軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

嫁入り道具に問題

ルシール=ローズとして働き始めて三ヶ月。

季節は夏へと変わっていった。

週に一度の仕事だけど、魔道具の点検・不備の確認の仕事は結構楽しいし、勉強になるし、やり甲斐もある。

どうやらよほど他の宮廷魔法士達は魔道具の点検確認という作業が嫌いらしく、わたしのところに来る魔道具が少しずつだが増えている。

それはそれでどうなのかなあと思いつつ、新たな魔道具との出会いはわたしの心を踊らせてくれる。

この三ヶ月ですっかりわたしは魔道具の点検確認作業の専属のようになっていた。

仕事の日は相変わらずルルもついて来ている。

慣れてくるとルルは時々、わたしの傍を離れるようになって、訊いてみると他の宮廷魔法士の様子を見て回っているらしかった。

その理由は単純なものだった。

「若い魔法士は要注意だからねぇ」

その話をお兄様にしたら少し呆れていた。

「過保護すぎるだろう」

通信用の魔道具越しにお兄様が呆れた顔をする。

「仕方ないでしょぉ。宮廷魔法士は男が多いしぃ、リュシーはかわいいから何かあるかもしれないしぃ」

「そのために魔道具を身につけてるんじゃないのか?」

「リュシーに関してはいくら心配しても足りないよぉ」

わたしを抱き寄せたままルルがお兄様へ言う。

それにお兄様が小さく溜め息をこぼした。

「魔法士長も事情を知っているんだ。リュシエンヌに人と関わらせる仕事は割り振らないだろう」

ルシール=ローズは目立つ必要はない。

ただ、そういう宮廷魔法士がいる、くらいの感覚で人々に覚えられていればいいのだ。

「分かってるけどさぁ」

……まあ、ルルとしては面白くないだろうし。

ずっと屋敷の中にいてもらいたいのだろう。

でも、それと同時にルルはわたしの気持ちも考えてくれていて、これからのことも考えたら、もう一つ仮の存在があった方がいいことも理解している。

最初に出会った頃のルルだったらきっと、わたしが働くことを許してはくれなかった。

そういう点ではルルも成長したというか、色々と考えて、考え方というか、わたしへの接し方が少し変わったのかもしれない。

「いいんです、お兄様。ルルが一緒にいてくれると嬉しいし、心強いし、それにもう少ししたらルルも本職に復帰してしまうので、今は少しでも一緒にいたいんです」

ルルが復帰してしまえば、今ほど一緒にはいられない。

それでも、ルルも出来る限りは一緒にいられる時間を作ってくれるだろうし、常に仕事で飛び回るわけではないから、全く時間がなくなるということでもないけれど。

今までのように一日中、常に一緒ではない。

ルルがいない時にルシールの仕事もある。

「だが、ルフェーヴルは転移魔法があるんだ。どうせ、仕事の合間に戻ってくるんだろう?」

お兄様の言葉にルルが「当然だよぉ」と返す。

「それにオレだって仕事ばっかりするつもりはないよぉ。報酬が良くて長時間屋敷を空けなくて済むやつを選んでやるつもりぃ」

「羨ましい限りだな」

「アリスティードは仕事選べないもんねぇ」

ルルがあはは、と笑う。

王太子であるお兄様は確かに仕事を選べない。

ルルは闇ギルドランク一位で、仕事の内容も選べるし、やるかやらないか決めることも出来る。

ギルドとしてはやってほしいのだろうけど。

「ところでぇ、今日は何の用事〜?」

ルルの言葉にお兄様が「ああ」と言う。

お父様は必要最低限しか通信魔道具を使わず、お兄様も、たまに談笑をするために連絡してくることはあるけれど、大抵は何かしら用があることが多い。

「お前達に伝えないといけないことがあってな」

お兄様がガサゴソと書類を弄る音がする。

……なんだろう?

ルルと顔を見合わせた。

「リュシエンヌの嫁入り道具に鉱山があるだろう?」

「ありますね」

わたしとルルが結婚した時、お父様がくれた。

わたし達が暮らす中でお金に困らないようにという配慮が嬉しかったし、半年に一度、ルルが王城に鉱山の収入を受け取りに行っているので忘れたことはない。

いまだに鉱山を持っているという自覚はないけれど。

……だって鉱山だよ?

