軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リュシエンヌ、考える

濾過魔法をルル経由でお兄様に渡してもらった。

……わたしに出来ることはやった、と思う。

貧困層への配給案に、土砂災害での飲料水問題。

正直、もっと頭の良い人なら、わたしが出した案よりもずっといいものを出せただろうし、飲料水問題でも魔法できちんと飲める水を生み出すことも出来たかもしれない。

でも、前世でも専門的な知識なんて全然ないようなただの一般人だったわたしにはこれが精一杯である。

ルルが差し出してくれたティーカップを受け取った。

「ありがとう、ルル」

精一杯と思っているのに、落ち着かない。

まだわたしにはやれることがあるような気がして、それに、わたしは自分が出した案の欠点をまだ補えていない。

貧困層への配給案ではその資金が必要で。

もっと言えば雑麦の量だって問題だ。

国が全部の雑麦を買い占めてしまったら、他に困る人も出てくるだろう。

そういう点では、むしろ生産量を増やすことも考えなければいけない。

それに間伐は余分な木が出来てしまう。

たとえ薪に使えたとしても、元々それほど薪には困っていないだろうから、需要に対して供給過多になる可能性が高い。

あとは平民の食器などだが、それだって、毎日使い捨てるわけではないので間伐した木を使い切ることは難しい。

…………うーん……。

「木が小麦に変わってくれたらいいのになあ」

そんなことを言えば、ルルが笑った。

「リュシーって時々面白いこと言うよねぇ」

つん、と頬をつつかれる。

わたしがティーカップに口をつければ、ルルの指はあっさり離れていった。

そうしてルルの手がわたしの肩を抱き寄せた。

「リュシーは働き者だよねぇ」

見上げれば、ルルが少し困ったように眉を下げていた。

「アリスティードや 義父上(ちちうえ) にリュシーはよく似てるよねぇ」

「そうかな?」

「うん、誰にも何も言われてないのにぃ、自分から仕事を探したり増やしたりするところとかぁ、その立場での責任とかぁ、そういうのすっごく重んじるっていうかぁ」

……否定は出来ないかも。

もう王女ではなくなったのに、なんとなく、まだ王女の時みたいな感覚が残っていて、わたしに出来ることがあるなら国のために何かしたいと思ってしまう。

だけど、そこにはお父様やお兄様の役に立ちたいという気持ちもあって、単純に気付いてしまったことを見過ごせないという罪悪感もあって。

「わたしはお兄様やお父様みたいな献身的なものじゃないよ? ただ、気付いちゃったものを無視出来ないなあ、みたいな?」

「それがリュシーの優しいところなんだよぉ」

ルルに頭を撫でられる。

「自分は関係ないのにぃ、誰かのために何かが出来るのって優しさだと思うんだよねぇ。まぁ、その間は構ってもらえなくてオレは寂しいんだけどぉ」

近付いたルルの顔にわたしはキスをした。

「ごめんね、わたし考えごとするとそれに集中しちゃうから……」

どうしてもその一つのことに意識が集中して、周りが見えなくなってしまう。

ルルがわたしの頬にキスをする。

「そこはリュシーの長所と短所だねぇ」

「それで……」とルルに覗き込まれる。

「今度は何を考えてたのぉ?」

ルルの問いに驚いた。

「一緒に考えてくれるの?」

「うん。って言うかぁ、解決しないとリュシーはいつまでも悩んでそうだしぃ、それは面白くないからねぇ」

「う……」

ルルに図星を突かれて言葉が出てこなかった。

確かに、一度考え出すと、そのことばかり考えてしまうのでルルへの対応がいつもより雑になっているかもしれない。

「どうせならオレに話してよぉ。リュシーの考えてることは知りたいしぃ、一人で悩むよりぃ、二人で考えた方がいい案が出るかもだしぃ?」

「考えるなとは言わないんだね……」

ルルが笑う。

「本当はオレのことだけを考えていてほしいけどぉ、リュシーは優しいから他の人が困ってたら助けたくなっちゃうんでしょぉ?」

それに頷き返す。

「そうかもしれない」

「だったら考えるなって言っても無理だしぃ、それよりかは一緒に考えた方が退屈しないしねぇ」

よしよしと頭を撫でられて、わたしはルルに抱き着いた。

「ありがとう、ルル。わたしは色々考えるけど、でも、それってルルが一緒だから、ルルと話したら解決出来るかもしれないって気持ちもあるの」

わたしが突然変なことを言っても否定しない。

わたしが上手く説明出来なくても、ルルはいつだって、わたしの話に付き合ってくれる。

そして一緒に考えて答えを見つけてくれる。

だからルルにならなんでも話せてしまうのだ。

「分かってるよぉ」

そう言ってくれるルルが心強かった。

* * * * *

リュシエンヌは優しい子だ。

そして、とても素直な子でもあった。

優しくて、素直で、周りが見えてしまう。

だから気付いたことを無視出来ない。

「リュシー、オレに話して?」

そう言えば、リュシエンヌは一つ頷いた。

「あのね、前にお兄様達に出した貧困層への配給案で、それを行うためには、資金と必要な麦を安定に手に入れるためにはどうしたらいいかってことと、この間出した間伐案で、間引いた木の使い道をどうしようかなって考えてたの」

