軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

解決策の見つけ方

朝、日が高くなってから目を覚ました。

ルルが部屋にいて、ベッドの縁に座っていた。

二段ベッドなので上にもベッドがあり、そこに頭をぶつけないためか背中を丸めて、片足にもう片足を乗せて、それに頬杖をついている。

ぼんやりと室内を眺めている横顔に息が止まった。

「……ルル?」

そっと声をかければルルがこちらを向く。

「おはよぉ、リュシー」

そこにはいつものルルがいた。

先ほどまでの、触れたら消えてしまいそうな、どこかに行ってしまいそうな、そんな雰囲気は微塵も感じられない。

それに安堵しながら起き上がる。

「おはよう、ルル」

上の段が少し低いので、頭をぶつけないようにわたしも猫背になっていると、ルルが笑って立ち上がる。

「そこ、狭いでしょぉ?」

「少しだけ。ルルはどのベッド使ってたの?」

「ココだよぉ」

足で軽くベッドの縁を蹴る。

もぞもぞと動いてベッドの縁に座れば、ルルが空間魔法を使って荷物を取り出した。

そこから今日着るドレスを出してもらう。

ルルの手を借りて着替える。

靴下を履かせてもらう時、ちょっとだけドキドキしたのは秘密である。

ブーツを履いて、髪を梳いてもらっていると、部屋の扉が叩かれた。

「どうぞ」

声をかければヴィエラさんが入ってくる。

「おはようございます」

「おはようございます、ヴィエラさん」

どうやら朝食の時間だと呼びに来てくれたようだ。

ヴィエラさんがお化粧をしてくれて、その間にルルがわたしの髪を結い、ルルとヴィエラさんと一緒に一階へ下りた。

ガルムさんがいて、四人で朝食を摂る。

その後、ルルは壁の補修をしに出て行った。

……ルルって実は律儀なところがあるよね。

一度した約束とか決め事とかは絶対に破らない。

ルルがいない間は暇になってしまう。

ガルムさんと世間話をするのも、何か違うと思い、結局わたしは自分のやりたいことをすることにした。

ヴィエラさんにお願いして紙とインクを用意してもらい、そこへ、貧民層の食事改善策について書き連ねていく。

わたしが書類を書き始めるとガルムさんが物珍しそうにこちらを見ていた。

そういうところはルルに似ていると思った。

「それは何ですか?」

訊かれたので、書いたばかりの紙を差し出した。

「貧民層の食事事情を改善するための政策案、でしょうか? いえ、わたしの『こうなったらいいな』という理想案というか……」

ガルムさんが書類を読んで「なるほど」と呟く。

……そうだ、せっかくだしガルムさんの意見も訊いてみよう。

「この案、どうでしょうか?」

「自己満足な案ですね」

はっきりと言われてグサッときた。

自分でもそう感じていたけれど、やはり、他人に言われるとかなり心にくるものがあった。

しかもこの案にはいくつも問題がある。

まず、政策を行うための資金。

次に実行するために人員の確保と人件費の問題。

それに、これだけでは『食べることが出来る』というだけなのだ。

もっとメリットがなければ使ってはもらえない。

「ですが、こういうものは嫌いではないですよ」

ふ、とガルムさんが微笑んだ。

「良ければ案の改善にご協力しましょう」

「え、いいんですか?」

「ええ、暇ですから」

そんなこんなで、何故か、ガルムさんとヴィエラさんと三人で顔を突き合わせて会議が始まった。

まずはわたしの口から二人へ説明をする。

「この政策は、日々の食事に困っている貧民層に的を絞って行います。簡単に言えば、食べ物を配って食事が出来るようになれば、貧民層の子供の死を減らせるのではないか、ということです」

