軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ルルとリュシーの実験(2)

ルルが「そうだねぇ」と言う。

「リュシーの場合はでもどこにでもいそうな名前の方がいいかもねぇ」

「あと長く使うから、可愛い名前がいいなあ」

わたしの言葉にルルが笑った。

「可愛い名前かぁ」

ぽた、ぽた、と筒から水が染み出してくる。

それに気付いたルルがバケツを覗き込んだ。

……お父様やお兄様にとっても分かりやすい名前の方がいいかも?

わたしが覚えてられる名前にもしたい。

これからも沢山、国や人々のためになる案を出していきたいし、出来るなら魔法も色々作り出していきたい。

でも、きっとそれはわたしだけの力ではない。

ルルがいつだって助けてくれるだろう。

わたしの「ああしたい」「こうしたい」にルルが助言してくれて。

それってルルとわたしの功績なのだ。

ルルとリュシー。

「ルシール」

わたし達の特別な名前。

ふと思い浮かんだのは、初めてルルからもらったバラの花だった。

結婚式の指輪もそれをモチーフにしてあった。

「ルシール=ローズ」

ルルが振り向く。

「偽名、それにするの〜?」

訊かれて頷いた。

「うん、これから出す案も、魔法も、きっとルルと二人で作っていくものだから。名前もルルとリュシー でルシール、わたし達の特別な花から取って、ローズ」

「ルシール=ローズかぁ。かわいい名前だねぇ」

笑ったルルがわたしを抱き寄せる。

二人でバケツの中を覗き込む。

そこには綺麗に濾過された水が溜まっていた。

完全に綺麗とまではいかないまでも、かなり土が除去された水は、飲料水としてなんとか使えそうである。

でもこのまま飲むわけにはいかない。

「ルル、この水、沸騰させてくれる?」

この世界の水は生水では飲めない。

全く飲めないことはないが、生水を飲み続けるとお腹を壊したり体調を崩してしまう。

水は基本的に一度、加熱、沸騰させる必要があった。

後宮で暮らしていた時は井戸からそのまま水を飲んでいたけれど、あれはスキルや加護のおかげで大丈夫だったのだろう。

そうでなければわたしは体調を崩してしまっていたはずだ。

ルルが魔法で水を浮かせると、加熱する。

空中でぽこぽこと水が沸騰する。

それをうにうにと空気中で転がして冷ました後、ルルは空間魔法から取り出したグラスにそれを入れた。

ほんの僅かに色は残っているものの、最初の濁った水に比べたらかなり綺麗になった。

ルルがグラスから一口飲んだ。

「……コレ、子供のうちに知りたかったなぁ」

ぽつりとルルがそう呟いた。

「そうしたら泥水飲まずに済んだんだけどねぇ」

ふう、と小さくルルが溜め息を吐く。

子供の頃の、お師匠様のところでの訓練を思い出しているようだった。

「でもルルが行ったっていう湿地の水は、泥を抜いたとしても、お腹壊したんじゃないかな」

「まぁねぇ。でも泥水のまま飲むよりマシじゃなぁい?」

「それは、まあ……」

確かに泥が混じったまま飲むよりかは良いのだろうが。

「オレもさぁ、あの頃は考えて服とかで水の汚れを 濾(こ) して飲んだけどぉ、それでも結構濁ってたしぃ、こんな綺麗じゃなかったよぉ」

まじまじとルルがグラスの中身を見た。

「わたしも飲む」

「まだちょ〜っと土臭いよぉ?」

「いいよ」

差し出されたグラスを受け取り、一口飲む。

ルルが言った通り、若干土の臭いと味はするものの、口の中がざらざらするといったことはない。

「これならギリギリ飲める、かな?」

ルルに訊くと頷かれた。

「オレはこれくらいなら気にならないかなぁ」

ルルがわたしの手からグラスを取る。

「それにしても不思議だよねぇ。石と砂と炭、布でこんなに綺麗になるなんてさぁ」

グラスを矯めつ眇めつ眺めるルルにわたしは頷いた。

「それはわたしも思ったよ。炭は分かるけど、石とか砂利とかなんて逆に汚れそうだもんね」

「そうなんだよねぇ」

バケツを覗き込めば、まだ水が染み出していた。

「ルル、これ、魔法で出来るかな?」

ルルが首を傾げ、腕を組む。

どうやら考えてくれているらしい。

「……要は茶漉しみたいな感じなんだよねぇ?」

「うん、そう。大きさの違う茶漉しをいくつも通して、目に見える汚れだけじゃなくて、小さな土の粒とかも濾し取ってる感じ」

「……ん〜」

屈んだまま、ルルが指で地面に魔法式を書き出す。

わたしもそれを覗き込み、一緒になって指で書き込んでいく。

一つの魔法式にせず、六つの魔法式を順に通していく形の方がいいかもしれない。

この実験道具を魔法式に置き換えて、布の層、砂の層、炭の層、砂利の層、小石の層、綿の層でそれぞれ用意する。

