軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

仕事をしよう(2)

ルルがこちらも切り分けてくれる。

キッシュと同じ大きさで、同じように六等分して、取り皿に乗せて渡される。

渡す前にやっぱりルルが一口食べていた。

受け取ったミートパイは表面がキツネ色に焼けていて、ツヤツヤしていて美味しそうだ。

一口大に切って口に入れる。

……うん、これも美味しい!

ミンチにした肉を使っていて、きっと作るのに手間も時間もかかるだろう。

よくよく噛むと中に細かく刻んだ野菜が入っていて、肉と野菜の旨味がしっかりある。

「美味しそうに食べるねぇ」

ルルがキッシュの残りを食べながら笑う。

わたしはミートパイを一口大に切って、フォークで刺してルルに差し出した。

それをルルがぱくりと食べた。

「肉たっぷりだよねぇ。ちゃんと丁寧に下処理してあって、口に当たらないのがいいよぉ」

「うん、わたし、この味好き」

何度も食べているけれど、何度食べても好きな味だ。

前世のミートソースによく似た味だけど、外側のパイ部分の小麦とバターの香りが香ばしくて、肉たっぷりでも多めに食べられる。

卵とチーズとクリームの濃厚なキッシュもいいけれど、がっつりお肉のミートパイもいい。

こちらもつい二切れ食べてしまった。

デザートはすぐには入らなさそうだ。

ルルがキッシュを食べ終えて、今度はミートパイを攻略しようとしているのを横目に紅茶を飲む。

「ルル、わたしが仕事中は暇じゃない?」

訊くと、ルルが首を振った。

「そうでもないよぉ。王城で使われてる魔道具って普通のものよりずっと高価で効力も高いものが多いからぁ、魔法式を見るのはオレも勉強になるしねぇ」

「そっか、それならいいんだけど」

ルルの言う通り、王城で使われる魔道具はよく出来ていて、魔法式も正確だし、効果の高いものが多いし、使われている魔法式を読み解くと、作った人の性格や意図がそこに感じられて面白い。

