軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

対応 / 我が儘

翌日、改めて子爵夫妻と管理官と話をすることになった。

そこには鉱夫達のまとめ役をしている者達も呼ばれ、わたしはもう一度、この街の水に含まれる金属とその有害性について説明した。

この街の水には鉱山から出た鉱物が含まれていること。

特に鉱山排水を流している川やその周辺の井戸の水は鉱物によって汚染されており、それを飲むことで微量の金属を常に摂取してしまっているということ。

その水を使った作物や川魚、水を飲みにくる動物なども金属を含んでおり、それらを食べることでも同様に摂取してしまうこと。

鉱山で働いている鉱夫は金属を含んだ粉塵を吸ってしまっていること。

金属は長期間摂取すると中毒を起こし、体に害があること。

「人間は一日で多量の水を飲み、食べ物を口にします。それらから金属を長期間に渡って摂取することで、内臓や脳など体のあらゆるところに害が出て、その結果、現在街の人々の間で出始めている病に繋がっているのだと推測します」

説明を終えると鉱夫のまとめ役の一人が訊き返してきた。

「あの病気は水のせいってことか? だけどよ、水を飲まないんじゃあ生きていけねえよ」

「それについては川に流れる水は極力使わないこと、井戸などの水を使う前に金属を分離する魔法をかけるなどの対策をとっていただくことになります」

それに子爵と管理官が頷いた。

「分離魔法の魔法式を街の至る場所に設置する予定だ。それに、場合によっては専用の魔道具開発も考えている」

「鉱山で作業を行う鉱夫達用のマスク製作も行う予定です」

「マスク?」

「口当て用の布です。紐で耳にかける形で、出来れば、金属を弾くためにそちらにも分離魔法を付与したら良いのではという話が出ています」

「なるほど」とまとめ役達が頷いている。

彼らも何故自分達の体調が悪くなるのか知っていれば、今後対処の方法も更に見つかるだろうし、本人達も注意して作業が行える。

最初は半信半疑だったけれど、水から実際に分離魔法で金属を取り出すととても驚いていた。

見た感じは本当に僅かな量だけれど、毎日それを飲み食いしていると分かれば考えるだろう。

分離魔法を街の人々に広めることに反対する者もいた。

この魔法が外に漏れて広まれば、勝手に採掘をして金属を盗むことも出来てしまうから。

でも、それよりも人の命の方が大事だ。

何より、周辺の鉱山はきちんと警備が配置されているので勝手に採掘をして盗むのは難しいということだった。

鉱害とその影響、対応について、街の人々に知らせることは誰も反対しなかった。

「それから、今現在、鉱害により体調を崩してしまっておられる方々には国より賠償金が出せないか、国王陛下に上奏いたします。通るかどうかはお約束は出来ませんが……」

鉱害の件は国の責任でもある。

この鉱山は国の、王家の所有物でもあるため、その責任は国にも、もっと言えばわたしにもあるだろう。

そして他の鉱山でも対処していないのであれば、同じようなことが起こっているはずだ。

お父様やお兄様に早くこれを伝えて対策を練らなければ。

「だが水全部に分離魔法はかけられないんだろう?」

「そうだな、そうするとその鉱害ってのを止めるのは無理なんじゃないか?」

「鉱山から出た水だけを何とかすればいいってわけじゃないだろうしなあ」

思わず全員で考え込む。

鉱山から出た水に魔法をかけ続けるのは現実的ではない。

そうなると、魔法を使わずに金属を取り除く必要がある。

……金属の混じった水……。……水?