国にとって、国民の数はそのまま国力となる。

子供が死ぬということはそれだけ国力が減っていると捉えても良い。

衛生面などの問題もあるかもしれないが、まず、一番切迫しているのが食料問題なのだと思う。

食べるものがないから餓死する。

食べるものがないから栄養失調で死ぬ。

食べるものがないから体が弱い。

それを少しでも解消したい。

食糧事情が変わり、たとえば子供の死亡率が減れば、それは国力の増加に繋がるのではないだろうか。

そう考えれば国が力を入れても良い案件だろう。

「まず、国が全粒粉、色々な麦の混じった安い小麦粉を購入します。これには二つ理由があって、一つは安いこと、もう一つは普通の麦よりも栄養があるからです」

「まあ、雑麦に栄養があるのですか?」

ヴィエラさんが眉を下げた。

「ですが、私が子供の頃に食べていた雑麦の水煮は食べても食べてもお腹が空きました……」

それは多分、食べ方に問題があるのだ。

「多分ですけど、それって、少ない量の麦を沢山の水で煮ただけだったからだと思います」

「炊き出しでは水煮が一般的ですが……」

「いいえ、わたしがしたいのは配給であって炊き出しではありません。そして配給したいと考えているのは、ルルが仕事中に食べている硬いあのビスケットです」

ヴィエラさんとガルムさんが顔を見合わせた。

「……あれを配るのですか?」

ガルムさんに訊かれて頷いた。

「はい、あのビスケットは五枚で銅貨一枚だと聞きました。あれは硬く焼き固められていて日持ちもするし、安いし、満腹感もありますし、腹持ちもそこそこいいですよね?」

「それは、まあ……」

二人が微妙な顔をする。

味に関してはわたしは美味しいと思っているけど、他の人はそうでもないらしい。

この際、味に関しては後回しになってしまうが。

「国と教会が連携して、国が資金と小麦を、教会が作る人手と配給場所を用意すればいいと思いませんか?」

「あれについてはともかく、教会と連携するというのは良い案ですね」

ガルムさんの言葉に「ですよね」と頷く。

「ルルが考えてくれた案なんです」

「ルフェーヴルが?」

「はい。凄いですよね。教会なら普段から炊き出しもしているので、配給に変わっても民から拒絶され難いでしょうし、一箇所で配るより混乱も起き難いです」

それを考えたルルが凄い。

わたしは国がやることだから、国が用意しなければと考えていたけれど、教会と連携した方がずっと活動の幅も、手を差し伸べられる人の数も増えると思うのだ。

「資金はともかく、人手と人件費、保管場所が問題なんです」

大量のビスケットを作る人手はどこから得るか。

それを作って、置いておく場所はどうするか。

お金がそこにかかりすぎるのも問題だ。

「あの……」

ヴィエラさんがそっと手を上げる。

「それは子供自身にさせるのはどうでしょうか?」

「子供自身に、ですか?」

それは予想外の意見だった。

「子供は基本的にすることがありません。家にいるか、外に出て遊ぶか……。しかし貧困層の子供は空腹に耐えかねて盗みを働く者もいます。そういう子供達を集めて、人手とするのです」

「でもそれだと子供を働かせることになりませんか?」

「金銭を渡せばそうなりますが、たとえば自分達で作ったビスケットを持ち帰らせるのであれば、こちらは金銭を渡さずに済みますし、子供達も暇な時間を使って確実に食べ物を得ることが出来ます」

暇を持て余している子供を教会に集める。

そうして、子供達がビスケットを作る。

もちろん大人も一緒に作って監督することになるだろうが、何もせずにいるより、子供にとってもその方がいいのかもしれない。

作れば持って帰れるのだから。

……しかも、これって治安問題にも繋がるかも?

貧困層の子供が悪さをするというのは、お 義姉様(ねえさま) も話していた問題である。

教会に集めてビスケットを作り、持って帰らせることで食べ物を得られる。

そうすれば悪さはしなくなるかもしれない。

それは治安の維持、または改善に繋がるのではないだろうか。

しかも子供が食べ物を持って帰ってくれれば、配給時の手間が減るだけでなく保管場もさほど必要ない。

国としても人件費の削減が出来る。

「これは良い案ですよ、ヴィエラさん!」

思わずヴィエラさんの手を握ると、ヴィエラさんが照れたように微笑んだ。

「ありがとうございます、奥様」

わたしは今考えついたことを紙にメモしていく。

これは子供に限った話ではない。

貧困層の働けないけれど、動けはするという人も来て、ビスケットを作る作業が出来れば、食べ物を持ち帰ることが出来る。

これは人手と人件費の問題が同時に片付く。

急いで書いているとガルムさんが言った。

「ビスケットはあれをそのまま配るのですか?」

それに首を振る。

「いえ、それはまだ検討中です。さすがに砂糖は大量には買えませんし……」

この世界は砂糖も蜂蜜も高級品だ。

庶民が大量に使える代物ではない。

「せめて少しくらいは甘みがあった方がいいとは思うんですけど……」

バターも高級品なので大量には使えない。

三人で顔を見合わせる。

ふと、ヴィエラさんが顔を上げた。

「ミルクか、バターを作った後の残り汁を使うのはどうでしょうか? 残り汁の方は味は薄いですが、捨てられてしまうものなので、ミルクよりもかなり安く購入出来ますよ」

「なるほど……」

乳成分を入れたら少しは味が良くなるかもしれない。

あとはもう少し栄養面を改善したいところだ。

……うーん、栄養かあ。

肉はさすがに無理だ。卵も、わりと高級品である。

そうなると果物か野菜になるけど……。

「あ」

そういえば、ウィルビリアの街で話した屋台では、売り物にならない野菜や果物を店先に置いていた。

それらは、持っていって良いもの、だった。

もし他にもそういう野菜や果物があったとしたら。

「野菜とか果物を潰して混ぜる!」

昔、わたしがまだファイエット邸に来たばかりの頃、料理人が食の細いわたしのために野菜入りのクッキーを作ってくれた。

やっぱり砂糖などがないので同じような味や甘さは出ないだろうが、味もまろやかになり、栄養面でも良いかもしれない。

ビスケットを作る際にバターを作った後の残り汁かミルク、野菜や果物を潰して混ぜ合わせ、ほんのり塩味をつける。

……いけるかも!

