軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

甘やかな時間

その後、管理官と少し話をして午後の見学は終了した。

明日は街を見る予定だ。

夕食の席で子爵夫妻に「街を見てもいいですか?」と訊くと、少し不思議そうな顔をした。

「もちろん構いませんが……」

「ここは鉱山が主体の街ですから、他に観光出来るような場所はございませんわ。見て回っても面白いかどうか……」

それにわたしは微笑んだ。

「街の人々の様子や、どんな場所でどんな風に生活しているかを見たいのです。もしかしたらその中に、体調不良を引き起こす原因があるかもしれませんので」

そもそも、ここに来たのはそれが理由だ。

そのことは子爵夫妻も管理官も知っている。

わたしの言葉に納得したようで、それ以上は何も言われなかった。

和やかに夕食を終え、ルルと部屋に戻る。

わたしをソファーへ座らせると横に腰掛けた。

「少し休む? それとも入浴してくる?」

抱き寄せられてルルに寄りかかる。

一緒にいて、過ごしていても、さすがに人目のあるところで普段のようにべったりはしていられない。

「少しだけこうしていてもいい?」

「うん、オレもリュシーと過ごしたい」

ギュッと抱き締められ、わたしからも抱き着いた。

「鉱山の見学、面白かったね」

「そうだねぇ」

「なんとなく『こういう感じかな?』って思ってたけど、想像と違ってずっと労働環境が良くて安心した」

確かに砕いた岩などを運んだりするのは重労働だろうけれど、元の世界みたいに手作業で掘ることはないし、金属の分離も魔法で行うというのは興味深かった。

わたしの言葉にルルがふふ、と小さく笑う。

「もっと悪いと思ってた〜?」

それに首を傾げる。

「うーん、悪いって言うか、もっと重労働で筋肉ムキムキの男の人ばっかりが働いてるのかなって思ってたから、女の人も沢山働いてたことにビックリしたの」

「あ〜、そういうことかぁ」

人手不足だからというのもあるかもしれないが、そうだとしても女性の割合がかなり多くて、そしてその女性達が意外にも生き生きと働いていたことに驚いた。

女性とか男性とか、性別に関係なく仕事に就けるのが凄くいいなと思う。

「肉体労働でも魔法で身体強化すれば女でも十分働けるからねぇ。魔力が多ければ、むしろ下手な男よりいい働き手になるだろうしぃ」

「そっか、魔法で補助出来るんだよね」

そういう点では魔力のないわたしはこの世界できっと一番弱い人間なのだろう。

ルルがわたしに護衛を沢山つけたがるのも当然だ。

魔法が使えないし、怪我をしたら治癒魔法も効かないから、とにかく怪我をしないように、危険が及ばないように気を配ってくれている。

前世の記憶のあるわたしにとっては違和感も不便さもないけれど、ルルには常に心配をかけてしまうのかもしれない。

魔法という話題で昼間の話を思い出した。

「そういえば、魔封じの施された檻があるって昼間言ってたよね? お城にそんなのあった?」

ルルが首を振る。

「王城にはなかったよぉ。闇ギルドにはあるけどね〜」

「そっちにはあるんだ?」

「殺すには惜しいけどぉ、自由にさせておくのは危険なヤツは結構いるからぁ、そういうのを入れるのには便利らしいよぉ」

……それってかなり残酷だよね。

魔封じの檻だから当然魔法は使えない。

狭くて魔法の使えない空間に長期間閉じ込める。

それだけでも相当なストレスだろうに、更に魔力が体内で飽和することで体調も崩していく。

「ルルは見たことあるの?」

「見たことはないなぁ。……気になる〜?」

訊き返されて頷いた。

「うん、ちょっとだけ。魔封じの魔法式は見たことないから。王城の書庫にも魔封じに関する本ってなかった気がして」

「魔封じは基本的に教会の司祭が施すものだからねぇ。魔封じの魔道具は大体、教会から購入するんだよぉ」

それは初耳だった。

「そうなの? 他の人が使っちゃダメなのかな?」

「魔力は女神サマから与えられたものだからぁ、それを封じるのは女神サマに仕える司祭にしか許されない〜みたいな感じなんだよねぇ。まぁ、悪用しやすいしぃ、誰もが使えたら危険でしょぉ?」

