
ルルが小さく欠伸をこぼす。
「付き合わせちゃってごめんね、ルル」
「ん〜、それは別にいいよぉ。ただ、ココの匂いはあんまり好きじゃないんだよねぇ」
「そうなんだ」
宥めるようにルルの頬にキスをすれば、くすぐったそうにルルは目を細めた。
「……仕事に復帰したくないなぁ」
そんなことを珍しくルルが呟いた。
「仕事、嫌になっちゃった?」
「嫌じゃないけどぉ、リュシーから離れる時間が増えるって考えるとちょ〜っと面白くないかなぁ」
昨日とは逆に、座っているルルの後ろからわたしが抱き着く。
「でも、仕事、行くんでしょ?」
「うん、実入りもいいしねぇ」
「ルルの本職の服、カッコイイよね」
ルルがわたしを見上げてくる。
いつもよりルルの顔が若く見えた。
「なら、今度はあの服でしよっかぁ」
ニヤリと悪そうな笑みを浮かべるルルにドキリとする。
……わたし、いつになってもルルのかっこよさには慣れないかも。
頬に触れた手の、少し怪しい動きに顔が赤くなる。
わたしがルルのかっこよさに慣れる日は来ないだろう。
知れば知るほど、ルルの良さを見つけられるから。
唇があと少しで重なるというところでルルがピタリと動きを止め、そのすぐ後に部屋の扉が叩かれた。
不満そうな顔をしたルルに触れるだけのキスをする。
「どうぞ」
声をかければ入ってきたのは騎士の一人だった。
出立の用意が整ったとのことで、ルルがソファーから立ち上がってわたしに手を差し伸べた。
「行こうか〜」
「うん」
その手にわたしは自分の手を重ねた。
ソファーから立ち上がる。
わたし達が持つ荷物はない。
帰るために動きやすい旅用のドレスにも着替えていたので、普段よりも足取りは軽やかだろう。
領主の館の玄関を出ると、セクストン子爵夫妻と管理官が見送りのために出てきてくれていた。
「数日の間、お世話になりました。ここでのことは、とても勉強になり、ドランザークに来る機会があって良かったです」
わたしの横でルルが同意するように頷いた。
それに子爵夫妻と管理官が微笑んだ。
「いいえ、こちらこそニコルソン子爵夫妻に来ていただけて本当に助かりました。鉱害という問題も分かったことで今後苦しむ人々を減らせるでしょう。鉱山の扱いや水の使用方法についても今一度、皆で話し合ってみようと思います」
「鉱夫達の労働環境に関しても、更なる改善を目指す予定です。少しでも鉱夫達が健康でいられるように」
子爵と管理官の言葉に頷いた。
「わたし達も急いで帰り、お父様とお兄様に鉱山や街の状況をお伝えします。これ以上、鉱害で苦しむ人が出ないためにも、今苦しむ人々のためにも、出来ることはきっと多いはずです」
近付いてきた夫人がそっとわたしの手を握った。
「また、いつでもいらしてくださいね。お二人は私達の、いえ、街の者全員の恩人なのですから」
「恩人だなんて……。それに、鉱害だけが問題とは限りませんから、他にも問題がないか調査団が来た時にきちんと調べてもらってください」
夫人が頷き、ギュッと一度軽くわたしの手を握った後にゆっくりと手を離した。
ルルを見上げれば、小さく息を吐いて頷き返された。
「また来ます」
そう言えば夫人が嬉しそうに微笑んだ。
最後にもう一度、三人に挨拶をしてから、ルルの手を借りて馬車に乗り込む。
ルルも乗り、扉が閉められ、ややあって馬車が小さく揺れてゆっくりと走り出す。
窓に寄って子爵夫妻と管理官に手を振れば、三人も振り返してくれて、馬車はあまり速度を出さずに領主の館を出た。
街は来た時と変わらずそれなりに賑わっている。
……この人達が苦しむのは、ちょっと嫌だなあ。
また次に来た時にも賑やかな街を見たい。
だから、そのためにも鉱害問題は何とかしなければ。
馬車は門を抜けて、街の外へと進んでいく。
外に出るとすぐに森が広がっていて、静かな空気に少しだけ街の賑やかさが恋しくなるような気がした。
「良い人達だったね」
