作品タイトル不明
鉱山へ
お兄様の連絡から二日後。
リニアさんとメルティさんが旅行の準備をしてくれて、護衛兼侍女としてヴィエラさんがついて来てくれることになった。
もちろん、護衛達も一緒だが。
わたしの持つ鉱山は王都より北へ一週間ほど馬車で行った先にあるため、わたし達も行きだけは馬車で向かう予定だ。
ルルの転移魔法を使えばもっと短い日数で行けるのだけれど、そうすると、こちらを出てから向こうに着くまでの日程が合わなくなる。
それにお兄様が鉱山の管理官に手紙を送ったので、たとえ早馬で送ったとしても、ルルの転移魔法を使ったらわたし達の方が早く着いてしまうかもしれない。
だからわたし達は普通に旅行へ行くことにした。
前回の新婚旅行の時と同じく、三つの馬車、それから今回は荷馬車が一台。
馬車のうち一台はわたしとルルが、二台目にはヴィエラさんと荷物、三台目も荷物、そして荷馬車には護衛の騎士達の荷物が載せられている。
この一週間のうち、半分近くは野宿になる。
ルルは野宿に関して渋った。
前にわたしが「野宿したい」と言った時も、ハッキリとは頷いてくれなかったし、確かに慣れないことをして体調を崩しても困る。
だから、わたしとルル、ヴィエラさんは転移魔法を使って夜の間だけ、屋敷へ帰ることにした。
……護衛の騎士達には申し訳ないけど。
実際、野宿の際にはわたし達は屋敷へ帰り、護衛騎士達は空の馬車を護衛する形になる。
「それじゃあ、行って来ます」
わたしの言葉に執事のクウェンサーさん、そしてリニアさんとメルティさんが頭を下げた。
揃った声で「行ってらっしゃいませ」と言う。
そうは言っても野宿の時には帰ってくるのだが。
ルルの手を借りて馬車に乗り込む。
「お帰りをいつでもお待ちしております」
クウェンサーさんがパチリとウインクして、ルルに睨まれるとサッと身を引いた。
それに小さく笑って頷いた。
「では、三日後に」
「野宿の時には帰ってくるからねぇ」
馬車の扉が閉まる。
窓はカーテンが閉め切られている。
ややあって、ゆっくりと馬車が動き出した。
不思議な気分だった。
高揚しているわけでもなければ、不安を感じているわけでもなく、屋敷を離れる寂しさもない。
横を見上げればルルがいて、小首を傾げる。
「どうかしたぁ?」
その問いにわたしは首を振った。
「ううん、なんでもない」
わたしは自然と笑顔になる。
ルルの傍がわたしの居場所だ。
だから、ルルがいるところがわたしの居場所。
そっとルルに寄りかかれば抱き締められる。
「鉱山の原因、分かるといいなあ」
この生活を維持していくためにも。
鉱山の収入は失いたくない。
「そうだねぇ」
ルルが頷く。
本当のところ、ルルは、鉱山のことなんて興味はないのだろう。
それなのにこうして一緒に出かけてくれることが嬉しい。
わたしの気持ちを優先してくれる。
繋いだ手の、大きく温かな感触が好きだ。
ルルの頬に手を伸ばせば、引き寄せられるように、ルルが顔を下げてくれる。
そのままルルにキスをする。
思わず、ふふ、と笑いが漏れた。
不思議そうにルルがこちらを見る。
「わたし、凄くルルが好き」
どうしよう、と思う。
ルルが仕事に復帰したら、ダメになるのはわたしの方かもしれない。
* * * * *
かわいいなぁ、とルフェーヴルは思った。
元よりかわいいと感じていたが、結婚して、屋敷へ越してきてからのリュシエンヌは、王女時代よりもずっと素直で我が儘になった。
旅行したいという我が儘も、言われた時はやはりどうしても僅かに不快感を覚えたものの、その代わりにルフェーヴルも夜に願いを叶えてもらえるので、この取り引きはそう悪くはない。
「ルル……」
……今日のリュシエンヌは甘えん坊だなぁ。
もう一度、唇が重なった。
まあ、馬車の中ですることがないというのもあるのかもしれないが、ここは人目がないからか、いつもよりリュシエンヌも積極的だ。
屋敷では侍女達が傍にいる。
だから、どうしても人目がある。