しかも国の方で管理してくれているので、あくまで名義がわたしに変わっただけである。

わたしは名義と収入だけ貰って何もしてない。

……それでいいのかなあ。

おいしい話には裏があると言うけれど、これに関しては別物だった。

「あれの稼働が少し悪くなりそうなんだ。もしかしたら、収入がいくらか減るかもしれない」

お兄様の言葉にルルが訊き返す。

「なんでぇ?」

通信具の向こうでお兄様が「あったあった」と目的の書類を引っ張り出すのが見えた。

「鉱山で働いている者達の中で体調不良の者が出始めていてな、今のところは運営に問題はないらしいが、体調不良の者達は皆、似た症状を訴えているそうだ」

「原因はなんですか?」

「まだ分からない。この報告書が届いたのもつい昨日の話なんだ。だがこれが広がって働き手が減れば採掘量も減って、収入が落ちる」

うーん、と考える。

嫁入り道具に貰った鉱山の収入が減るのはちょっと痛いかもしれない。

わたしの今の収入は開発した魔法の報奨金と、鉱山の収入と、ルシール=ローズのお給金だ。

だけど主な収入源は鉱山からである。

「調査団を派遣する予定ですか?」

お兄様が頷いた。

「今はまだどうするか検討中だが、ここは王家の管轄内だからな。このまま体調不良の者が増えれば、原因を突き止めるために派遣することになるだろう」

ルルを見上げれば、ルルもわたしを見下ろす。

目が合って、ややあって、ルルが息を吐いた。

「いいよぉ」

それに、ルルの頬にキスをしてお礼を言う。

「ありがとう、ルル。大好き」

お兄様が不思議そうな顔をする。

わたしはお兄様へ顔を戻した。

「お兄様、一度わたし達で見て来ようと思います」

「鉱山を?」

「はい。まだ調査団は派遣しないのですよね?」

お兄様が頷いた。

「それに持ち主はわたしです。一度行っておきたいと思っていましたし、収入源が減るのも困るので、原因が何なのか調べたいんです」

もしわたし達が行って調べることで原因が分かれば、調査団の派遣をするかどうかについても決めやすくなるだろう。

お兄様が「ふむ」と考える。

「……分かった。だが、行くときは 王女(リュシエンヌ) ではなく、ニコルソン子爵夫妻として行くように。向こうには伝えておこう」

「ありがとうございます、お兄様」

ふ、とお兄様が微笑んだ。

「いや、鉱山はリュシエンヌのものだし、気になるのは当然だ。それにルフェーヴルがいれば帰りも早いからな」

それに苦笑する。

「調査団の方々ほど詳細な報告が出来るかは分かりませんが……」

「もし原因が分からないとしても、様子だけでも見て、それを報告してくれるだけで十分だ」

そういうことで、急遽、鉱山へ出かけることになった。

……わたしの持ち物だからね。

思えば、収入は得ているのに、一度も行ったことがなくて、一度くらいは自分の目で見て、どんな人達がどんな風に働いているのか知るべきだとは前から思っていた。

今回は良い機会なのかもしれない。

ルシールの仕事はお休みさせてもらうことになるが、帰ってきたら、その分しっかり働こう。

* * * * *

連絡があった翌日。

ルフェーヴルは夜に頃合いを見計らい、アリスティードの元を訪れた。

自分の宮にいるかと思ったが、夜も大分遅くなったというのに、アリスティードはまだ王城の執務室に詰めていた。

……よくやるねぇ。

屋根裏を伝って、音もなく床に着地する。

アリスティードのいる机には大量の書類が積まれ、その中に黒い頭が埋もれている。

近付き、机の端にひょいと座れば、アリスティードがふっと顔を上げた。

その視線がルフェーヴルを通りすぎる。

だが、部屋を見回した後、ぽつりと呟いた。

「ルフェーヴルか?」

ルフェーヴルはそこでスキルを解除した。

思いの外近くにいたルフェーヴルに少し驚いた様子でアリスティードは目を瞬かせたものの、すぐにふっと小さく息を吐いた。

「驚かせるな」

アリスティードはペンを置くと座ったまま伸びをする。

何時間もその体勢だったのか、伸びをしたアリスティードの体からピキパキと音がした。

「お疲れだねぇ。肩でも揉んであげよっかぁ?」

両手で握る動作をしてみせれば、アリスティードが嫌そうな顔で身を引いた。

「いい。お前に後ろから肩を掴まれたら、心地好さよりも命の危機を感じそうだからな」

「 義父上(ちちうえ) とアリスティードにそんなことするわけないでしょぉ」

「どうだか」

ルフェーヴルは「ひどぉい」と笑う。

だが、暗殺者に急所を晒すべきではないというのは事実であり、そしてルフェーヴルは暗殺者だった。

惜しげもなくルフェーヴルへ急所を触らせるのはリュシエンヌくらいのものである。

「ほら、鉱山から届いた書類の写しだ」

