軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

濾過魔法と偽名と

* * * * *

その日の政務を終えて、アリスティードは自身の離宮へと帰ってきた。

控えていた侍従に上着を渡しながら廊下を進む。

……今日も忙しかったな。

土砂崩れに関することもそうだが、先日、リュシエンヌから渡された書類もだ。

国王である父の命で、リュシエンヌが提出した書類の内容が正しいかどうかを確認するための調査団を立ち上げることになった。

その調査団に誰を選出するかという問題もある。

それもアリスティードの仕事だ。

……選出して、通達して、集めてからリュシエンヌの書類と内容を伝えて……。

責任者はアリスティードだが、その下に、アリスティードがいない間でもきちんと動ける人間を置かなければ。

タイを外し、リボンで纏めていた髪を緩めて、それらを侍従へ渡す。

自室の前で侍従は一礼して下がっていった。

アリスティードは自室の扉を開けて中へ入る。

暖炉には火が灯されていて、室内は暖かい。

……少し休んでから湯浴みをしよう。

ソファーへ座り、背もたれにぐったりと体を預けて目元に腕を置く。

眠るわけではないが体と目を休めたい。

はあ、と深い溜め息がこぼれた。

「溜め息吐くと幸せ逃げるよぉ?」

「!?」

突然真上から聞こえてきた声にビクリと体が跳ねる。

目を開ければ思いの外近くに、見慣れた顔があった。

「ルフェーヴル?」

そこには妹の夫であるルフェーヴル=ニコルソンが立っていた。

背もたれに体を預けたアリスティードを、後ろから覗き込むように見下ろしている。

ルフェーヴルはアリスティードが目を開けると、椅子の背もたれに両肘をついて寄りかかった。

以前にも似たやり取りをした気がする。

「お疲れだねぇ」

声もなく笑うルフェーヴルを見上げた。

「まあ、王太子としての公務や政務があるからな」

それでもリュシエンヌの加護の恩恵を授かったおかげで、多少の無理をしても支障はない。

ルフェーヴルがどこか感心したような、呆れたような、そんな表情をする。

「オレさぁ、アンタ達を見てるとほんと、リュシーと血が繋がってないのが不思議だなぁって思うよぉ」

「どういう意味だ?」

「リュシーもアリスティードも 義父上(ちちうえ) もぉ、みぃんな国のこととか民のこととかばっかり考えてさぁ、そのためにあれこれしようとしてるところがソックリだなぁってぇ」

その言葉にアリスティードは目を瞬かせた。

「それは王族としては当たり前じゃないか?」

民から税を得る代わりに、王族は国のため、民のために尽くし、国を良くしていく。

王族となった以上は果たすべき責務である。

「そ〜ぉ? 旧王家はそうじゃなかったけどぉ」

アリスティードは思わず顔を顰めた。

「あんな者達と一緒にするな」

「でも、他の国の王族だって多少差はあってもあんな感じじゃなぁい?」

「……否定はしない」

王族となり、他国との交流を行うようになって、アリスティードもなんとなくそれを感じていた。

この国の旧王家ほどではないが、私利私欲に塗れた王族も中にはいる。

そういう者を目の当たりにした時、アリスティードは旧王家が特段珍しい人間ではなかったと知った。

「それで、今度は何をしに来たんだ?」

こうやって来るということは何かしら用事があるからだ。

ルフェーヴルという男はアリスティードの妹であり、この男の妻であるリュシエンヌ=ニコルソンを愛し、執着しているので、リュシエンヌから離れたがらない。

そんな男がわざわざここへ来ている。

どうせ転移魔法で一瞬で来ているのだろうが、それでも、こうしてじかに来るということは重要なことなのだろう。

ルフェーヴルが、あは、と笑う。

「聞いちゃっていいのぉ?」

それに僅かに嫌な予感を感じた。

「待て、まさか──……」

慌てて体を起こしたアリスティードの鼻先に、紙がぺらりと差し出された。

予想より枚数の少ないそれを思わず受け取ってしまった。

そこには二つの魔法式と、もう一枚、何やら謎の図が描かれていた。

「ソレ読んでみてよぉ」

ルフェーヴルの言葉に視線を書類へ戻す。

……………………。

「 濾過(ろか) 魔法?」

その魔法式には八つの工程が組み込まれている。

工程のうち六つは水を濾過する仕組みらしい。

……これで本当に水が綺麗になるのか?

その六つの工程の後、加熱して沸騰させ、最後に沸騰した水を冷ます。

もう一つの魔法式は冷ます工程がないものだった。

最後の書類に書かれているのが図で表したこの魔法の仕組みらしいのだけれど、そこには小石だの砂利だのと書かれている。

魔法では魔力で作った細かな網目を水が通ることで水が綺麗になるという話だった。

「濾過の仕組みは分かったが……」

それでもまだ疑念は残る。

「そう言うと思った〜」

ルフェーヴルが背もたれから体を起こす。

そうして、詠唱を行った。

どうやら空間魔法のようだ。

そこから何やら変なものを取り出した。

……図に似ている?