セクストン子爵夫妻も管理官も、他の人達も。
みんなが頑張っている街だった。
ルルに抱き寄せられる。
「 義父上(ちちうえ) が何であそこをリュシーの嫁入り道具にしたのか納得したよぉ」
「どういうこと?」
「イイ人達ばっかりでリュシーにぴったりってこと〜。きっと義父上はリュシーのものにするなら、住んでる人間も採掘量も良いところを選んで渡してくれたんだねぇ」
前髪にキスされつつ、目を瞬かせてしまう。
……そっか、お父様はそういうところも考えて選んでくれたのかな。そうだったら、凄く嬉しい。
いつでも来てくださいと言われて嬉しかった。
これまで放っておいたことで責められても仕方がないと思っていたが、セクストン子爵夫妻も管理官もわたし達を温かく迎え入れてくれたし、出来る限り不自由がないように色々と手配してくれた。
たった数日だったけれど、とても居心地が良くて、鉱害問題がなければもっとのんびりしたいと感じる場所であった。
「ココまで転移出来るからさぁ、いつだって来られるよぉ」
わたしの心を読んだようにルルが言う。
「その時も一緒に来てくれる?」
「もちろん」
ルルはしっかりと頷いてくれた。
馬車は森の中をしばらく進み、ドランザークの街が木々の向こうに完全に見えなくなったところで街道の脇に逸れた。
止まった馬車の中で待っていると護衛の騎士が近付いてくる。
ルルが馬車の扉を開けて、騎士の報告を聞く。
「近くに人の気配はありません」
「じゃあココで転移魔法使っちゃおっかぁ」
ルルがわたしに馬車の中で待っているように言う。
それに頷けば、褒めるようにわたしの頭を撫でて、ルルは馬車を降りた。扉が閉められる。
窓に寄って外を見れば、馬車の傍に立ったルルがヴィエラさんや護衛達にあれこれと指示を出している。
荷物を乗せた馬車や馬を出来るだけわたしの乗る馬車の周りに集めているようだ。
馬車や馬を集めた後に護衛とヴィエラさん達も馬車に近付いてきて、ルルが辺りを見回した。
「全員いる〜?」
ルルが少し声を張った。
全員が顔を見合わせ、互いに欠けがないことを確認し、頷く。
それを見たルルが詠唱を始め、地面に転移の魔法式が浮かび上がる。
……魔法って何度見ても綺麗だよね。
窓にくっつくように魔法式を眺める。
魔法式が光り、ふわっと微かな浮遊感があった。
思わず閉じていた目を開ければ、見慣れた私達のお屋敷があり、庭先に転移したようだった。
ルルが空間魔法から瓶を取り出して中身を飲んでいる。
多分、魔力回復薬だろう。
大勢を長距離移動させたからか、二本飲んでいた。
振り向いたルルが馬車の扉を開ける。
「着いたよぉ」
差し出された手を借りて馬車を降りる。
お屋敷の方から、見慣れた人影が近づいて来た。
執事のクウェンサーさんとリニアさんだ。
「奥様、旦那様、おかえりなさいませ」
クウェンサーさんにルルが訊き返す。
「屋敷の方は何かあった〜?」
「いいえ、何もございませんでした」
「そぉ、ならいいけどぉ。荷物片付けといて〜」
「かしこまりました」
その横でわたしもリニアさんに寄る。
両手を広げたリニアさんにそっと抱き着いた。
「ただいま、リニアお母様」
小さく呟いたわたしにリニアさんが微笑んだ。
「おかえりなさいませ、リュシエンヌ様。ドランザークはいかがでしたか?」
「色々と問題があって、でも、行って良かった」
「そうでしたか。帰りは魔法と言ってもお疲れでしょう? メルティがお茶の用意をしておりますので、お話は中でいたしましょう」
優しく抱き締め返してくれたリニアお母様に頷き返し、クウェンサーさんと話し終えたルルが振り向いたので、リニアお母様から体を離す。
ルルがわたしの腰を抱いて、二人で屋敷へ向かう。
後ろをリニアお母様が静かについて来た。
屋敷の玄関に来ると扉が自然と開き、中から「おかえりなさいませ」と複数の声が聞こえてくる。
玄関ホールに使用人達が並んで出迎えてくれたのだった。
