作品タイトル不明
意外な来訪者
その後は何事もなく、王都に戻ってきた。
宿に着くとルルはすぐに王城へ向かった。
わたし達が旅行から帰ってきたことを、お父様とお兄様に伝えに行ったのだ。
その間、わたしは宿で待っていた。
ヴィエラさんやメルティさんが傍にいてくれたし、護衛達も待っている間は室内にいたので、安全面でも不安はない。
ルルは予想していたより早く帰って来た。
予定通りに旅が出来たので、恐らく、何もなければ明日また会えるだろうとのことだった。
お父様もお兄様もこちらの予定を前もって把握しており、帰ってきたら会えるように調整してくれていたそうだ。
二人とも忙しい身なのに、時間を作ってもらえて嬉しい。
会えるのは明日なので今日は予定が空いている。
今は昼を過ぎたところだ。
「ねえ、ルル、わたし行きたいところがあるんだけど……」
と、相談すれば、ルルが笑う。
「闇ギルドに行きたいんでしょぉ? あのビスケットの作り方、知りたいって言ってたよねぇ」
「うん」
「ん〜、まぁ、行ってもいいんじゃなぁい?」
ルルは立ち上がると「護衛達に話してくるよぉ」と言って一旦部屋を出る。
しばらくして戻ってきたルルは空間魔法を展開させて、そこから二つのローブを引っ張り出した。
一つをわたしに着せると、もう一つはルル自身が着る。
ついでという風にルルが何かを取り出した。
……瓶?
ルルが片手で器用に瓶の蓋を弾くように開けて中身を飲み、後ろでヴィエラさんが落ちたコルクを拾っている。
「それ何?」
「魔力回復薬だよぉ。このまま行くと目立っちゃうからぁ、オレが先に行って話が出来るようだったら転移魔法で戻ってきてぇ、リュシーを連れてもっかい転移魔法使って飛ぶよぉ。その方が安全だしぃ」
「そっか、分かった」
気を付けてね、と背伸びをしてルルの頬にキスをする。
それを嬉しそうに受けた後、ルルはスキルを使用して窓から出て行った。
ヴィエラさんとメルティさんが、窓から出て行ったルルに呆れた顔をしていたのが少し面白かった。
* * * * *
アサド=ヴァルグセインは闇ギルドの長である。
本人は仕事と金を稼ぐことが好きで、大抵、ギルドのある建物の最上階の部屋にいる。
ここにいるだけで様々な情報が手に入り、部下達に指示すれば殆どのことは動かなくとも済んでしまう。
あまりにこの部屋に詰めているため、護衛兼警備を務めているランク第三位の女傭兵ゾイには呆れられているが。
それでもアサドにとって、ここでの仕事は楽しく、ともすれば時間を忘れてしまいそうになる。
毎日、決まった時間にゾイが食事や睡眠を促さなければアサドは仕事に没頭してしまっていただろう。
彼女は護衛というより使用人に近かった。
部屋の扉が叩かれる。
来訪者を告げるそれに「どうぞ」と声をかける。
開けられた扉から、長身のローブを着た人物が入ってきた。
フードは外されており、そこには、ランク第一位の暗殺者がいた。
「おや、珍しいですね」
アサドは思わずペンを置いた。
ルフェーヴルはしばし前に結婚し、それから一年ほどは休職中のはずであった。
それなのにもう姿を現したことに驚いた。
……奥方の王女殿下はいないようだ。
あのべったり具合なので、てっきり連れて来ていると思ったが、どうやら違うらしい。
「今、時間ある〜?」
相変わらずの緩い口調に頷いた。
「ええ、作ろうと思えばありますよ」
別に仕事に追われているわけではない。
アサド自身が好んで仕事を探し、やっているだけだ。
ランク第一位の暗殺者、ルフェーヴルが少しだけ呆れた顔をした。
「相変わらず仕事中毒だねぇ。まぁいいやぁ。オレの奥さんがアンタに訊きたいことがあるんだってさぁ」
「私に?」
王女殿下が一体何を訊きたいというのだろうか。
首を傾げたアサドにルフェーヴルが頷く。
「オレ達に売ってる、あのかたぁいビスケットあるでしょぉ? アレの作り方が知りたいんだってぇ」
……何故?
