軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

弟子達の歩む道

* * * * *

リュシエンヌに頭を撫でられている。

慰めるような、宥めるような、優しい手つきだ。

それを心地良く感じる一方で、ルフェーヴルはもう一度心の中で、勝ったと思ったんだけどなぁ、と呟いた。

久しぶりに見た師匠は記憶の中よりも随分と年老いて、最後に見た時よりも小さく感じた。

片足を引きずる姿からは昔ほどの力は感じられなかったし、最初に顔を合わせた瞬間、ルフェーヴルは分かってしまった。

……オレのほうが強い。

そうして、それは師匠も気付いたようだった。

何も言わなかったが、言わなくとも、互いの力量は一目見れば分かる。

それが分からないようでは裏社会では長生き出来ない。

昔は越えられない壁のような存在だった。

教わった暗殺術で殺してやろうと思ったのは、容赦のなさに苛立ったのと、その壁を越えたいと思ったからだ。

でも呆気なく越えてしまった。

……それもリュシーのおかげなんだけどねぇ。

リュシエンヌの女神の加護。それに付随してルフェーヴルは女神から祝福を受け、リュシエンヌと出会った頃よりもずっと身体能力も魔力数値も上がっている。

それがなければ師匠と同じか、もしかしたら低かったかもしれない。

呆気なく越えてしまった壁は小さく感じた。

だからなのか、やらなくてもいい仕事をルフェーヴルはやってしまい、そんな自分自身に驚いた。

こんな自分でもリュシエンヌ以外の人間を気遣うことがあるなんて、と思った。

だけどそれが案外悪くなくて。

柄にもなく、こういうのが親孝行というのかも、とすら思ったのだが。

「くっそー……」

全然、壁は越えられていなかった。

まさかそのことを師匠と別れた後、それもリュシエンヌの口から聞くことになるとは想像もしていなかった。

はっきり言おう。かなり、悔しい。

この悔しいという感情もまた、昔から、ルフェーヴルに与えられるのは師匠だけだった。

訓練で勝てなくて悔しくて。

暗殺しようとしても躱されて悔しくて。

いきなり「もう一人前の暗殺者だ」と放り出されて、それがよく分からないけれど悔しくて。

そうしてまた、悔しい思いをしている。

「結局、クソジジイの勝ち逃げじゃん……」

いつだってそうだ。

ルフェーヴルがどんなに強くなっても、師匠はいつも、ルフェーヴルの前にいる。

追い越したと思ってもそれは幻影に過ぎない。

闇ギルドのランキングも勝ったと思った。

昔の師匠も二位だった。

だから二位に上がれた時は珍しく嬉しいと感じたし、思い返せば、ルフェーヴルはその地位に執着していた。

一位になった時も師匠を越えたかもと感じた。

しかし、それらは全て幻影だったのだ。

「良かったね、ルル」

リュシエンヌの言葉にルフェーヴルはキョトンとした。

「良かった……?」

まんまと騙されていたというのに?

首を傾げたルフェーヴルにリュシエンヌが頷く。

「だって、それってルルのお師匠様はずっとルルの尊敬出来るお師匠様のままだったってことでしょ? 尊敬出来る人って、ある意味では目標になる人だと思う。だから、ルルのお師匠様がお師匠様のままで良かったんだよ」