わたしとは違う考え方、式の使い方、魔法の展開タイミングなど、どれも興味深いものだった。

宮廷魔法士達は面倒だから嫌がっているみたいだけれど、これは魔法式の勉強になるし、他の魔法士と自分との違いなどが分かって凄くためになる。

……そっか、だからやるんだ。

宮廷魔法士の仕事だからというのではなく、魔道具を見て、調べて、読み解いて、そこから勉強をする機会を与えられているのだ。

中には何十年も前に作られたものもあった。

そういうものは元の魔法式に後から手が加えられていたり、修正されたりしていて、先達の技術が読み取れる。

魔法の発展の軌跡がそこにある。

こんなに面白くて、興味深くて、ためになる仕事を嫌がるなんて勿体ないと思う。

「わたしはこの仕事好きだなあ」

元々魔法が好きだから、魔法式を読み解いて不備がないか確認するのは楽しい。

まだわたしの知らない魔法がこの世界にあると思うと、ワクワクする。

「リュシーにはある意味、天職かもねぇ」

「うん、そうかも。ずーっとこの仕事でもいいよ。どうせわたしは魔法が使えないし、みんながやりたがらなくても誰かがやらないといけない仕事なら、わたしがやる」

「そのうち、王城の魔道具に一番詳しい宮廷魔法士になりそうだねぇ」

ルルの言葉に想像してみる。

王城の魔道具全てに精通した宮廷魔法士。

……それはそれでカッコイイかも。

「うん、わたし、王城の魔道具に一番詳しい宮廷魔法士になる」

よしよしとルルに頭を撫でられる。

「目標が出来て良かったねぇ」

目標が決まれば、仕事も更にやり甲斐が出る。

ルルが横でオレンジの皮を剥き出した。

一房だけ差し出されたのでそれを食べる。

甘酸っぱいオレンジがキッシュとミートパイでまったりした口の中と気分をさっぱりさせてくれる。

リンゴはまた後で時間がある時に食べよう。

そうして昼の休憩時間をルルと過ごし、ルルがバスケットを空間魔法の中に片付け、わたしはまた午後の仕事へ戻る。

魔法士長様も隣の部屋に戻ってきたようだった。

……さて、午後も頑張ろう。

机に戻り、魔道具を手に取った。

* * * * *

つん、と肩をつつかれて顔を上げる。

顔を上げれば、目の前に何かが差し出された。

それが何か考える前にかじりついていた。

……あ、リンゴだ。

半分に切ったリンゴをかじりついたまま受け取った。

小ぶりのそれは朝貰ったリンゴだった。

思った通り、瑞々しくて甘くて、とても美味しい。

しゃく、と更にもう一口かじる。

ルルも残りの半分をしゃくしゃく食べている。

時計で時刻を確認すれば、もう午後の就業時間の半分ほどが過ぎていた。

……集中すると時間が早く過ぎるなあ。

でも、集中して仕事が出来るおかげでここにある魔道具達の検査は今日中に終わりそうだ。

ルルがリンゴを食べ終えて布で手を拭いている。

「今日中に仕事、終わっちゃいそうだねぇ」

ルルの言葉にうんと頷き返した。

「次に来るのは来週だから、今日のうちに終わらせられた方がいいと思うの」

「そうだねぇ、残しておいても一週間ほったらかしになるからなぁ」

そうなるとわたしも落ち着かない気分になるので、今日受け持った仕事は今日のうちに片付けるのが一番だ。

リンゴの最後の一欠片を口の中へ放り込む。

すると、ルルが手を布で拭いてくれる。

口の中のものを咀嚼し、飲み込んだ。

「ありがとう、ルル」

ルルはニコ、と笑うと身を屈めた。

そしてわたしにキスをする。

「お礼はコレでいいよぉ」

と、言った。

……こんなもので良ければいくらでもするよ!

いつもルルには色々してもらっているし。

離れかけたルルの首に腕を回して、今度はわたしの方からルルにキスをした。

「お礼じゃなくても、ルルはいつでもしていいよ?」

唇を離してそう言えば、ルルが嬉しそうに目を細めて、ギュッとわたしを抱き締めた。

「あ〜、早く帰りたぁい」

ちゅ、と首筋にキスされて、ドキッとした。

どうやら今日のルルはわたしの首にご執心らしい。

* * * * *

「…………終わった〜!」

最後の魔道具の検査を終えて、それを報告書に記載して、顔を上げる。

報告書は書式が既に決まっているので書きやすい。

後はこれを魔法士長様に報告すれば終わりだと思う。

ルルによしよしと頭を撫でられた。

「お疲れ様ぁ」

椅子から立ち上がり、報告書を纏める。

「ルルもお疲れ様」

「オレは何もしてないけどねぇ」

そんなことはない。

「ルルは傍にいてくれるだけで心強いよ」

それから、魔法士長様の部屋に続く扉を叩いた。

ややあって扉を開ける。

「魔法士長様、魔道具の検査が終わりました」

中へ入って魔法士長様へ報告をすると、驚いた顔をされた。

「全部ですか?」

「はい、五つ全部終わりました」

「報告書を持って来ていただけますか?」

「分かりました」

部屋に戻り、報告書を持って戻る。

それを魔法士長様へ渡せば、魔法士長様が報告書の内容を確認していった。

その間待っていると、しばらくして魔法士長様が顔を上げる。

「きちんと魔法式を読み解いて、その上で不備を確認したのですね。魔道具の問題点や式の不備がどうあるのかについても書かれていて、丁寧で良い報告書です」

「ありがとうございます」

報告書を返されたので受け取った。

「本当に驚きました。どの宮廷魔法士も一日で魔道具を二つか三つ検査出来れば良い方なのですが」

「それは、その、興味がないものだからなかなか進められないというのもあるかもしれません……」

「なるほど、それは確かに一理ありますね」

興味のないこと、苦手なことは、どうしても遅くなる。

逆にわたしにとっては好きなことだから、夢中になれるし、苦もなくやっていける。

その違いも関係しているだろう。

「書類は魔道具と一緒に置いておいてください」

それに頷き返す。

「本日のローズ君の仕事はこれで終了です。少し早いですが、特に用事がなければ帰っていただいても構いませんよ」

「え、いいのですか?」

「仕事さえきちんと出来ていれば、とやかく言わない方がいいのです。魔法士達は皆、こだわりが強いので、あれこれ口うるさくすると嫌がられてしまいますから」

魔法士長様が苦笑する。

……それなら早めに帰らせてもらおうかな。

「では、お先に失礼します」

「はい、お疲れ様でした。良ければ、また来週も魔道具の点検をよろしくお願いします」

「もちろん、喜んでやらせていただきます」

宮廷魔法士長様に一礼して隣室へ戻る。

書類を魔道具と共に机に纏め、忘れ物がないかを確認し、ルルに振り返る。

「もう帰ってもいいって話だから、ちょっと早いけど帰ろっか」

「うん、そうしよっかぁ。じゃあオレは一旦上に引っ込んでるねぇ」

ルルはそう言うと屋根裏に消えた。

わたしは最後にもう一度忘れ物がないか確認し、部屋を後にする。

まだ就業時間中なので廊下に人気はない。

誰もいない廊下を進み、階段を下りていく。

わたしの足音だけが静かに響いていた。

……思ったよりも仕事が楽しくて良かった。

難しくて、わたしに苦手な内容だったらとも実は密かに心配している部分があったが、もしかしたら魔法士長様がわたしに出来そうな仕事の中から合ったものを用意してくれたのかもしれない。