「ねえ、ルル、金属って水より重いよね?」

それまで黙っていたルルが頷いた。

「ええ、重いですよ」

「池みたいに貯めておいたら、金属、沈むかな?」

ルルが愉快そうに目を細めて微笑を浮かべた。

「恐らく沈むと思います」

わたしの言いたいことが分かったようだ。

話し合っているみんなへ声をかける。

「あの、川に貯水池を作るのはどうでしょう?」

全員がこちらを見た。

「貯水池?」

「金属は水より重いんですよね? それなら、池を作って、そこにあえて水を貯めるんです。重い金属は底に沈み、上澄みだけが川に流れていくようにしたら魔法を使わずに済みませんか? その、定期的に底に溜まったものを取り除く必要はありますけど」

それぞれが隣の者と顔を見合わせる。

「沈殿槽か」

一人が口を開くと、他の人達も頷いた。

「そういえば、魔法で分離する前はそうして金属を取り出してたって話をどっかで聞いたことあるな」

「それなら出来るんじゃないか? 沈殿物を取り出す時は魔法で取り出せばいいだろうし、池を作るのも土魔法で掘ればすぐに出来るぞ」

「水質がそれで良くならないようであれば、その時は大型の魔道具を製作して水を通して綺麗にするしかないか」

どうやら悪くない案だったようだ。

「水を通して綺麗にする魔道具でしたら、濾過魔法も併用すると良いかもしれませんね」

余っている紙に濾過魔法の魔法式を描いて渡す。

それを全員が覗き込んだ。

濾過魔法の仕組みについて説明すると、分離魔法との併用に良さそうだという話になった。

「この濾過魔法を使ってもよろしいのでしょうか?」

子爵の問いに「はい、もちろんです」と答えた。

元より災害などで濁った水を綺麗にして、飲めるようにするために開発したものだ。分離魔法と共に使えば、より綺麗な水を手に入れることが出来る。

初めて見る魔法式に興味があるのかまとめ役達が紙を見て、あれこれと話し合っている。

だが、誰もが鉱害について否定はしなかった。

きっと、鉱山が原因かもしれないと心のどこかに思う気持ちがあったのだろう。

「街に分離魔法を設置するのは明日からでも始めよう。式さえあれば誰でも使うことが出来る。同時に人々へ分離魔法で水を綺麗にしてから使うように広めなければ」

「話を広めるのは俺達の仕事だな」

まとめ役達が心得たように頷いた。

人々も水に鉱物が含まれていることを知り、それが原因で体調を崩すことが分かれば、綺麗な水を使うようになるだろう。

横にいるルルにこっそり訊く。

「帰りは転移魔法だよね?」

「うん、そうだよぉ」

「早く帰ってお父様とお兄様に話さないとね」

一人でも多くの人が鉱害に苦しむ前に何とかしたい。

そして、今苦しんでいる人達にも支援が必要だ。

支援は金銭的にも、人員的にも、そして精神的にも。

支援については教会と連携した方がいいだろう。

* * * * *

お父様とお兄様に鉱害の件を伝えるためにも、予定を早めて帰ることにした。

明日の昼過ぎ頃にドランザークを立つ。

街道を進み、ドランザークからある程度離れたら、ルルの転移魔法で全員を一気に王都近郊まで移動させる予定だ。

元々、帰りは転移魔法を使うつもりだった。

お父様とお兄様に渡す書類をまとめているとルルが後ろから抱き着いてくる。

甘えてくると言うより、わたしを労わるような手つきだ。

そっと優しく頭を撫でられた。

顔を上げれば唇に柔らかな感触が触れる。

「リュシー、無理すると体に良くないよぉ」

持っていたペンが手からするりと抜き取られて、ペン立てに戻される。濡れた布で手を拭かれると布が少し汚れた。

「ありがとう、でも、あとちょっとだから」

「じゃあ明日起きてからでもいいでしょ〜?」

ひょいと抱え上げられて移動する。

ベッドの縁に座り、ルルが室内履きを脱がしてくれた。

そうしてわたしに覆い被さるようにルルもベッドへ上がってくると、横になるように促された。

ルルは靴を履いたまま、足先をベッドの外に出して寝転がった。