……なるほどねぇ。

「それで木が麦になればいいのにって話になるのかぁ」

確かに、木が麦になってくれたらそれらの問題は一気に解消しそうである。

何故リュシエンヌがそんなことを言ったのか理解出来た。

思わず笑ったルフェーヴルに、リュシエンヌも自分の言葉が子供っぽいと感じたのか、少し恥ずかしそうな顔をした。

「うん、でも、魔法でもそれは無理だよね」

「無理だねぇ」

いや、やろうと思えば出来なくはないのかもしれないが、それを行えばきっと代償も大きいだろう。

代償のわりに成果が見合わないことになる。

それなら別の手段を考えた方がいい。

リュシエンヌがテーブルにティーカップを置く。

「魔法で植物の成長速度を早めるのはどうかな?」

ルフェーヴルは首を振った。

「それは出来ないよぉ」

「なんで?」

「成長を早めるってぇ、要はその対象の時間を意図的に進めるってことでしょぉ? そこまでいくと、もう神サマの領域に近いんじゃないかなぁ」

対象の時間を進める魔法なんて、ない方がいい。

リュシエンヌは植物にのみかけることを前提で考えているようだけれど、もし、それを生き物に、たとえば人間にかけたりしたら、その人間はあっという間に寿命を迎えて死んでしまう。