「コレ、その図を実際に作ったものなんだけどねぇ」

ついでとばかりにバケツが二つ取り出され、何故かグラスが一つ、テーブルの上へ置かれる。

「ふむ、確かに図と同じみたいだな」

ガラスの筒の中には図の説明通りのものが入れられ、いくつかの層に分かれていた。

バケツを一つ床に置くと、ルフェーヴルがその中に筒を置いた。

もう一つのバケツを覗くと中には濁った水がある。

「この筒はその魔法式と理論は同じなんだってぇ」

バケツと筒を用意したルフェーヴルが立ち上がる。

それから濁った水の入っているバケツを持ち上げ、中身を筒へ注ぎ入れた

「これでしばらく待つと水が綺麗になって出てくるんだよぉ」

ルフェーヴルがその筒の傍で屈み込んで眺める。

アリスティードも釣られて筒を見た。

……なるほど。

中の層に水が染み込んでいく。

これはなかなかに興味深い。

つい、前のめりになって筒を眺めた。

「あ、リュシーの偽名なんだけどぉ」

ふと思いついた様子でルフェーヴルが言う。

その灰色の目は筒へ向けられたままだ。

「ああ、決まったか?」

「うん、偽名はルシール=ローズにするってさぁ」

それを聞いてアリスティードは笑いが漏れた。

「 ルシール=ローズ(ルフェーヴルとリュシエンヌ) か」

なんとも分かりやすくて覚えやすい名前である。

だが、それがリュシエンヌらしいとも思う。

昔から新しい魔法を開発する時、リュシエンヌはルフェーヴルとよく相談してやっていた。

悔しいがルフェーヴルも魔法に長けている。

本人は「タダで魔法について学んでたからねぇ」と言っており、確かにリュシエンヌが魔法について学んでいた時にずっとその傍にいて教師達の話を聞いていたのだろうが、それだけでここまで魔法に対して造詣が深くはならないだろう。

元より頭の良い男なのだ。

リュシエンヌの話を聞いて、アリスティードが理解出来なくても、この男は違う。

思いもよらないリュシエンヌの発案について行けるだけの柔軟さもある。

だからこそ、リュシエンヌもルフェーヴルへ相談するのだろうが。

「この魔法は濁った井戸の水とか川の水なんかには使えるけどぉ、洪水で街が水浸し〜みたいなのには使えないんだってぇ」

筒を眺めながら言うルフェーヴルへ訊き返す。

「そうなのか?」

「あくまで水中の土を 濾(こ) すだけでぇ、街とか村が洪水になっちゃうとぉ、生き物の糞尿とか液体のものが混じっちゃってもソレまでは取りきれないらしいよぉ」

「……ああ、そういうことか」

ルフェーヴルの説明にアリスティードは納得した。

濾過という意味が理解出来た。

浄化ではない理由も分かった。

この魔法式は水中の土などの固形物にのみ有効なだけで、液体の分離までは出来ないということだ。

魔法で液体の分離はやろうと思えば可能だろう。

しかし、それは混じっている液体が何かということが分かっていなければ出来ない。

洪水では水に色々なものが混じる。

そこから正確に水だけを分離させるのは難しい。

リュシエンヌもそれを理解しているのだ。

ぽた、と小さな水音がした。

顔を上げれば、更にぽたぽたと音がする。

ルフェーヴルがバケツの中を覗き込んだ。

「出てきた出てきた〜」

まるで小さな子供みたいに楽しそうだ。

……そういえば、こいつ、何歳になったんだ?

不意にそんな疑問が湧いて出た。

「ルフェーヴル、お前、今何歳だ?」

ルフェーヴルがキョトンとした顔をする。

「え、急になぁに〜?」

「単なる疑問だ」

アリスティードは今、十九歳である。

確か、今のアリスティードより少し若いくらいの頃にルフェーヴルはリュシエンヌと出会ったはずだ。

「あー、えっとぉ、三十になったかなぁ」

アリスティードはまじまじとルフェーヴルを見た。

「三十? 二十六、七くらいに見えるぞ」

初めて出会った時より年齢は重ねているが、三十代には見えない。むしろそれより若く見える。

こてん、とルフェーヴルが首を傾げた。

「オレってそんな子供っぽい〜?」

「仕草なんかも幼いけどな」

「ええ〜?」

心底不思議そうな声を上げつつ、左右にゆらゆらと体を揺らす姿に「そういうとこだぞ」と突っ込みを入れる。

見た目も確かに若く見えるが、その仕草というか、普段の態度が三十代の男のそれではない。

思えば、ルフェーヴルは昔からそういう部分があった気がする。

歳上なのにあまり歳上に感じない。

「アリスティードは歳相応って見た目だよねぇ」

笑い混じりの言葉に溜め息が漏れる。

「歳相応でいい。あまり若く見えると舐められる」

十二歳で王太子になってから七年。

いまだに若いアリスティードを軽く見る発言をされることもある。

当然、そのようなことをされて黙ってはいないが。

「あー、それはオレもあったなぁ」

「お前でも舐められることなんてあるのか?」

「そりゃあそうでしょぉ。オレだって最初っから最強じゃなかったしぃ、リュシーと出会う前なんてぇ『ガキのくせにギルドランク二位なんて〜』って喧嘩ふっかけられることもあったよぉ」

