作品タイトル不明
決別の朝
そうして最後の夜。
ベッドの中でルルとくっついて横になる。
あっという間に二日が過ぎて、明日の朝、わたし達は帰るのだ。
ルルのお師匠様からルルの話も聞けたし、政策についても話を詰められたし、ルルのお師匠様に紹介してもらえて良かった。
ルルにとってはどうかは分からないが、わたしから見たらお師匠様はルルの親みたいな人だ。
だからこうした機会を得られて嬉しい。
しかも雰囲気がルルに似ているから本当に親みたいに感じていた。
「もう帰るんだね」
ルルがわざとらしく、はぁ、と溜め息を吐く。
「やっとかぁ。この二日間、あれこれ使われてオレ疲れちゃったよぉ」
「ふふ、ルルの言う通りだったね」
「でしょぉ?」
甘えるように抱き着いて、すり寄ってきたルルの頭に手を伸ばして撫でる。
ふわふわの癖っ毛が心地良い。
ルルは文句を言っているけれど、この二日間、本当によく働いていた。
おかげで庭先の雑草はほぼなくなったし、屋根や壁も補修されて綺麗になり、薪などもしばらく保つくらいはあるだろう。
……ルルなりの親孝行かな?
本当に嫌なことはしない人だから、やったということは、ルルも何かしら感じたのだと思う。
お師匠様はまだ高齢ではないものの、屋根や壁の補修を行うには少々大変だし、かと言って冬に放っておくのも何かあったら困る。
結局、ルルはやってあげたわけだ。
「お疲れ様」
ちゅ、とルルの頬にキスをする。
「ありがとぉ」
お返しとばかりにルルからも頬にキスされる。
「でもいいの?」
「何が〜?」
「ルル、お師匠様と話をしてないでしょ? せっかく久しぶりに再会したんだし、話すこと、いっぱいあるんじゃないかなって」
ルルが十四歳でガルムさんの手から離れて、それから会ってないようなので、その間のことなど色々と話す内容はあるだろう。
しかしルルは首を傾げた。
「ん〜、別にないかなぁ」
……そうなんだ。
「オレ達はさぁ、暗殺者だから自分のことを話す必要性とか感じないしぃ、クソジジイもオレのことどうせ知ってるんだろうしぃ、知ってることわざわざ話すなんてめんどくさぁい」
と、いうことらしい。
……なんか、なんだろ、納得した。
ルルもそうだけど、ヴィエラさんや屋敷の他の使用人にもそういうところがある。
言い方は悪いが、自分さえ良ければいいというか、他人に全く関心がないというか、とにかくみんな人間関係にはドライなのだ。
裏社会の人間ってそういうものなのかもしれない。
「そうかなぁ、お師匠様、ルルが話をしたら喜びそうな気がするけど」
ルルが若干身を引いて「ええ〜?」とこぼす。
わたしがルルとのことを話していた時も、ずっと聞いてくれていたし、質問されることもあった。
興味がなければ疑問を訊きはしないだろう。
「……やっぱりヤダ」
ちょっと考えた後、ルルはそう言った。
……まあ、ルルが嫌なら無理強いはしない。
「手紙のやり取りもしようと思えば出来るしね」
ルルが微妙な顔をする。
「そういうのもしないかなぁ。そもそもココに手紙が届けられないからさぁ、闇ギルドを通じてって感じになると思うよぉ」
「そっかあ」
そういえばここは人目に触れないように魔道具で隠されているんだっけ。
森の中だし、他の村などからどれくらい離れているかは分からないが、鬱蒼とした木々の感じからして街中のように手紙を運んでくれる人はいないだろう。
「あれ? じゃあ手紙とかを受け取る時はどうしてるの? ここ、人は来れないんだよね?」
「近くの街で受け取るんだよぉ。そこそこ大きな街なら、ギルドの支店があるからねぇ」
「なるほど」
必要になったら自分から行くということだ。
逆に送られて来ても分からない、すぐに受け取れないという点では不便だが、ここに住んでいるということはそれでいいのだろう。
「なんで街で暮らさないの?」
ルル達のような弟子がいるならともかく、もう仕事を引退しているなら、街で普通に暮らしてもいいと思う。
「暗殺者って音とか気配とかに敏感だからねぇ。それに引退後も狙われるからさぁ」
「狙われる?」
「自分の名声を上げるためにぃ、有名なヤツを殺して〜ってことぉ」
「そういうこと、する人いるんだね……」
ルルが「結構多いよぉ」と言う。
現役時代ならともかく、引退した人に勝ってもそこまで知名度は高くならないと思うのだが。
そこまで考えて「ん?」と思った。
「それだとルルもかなり狙われるんじゃない……?」
だって今、闇ギルドのランキング一位に輝いている凄腕の暗殺者がルルである。
「そうだねぇ、狙われるねぇ」
なんてことない様子で頷かれる。
……いやいやいや、ちょっと待って?