思えばリュシエンヌが積極的になってくれるのは、周囲に全く人の目がない時だった。
……やっぱり恥ずかしいのかねぇ。
侍女達三名のうち二名は幼い頃から既にリュシエンヌとルフェーヴルの仲を知っているのだが、それでも、人に見られているというのは気になるのだろう。
そういう、いつまでも初心なところもかわいいが。
たまに急に積極的になることもあって、そんな時はそんな時で普段との差にドキリとする。
首に回された腕の細さを感じながら、何度も口付けを交わす。
段々と深くしていけば「ん、」とリュシエンヌの甘やかな声が漏れて、それが更に欲しくなる。
「リュシーはかわいいねぇ」
とろんとした琥珀の瞳が見上げてくる。
本当なら今すぐにでも押し倒して事に及んでしまいたいけれど、馬車の中ではしないことに決めている。
代わりにリュシエンヌを抱き寄せ、その額に口付けた。
「今日はどうしたの? いつもより積極的だねぇ」
耳朶を軽く食みながら問えば、リュシエンヌの肩がピクリと跳ねる。
「あ、」と漏れた声は甘い。
「なんで……?」
「何がぁ?」
「ルル、いつも、馬車の中ではしないなって、思って……」
リュシエンヌの言葉に「ああ」と返す。
「馬車の中の音は外に漏れちゃうからねぇ。防音も出来るけどぉ、魔法を使ったら外の御者や護衛達は中でナニしてるか察しちゃうからさぁ」
リュシエンヌの耳が熱くなる。
侍女達にもいまだにキスマークなどを見られるのを恥ずかしがっているので、他の者達に情事を知られるのは羞恥心が凄いのだろう。
「他の男にリュシーのあられもない姿を想像されるだけでも許せないんだよねぇ」
もう片手でリュシエンヌの頬から顎の下を撫でる。
リュシエンヌは耳だけでなく、実は首も弱い。
それだけで細い体がくったりと寄りかかってくる。
「でも、ルル……」
琥珀の瞳が期待に染まっている。
「……もっと、ルルとくっつきたい」
はあ、と思わず息を吐けば、それがリュシエンヌの耳をくすぐったのかピクリとまた体が跳ねる。
それに声もなく笑ってしまう。
「オレもリュシーとくっついていたいなぁ」
声が漏れないようにすればいい。
さすがに中で致すわけにはいかないが、触れるくらいならば大丈夫だろう。
リュシエンヌの唇をルフェーヴルは己のそれで塞ぎつつ、ドレスの裾に手を這わせる。
……明日はリュシエンヌは動けないかもねぇ。
* * * * *
予定通り、午後は一度休憩を挟むことになった。
テラ=フィルバークはリュシエンヌ=ラ・ファイエット王女殿下の騎士の一人であった。
王女殿下が初めて王城にある宮で過ごすようになった時から、テラはずっと仕え続けている。
騎士の中でも女性騎士は数が少ないが、王女の身辺の護衛ともなれば、自然と女性も選ばれる。
その一人に選ばれたのは光栄なことだった。
そして、仕えた主人は優しい姫だった。
穏やかで、歳のわりに落ち着いていて、王女という立場にあっても決して驕りはしない。
基本的に使用人に対しても寛容な主人である。
王女殿下が結婚し、降嫁して、王都を去ると聞いた時、その護衛としてテラは迷わず志願した。
男爵家の長女ではあったが、家は弟が継ぐことが早々に決まっていたため、テラは子供の頃から望んでいた騎士の道を目指した。
幸い、テラには剣の才能があった。
努力する根性もあった。
体を鍛えて十二歳で騎士団に入団し、それから必死で訓練をこなし、王女殿下の護衛騎士にまで上がり、そして最後まで仕えたいと思える主人に出会えた。
それは幸運なことである。
確かに王女殿下は降嫁して、その護衛となれば花形である王族の近衛騎士からは離れてしまうが、テラにとってはそのようなことは関係ない。
仕えたい主人がいて、騎士として仕えられるなら、それでいい。
ふと、胸元に手を添える。
まだ成人前の王女殿下から貰ったハンカチがそこにある。
騎士として訓練をしていた時に、見学に来た王女殿下は、怪我をしたテラにハンカチを差し出してくれた。
とても小さな出来事だが、テラはその時、王女殿下に仕えたいと心から思った。