「ただいま戻りました」と返事をするわたしの横で、ルルが面倒臭そうに軽く手を振る。使用人達は一礼すると下がっていった。
ルルは大勢に出迎えられるのはあまり好きではないらしい。
二人で三階に行き、まず寝室へ。
リニアさんの手伝いでドレスを着替える。
ルルも貴族らしい服から簡素な格好に着替えた。
すぐに転移魔法を使ったし、別に汚れていないのでお風呂は夜に入れば良い。
着替えてから居間へ移動すると、中にいたメルティさんが振り返った。
「おかえりなさいませ」
柔らかく微笑むメルティさんに、ああ、家に帰ってきたんだなと実感が湧いてくる。
ルルとソファーに並んで座り、メルティさんの淹れてくれた紅茶を受け取って飲む。
飲み慣れた味の紅茶にホッとした。
ドランザークではルルが空間魔法に入れていた水を飲んだり、ジュースを飲んだりしていたが、やっぱり飲み慣れた紅茶が一番安心する。
「リュシエンヌ様、ドランザークはどうでしたか?」
メルティさんの問いにわたしは「そうだなあ……」という言葉から始まり、ドランザークでのことをメルティさんとリニアお母様に説明した。
療養所も見たことを話したら、二人に「大丈夫ですか?」「おつらかったでしょう」と心配されたけれど、わたしは見て良かったと思う。
わたしの所有になっている鉱山で何が起こっているか知らないなんて、所有者としては問題だ。
それにセクストン子爵夫妻も管理官も良い人達だった。
「鉱山のことも全然知らなくて、凄く勉強になったし、また行きたいなって思ったよ」
「行こうと思えば転移魔法でいつでも行けるしねぇ」
わたしとルルの言葉に二人には穏やかに微笑んだ。
「夜になったらお父様とお兄様にも連絡しないと」
昼間は二人とも忙しいし、通信用の魔道具は常に持ち歩いているわけではないし、もし持ち歩いていたとしても人目につくので使うことは出来ないだろう。
だから、連絡を取り合うのはいつも夜だ。
「……お父様に会えるかな」
国王陛下であるお父様は、お兄様よりも多忙で、なかなか予定が合わなくて直接会う機会がない。
たまには家族四人でまた集まりたい。
……王女のわたしが抜けた公務の皺寄せも、きっとお父様とお兄様にいってしまってるんだよね。
そう思うとわたしの我が儘で「会いたい」とは言いづらい。
ルルに抱き寄せられる。
「今回は会えると思うよぉ。ドランザークの件は他の鉱山でも多分似たようなことは起きてるだろうしぃ、そうなればアリスティードより 義父上(ちちうえ) が手を入れた方が話も進むだろうしぃ?」
「そうだね、お父様が鉱害問題に取り組むって言えば、他の貴族も従わざるを得ないよね」
お腹に回っているルルの手に、自分のそれを重ねる。
本当は今すぐにでもお父様とお兄様のところへ行って、ドランザークの現状について説明し、鉱害問題への対策に動いてもらいたい。
だけど、わたしはもう降嫁した身だし、結婚と同時に表舞台からは去ると決まっている。
王女としてのわたしは目立ってはいけない。
それにわたし自身ももう王女として目立ちたくない。
「リュシー、夜まで少し休みなよぉ」
頭を抱き寄せられて、ルルの肩にもたれかかる。
「昨日は夜遅くまで報告書を作ってたし、慣れないところに行って疲れたでしょぉ? 鉱害について考えるのは報告してからにしよ〜」
よしよしと頭を撫でられて体から力が抜ける。
色々と考え続けていたし、初めて行く場所だったし、確かに言われてみれば結構疲れている。
メルティさんがチョコレートの載ったお皿をルルに渡し、ルルが先に一つ食べてから、チョコレートを食べさせてくれた。
甘くて、少し苦くて、香ばしい。
味わって食べているとルルもまた自分の口にポイと投げ入れるようにチョコレートを食べている。
「やっぱり自分の家は落ち着くねぇ」
「うん」
お互いに寄りかかりながらチョコレートを食べる。
だらけるわたしとルルにリニアお母様とメルティさんは、ただ静かに微笑んでいた。