そんなにあっさり言うことじゃないよね?!
「大丈夫なの?!」
思わず起き上がった瞬間、ガン、と頭に衝撃が走り、その勢いのままベッドへ墜落する。
ルルが慌てて起き上がった。
「リュシー、大丈夫?」
ベッドに顔を埋めていると、ルルの大きな手が控えめにそっとわたしの頭に触れた。
確かめるような手つきだった。
……そうだ、ここ、二段ベッドの下だった……。
しかもそこまで高さがないので、わたしが上半身を起こして座ると丁度頭が二段目のベッドに当たるくらいなのだ。
思いきりぶつけてしまって凄く痛い。
ルルの手の隙間から自分でも触ってみる。
……痛いけど、たんこぶにはなってない、かな?
そろりと起き上がればルルに顔を覗き込まれる。
「リュシー、気分悪くない? 吐き気とか 眩暈(めまい) とか、ない? かなりいい音がしたし痛かったでしょ? 頭冷やす?」
わたしよりもルルの方が驚いたらしい。
間延びしてないし、いつもよりやや早口に訊かれて、わたしは頭を押さえたまま頷いた。
「大丈夫。でも、すっごく痛かった……」
ルルがわたしを優しく抱き寄せる。
慰めるように背中を撫でられた。
まだぶつけた場所が痛い気がして、それを誤魔化すためにルルの肩口に顔を埋める。
狭い空間でルルがかなり猫背になっていて少し窮屈そうだけれど、わたしをしっかり抱き締めてくれた。
「まだ痛む〜?」
「……少しだけ」
なんの話をしてたっけ、と考えて思い出す。
「そんなことより、ルル、狙われてるって大丈夫なの? 復帰したら仕事中にいきなり攻撃されたり、大勢で襲われたりしない?」
顔を上げたわたしにルルが苦笑する。
「そんなことって、オレにとってはリュシーの頭に傷がないかの方が心配だよぉ」
肩口に頭を戻されて、ルルがわたしの髪をそうっと掻き分けた。
恐らく傷がないか確かめているのだろう。
ややあって「うん」とルルの声がする。
「傷はないみたいだねぇ」
首を少し動かしてルルを見上げる。
ジッと見ればルルが笑った。
「あっても返り討ちにするから大丈夫だよぉ」
そういうのはない、とは言わない。
それは、つまり、そういうことがあるわけで。
「前々から絡まれることはあったしねぇ」
……やっぱりあったんだ。
ルルの様子では日常的なことだったのかもしれないが、以前でもそうだったなら、一位はもっとそういうことが増えるのではないだろうか。
「有名になったヤツの宿命みたいなものだよぉ」
「嫌じゃないの……?」
「たまぁに鬱陶しいって思うことはあるけどぉ、襲ってくるようなヤツは相手の力量も分からないような弱いのばっかりだしぃ、憂さ晴らしにはいいもんだよぉ」
……あ、そういう感じなんだ?
まあ、でも、確かにルルは黙ってやられるようなタイプではないし、むしろどっちかと言えば好戦的な方だと思う。
売られた喧嘩は高値で買い取りするタイプだ。
喧嘩を売ってきた相手を容赦なくボコボコにしてきたんだろうなあ、と想像がついた。
……ボコボコにするなら優しい方か。
もしかしたらサクッと殺してる可能性もある。
「ルルがいいなら、いいんだけど……」
暗殺者(ルル) の憂さ晴らしとは物騒な響きである。
だけどその人達に同情はしない。
喧嘩を売ってきた方が悪いので自業自得だ。
「心配してくれてありがとぉ」
額にちゅ、とキスをされる。
「明日は早いしぃ、そろそろ寝よっかぁ」
ぶつけたところを避けているようで、後頭部の辺りを優しく撫でて、ルルと一緒にベッドへ寝転がる。
「うん、おやすみ、ルル」
「おやすみぃ、リュシー」
まだぶつけたところが少し痛むが、目を閉じる。
……明日でガルムさんとお別れかあ。
残念に思うのは、ルルに似ているからだろうか。
* * * * *
日が変わって翌日の早朝。
四人で朝食を済ませ、荷物をルルの空間魔法に収納して、帰り支度をする。
その際にルルがガルムさんにお土産を渡していた。
お土産はよく切れるナイフ一式と、バウムンド伯爵領で購入したワインと干し肉、チーズだった。
……いつの間にワイン買ってたんだろう。
「コレお土産ぇ」
テーブルの上にドンと置かれたそれらに、ガルムさんは一つ頷いた。
「ああ、ナイフはありがたいね」
「でしょぉ?」
そこでまずナイフ一式を確認するガルムさんもだけど、ドヤ顔をするルルも、さすが暗殺者といった感じだ。
ワインや干し肉、チーズはオマケ扱いである。
何本かのナイフが収められた箱をガルムさんは開けて、中のナイフの刃を調べている。