それは意外なことだった。

むしろ、リュシエンヌと出会った頃のルフェーヴルは今よりももっと人間らしさがなかったように思う。

「……ああ」

アリスティードは昔、ルフェーヴルが少し苦手だった。

リュシエンヌにいつもくっついていて、何かあるとすぐに出張ってきて、たまに牽制される。

それらが苦手な要因だったと思っていたが、もしかしたら昔のルフェーヴルはあまり人間味がなかったから苦手だったのかもしれない。

いつもヘラヘラしていて掴み所がない。

今でもそのような部分はあるものの、昔に比べてこの男は大分人間らしくなっただろう。

……いや、成長したと言うべきか?

つい笑ってしまった。

「お前はリュシエンヌと出会って良かったな」

ルフェーヴルは首を傾げた。

「ん〜? そうだけどぉ、なぁんか含みある言い方だなぁ」

「もしリュシエンヌと出会ってなかったら、お前はもっと子供のままだったかもしれないと思ってな」

「そこは否定しないけどさぁ」

ルフェーヴルが「あ」と小さく声を上げた。

「いい感じに溜まってきたよぉ」

ルフェーヴルが筒ごとバケツを少し持ち上げると、それを傾けた。

魔法の詠唱を行い、中身の水を一度沸騰させ、冷ましたそこにグラスを突っ込む。

グラスの中には少し色味のある水が入っていた。

最初に入れた水の濁りに比べたら大分マシに見えるが、その若干色があるのが気になる。

「はい、どぉぞ〜」

差し出されてつい受け取ってしまう。

「ソレ飲んでみなよぉ」

アリスティードはギョッとした。

「飲んで大丈夫なのか? まだ色が残ってるが……」

「オレもリュシーも飲んでみてるよぉ。ちょ〜っと土の味はするけどぉ、まぁ、飲める味かなぁ」

その土の味とやらが問題なのではないか。

そう思ったものの、怖いもの見たさもあって、アリスティードはそっとグラスに口をつけた。

…………確かに土の臭いがする。

どういう臭いかと表現するのは難しいが、口に含んだ水からは土みたいな味が僅かにあった。

ゴクリとそれを飲み込んだ。

「……飲めなくはないな」

「でしょぉ?」

筒を見て、書類を見て、グラスの水を見る。

ルフェーヴルがもう一つバケツに手を翳し、詠唱を行うと、バケツの水が渦を描いて段々と色味が薄くなり、やがて水中からコポコポと水泡が浮き上がってくる。

バケツの中で水が沸騰し、更に冷やされる。

水はほぼ色味がなくなっていた。

ルフェーヴルがまたグラスを空間魔法から取り出し、先ほどと同じように水を掬って差し出してくる。

「こっちの方が綺麗だな……?」

筒で濾した水よりも、魔法で濾過したものの方が色味がない。

「リュシーが言うには、こっちの道具だと段々濾過の能力が落ちてくるんだってぇ。魔法だとそれがないから、魔法で濾した方が綺麗になるんじゃないかって話だよぉ」

アリスティードは渡されたばかりのグラスに口をつけた。

魔法で濾過した水の方が土の味が薄い。

先ほどの水とこちらの水なら、この魔法を使ったものの方が見た目的も味的にもずっと飲みやすい。

「……なんでこっちを先に出さなかった?」

アリスティードの問いにルフェーヴルが笑う。

「そのほうが面白いかなぁって」

お前が面白がっているだけじゃないか。

けれども、この魔法はこれから必要になるだろう。

洪水の場合は使えないが、土砂崩れなどで環境が変わり、井戸の水が濁った場合には有効かもしれない。

「その筒、貰ってもいいか? 父上にも説明する」

「 義父上(ちちうえ) にも飲ませてみる〜?」

アリスティードはグラスの中身を一気に飲み干した。

やはり土の味は微かにするけれど、いざという時、少しでも水が飲めるというのは重要だ。

「それは父上の反応次第だ」

アリスティードの言葉にルフェーヴルが目を細める。

それは酷く愉快そうな表情だった。

「アリスティードって変なところで自尊心が高いよねぇ」

空になったグラスを返せば、ルフェーヴルは笑い混じりにそう言った。

アリスティードは否定しなかった。

自国民が口にするかもしれないなら、それを広めたいなら、まずアリスティード自身が口にしなければ誰の信用も得られない。

残りのもう一杯も飲み干してグラスを返す。

「偽名の件、リュシエンヌには『分かった』と伝えておいてくれ」

グラスを受け取ってルフェーヴルが頷いた。

「りょ〜かぁい」

受け取ったグラスを空間魔法に放り込んで、ルフェーヴルは「またねぇ」と言って姿を消した。

筒と二つのバケツだけが残される。

「……ふむ、ロイドや侍従達にも飲ませてみて、使えるかどうか確かめてみるか」

お世辞にも美味しいとは言えない土の臭いが口の中に、まだ残っていた。

* * * * *