「そっか、そうだね」

わたしには何の効果もない魔法だけど、他の人にとっては危険な魔法なのだ。

罪人に使われる魔封じの魔道具は外から見えない場所に魔法式を刻んであるらしい。魔法式が分からなければ解除され難いし、魔法式が広がる心配も少ない。

「あれ、でもそれだと闇ギルドは教会に魔封じの檻を作ってもらうように依頼したの? 教会は断わりそうだけど」

ルルが「教会には頼んでないらしいよぉ」と言う。

「闇ギルドっていろ〜んな職業の人間がいるからねぇ」

明言はしなかったが、それは答えだった。

多分、元司祭だった人とか、もしかしたら現役の司祭にツテがあるとか、とにかく正規の方法で手に入れたものではないのだろう。

ルルがひょいと立ち上がる。

「リュシー、お風呂一緒に入ってもいーぃ?」

「うん、いいよ」

差し出された手に自分の手を重ね、引っ張り上げられるように立ち上がった。

ルルは相変わらず濡れることがあまり好きではないみたいだが、一緒にお風呂に入るのは比較的好きらしい。

ヴィエラさんがルルにわたしの着替えなどを渡し、ルルがそれを空間魔法に放り込み、一緒に部屋を出る。

浴室は少し離れているのだ。

わたしがルルと一緒に浴室に行くと、控えていたメイド達は一礼して静かに出ていった。

ヴィエラさんも「外で待機しております」と一言残して出ていき、浴室に繋がる部屋にわたしとルルだけが残される。

ルルの手を借りてドレスや下着を脱ぎ、タオルを巻いている間にルルもこちらに背を向けた状態で服を脱いでいた。

どうやらルルは貴族の装いが苦手らしく、腰にタオルを巻きながら小さく息を吐くと振り返った。

サッとルルの視線がわたしの体を確認する。

怪我がないかの確認だろう。

「跡、薄くなっちゃったねぇ」

伸ばされたルルの手がわたしの鎖骨辺りに触れる。

それに、ドキリとした。

「またちゃんとつけ直さないとなぁ」

なんて言うルルに手を引かれて浴室へ入る。

広い浴室には大きな浴槽が設置されており、体を洗う場所も広いため、二人で入っても十分な余裕がある。

椅子に座り、ルルが石鹸を横で泡立てる。

そうして、もこもこの泡で体を洗われる。

……すっごく泡立てるけど、別にそれを楽しんでる感じはないんだよね。

しかもわたしの体を洗ってる時もそういう雰囲気はない。

丁寧に、肌を傷付けないように優しい手付きだ。

体と顔を洗うと浴槽に入るよう促される。

縁に頭を置けば、ルルが顔にかからないように髪へお湯をかけて解していく。

体を洗う時と同じくらい丁寧に髪も洗ってくれるのだ。

そして、わたしの髪を洗い終えるとルルは自分の体や髪を手早く洗う。雑と言うほどではないものの、わたしにするような丁寧さはない。

ルルも浴槽に入り、わたしを抱き寄せる。

広い浴槽の中で、二人で体をくっつけてお湯に浸かる。

「……広い温泉、入りたかったなあ」

後ろからルルがわたしの肩に顎を乗せた。

「他のヤツにリュシーの体を見せるの?」

「えっと、多分、男性と女性で分かれてると思うけど……」

ギュッとお腹に回された腕に力がこもる。

はあ、とルルの吐いた息が肌にかかった。

そのまま、ルルの唇がうなじに触れる感触があった。

……ルルの独占欲が嬉しい。

「わたしが触れてほしいのはルルだけだよ」

瞬間、がぷりと首に噛みつかれた。

少し痛いくらいだけれど、同時にルルとの行為に慣れて、この先を知っているからドキドキと鼓動が早くなる。

それを怖いとは思わなかった。

* * * * *

「仲がよろしいのは良いことですが、お二方とも、場所を考えてください」

呆れまじりに兄弟弟子に言われ、ルフェーヴルは珍しく少しだけ反省した。

素直な妻がかわいくて、つい、浴室で長時間過ごしてしまい、その結果リュシエンヌがのぼせてしまったのだ。

さすがのルフェーヴルも悪いことをした自覚はある。

途中でリュシエンヌが「部屋に戻ってから……」と言ったのだけれど、部屋に戻る時間が惜しかったし、乱れたリュシエンヌを誰にも見せたくなかったのもあった。