横向きになったルルが薄いシーツをわたしへかけてくれる。

「もうすぐ日が変わるんだしぃ、もう寝ようよぉ」

シーツをかけてくれた手が、わたしの頬にくっついた髪を指先で耳へかける。

そのまま、手は背中に回って抱き寄せられた。

それでもギュッと抱き締めないのは、上着を着ていなくてナイフを収めたホルスターが出ているからだろう。

ホルスターがわたしに当たらないように気を付けてくれているようだ。

でも、わたしの方からルルに抱き着いた。

やっぱり少しホルスターが当たるけど、それよりも、ルルにくっついていたかった。

「リュシー、昨日から落ち込んでるねぇ」

その言葉に顔を上げる。

「気付いてたの?」

「これでもリュシーのことはよく見てるからね〜」

後頭部をルルの手が撫でる感触があった。

その感触が心地良くて目を閉じる。

「……療養所、覚悟したはずなのに、ちょっと怖かったの」

重傷者がいて、その人達のことも聞いていたのに。

自分で見ると決めたのに。

いざ、彼らを見たら怖いと思った。

でも自分でも何が怖いのか分からなかった。

ルルの手が優しく頭を撫で続ける。

「これから死ぬ人を見るって、すごく、つらいんだね……」

目を閉じれば思い出せる。

ベッドに横たわる人々のゆっくりとした呼吸の動き。

力なく放り出された手足、弱々しく咳き込む音。

罪人ならば自業自得だと思う。

だけど、彼らは何も悪くない。

それなのに苦しんでいる。死んでしまう。

「リュシーが背負う必要はないよ」

囁くようにルルが言う。

「それでも重みを感じてつらいなら、オレに寄りかかって。どんなに重くてもオレは受け止められるから」

閉じた目から涙がこぼれる。

療養所で感じた恐怖や不安が何なのかわたし自身も分からないのに、ルルは自分に寄りかかってしまえと言う。

……もっと早く気付けたら。

鉱山を与えられた時に見にくれば良かった。

もっと関心を持っていたら、もしかしたら鉱害問題も早く気付いて、苦しむ人を減らすことが出来たかもしれない。

こう感じることすら思い上がりなのだろう。

それでも、もしかしたらと考えずにはいられない。

「でもね、リュシーが鉱夫達のことで責任を感じることなんて何にもないよ。鉱害なんて誰も気付かなかったし、気付けなかった」

ルルの声だけが聞こえる。

「だけどリュシーが見つけた。これから苦しむ人間をリュシーの発見のおかげで減らせるし、今苦しんでる人間もこれ以上苦しまなくて済む」

わたしの頭を抱き込みながらルルが囁く。

「鉱夫達だって自分の命の短さは理解してたよ」

だからわたしのせいじゃないとルルは言う。

わたしに都合の良い言葉ばっかりだ。

……ああ、そっか。

不意に分かってしまった。

……ルルにとって、人の命に重みなんてないんだ。

暗殺者という職業柄、多くの人を殺してきたのだろう。

お師匠様のところで聞いたルルの過去。

ルルは初めて人を殺した時も、何も感じなかった。

もしかしたら自分の命すらどうでもいいのかもしれない。

そう思うと途端に怖くなった。

「ルルは死なないよね?」

ルルの手が背中を優しく撫でる。

「死なないよ。リュシーが生きてる限り、オレも生きるって決めたから。何があってもリュシーのところに帰ってくる」

顔を上げれば、唇が重なった。

慰めるように何度も唇が触れ合う。

「リュシー、愛してる」

ルルが柔らかな声で囁く。

「オレの命はリュシーのものだよ」

そして、わたしの命はルルのもの。

後宮で出会ってからずっとそうだった。

「リュシーが背負う命はオレだけでいい」

それは冷たくて、優しく、甘い誘惑だった。

……ルルはずるいなあ。

「だから他の重みなんて背負わないでよ」

ルルにそう言われたら断れない。

小さく頷いたわたしに、ルルは満足そうに笑った。

あまりに自分勝手で、でも、優しい言葉だった。

「わたしも、ルルを愛してるの」

だから、せめてわたしの命だけは背負ってほしい。

それもきっと、とても酷い我が儘なのだろう。