作品タイトル不明
寄生(1)
それから三日間は何事もなく過ぎていった。
村や町など、宿のある場所だったこともあり、街道を進んでいたため、これといった問題も起こっていない。
ただ、ここからしばらくは宿がない。
つまりは野宿ということになる。
……まあ、わたし達は帰っちゃうけどね。
騎士や御者達が残る。
「どうしてみんなで帰らないの?」
と、ルルに訊くとこう返ってきた。
「周りに全く誰もいなかったらそう出来るしぃ、しても良かったけどぉ、今は後ろに行商人か何かの馬車がついて来てるから無理だよぉ」
「そうなの?」
……全然気付かなかった。
「うん、多分、あれは寄生だよぉ」
ルルが少しだけ嫌そうな顔をした。
「寄生?」
「そ、前を行くオレ達の護衛を頼って勝手に後ろについてきてるの。微妙にオレ達から見える位置にいてぇ、もし何かあった時はオレ達に助けを求めて助けてもらえば、自分達が護衛のために冒険者や傭兵を沢山雇わなくて済むでしょぉ?」
「なるほど、それは寄生だね」
ルルが嫌な顔をするわけだ。
しかもわたし達が忽然と姿を消せば不審がられる。
転移魔法を使えば馬車などの轍が突然消えてしまうので、変に思われるだろう。
もしかしたら次の村や町で騒がれるかもしれない。
「これから先は野宿になるからぁ、多分、向こうは話しかけてくると思うよぉ。出来るだけ一緒にいて、知り合いになれば何かあった時は情が湧いて助けてもらえるだろう〜ってねぇ」
それは、なんと言うか……。
「図太い人達だね」
「そういうヤツだから、そんなことするんだよぉ」
少し考えた後、ルルに言う。
「ねえ、ルル、それなら──……」
ちょっと、そういう人達は懲らしめた方がいいのではないだろうか。
こそこそとルルに耳打ちする。
「いいねぇ、ソレ」
ニヤリと笑ったルルは悪い顔だった。
* * * * *
そうして四日目の昼頃。
わたし達が街道沿いで休憩していると、ルルの予想した通り、後ろから行商人らしき馬車がやって来た。
馬車は三台いて、一応、護衛の傭兵らしき人達も見受けられたが、確かに数が少なく感じられる。
「こんにちは、我々もご一緒に休憩させていただいてもよろしいでしょうか?」
随分ペコペコと頭を下げながら話しかけてきた。
それに護衛の騎士が対応する。
ややあって、騎士の一人が確認を取りにこちらへ来る。
「どうやら行商人のようですが、ここで休憩を共にしたいそうです。いかがいたしますか?」
騎士がわたしを行商人達から隠すように立つ。
ルルがチラと騎士の脇から行商人達を見つつ、小さく詠唱を行い、わたしの前髪をサラリと撫でた。
小声で「目の色変えといたよぉ」と言われる。
騎士はわたし達の返事を待っているけれど、あまり、行商人達を良く思っていないらしく表情が硬い。
「いいよぉ、一緒に休憩させてあげてぇ」
ルルの言葉に騎士が目を丸くした。
「……よろしいのですか?」
「うん。ああ、ちょっと耳貸してぇ」
「はい」
ルルが指で騎士を呼び、騎士がルルに耳を寄せる。
ヒソヒソとルルが話している間に行商人達を見やれば、最初に話しかけてきた中年の男性と目が合った。
中肉中背で背はやや低く、口元にヒゲを少し生やしたパッと見は人の良さそうな人物である。
わたしはすぐに貴族らしく扇子で顔を隠した。
向こうはやたら頭を下げてくる。
……貴族なら頭を下げておけばいいとでも思ってるのかな?