そのせいで、のぼせたリュシエンヌに慌てて兄弟弟子を呼ぶことになり、浴室から部屋までリュシエンヌを抱えて運ぶことになった。

ベッドで横になっているリュシエンヌの肌は熱がこもっているからか色っぽく見える。

ベッドの縁に座り、リュシエンヌの頬に触れる。

「ごめんねぇ、リュシー。気持ち悪くなぁい?」

触れた頬は少し熱かった。

魔法でほどよく風を吹かせるとリュシエンヌが心地良さそうに目を細めた。

「大丈夫」

先ほど水分を多めに摂ったものの、熱がこもっているからか、リュシエンヌの額にはじんわり汗がにじんでいた。

それを布で拭いつつ、身を屈めて額に口付けた。

謝罪の意味を込めたそれにリュシエンヌが微笑む。

「奥様、お医者様をお呼びしましょうか?」

兄弟弟子の言葉にリュシエンヌが小さく首を振る。

「ううん、平気。……それに、その、ちょっと恥ずかしいから呼ばなくていい、かな」

「かしこまりました。もし具合は悪くなるようでしたら、その時はお医者様をお呼びいたします」

「うん」

ルフェーヴルが手を振ると兄弟弟子は一礼し、部屋を出る。

のぼせたせいもあるだろうが、色付いた肌でけだるそうにするリュシエンヌの姿をいつまでも他の人間に見せたくなかった。

しかも薄着で何もかけていないから、綺麗な足や自分がつけた情事の跡が惜しげもなく晒されている。

将来、美人になるだろうとは分かっていたが。

……オレの奥さん、かわいいなぁ。

そのかわいいリュシエンヌの体調を崩させてしまったと思うと、ルフェーヴルにも罪悪感というものが生まれる。

リュシエンヌはルフェーヴルと違って体力もない。

リュシエンヌの琥珀の瞳がルフェーヴルを見る。

「ルル」

名前を呼ばれてルフェーヴルは応えた。

「なぁに、リュシー?」

罪悪感を覚えているはずなのに、少し潤んだ瞳を見ると『食べたい』と思ってしまう。

その肌に触れて、口付けて、噛みついて、乱して。

リュシエンヌのためなら何だってする。

でも、その代わりにリュシエンヌがほしい。

心も、体も、命も、全部がルフェーヴルのものであってほしい。

横になったままリュシエンヌが両手を広げた。

「だっこ」

半ば反射的にリュシエンヌを抱き上げていた。

膝の上で横抱きにして、そんな自分に驚いた。

リュシエンヌが抱き上げてほしいとせがむのは、昔から、いつだってルフェーヴルだけだった。

父親になったベルナールですらリュシエンヌの頭を撫でることはあっても抱き上げたことはなく、アリスティードも当然ない。

だっこ、と両手を広げて見上げるのはルフェーヴルにだけ。

十二歳になり、王族としての公務をするようになってからは言わなくなったが、それでも体は覚えていた。

抱き上げたリュシエンヌがすり、と頭を寄せてくる。

「……リュシー、暑くなぁい?」

ルフェーヴルの問いにリュシエンヌが答える。

「ちょっとあつい」

「やっぱりベッドの方がいいんじゃ──……」

「でも、ルル、途中だったよね?」

確かにリュシエンヌがのぼせて倒れてしまったので、ルフェーヴルは中途半端な状態ではあった。

けだるそうに持ち上げられた細い手が頬に触れてくる。

「ねえ、ルル」

囁くようにリュシエンヌが言う。

「ルルに触ってもらえると、わたしも嬉しいの」

見つめてくる瞳に罪悪感など、どうでも良くなってくる。

元よりあってないような微かな感情は、それ以上の感情によって塗り潰されていく。

触れたい。 愛(め) でたい。愛したい。

「……明日の予定に響かないようにするから」

頬に触れる手に、自身の手を重ねる。

「食べていい?」

リュシエンヌがおかしそうに笑った。

「うん、いいよ」

自分だけの存在にルフェーヴルはかじりついた。

その味も、甘さも、匂いも、美味しさも知っている。

けれど、食べれば食べるほどほしくなる。

魅惑的で特別なチョコレートのようだった。

* * * * *