リュシエンヌの言葉は意外なものだった。

けれども、同時にストンと胸の内に入ってくる。

本人には死んでも言わないが、ルフェーヴルが尊敬する人間は師匠くらいのもので、確かに昔は師匠を目標にしていた。

口調も、柔らかな雰囲気も、街などの人目があるところでは笑みを絶やさないところも、もう自分でも分からないくらい真似をしてきて。

壁を越えたと思ったら前に立っていた。

しかも、もう壁を越える機会ももらえない。

悔しくて、腹立たしくて、でも、同時に師匠らしいとどこかで呆れている自分もいる。

最後の最後まで『ガルム=ダフ』という暗殺者だった師匠にルフェーヴルは負けたのだ。

そもそも、もしかしたら同じ場所にすら立てていなかったのかもしれない。

ルフェーヴルだけが躍起になっていただけで、師匠はそれを、ただ静かに受け流していた。

殺してやると挑んだ昔のルフェーヴルの攻撃を 悉(ことごと) く躱したように。

……悔しいけどオレの負けだよねぇ。

ルフェーヴルはまだ、師匠には勝てない。

それが悔しくて、だけど、理解してしまうと不思議と笑いが漏れた。

「……オレ、一生勝てないかもなぁ」

リュシエンヌが穏やかに笑った。

「勝てなくてもいいんじゃないかな? お師匠様なんだし。ルルの自慢のお師匠様だね」

「自慢はしないけどねぇ」

ルフェーヴル=ニコルソンの師匠。

ガルム=ダフという暗殺者。

師匠こそが、最高の暗殺者であり、ルフェーヴルの目指す場所なのだと。

そう、認めるしかなかった。

* * * * *

ガタゴトと馬車に揺られながら、ヴィエラは車窓を眺めた。

つい少し前まで、ヴィエラは暗殺の師のところに会いに行っていたというのに、今は、それが 幻(まぼろし) だったような気がする。

師匠は相変わらず静かな人だった。

ヴィエラにとって師匠は父親代わりだった。

他国の旅芸人の一座の踊り子だった母と、この国の貴族の子息だという父の間にヴィエラは生まれた。

しかしヴィエラが生まれる前に父は、家同士の関係で別の貴族の女性と結婚することになり、母はヴィエラを身ごもったまま放り出されたという。

母はなんとかヴィエラを生み、その後は娼婦として働きながらヴィエラを育ててくれた。

しかしヴィエラが八歳の頃、母は風邪を拗らせてあっさり亡くなってしまった。

父親だという男性のいる家に助けを求めたこともあったけれど、母親によく似たヴィエラを助けてはくれなかった。

ヴィエラは貧民街の孤児として、日々、盗みをしてなんとか一年生き抜いた。

時には盗みがバレて暴力を振るわれることもあったけれど、生きるために、それでもやめなかった。

そんな中、師匠に出会った。

平凡な男性で、人が好さそうで、物を盗んでもバレなさそうに見えた。

けれども実際はそうではなかった。

盗もうと近付いた瞬間に捕まえられた。

細身なのにどんなに暴れてもビクともしなくて驚いたことをよく覚えている。

師匠は一言訊いてきた。

「ここから抜け出す気はあるかい」

ヴィエラは驚き、けれど、頷いた。

貧民街(こんなところ) から抜け出したい。

寝るところにも、食べることにも、困りたくない。

「そのためなら、なんでも出来るかい」

「っ、できる……!」

もうこんな暮らしはしたくない。

師匠はヴィエラを連れて帰った。

それから師匠は厳しく、容赦なく、ヴィエラを暗殺者にするために接した。

でも師匠のところでの暮らしはヴィエラにとっては驚きと恐怖と困惑の連続で、いつも怖がって泣いてしまい、他の子供達から『泣き虫』と呼ばれていた。

訓練はつらかった。

動物や人間を殺すのもつらくて、怖くて。

それでも死にたくなくて必死だった。

ヴィエラは自分のすぐに泣く癖を治したかったが、意外にも師匠はそれを叱ることはなかった。

ヴィエラの恐怖心は大事なことだと言った。

「生きるために慎重になるのは必要なことだ」

その慎重さはヴィエラの強みになる、と。

人をよく見て、相手の感情を読め。

そう言われてヴィエラは周囲の子供や師匠のことをよく見るようになると、不思議と、恐怖心は和らいだ。

誰がどう動き、その時に何を考えているのか、どんな気持ちなのか。

ヴィエラがそれを分かるようになると、師匠はヴィエラに暗殺術を与えた。

それは、誘惑して相手を殺すものだった。

ヴィエラは肉体的な成熟が早く、踊り子の母に似て美しい顔立ちだったのと、人の感情の機微に敏感で、女という性別を武器にした暗殺術であった。

異性、または同性と肌を重ねることに忌避感はなかった。

生きるためならなんでもするという言葉は本心であったし、母の仕事を悪いものだと思ったこともない。

閨での暗殺術はヴィエラの性に合っていた。

閨では誰もが気を緩める瞬間がある。

ヴィエラはその瞬間を待つだけでいい。

そうして仕事をいくつかこなし、一人で出来るようになると、急に放り出されてしまったのだ。

同じく残された兄弟弟子ルフェーヴルと共に、闇ギルドへ引き渡され、それからヴィエラは暗殺者としての日々を過ごした。

普段は娼婦のふりをして、一方で暗殺の仕事をこなした。

それから色々とあったが、それについては別の話である。

しかし、まさか兄弟弟子の下で、その妻の侍女として働くことになるとは思わなかったが。

今でも、時々、これは現実なのだろうかと感じる時がある。

…………師匠、私は……。

ずっと師匠を慕っていた。

父として、暗殺の師として、尊敬してきた。