「かしこまりました」
騎士の声で視線を戻せば、ルルが「ヨロシク〜」と言い、騎士が頷いて離れていく。
ルルがわたしを抱き寄せながら「騎士達にも伝えておいたよぉ」と耳元で囁かれる。
しばらくすると、先ほど目が合った男性が使用人らしき人間を伴って腰を低くしながら近付いて来た。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
「別に構わない。我々はもうしばらくしたらここを立つつもりだったから、場所を譲ろう」
男性に返事をしたルルはいつもと違う口調だった。
それに男性が慌てた様子で「いえ!」と両手を振った。
「そんな、譲るだなんて滅相もありません! 少しの間、ご一緒させていただければ、それで良いのです。 私共(わたくしども) も少し休憩したらすぐに立つつもりでして……」
チラチラと男性がわたし達を見る。
「そうか、まあ、ここは我々の場所ではない。好きに過ごされるが良い」
「ありがとうございます」
男性は使用人と共にペコペコ頭を下げつつ、わたし達の休憩している様を眺めた。
「いや、それにしても貴族の方々は良い馬車に護衛達も多くて羨ましい限りです。私共はあの通りでして」
ははは、と恥ずかしげに男性が笑う。
馬車が三台もいるのに護衛はたった四人だけ。
この男性と使用人一人、御者三人の計九人のようだ。
「確かに護衛が少ないようだな」
ルルが興味なさそうに言う。
「そうなのです。本来はあと五人は来るはずだったのですが、どうやら前金だけ持って仕事を放棄してしまったようで……」
「それなのに出てきたのか?」
「ええ、急ぎで運ばなければならないものもございましたから……」
苦笑まじりに言う男性は知らない人が見れば、本当にただ困っているだけに見える。
でも、それならまた別の傭兵を雇えばいい。
少ない人数で危険を犯してまで出る必要はないはずだし、何より、騎士達から報告を受けたルルが言うには、一つ前の村からずっとわたし達の後ろを付かず離れずの距離でついて来ているらしい。
普通なら、わたし達に声をかけて、金銭を支払う代わりに旅に同行させてほしいと頼むのが筋である。
こっそりついて来て、困った時だけ助けてもらおうなんて虫が良すぎる。
それに、ルルはこうも言っていた。
「ああいうヤツは何かあった時、こっちに面倒を押しつけて自分達はさっさと逃げるんだよぉ」
……それってかなり悪質だよね。
ルルと男性が話しているのを、わたしは黙って聞いている。
内容は大したことではない。
ただ、こちらの様子を探っている風ではあった。
「お二方はどちらまでご旅行に?」
「ドランザーク鉱山に観光だ」
「おお、そうなのですね。実は私共もその一つ前の町まで行商に行く途中でして、いやあ、あはは」
わたし達の方から「良ければ同行しないか」と言って欲しそうだった。
自分達から言えば金銭を要求されるかもしれない。
だが、相手からの善意ならば金銭を払う必要はなく、自分達の懐を痛めずに済む。
なんとかわたし達からその言葉を引き出したいのか、男性は一生懸命話しかけてくるが、ルルは興味がなさそうに返事をしている。
「ねえ、あなた」
ルルを呼べば、すぐに「なんだい?」とルルが笑顔でわたしを見る。
それに扇子で顔を隠したまま、ヒソヒソとルルに話しかける。
「わたしなんだか眠くなってしまったわ」
それにルルが頷いた。
「悪いが、妻が休みたいそうなのでそろそろ失礼する」
ルルがわたしを抱えて立ち上がる。
行商人が「え」と声をこぼした。
「あ、あの……!」と慌てた声がした。
それにルルが立ち止まった。
「まだ何か?」
わたしとルルの視線に男性が「その、あの、」とモゴモゴ言葉を濁す。
「あら、そうですわ、そこの方」
わたしが声をかければ男性がパッと表情を明るくする。何か勘違いをしているようだ。
「は、はい、なんでしょう!」
「この先の旅が不安でしたら、戻って一つ前の町で傭兵を雇った方がよろしくてよ」
男性が笑顔のまま固まった。
「中にはまともな護衛をつけず、他人の旅団に寄生して安く旅をしようなどと 図々しくて浅ましい(・・・・・・・・・) 者もいるようだもの。あなた方は違うと思うけれど」
「そうだな。そのような者達がいても我々は助けるつもりはないし、もし厄介ごとを押しつけられた時は、その者達ごと捕まえて殺してしまうかもしれない」
「まあ、あなたったら冗談がお上手ね」
うふふと笑えば、男性の頬がひくりと引きつった。
騎士達の冷たい眼差しにようやく気付いたようだ。
男性の後ろにいる使用人がブルブルと震えている。
「ああ、我々はもうしばらく休んでいくことにするが、そちらは少し休憩したら出立するということだったな。この先は野宿になる。気を付けて行かれるがいい」