アリスティードが差し出した書類を受け取る。

受け取り、中身に目を通す。

労働者の体調不良により、人手不足になる可能性があると書かれていた。

調査をしてくれとまでは言っていないが、これ以上体調不良者が増えると、採掘量が減り、収益に影響が出るかもしれないと確かにあった。

「無理に働かせてるんじゃないの〜?」

ルフェーヴルの言葉にアリスティードが首を振る。

「いや、時々抜き打ちで検査もさせているが、むしろ労働環境については他の鉱山よりもいいくらいだ」

「ふぅん?」

自分で言っておきながらも、ルフェーヴルはあまり鉱山について興味がなかった。

リュシエンヌが気にしていることと、鉱山の収入が減れば、二人の生活にも少々影響が出るので問題は早めに取り除いておくに限る。

ルフェーヴルは書類を空間魔法へ放り込む。

アリスティードの視線に首を傾げた。

「お前も変わったよな」

それに更に首を傾げる。

「そ〜ぉ? まあ、歳は取ったけどさぁ」

「年齢のことではない。出会った頃に比べると、心が広くなったと思って。あの頃のお前だったらリュシエンヌが旅行に行きたいと言っても外に出さなかっただろう?」

「つまり昔のオレは心が狭かったってことぉ?」

アリスティードが「違うか?」と返してくる。

思い返してみて、それもそうだな、と納得した。

リュシエンヌと出会った頃、ルフェーヴルはリュシエンヌを自分の手の中だけに置いておきたいと考えていた。

それこそ、結婚後はアリスティード達にも合わせず、最低限の使用人だけを使い、リュシエンヌを囲って一生外に出さずに愛でるつもりだった。

しかしこの十三年でその考えは変わっていった。

確かに最初のルフェーヴルは今よりずっと自分本位で、リュシエンヌの幸せなど実は考えてなくて、ただ自分の好きにしていたように思う。

リュシエンヌがそれを受け入れてくれていただけだ。

だが、十三年共に過ごすうちにその考え方は変わってきた。

面白い存在だったリュシエンヌへ執着し、毎日リュシエンヌの傍にいて、その成長を見守って、慕われていくうちに執着に愛情が生まれた。

今でもこれが執着なのか愛情なのか分からない。

けれどもそれはリュシエンヌも同じだろう。

刷り込みが、いつしか本物に変わった。

いや、もしかしたらリュシエンヌの中にはまだ刷り込みが残っているのかもしれないが、それでもルフェーヴルへの想いの深さに違いはない。

「ん〜、確かに広くはなかったねぇ。っていうかぁ、あの頃はオレだってまだ若かったし〜?」

リュシエンヌと過ごした十三年で成長したのだ。

アリスティードやベルナール、リュシエンヌの侍女達など、リュシエンヌに出会わなければ、これほど他者と関わる機会はなかった。

「今も歳のわりに若く見えるけどな」

「あは、どぉも〜」

リュシエンヌが若いので、自分も若く見えるならその方がいい。

気分の良さに体を揺らせば、アリスティードが少し呆れたような苦笑を漏らす。

「これからもそうあってくれたらいいんだが」

ルフェーヴルはそれに考える。

「どうだろうねぇ。オレでもオレ自身がどうなるかなんて分からないしぃ」

それは本心からの言葉だった。

リュシエンヌと出会った頃から変わったように、ルフェーヴルにも変化があるかもしれない。

未来のことなんて誰にも分からない。

分からないが、ルフェーヴルも思う。

……リュシーを大事な気持ちは変わって欲しくないかなぁ。

そうなればルフェーヴルはまたつまらない日々を送ることになるだろう。

今もう、あの頃に戻りたいとは思わなかった。

「ああ、それからもう一つ」

机から立ち上がったルフェーヴルに、アリスティードが声をかけてくる。

「父上と話し合ったんだが、もし、お前とリュシエンヌの間に子供が出来たら、その時は産んでいい」

ピタ、とルフェーヴルは固まった。

「いいのぉ?」

「ああ、ただし一度孤児院に出して、お前達の実子とは隠して引き取るように。そうすれば表向きは養子だと言い張れる。前に父上とも話をしたそうだな? それなら言い訳は立つ」

ルフェーヴルとリュシエンヌの間に子が出来るかは分からない。

それはルフェーヴルに些か問題があるからだ。

暗殺者として訓練を受けた中で、毒を摂取して耐性を得ることもしてきたため、その後遺症で子が出来難くなっている可能性もなくはない。

リュシエンヌは特に子供を望んではいないけれど、もし子が出来たら、産みたいと願うだろう。

……リュシーとオレの子ねぇ。

子供自体は好きではないが、自分達の子供となると少しは興味が湧く。

ひらひらと手を振りルフェーヴルは笑った。

「りょ〜かぁい。その時はそうするよぉ」

その時が来るかどうかは分からないが。

だが、父親になる自分は想像がつかなかった。

* * * * *