久しぶりに再会出来てとても嬉しかった。

けれども、もう、二度と会うことはない。

師匠は一度そうと決めたことは曲げない人だ。

そういうところが兄弟弟子と似ている。

自分勝手で、何を考えているのか読み難くて、風一つない湖面のような静けさと、どこか踏み込めない不気味さがある。

……一度だけでも、父と呼びたかった。

恐らく、そう呼んでも師匠は顔色一つ変えないだろうけれど、ヴィエラはそう呼びたかった。

たとえ師匠がヴィエラを弟子としか感じていなかったとしても、ヴィエラにとって、師匠は父でもあった。

外には色付いた森が広がっている。

あの懐かしい鬱蒼と生い茂った青い森ではない。

もうあそこには行けないし、行ったとしても、きっと師匠は会ってくれないだろう。

「どうか、お元気で……」

ぽつりと呟いた言葉に同じく侍女のメルティが不思議そうに顔を上げた。

「何か言った?」

それにヴィエラは首を振った。

「なんでもないわ」

微笑み、窓の外へ視線を戻す。

もう二度とヴィエラと師匠の人生は交わることはないだろう。

今感じている寂しさも、切なさも、悲しみも、やがては薄れていくはずだ。

ふと頭の中に浮かんだ夫の姿に苦笑が浮かぶ。

女ったらしで、女性関係にだらしなくて、どうしようもない人だけど、暗殺者であるヴィエラの仕事を理解した上で求めてくれた人だ。

傍に師匠はいないけれど、あの人がいる。

同じ侍女仲間がいて、仕えるべき奥様がいて、なんだかんだそれなりに他の使用人達とも付き合えている。

今の生活は悪くないものだった。

……さようなら、師匠。

あなたは私の父でした。

* * * * *

静かになった家の中でガルムは茶を飲んでいた。

少し前までここには弟子二人と、片方の弟子の奥方がいて、珍しく賑やかだった。

ここに人が来たのは弟子達を育てた時だけだ。

ルフェーヴルとヴィエラが手を離れてからは、ずっと、この森の中の家で一人で暮らしていた。

……まさか挨拶に来るとはね。

ルフェーヴルの奥方を思い出して、ふ、と笑みが浮かんだ。

非常に珍しい、魔力を持たない人間だった。

大抵の人間は大なり小なり魔力を有しているのだが、元王女であるルフェーヴルの妻は魔力がなく、それ故なのか、ガルムのスキルが通じていないようだった。

あんなに真っ直ぐ、誰かに見つめられたのはいつぶりのことだったか。

あれではきっとルフェーヴルのスキルも効かないのだろう。

だからこそ、ルフェーヴルは彼女を選んだのかもしれないが、それについて訊くのはさすがに 憚(はばか) られた。

そっと右頬を撫でる。

この傷によってガルムは暗殺者を引退しようと思い立ち、そして、後継者を育てることにした。

その後、弟子を育て、ガルムは満足していた。

弟子二人は各々好きなように生きている。

どちらも結婚し、愛すべき人間と共にいる。

それでいい、と思う。

暗殺だけの人生ほど退屈でつまらないものはない。

その退屈な人生の中で、唯一、楽しかったのは弟子がこの家にいた時だけだった。

今でも、目を閉じれば弟子達のことを思い出せる。

自ら殺した子も、死んだ子も、覚えている。

殺すことには慣れていても、生かすことには不慣れで、結局はガルムの師がそうであったように、ガルムは子供達に接した。

ただ育てるなら甘やかせばいい。

だが、それでは裏社会では生きていけない。

厳しく、容赦なく、弟子達を鍛えた。

その結果、残ったのがルフェーヴルとヴィエラだった。

手を離れた後も気になって調べていたが、それも、もう終わりにしても良いだろう。

師匠として出来ることはなくなった。

二人にガルムの手は必要ない。

最初の頃はこっそり裏で手を回して、二人がギリギリこなせる仕事を振っていたが、そういったこともする必要はない。

特にルフェーヴルは師であるガルムを越えた。

一目で分かった。強くなった、と。

けれども、まだまだなところもある。

……今頃、妻から話を聞いて気付いただろうか。

ガルムには一つだけスキルがあった。

それは自分の姿を他人に誤認させるスキルで、自分の望む姿を他者へ見せることが出来て、暗殺者になった時からずっとガルムは自分の姿を偽ってきた。

平凡な一般人に見える外見だ。

誰の記憶にも強く残らず、どこにでもいそうな見た目で、害のなさそうな人間。

それが偽りの姿だった。

まさかルフェーヴルの妻に見破られるとは思わなかったが、同時に、なるほどと思った。

ルフェーヴルとその妻はまるでパズルのようだ。

欠けた部分を互いで埋めている。

そして互いに、互いの欠けを認め合っている。

その関係性は得難いものだろう。

「しかし、まだまだ子供だね」

ガルムが師匠としてしてやれることはなくなったが、師匠としての立場を返上したわけではない。

テーブルの上に置かれたワインに手を伸ばす。

立ち上がり、厨房からコルク抜きを持ってきて、それで口を開けた。

グラスにワインを注ぎ入れる。

「あの子達の人生に」

軽くグラスを掲げ、一口飲む。

……もうこれで思い残すことはない。

暗殺者『ガルム=ダフ』はこの世から消える。

誰にも気付かれず、悟られず、姿を消す。

暗殺者に相応しい終わりである。

弟子達が後継者を育てるかどうかは、弟子達次第であるし、それでいい。

重厚な味わいのワインに息を吐く。

……ああ、美味い。

何かを美味いと感じたのは久しぶりだった。

* * * * *