鼻歌でも歌いたい気分で階段を下りる。

一階に着き、塔の正面入り口へ向かう。

大きな扉を開けて外へ出た。

まだ外は青空が広がっており、太陽も夕方と言うにはまだまだ早い。

ルルがストンと音もなく横に下りてくる。

並んで門までの道を歩く。

時々、王城を守護している騎士達が通りかかるので、ルルとお喋りは出来ないものの、隣に並んでゆっくり歩くのも悪くはない。

王女の時とは違う目線で見る王城は大きかった。

もう、そこにわたしの居場所がないのだと思うと、少しの寂しさを感じてしまう。

門に着き、身分証を提示して、敷地の外へ出る。

一度振り返れば、王城は城壁の中でそびえ立っていて、それをこうして下から見上げるのは不思議な感覚だった。

……お父様もお兄様もお城の中にいるんだよね。

ふわ、と柔らかな風が吹く。

風の吹く方へ顔を向ければルルがいた。

おいでと言う風に手招きされて歩き出す。

王城にはもうわたしの居場所はないけれど、ルルの傍がわたしの居場所だ。それだけでいいのだ。

わたしはルルに追いつき、街の中を歩く。

ルルはわたしの後ろをついて来る。

「帰りに、朝声をかけてくれた屋台のところに寄ってもいい? 果物、買って帰りたい」

小声で囁くとルルが後ろから「いいよぉ」と言う。

大通りを歩いて、朝来た道を戻る。

その途中で屋台を見つけて立ち止まる。

果物や野菜を売っているお店だ。

「こんにちは」

声をかければ、朝の女性が「おや」という顔をして、わたしを見た。

「あら、今朝の宮廷魔法士様?」

「ええ、そうです」

認識阻害のメガネをかけているから、多分、顔を認識し難いので覚えられていないのだろう。

ちょっと疑問系で訊かれて頷いた。

「今朝はリンゴをありがとうございました。休憩時間に食べたらとても美味しかったので、今度は買いに来ました」

そう答えれば女性が嬉しそうに笑う。

「そうかい、それは嬉しいね! もし沢山買ってくれるなら、いくらか安くしてあげるよ」

チラとルルを見れば頷き返される。

「じゃあ、せっかくなので多めに買わせていただきますね」

店先の野菜や果物を眺める。

どれも美味しそうで迷ってしまう。

「うーん……」

あまりあれこれ買いすぎると食べきれないかもしれないし、でも、どれも美味しそうで食べたくなってくる。

ジーッと果物を見ていると女性がまた笑った。

「そんなに悩むんなら、私がオススメを選んであげようか?」

と、言ってくれたので、お任せを頼んだ。

こういうお店で働いている人のオススメは外さないイメージがある。

女性は大きめの茶色の紙袋にあれこれと果物を詰め込んでいて、結構な数が入った。

言われた値段は確かに安くて、わたしは支払いをして、紙袋を受け取った。

……わ、ちょっと重い。

紙袋越しに果物の感触と重さが伝わってくる。

「良かったらまた来ておくれよ」

わたしは頷き返した。

「はい、また来ます」

それから少し世間話をして、屋台を後にする。

朝と同じ路地に入り、辺りに人気がないのを確認して、ルルに振り返る。

「ルル」

ルルがひょいとわたしの手から紙袋を受け取った。

それを空間魔法にすぐに仕舞い込む。

「寄るところはもうなぁい?」

「うん、ないよ」

「それじゃあ帰ろうかぁ」

両手を広げたルルに近付けば抱き上げられる。

それから、ルルが小さく詠唱をして、わたしを抱えたまま飛び上がった。

家の出っ張りなどを蹴って屋根へ上がる。

頬を撫でる風の感触が心地良い。

下の道から見えない位置に着地したルルが、今度は転移魔法の詠唱を行う。

魔法式が現れて、ふわっと浮遊感に包まれる。

一瞬で視界が見慣れた部屋へ切り替わった。

「お帰りなさいませ」とリニアさんの声がした。

「ただいま、リニアお母様」

メルティさんは丁度席を外しているようだった。

宮廷魔法士用のローブを脱げば、リニアさんがそれを引き取ってくれる。

「初のお仕事はいかがでしたか?」

そう訊かれたのでわたしは笑って答えた。

「とっても楽しかった!」

宮廷魔法士ルシール=ローズ。

わたしのもう一つの顔。

「目標も出来たし、これから宮廷魔法士としても頑張るよ。ルシール=ローズは一番王城の魔道具に詳しい宮廷魔法士だ、って言われるようになりたいの」

「ふふ、リュシエンヌ様らしい目標ですね」

優しくリニアさんが微笑んだ。

ルルに抱き寄せられる。

「リュシーは努力家だからきっとなれるよぉ」

ちゅ、と額にキスされる。

わたしもお返しにルルの頬にキスをしたのだった。