小さな手で差し出されたハンカチは宝物になった。
しかもその後、王女殿下の身辺警護についてからは時々話しかけられることもあって、降嫁について来た際にも優しく「ついて来てくれてありがとう」とおっしゃってもらえた。
目的の休憩地点に到着し、馬車が停まる。
周囲の警戒をしつつ馬から降りた。
街道沿いなので見晴らしはそこそこ良い。
不審な点がないか確認を終えて、御者へ頷けば、御者が乗っている馬車を叩いた。
返事があったようで御者が頷き返す。
先に別の馬車から降りた侍女が扉を開けた。
まず、ニコルソン子爵が出てくる。
初めて見た時は随分見目の良い少年だと思っていたが、今はもう、端正な顔立ちの男性になっている。
柔らかな長い茶髪に灰色の瞳、右目の下の泣き黒子は少し色気があり、その表情は柔らかく微笑んでいる。
続いて王女殿下が降りてきた。
毛先だけ巻かれたダークブラウンの髪に琥珀の瞳、少女にしてはやや背が高いけれど、だからこそほっそりとして見える。
少女と女性の中間にいる王女殿下は本当に美しい。
その表情もまた、幸せそうに微笑んでいた。
夫の手を借りて降りてきた王女殿下が辺りを見回した。
どうやら近くの切り株に座って休むことにしたようだ。
ニコルソン子爵が王女殿下を膝の上に座らせる。
「あ、見て、あそこにリスがいる」
「そうだねぇ」
……相変わらずですね。
ニコルソン子爵が王女殿下の侍従だった頃から、このお二人はこんな調子だった。
いつだって王女殿下の傍にはニコルソン子爵がいた。
その灰色の瞳はずっと王女殿下だけを見て、長い間、もっとも殿下の近くで殿下を支えてきた。
王女殿下の目がキラキラと輝いている。
木の上のリスの親子を見つけ、嬉しそうに細められる。
「可愛い〜」
大声を上げたら逃げてしまうと思ったのか、声量を抑えた王女殿下の頭をニコルソン子爵がニコニコしながら撫でている。
そんな王女殿下が可愛くて仕方がないといった風だ。
「アレは焼くとそこそこ食べられる味だよぉ」
「そうなんだ」
ちょっと変わったところのあるお二人だが。
ふと、王女殿下がこちらを向いた。
「テラ」
名前を呼ばれてそっと近付く。
「はい、奥様」
「今回の旅はテラが同行してくれてるんだね」
「はい、前回は残念ながら選出されませんでしたが、今回は護衛の立場をもぎ取りました」
そう答えれば「もぎ取るって」と王女殿下が笑う。
事実、テラは前回の旅行で護衛として選ばれなかったため、今回こそはと名乗り出た。
他の騎士達と手合わせをして、勝ち抜いてもぎ取ったのだ。
どうしても屋敷の護衛となると退屈な日々が多くなるため、たまに主人達が外出するとなれば、それについて行きたいという気持ちも出てくる。
だが、テラは外出したいというより主人について行き、その護衛として働きたい気持ちの方が強い。
「でもテラがいてくれて嬉しい。よろしくね」
その言葉にテラは右手を胸に当てて礼を執る。
「はっ、この命に替えましてもお守り致します」
「うーん、出来れば自分の命も大事にしてほしいな」
それにハンカチを差し出していただけた時のことを思い出した。
あの時も「体を大事にしてね」と労りの言葉をかけてもらえて、感激したのを覚えている。
「リュシエンヌ様の御心のままに」
そう答えると王女殿下は微笑んだ。
それから静かに下がる。
ニコルソン子爵は満足げに目を細めていた。
「奥様、旦那様、軽食をご用意いたしました」
侍女の声に王女殿下が顔を向ける。
ニコルソン子爵は王女殿下を一度抱えて立ち上がると、丁寧な動作で王女殿下を下ろした。
そうしてお二人は腕を組んで歩き出す。
主人達が幸せそうに微笑んでいる。
……この光景をいつまでも見ていたい。
王女殿下の騎士だった者達も、屋敷に来てから同僚になった元傭兵達も、穏やかな眼差しで主人達を見守っている。
テラもまた、そのうちの一人だった。
……それにしても、何故昼食の時にお二人は馬車から出て来なかったのだろう?
* * * * *