わたしは紙に向かってペンを走らせた。

* * * * *

「これ、どぉいう状況なのぉ?」

一階部分の壁の補修を終えて、そろそろ昼食の時間だろうと家の中へ戻ったルフェーヴルは目を瞬かせた。

厨房では泣き虫が食事を作り、テーブルでリュシエンヌが集中して何かを書いており、その手元を師匠が興味深そうに眺めている。

泣き虫は別にいい。

ただ、師匠がリュシエンヌに興味を示していることと、そのリュシエンヌが随分と熱心に紙に何かを書き留めているのがよく分からなかった。

声をかけたルフェーヴルに気付き、リュシエンヌが顔を上げた。

「あ、ルル、お疲れ様」

小さく手を振られて、ルフェーヴルはリュシエンヌの下へ歩み寄る。

「それなぁにぃ?」

リュシエンヌの手元を覗き込む。

やや丸みのある可愛らしい文字で色々と書かれていた。

「貧民層の食事の改善について、かな。ほら、あのビスケットを配るのはどうかって昨日言ってたでしょ?」

「ああ、あれかぁ」

日々の食事に困る貧民層に食べ物を配給する。

ルフェーヴルからしたらどうでもいいことなのだが、リュシエンヌにとってはそうではない。

……リュシーは優しいからねぇ。

あの葬列を見て、話を聞いて、余計に気になってしまったのだろう。

ルフェーヴルはハンカチを取り出すと、魔法で濡らして、リュシエンヌの手を取った。

「リュシー、汚れちゃってるよぉ」

リュシエンヌの手はインクがついていた。

ハンカチで手を拭いてやると、リュシエンヌが目を丸くする。

集中しすぎて気付かなかったようだ。

「ありがとう、ルル」

「どういたしましてぇ」

リュシエンヌの隣へ腰を下ろす。

「それでぇ、なんで師匠はリュシーのこと興味深そうに見てたわけぇ?」

リュシエンヌを抱き寄せれば、素直に寄りかかってくる。

それに師匠が肩を竦めた。

「少し知恵を貸していただけだよ」

リュシエンヌがそれに頷いた。

「そうなの! ヴィエラさんと三人で一緒に考えてたんだけど、おかげで悩んでたことがなくなって、あとは資金の問題だけ!」

「ルルも見て!」とリュシエンヌがやや興奮した様子で紙を差し出してくる。

受け取って読むと、この政策に関することが書かれていた。

何が必要で、どのように進めるのか、どんな利点と欠点があるのかなどが細かく書かれている。

昨日、二日酔いの状態でリュシエンヌが一人で考えていた時はここまで詳細ではなかった。

……なるほどねぇ。

「いいと思うよぉ」

「だよね! もうこれはわたしの案じゃなくて、わたしとルルとヴィエラさんとお師匠様の四人の案って言っても過言じゃないと思う」

リュシエンヌの言葉に泣き虫と師匠が微かに笑う。

発案したのはリュシエンヌなのだから、自分の案と言えばいいのに、そういう謙虚な部分がリュシエンヌにはある。

よしよしと頭を撫でればリュシエンヌは不思議そうな顔をしたものの、それはすぐに嬉しげな表情へと変わった。

「お父様とお兄様に話したら聞いてくれるかな?」

ルフェーヴルは頷いた。

「あの二人がリュシーの話を無視することはないでしょぉ。政策として採用するかは別としても、リュシーの話は聞いてくれると思うよぉ」

「そうだよね。採用するかは国のことを分かってるお父様やお兄様達が決めることだから、提案するだけしてみよう」

良し、と両手の拳を握るリュシエンヌの頭を撫でる。

……オレの奥さんは一生懸命でかわいいなあ。

考えてみれば、リュシエンヌが一生懸命になるのはいつだって誰かのためである。

その誰かが今回はルフェーヴルでないことが少し引っかかるけれど、リュシエンヌがしたいことをすればいい。

「あとでお父様とお兄様に渡す書類を作るの、手伝ってくれる……?」

こちらの様子を窺うように見上げられる。

「もちろん、いいよぉ」

リュシエンヌのオネガイなら。

ルフェーヴルは笑って頷いた。

* * * * *