アサドは戻しかけた首をまた傾げた。
「それをお教えすることは構いませんが……」
そう答えればルフェーヴルが「じゃあ連れて来るからちょ〜っと待っててぇ」と言った。
魔法の詠唱を始める。……長い。
恐らく転移魔法だろう。
予想通りルフェーヴルの足元が光り、姿が消える。
けれども数十秒もしないうちにまたルフェーヴルが現れた。
その横には、彼の奥方である王女殿下がいた。
同時に扉が開けられ、ゾイが中の様子を確認し、王女殿下を見て眉を寄せた。
王女殿下が気付いた様子でローブを外して見せれば、ゾイはこちらを見る。
アサドが頷けば、静かに扉が閉められた。
「お久しぶりですね、ニコルソン子爵夫人」
声をかければ王女殿下が嬉しそうに、それでいて少し照れた様子で「お久しぶりです」とはにかんだ。
夫人と呼ばれたことが嬉しかったらしい。
ルフェーヴルがそんな妻の頬に口付けをして、もう婚姻してから一年は経っているだろうに、変わらず新婚夫婦のようだ。
「突然すみません。実はお訊きしたいことがありまして……」
申し訳なさそうな顔をする王女殿下に首を振る。
「いえ、お気になさらずに。どうぞ、ルフェーヴルと共にそちらへおかけください」
「ありがとうございます」
ルフェーヴルと王女殿下が並んでソファーへ座る。
三人がけのものなのに、二人が寄り添って座るので、左右がやたらと空いて見える。
……今ですらこれなのに、本当にルフェーヴルは仕事に復帰出来るのでしょうかね。
そんな疑問を感じつつ、アサドは尋ねた。
「携帯食のビスケットの作り方を知りたいそうですが、よろしければ理由をお訊きしても?」
王女殿下が頷いた。
それから王女殿下が語ったのは、この国の問題の一つについてだった。
貧民層の子供の死亡率、日々の食事すら出来ない貧しさ、それを少しでも改善出来ないかという話だった。
暗殺者や間諜達がよく食べている携帯食を国と教会が協力して配給する、という案を王女殿下は考えたようだ。
聞いてみて、なるほど、と思う。
携帯食は安く、硬く、味はあまり良くないものの、水と共に食べると腹の中でそれなりに膨らむので腹持ちがいい。
しかも持ち運びしやすく、数日は保存も利く。
パンよりも安いそれを更に安く、それでいて、栄養面を考えて作るというのはなかなかに悪くない案だ。
「そういうことでしたら、作り方を書面でお渡ししましょうか? 作っている場所はお教え出来ませんが」
信用第一、特に暗殺者や間諜達は敏感なので、自分達が口にするものに必要以上他者が介入するのを嫌がる傾向がある。
本当ならば実際に見た方がいいのだろうけれど、作っている場所に無関係な者が立ち入るというのはあまり良いことではない。
それを説明すると王女殿下はあっさり頷いた。
「自分が食べるものを作っている厨房に無関係な人間が入り込んだら、誰だって嫌ですよね」
理解が早くて何よりである。
「お待ちいただけるのであれば、明日の朝にはお渡し出来ると思います」
こうやってわざわざ来たのだから、急ぎで欲しいのだろう。
そう言えば、ルフェーヴルが頷いた。
「じゃあ明日の朝、オレが取りに来るよぉ」
「分かりました」
どこに届けてくれ、と言わない辺りがルフェーヴルらしいとアサドは苦笑する。
暗殺者の私生活というのは謎が多い。
この建物にもルフェーヴルの部屋はあるが、そこにいることはあまりなく、王女殿下と出会ってからは数えるほどしか使っていないだろう。
……埃だらけでないといいが。
ふとルフェーヴルが顔をこちらへ向ける。
「そういえばぁ、クソジジイに会って来たよぉ」
それにアサドは目を丸くした。
「それはまた、珍しいですね……?」
ルフェーヴルは自分の師匠をクソジジイと呼んで、あまり良く思っていないようだったのに。
自ら会いに行くなんて本当に珍しい。
むしろルフェーヴルらしくない。
ルフェーヴルが「まぁねぇ」と言う。
「オレの奥さんがオレの師匠に会いたいって言うからさぁ、結婚の報告も兼ねてねぇ」
「なるほど」
それなら納得がいく。
この暗殺者は自分の愛する王女殿下のお願いに弱い。
王女殿下が常識的な人物で良かったと思う。
もしも利己的な人間であったなら、暗殺者のルフェーヴルを使って好き勝手にしていただろうから。
「久しぶりにガルムと会っていかがでしたか?」
ルフェーヴルが珍しく一瞬押し黙った。