それを魔法で代用しようということだ。

一応、こうして道具があれば出来ることだけれど、災害現場にわざわざ道具を持って行って作るよりかは、魔法で済ませられるなら、その方がいい。

魔法なら、魔力さえあって、魔法式があれば、どこでも出来る。

ザルや茶漉しを通すだけの作業みたいなものだ。

「加熱も入れる〜?」

ルルの言葉に頷いた。

「うん、加熱殺菌も最後に入れた方がいいかも」

「そうなると魔法式は七つかぁ」

難しそうにルルが眉を寄せた。

魔法式の同時展開は魔力もそこそこに使う。

さすがに七つ同時展開となると一般人には技術面でも魔力量的にも厳しいかもしれない。

「やっぱり一つに纏めた方がいいかもねぇ」

地面には七つの魔法式が描かれている。

一つ一つは単純な魔法である。

ただ、全てを同時展開は確かに現実的ではない。

しかし全て一つの魔法式に纏めるのも難しいかもしれない。

たとえるなら、いくつもザルを置いて、そこに一気に水を流し込んだとして、ザルがきちんと機能してくれるかという問題だ。

それに、そんなことをするなら最初から網の目の小さなザルで濾せばいいとなるのだが、一つのザルでどこまで水が綺麗になるかは分からない。

「七つの行程を順にやっていく魔法?」

「そぉそぉ。少なくとも同時展開を七つは一般人には無理だよぉ。それよりも一つの魔法式で順にこなしていく方がまだ現実的かなぁ」

ルルが手を払い、空間魔法から紙とペンを取り出して、地面に描かれた魔法式を写していく。

七つの魔法式を書き終えると、立ち上がり、ルルは足で魔法式をかき消した。

同じくわたしも立ち上がる。

「コレどうする〜?」

実験道具をルルが指差す。

「お兄様に出来た魔法式を渡す時に、原理を理解してもらいたいから、持って行った方がいいかも」

「りょ〜かぁい」

「うん」

ルルが空間魔法に実験道具を収納した。

差し出された手にわたしは自分の手を乗せる。

エスコートされて屋敷の中へ戻った。

廊下を通り、階段を上がって、一度寝室へ向かう。

わたし用の書斎の鍵を持ってそちらへ行った。

わたし用の書斎は基本的に使用人でも立ち入り禁止である。

掃除をする時は、わたしかルルが立ち会っていなければならない。

色々な魔法の本やわたし達が暇潰しに考えた魔法、わたしが思い浮かんだ魔法式の構想など、あまり人目に晒したくないものが多いからだ。

部屋に着き、鍵で開ける。

扉を開いて二人で中へ入った。

黙ってついて来ていたヴィエラさんは、お茶の用意をするために下がっていった。

ルルとわたしとでテーブルに向かう。

ルルが持っていた紙をテーブルへ置き、新しい紙を引っ張り出してくる。

「七工程ってなるとぉ、かなり緻密になっちゃうねぇ」

魔法式の外枠を描きながらルルが言う。

「うーん、加熱以外の工程は水を濾す時の濾し具合というか、穴というか、そこだけ書き換えればいいわけだし、外枠で六工程、最終中央で一工程になるようにするのはどう?」

「なるほどねぇ」

ルルの描いた外枠に内枠を描く。

まず、外枠と内枠の間に濾過工程を書いていく。

順序があるので、番号も振って、濾し具合の部分もそれぞれ変えておく。

それから他の工程とぶつからないように注意する。

書き方によっては一工程だけ繰り返す魔法になってしまうこともあるので、少し書いては確認してを繰り返す。

………………うん。

時間をかけて六工程を書き込んだ。

いつの間にかテーブルの隅にティーカップが置かれていて、ヴィエラさんが部屋の端に控えている。

集中していて気付かなかったみたい。

ルルが一口飲み、それから渡される。

わたしがよく飲むミルクティーだった。

それを飲んでいる間にルルが確認する。

「リュシー 、ココ途切れてるよぉ」

「え、どこ?」

「コレ。このままだと前の工程をやりながら次の工程が始まっちゃって二重に展開されちゃうんじゃなぁい?」

指差された場所を見る。

「……本当だ。ありがとう、ルル」

工程を終える指示を書き込む。

ルルがそれを確認して頷き、続きを確かめる。

「……うん、コレでいいと思うよぉ」

ルルの確認が終わり、内枠の作業へ移動する。

「加熱魔法はルルが書いてくれる? わたしはその魔法について知らないから」

「いいよぉ」

ペンを受け取ったルルが書き込んでいく。

それをわたしも覗き込む。

……なるほど、火魔法の応用なんだ。

火で加熱するか、空気を圧縮して加圧なのか、どちらかだろうとは思っていたけれど、指示を見る限り、水の中で高火力の炎を出して一気に加熱する方法のようだ。

サラサラサラ、とルルが書き終える。