親指の腹で触り、確かめて、また頷いた。
「悪くない」
そう一言だけ呟いた。
どうやら気に入ったらしい。
もしわたしがお土産を選んだとしてもナイフを贈ろうとは思わないので、やはりルルが用意してくれて正解だったのだろう。
それから、わたし達は家の外へ出る。
ガルムさんも見送りに出てくれた。
「いきなり来てすみませんでした。それなのに泊めてくださり、大変お世話になりました」
ありがとうございます、とガルムさんに頭を下げる。
泊めてもらっただけでなく、貧民層の食事改善案についても付き合ってくれて、ルルの話も聞かせてくれて。
本当にここに来られて良かった。
「いえ、こちらこそ楽しい時間を過ごさせていただきました。ルフェーヴルとヴィエラを連れて来てくださり、ありがとうございます」
今度はガルムさんが浅く頭を下げる。
……まあ、最初はルルも来るのを渋ってたけど。
「久しぶりにお前達に会えて良かったよ」
ヴィエラさんはそれに少し照れた風に微笑んだ。
「私も師匠とお会い出来て嬉しかったです」
ルルはあんまり興味がなさそうだった。
ガルムさんはそれを気にしてはいないようで、すぐにわたしへ視線を戻した。
「二人をよろしくお願いします」
言われて、わたしは苦笑してしまった。
「わたしの方が二人にはいつもお世話になっていますが……」
「そうですか。……いえ、そうでしょうね」
ガルムさんは一度ルルを見て、またわたしを見た。
ルルがわたしの腰を抱いているからだろう。
わたしが二人に出来ることなんて、多分そんなになくて、いつだって二人に何かしてもらっている立場である。
返せるとしたら感謝の気持ちくらいだ。
「だから毎日感謝しています。ルルにも、ヴィエラさんにも。それくらいしか出来ませんが」
ガルムさんが首を振った。
「それはこの子達にとって、とても得難いものです」
「そうでしょうか?」
「ええ、暗殺者は恨まれこそすれ、感謝されたり褒められたりすることはまずありませんから」
……そう、なのだろうか。
ルルを見上げれば、灰色の瞳が見下ろしてくる。
わたしの感謝の気持ちがルルやヴィエラさん達の心に届いて、何かを与えられるなら、それはわたしにとっても嬉しいことだ。
ルルに寄り添うとしっかり腰を抱き直される。
「あなたのような方こそが、この子達には必要なのかもしれませんね」
ガルムさんの言葉にルルとヴィエラさんが頷く。
……そうだったらいいな。
「オレにはリュシーが必要だよぉ。リュシーのいない世界なんてぇ、つまらないんだからぁ」
ちゅ、と額にキスされる。
「わたしもルルが必要だよ」
ルルがいなければ生きる意味がない。
背伸びをして、手を伸ばし、ルルの頬にキスをする。
ヴィエラさんはいつも通り静かに控えていた。
わたし達が顔を戻すと、ガルムさんが口を開いた。
「ルフェーヴル、ヴィエラ」
二人がガルムさんを見た。
「もう二度と、ここには来ないように」
ハッとわたしは息を詰めてしまった。
ルルを見上げれば、普段通りの緩い笑みを浮かべている。
ヴィエラさんは地面へ目を伏せていた。
「私がお前達に出来ることは今度こそなくなった。私の手を離れた今、もう、お前達に 師匠(わたし) は必要ないだろう」
それにルルが小さく息を吐いた。
「それってさぁ、命令〜?」
「ああ、そうだ。師匠から弟子への、最後の命令だ。二度と顔を合わせることはない」
「りょ〜かぁい」
ルルの返事はあっさりしたものだった。
ヴィエラさんは唇を引き結んで、一つ、頷いた。
わたしが何かを言えるような雰囲気ではなかった。
ひょいとルルがわたしを横抱きにする。
「それじゃあねぇ」
「ああ」
ルルとガルムさんの言葉はそれだけだった。
ヴィエラさんは黙ってガルムさんに一度、深く頭を下げた。
きちんとした別れの挨拶はどちらもしなかった。
ガルムさんと目が合う。
「さようなら、お嬢さん」
もう二度と会うことはないが、と聞こえた気がした。
色々と思うところはあったけれど、わたしもそれに頷いて返した。
「さようなら」
ルルがくるりとガルムさんへ背を向けて歩き出す。
ヴィエラさんもそれに続く。
ルルの肩越しに後ろを見れば、一歩離れるごとに、二日間過ごした家が霧に霞むように消えていく。
やがて、完全に見えなくなった。
ルルが立ち止まった。
「ほんっと、最後までクソジジイじゃん」
囁きよりも小さな呟きだった。
ルルもヴィエラさんも、二度と振り返らなかった。