男性は引きつった顔をなんとか笑みに変えて頷いた。
「え、ええ、そういたします」
「では我々は先に失礼する」
ルルがわたしを抱えて馬車へと向かう。
騎士がついてきて、御者が馬車の扉を開ければ、わたしを抱えたままルルが器用に馬車に乗り込んだ。
そうして扉が閉められる。
窓はカーテンが下されているため、外から見られることはないし、騎士達がいるのでこちらへあの男性達が来ることもないだろう。
「あの人達、どうすると思う?」
こっそりルルへ問えば、ルルが小首を傾げた。
「ん〜、多分どっかで脇道に逸れてオレ達が通り過ぎるのを待つと思うよぉ」
「やっぱりまだついて来るかな?」
「警告はしたから、何かあっても助ける義理はないよぉ」
それに頷き返す。
「そうだね」
わたし達のあの会話で向こうも、わたし達が寄生されそうになっていることに気付いていると伝わっただろう。
これで諦めてくれたら一番良いのだけれど。
もし何かあってもわたし達には無関係である。
* * * * *
暇になってしまったからか、リュシエンヌは昼寝に入ってしまった。
ぐっすり眠っているリュシエンヌを抱えながら、ルフェーヴルはどうやってあの邪魔な虫を追い払うか考えていた。
……転移魔法で置いていくって方法も出来るけどぉ。
それだと追いつかれてしまうかもしれない。
かと言って、後方に飛んだら、逆にこちらが追いついてしまう可能性もある。
リュシエンヌはちょっと脅かせば諦めると思っていたようだが、ああいう輩はそれくらいでやめたりはしない。
あの様子からして常習犯だろう。
しかもここは村でも街でもない。
取り締まる者もいないため、たとえバレたとしても、ついて来ることが出来る。
こちらが「ついて来るな」と言っても、どうせ「道は一本しかありません」と返されるだけだ。
先に行かせたとしてもリュシエンヌに話した通り、どこかで待ち伏せして、また気付けば後ろについて来るのだろう。
そんなことを考えていると、控えめに窓が叩かれた。
カーテンを僅かに上げて確認すれば、先に出て道の様子を確認しに行っていた騎士の一人だった。
窓を開けて抑えた声で話しかける。
「どうだった〜?」
騎士が小声でそれに返した。
「遠く、森の中に煙が見えました。街道からは離れた位置でした。近隣に村もないので、恐らく野盗がいるのではないかと」
騎士が地図を広げ、煙の見えた方向を指で示す。
確かにこの先、街道沿いに村はない。
そうして騎士の示した先は、これから向かう方向で、ルフェーヴルは地図を目で辿った。
「野営地点にいるかもねぇ」
騎士もそれに頷き返す。
昼間は誰もが起きて警戒しているため、襲われるとしたら、夜、それも深夜だろう。
野営地近くに身を潜めていれば、獲物の方から勝手にやって来るというわけだ。
「さっきのヤツはまだいる〜?」
「行商人でしたら、まだいます」
「そっかぁ」
ルフェーヴルはニヤ、と笑った。
「野営地には行くよぉ。でも、荷物は降ろさなくていいかなぁ。……何かあればすぐに馬車を出せるようにしておいてぇ。夜はオレ達も乗ってないしぃ、多少速度を出しても問題ないからねぇ」
「了解しました。皆に伝えておきます」
騎士も訳知り顔で頷いた。
窓を閉め、カーテンを閉じる。
……うん、一番単純だけどそうしよっかぁ。
ルフェーヴルは声もなく笑う。
男達は反省するだろうか。
反省出来る機会があれば、だが。
「ん、ルル……?」
笑った際に揺れたからか、リュシエンヌが眠そうな声でルフェーヴルを呼んだ。
「ああ、ごめんねぇ、起きちゃったぁ?」
よしよしと頭を撫でれば、リュシエンヌが胸元にすり寄ってくる。
額をこすりつけるような仕草がかわいい。
その頭頂部にキスをすると、ぐずるように「んん」とリュシエンヌが不満そうな声を漏らした。
「……ルル、ちゅー……」
ん、と顔を上げたリュシエンヌに、ルフェーヴルは触れるだけの口付けをする。
それだけでリュシエンヌは幸せそうにふにゃりと笑う。
その表情がルフェーヴルは好きだった。
二度、三度と触れるだけの口付けを続ける。
ココン、と外から馬車が叩かれる。
「そろそろ出発の時間だってぇ」
腕を伸ばしてコンと壁を叩く。
「しゅっぱつ……」
ウトウトとしているリュシエンヌの頭を撫でる。
「リュシーは寝てていいよぉ」
どうせ、しばらくすれば馬車は動き出すだろう。
その予想通り、少しの間を置いた後に馬車がゆっくりと動き出す。
胸元で眠る妻を抱き寄せながら、ルフェーヴルは馬車の揺れを感じていたのだった。
……リュシーに言う必要はないよねぇ。
あんな者達がどうなろうと関係ないのだから。
* * * * *