「多分、他の工程に響かないと思うけどぉ、確認してみてぇ」

差し出された紙を受け取って見る。

濾過工程が終わった水を加熱するよう指示がある。

水の中で炎が展開して加熱し、温める。

「あれ、魔力の使用数値、ちょっと高くない?」

「ああ、それねぇ、あえて幅を大きくしてるんだぁ。一回で綺麗にする水の量が増えてもきちんと沸騰させるためにはぁ、それくらい必要だからねぇ」

「そっか」

コップ一杯分程度だったらともかく、もしこの魔法式を使用するとなれば、そこそこの量の水が使われることになるだろう。

あえて魔力量に幅を持たせておくことで、ある程度の量へ使用しても展開出来るようにとの配慮のようだ。

「他の六工程も魔力量、増やした方がいいかな?」

「いんやぁ、そっちはそのままでいいと思うよぉ」

二人で話しながら紙を見る。

最後にそれぞれ確認をして、抜けはないか、魔法式に矛盾はないか、数値が間違っていないかを調べる。

そうしてルルと頷き合う。

「じゃあやってみよっかぁ」

ルルが空間魔法からバケツを取り出した。

先ほど使用した、濁った水が入っているバケツだ。

まだ中には半分ほど残っている。

ルルがバケツへ手を翳し、詠唱を行う。

魔法式がバケツに展開されて、中の水がぐるぐると渦を巻き、段々と水が透明に変わっていく。

その後、水中から、ごぽぽ、と泡が沸き立つ。

お湯になったそれから湯気が上がる。

魔法式がふわっと消えた。

「あ」

バケツには熱湯が残されていた。

二人で顔を見合わせる。

「冷ます過程まであった方がいい?」

わたしの問いにルルが頷いた。

「その方がいいかもねぇ」

ルルがまた詠唱を行い、バケツから水だけを浮かせて、空中で水をもにもにと混ぜ合わせる。

段々と熱湯から湯気が消えていく。

大体、冷めたかなというところでルルがバケツに水を戻した。

そうして、ルルがティーカップの中身を飲み干してから、バケツにそれを突っ込んだ。

掬った水に口をつける。

「どう?」

ごく、とルルが水を飲み込む。

「さっきのより、こっちの方が土の臭いがしないかも? 色もこっちの方が綺麗だねぇ」

差し出されたティーカップを受け取る。

……確かに。

先ほど実験した水はほんのり色味があったけれど、こちらの水はとても綺麗だった。

一口飲んでみると、僅かに土の臭いはするものの、先ほどの実験で濾した水より味はしない。

……なんで魔法の方が綺麗になるんだろう?

そういえば実験道具はあくまで石や砂利、炭などの間を水が通っていくので、炭などの目が詰まったりすると完全に汚れは取りきれないが、魔法だとそういうことはなく、水全体を満遍なく濾せるから、汚れが取りきれないということがない。

そういう点では魔法の方が便利だ。

実験道具は何度も使えばダメになるが、魔法にはそれがない。

「うん、さっきよりいいね」

ルルが頷いた。

「これなら飲み水として問題ないねぇ」

二人で頷き、新しい紙を取り出した。

そこへ、今度は加熱後に冷ます魔法まで付け足した。

全部で八工程になってしまうが仕方がない。

一応、冷ます過程のある魔法式と、ない魔法式の両方を清書する。

何故冷ます過程のない魔法式も残しておくかと言うと、これはお湯を使いたい時にそのまま使えるからだ。

この魔法は主に使う属性が火だけなので、きっと、多くの人が使えるはずだ。

濾過工程には属性は必要ない。

「やっぱり偽名は必要そうだねぇ」

出来上がった魔法式を見てルルが言う。

「コレ、あっという間に広がると思うよぉ」

わたしは期待を込めて頷いた。

「みんなが使えたらいいよね。災害でも、普段の生活でも、飲み水が綺麗だったら嬉しいし」

この魔法式が多くの人の役に立ってくれたらと思う。

飲み水で体調を崩すなんて、良くない。

「今夜にでもアリスティードのところへ持って行ってみるねぇ」

「うん、よろしくね」

これで飲み水問題はなくなった。

「思ったんだけどぉ、コレ使えば魔法で生成した水に必要な『かるしうむ』とか『かりうむ』ってやつ、入れられるんじゃなぁい?」

「え? ……あ、なるほど!」

これは汚れを濾過するものだが、魔法で生み出した水をこれに通せば、地中を通った水のような成分になるかもしれない。

「でも、それ結構手間がかかるよね? 生み出した水をわざわざ装置を作って通さなきゃいけないわけだし……」

「うん、あんまり効率は良くないかなぁ」

「……難しいね」

そんな手間をかけるくらいなら、不味くても、多少体に悪かったとしても人々は魔法で生み出した水を飲んでしまうだろう。

「とりあえず、今はこれでいいんじゃない?」

と言うルルにわたしは頷いた。