そんな魔法は禁忌扱いされるだろう。

だからこそ、そのような魔法は開発されるべきではない、というのが一般的な考えだ。

リュシエンヌは残念そうだった。

「麦の成長を早められたら、一年で採れる量も一気に増えるかなって思ったんだけどなあ」

純粋なリュシエンヌにルフェーヴルは笑った。

「そうなれば良かったんだけどねぇ」

その魔法が悪用されるなんてリュシエンヌは考えていないのか、それとも思いもよらないことなのか。

どちらにしてもリュシエンヌには黙っておこう。

……それにしても、木を小麦にねぇ。

ん〜、とルフェーヴルも考える。

「でもどっちが大事かって言うとぉ、小麦を増やすことの方が重要かもねぇ。木は余ってもいいけどぉ、食べ物が少ないままの方が問題だろうしぃ」

リュシエンヌが頷いた。

「そうだね、まずは小麦を増やすのを考えた方がいいかも。小麦に限らず、野菜とか、お肉も食べられるようになったらいいよね」

「リュシーは我が儘だねぇ」

小麦や野菜ならともかく、平民にとっては肉は高価なもので、毎日食べられるような裕福な家は少ない。

リュシエンヌもそれは分かっているはずだ。

「でも、毎日お肉を食べられたら健康にもいいし、それって結果的には国のためになると思わない?」

平民が食べ物に困らなくなり、体が頑丈になるというのは確かにいいことではある。

国力という点でも平民がきちんと食事出来ることは大事だろう。

痩せた平民と健康な平民、どちらが強く、どちらが物を作ったり育てたり出来るかという点で考えれば答えは簡単だ。

「国力も上がるだろうねぇ」

「でしょ?」

リュシエンヌはどこか楽しげだ。

きっと、そうなったらと想像しているのだろう。

こういう前向きとも楽観的とも取れる部分がリュシエンヌにはあって、そこもかわいいと思う。

その前向きさがあるからこそ、色々な案を出したり、魔法を開発したり出来るのかもしれない。

* * * * *

ルルはいつもわたしの話に付き合ってくれる。

今だってそうだ。

「魔法でってのは難しいけどぉ、他の方法で食べ物を増やすことは出来るんじゃなぁい?」

言いながら、ルルがお皿に盛られたドライフルーツを手に取り、わたしの口元へ差し出してくる。

口を開ければ、ひょいとそれが放り込まれた。

干した果物特有の甘みを噛みしめる。

「たとえば?」

「ん〜、たとえばぁ、野菜とか小麦とかを作る範囲を広げるとかぁ?」

「それはちょっと難しそう。広げたら、その分、その畑を管理する人が必要になるから」

そのことはルルも理解しているようで「だよねぇ」と返事があった。

ルルも考えているようで、ドライフルーツを食べながら、視線を宙へ向けた。

「人と面積は増やせないかぁ」

「うん、だからわたしも成長速度を早めて収穫回数を増やすことでどうかなって」

「そういうことねぇ」

ふとルルが呟いた。

「木じゃないけどぉ、葉は肥料になるよねぇ。前にぃ、動物の糞も肥料になるとかって聞いたことはあったけどぉ」

瞬間、パッと頭の中にそれは浮かんできた。

「そうだ、肥料!」

つい興奮してルルを指差すと、手で下される。

その代わりに訊き返された。

「肥料がどうかしたのぉ?」

面積も人も増やせない、収穫回数も増やせない。

それなら、あとはもう収穫物を物理的に増やすしかないのではないだろうか。

「肥料と土壌を改良するんだよ! 天候不順は仕方ないにしても、土が痩せて作物が育たない、みたいなことをなくせばもっと作物が採れるかも!」

肥料や土壌の改良が出来れば、たとえば土地はあるけど作物が育ち難い場所でも、時間はかかるけど、長期的に見れば改良の余地はあると思う。

「そうなるとぉ、貧困層の配給案で使う予定だった売り物にならない野菜とかが減っちゃうんじゃなぁい?」

「あ……」

上がっていた気分が一気に落ちた。

採れる野菜が全て売り物になったら、今のように売れない残り物がなくなるということで、そうなるとビスケットに使える野菜が減ってしまう。

……うーん、でも……。

「そういう野菜が多くなったら、野菜の値段も下がって、逆に貧困層ももっと買えるものが増えるかも?」

「じゃあ小麦とか野菜が安くなったら配給は要らなくなるねぇ」

「確かに……」

沢山野菜や小麦が採れるようになって、食べ物をもっと安価に買えるようになったなら、貧困層の食事事情もまた変わってくるかもしれない。

「だけど、もしそうなったとしても何年、何十年も先も話になるよ。それまでは配給制度があってもいいと思う」

安定して野菜や小麦が採れるようになる。

今はそれを目指すべきなのではないだろうか。

……でも今度はそうなると農家さんの生活が苦しくなる〜って話になってくるんだよね……。

こういう問題は手をつけ始めたら際限がない。

「……とりあえず、野菜や小麦を作ってる人達が、今、どういう風にそれらを育ててるのかが知りたいかも。土作りとか、肥料とか、そういうことも含めて」

ルルが頷きながら笑う。

「じゃあ、またアサドに情報収集してもらう〜?」

「えっと、そういうのもお願いしたら調べてくれるのかな?」

「調べてくれるんじゃなぁい? 訊くだけ訊いてみようよぉ。ダメならアリスティードに頼んでみればいいしぃ」

……なるほど、お兄様から訊くのも手かもしれない。

でも、そうなるとお兄様に色々と説明することになる。

まだわたし自身でもどういうことがしたいのか、どういうことが出来るのか分かっていないから、説明するのはちょっと控えたい。

きちんと案が出来てから話したいのだ。

「あ、調べてもらうなら、知りたいことを紙に書いておいた方がいいよね?」

「そうだねぇ、その方が向こうはラクだろうねぇ」

ルルが空間魔法を展開させて、紙とペンと取り出した。そのペンが渡される。

わたしも知りたいことは曖昧だが、野菜や小麦を育てる農家さん達の植物の育て方を細かく教えてもらえたら嬉しい。

「えっと、まずは野菜と小麦の畑で、土作り、使ってる肥料、育て方の違いが知りたい。あとはどのくらいの広さでどれくらい作物が採れるのかとか、年に何回収穫出来るのかとか、作物に関することはとにかく調べてほしいかな」

書き出していくとかなりの項目数になる。

自分で書いていて、こんなことまで分かるのだろうかということもあったため、書類の頭に『分かる範囲でお願いします』と書いていく。

「コレ、調べるのは大変そうだぁ」

出来上がったリストを見たルルが笑う。

「書いてあるけど、出来る範囲で分かればいいの」

「そうなんだろうけどぉ」

リストを見た後、ルルは「まぁいいかぁ」と呟くと、そのインクを乾かしてリストを折りたたんだ。

「今夜にでも依頼しに行ってみるよぉ」

「あ、わたしも行った方がいいかな?」

「渡すだけだから要らないと思う〜」

……それならいいんだけど。

「闇ギルドにこんな依頼を頼む人間なんてぇ、リュシーくらいだろうねぇ」

ルルの言葉に否定は出来なかった。