「……師匠は師匠だったって感じ〜。相変わらずクソジジイだしぃ、こき使われたしぃ、意外と元気そうだったよぉ」
「あなたを使える人物なんてそういないですからね」
アサドが初めてガルムと出会ったのは、まだ闇ギルドの長になる前の頃の話だった。
前ギルド長の下で働いて、闇ギルドというものについて学んでいた時にアサドはガルムと会った。
ガルムはその時、子供を探していた。
ルフェーヴルを紹介したのは前ギルド長だった。
高級娼館と闇ギルドは繋がりがあった。
当時、アサドはルフェーヴルを見たことはなかったが、ガルムが弟子となる子供を探しているという話は聞いていた。
後日、子供を数名紹介したことも耳にした。
次期ギルド長として働き始めた頃にルフェーヴルともう一人、同じく暗殺者として育てられた少女がガルムからギルドへ引き渡されたのを覚えている。
どちらも年齢のわりに優秀だった。
「話は出来ましたか?」
「オレは別にぃ。オレの奥さんは結構話してたみたいだけどねぇ、暗殺者同士で昔話を懐かしむなんてことはないよぉ」
「そういうものですか」
少しくらいはそういう話でもすれば良いのにと思うのだが、裏社会の、特に暗殺や間諜を請け負う人間はあまり自分のことを話したがらないのだったなと気付く。
王女殿下と結婚して少しは人らしくなったかと思ったが、そういう部分は変わらないようだ。
「あと、もう二度と会わないって言われたよぉ」
アサドはハッとした。
ルフェーヴルを見たが、普段通りだった。
暗殺者が「二度と会うことはない」と言った時、それは二通りの意味があった。
一つは、自分が今からお前を殺すという意味。
もう一つは、逆に自分が死ぬか正式に引退するか。
どちらにしても、ガルムが弟子に二度と会わないと言ったということは、もうガルム=ダフという暗殺者は二度と出てこないという意味である。
それはルフェーヴルも理解しているはずだ。
「……それは、残念です」
前ギルド長からガルム=ダフという凄腕の暗殺者の話は何度も聞いていた。
何故、若くして仕事を辞めたのかは知らないが、それでもルフェーヴル達のような優秀な後継を育てた人物でもある。
……出来れば、こちらに来て欲しかった。
たとえ暗殺者という仕事を辞めても、腕の立つ傭兵を育てたり、相談役になったり、道はある。
だが弟子達にそう言った以上、これからはギルドとの繋がりも途絶えるかもしれない。
死ぬか、別の人生を歩むか。
それはガルム=ダフ自身の選択による。
「最後までクソジジイだったよぉ」
そう言ったルフェーヴルは笑っていた。
少し呆れている風でもあったけれど、師匠と弟子の間には何か通ずるものがあるのだろう。
そんなルフェーヴルに王女殿下は寄り添っていた。
「話はそれだけぇ。じゃあ、明日の朝に取りに来るからヨロシク〜」
ルフェーヴルが王女殿下の手を取って立ち上がる。
用事が済めばすぐに立ち去ってしまうところは、師匠であるガルムによく似ている。
詠唱を行うルフェーヴルへ声をかけた。
「またいつでも来てください」
第一位の仕事復帰はギルドにとっても得である。
それに、アサドはルフェーヴルをそれなりに気に入っているし、長く見てきた身近な人間としても気にかけている。
初めて出会った時はまだ幼さの残る少年だった。
それが今や妻帯者になるとは。
きっとガルムも驚いたことだろう。
ルフェーヴルがニッと笑った。
「仕事はまだ受けないけどねぇ」
抜け目のなさにアサドは笑う。
王女殿下が小さくこちらへ頭を下げたので、アサドも浅く頭を下げた。
そうして顔を上げた時にはルフェーヴル達はいなくなっていた。
扉が開けられて、ゾイが中を確認する。
「……また転移魔法か」
不満そうに呟くゾイに頷いた。
転移魔法を使える人間など、まずいない。
だからこそゾイは扉の前で番をしているのだ。
それなのに転移魔法で勝手に出入りされては警備をしているゾイの意味がない。
アサドは溜め息をこぼすゾイに声をかけた。
「少し休憩します」
ゾイが目を瞬かせて「珍しいな」と言う。
確かにアサドが自ら休憩するのはそうないことだ。
「良ければ、少しお茶に付き合ってくれませんか」
ガルム=ダフという男について、一人の優秀な暗殺者について、今は誰かに話したい気分だった。
アサドの誘いに、ゾイは黙って頷いたのだった。
* * * * *