軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ルフェーヴルという子供(2)

* * * * *

「その暗殺術ってなんですか?」

パチ、と暖炉で小さく火が爆ぜる。

ガルムさんが僅かに眉を下げた。

「誘惑による、閨での暗殺術です」

「それって……」

ルルが他の人と、夜の、そういうことをするということだ。

じわりと胸の中にモヤモヤとしたものが生まれる。

……ルルが他の女の人と、他の人と、肌を重ねるなんて嫌だ……。

思わず、ギュッとストールを握り締める。

それが昔の話だと分かっている。

まだわたしと出会う前のことだ。

……それでも、嫌だ。

ルルはわたしのルルだ。

他の誰にも渡さないし、触れさせたくない。

「しかしそれはルフェーヴルの性格にはどうしても合いませんでした。ご存知の通り、あの子は人との触れ合いを嫌うので、それを行うこと自体が嫌いだったようです」

冷めてしまっただろうお茶をガルムさんが飲む。

「そのような行為でも理性を失わないよう、買い取った女に相手をさせましたが、ルフェーヴルは行為の最中に不快感に耐え切れずその女を殺しました」

その言葉に驚いた。

けど、同時に納得もした。

あのルルが嫌なことをずっと我慢出来るとは思えず、むしろ、それを聞いてどこかでホッとした。

……ルルが望んでしたことじゃない。

「元より最後は殺すつもりでしたので問題はありませんでした。逆にルフェーヴルはしばらく不調になってしまったので、それ以降は誘惑術を教えるのはやめました。それ以外は本当に優秀な子だったのです」

* * * * *

最後の二年は闇ギルドからの仕事を行わせた。

ルフェーヴルとヴィエラは気配を消すのが上手く、間諜の仕事も得意だった。

どちらも最初は怪我を負うことが多かったが、ルフェーヴルもヴィエラも、辞めたいとは言わなかった。

その道しかないことを分かっていたのだろう。

この二年間の間に一人死んだ。

毒殺に長けた子供だったが、毒殺後に対象が早く発見されてしまい、忍び込んだ先から逃げ出す前に捕まってしまった。

酷い拷問を受けた末に殺されたらしい。

ヴィエラはそれを聞いて悲しんでいた。

ルフェーヴルはただ「ふぅん」とだけ言った。

兄弟弟子の死に興味がないようだった。

引き取ってからの七年のうち、特に最後の二年間、ルフェーヴルはガルムを何度も殺そうとした。

ルフェーヴルに最も力を注いできたため、ルフェーヴルには最も厳しく接したし、つらい思いもさせた。

暗殺者としての心得も叩き込んだ。

そのせいなのか、それとも別の理由なのか、ルフェーヴルはよくガルムを暗殺しようとしてきたが、ガルムはそれらを全て躱した。

「なぁんか腹立つなぁ」

気付けば、口調も変わっていた。

ヴィエラはルフェーヴルを「師匠に似ています」と称したが、ガルムにはどこがどう似ているのか分からなかった。

ルフェーヴルとヴィエラが一人で仕事を行えるようになると、ガルムは教えるべきことはもう全て教え尽くしたと感じた。

だから、ルフェーヴルとヴィエラを闇ギルドへ渡し、ガルムは正式に暗殺者としての道から退いた。

その時ルフェーヴルは十四歳、ヴィエラは十六歳だったはずだ。

それから関わることはしなかったが、長年、闇ギルドを通じて弟子達の情報は確認していた。

裏社会では人の死などよくあることだ。

ルフェーヴルとヴィエラだって、いつ死んでもおかしくはない。

それでも情報だけは集め続けた。

師匠として、弟子の行動の監視は続けていた。

* * * * *

「それ以降、十四歳からのことはルフェーヴル本人に訊いた方がいいでしょう」

また、パチ、と暖炉で小さく薪が爆ぜる。

「ルフェーヴルは人を殺すことに躊躇いがありません。それは暗殺者としては何よりも重要な才能です」

「そうですね」

暗殺者が殺しに躊躇っていては仕事など出来ない。

だから、ルルのそれは才能と言ってもいいのだろう。

人としては問題がある──もしくは大事なものが欠落している──のかもしれないが。

「ルフェーヴルの話を聞いて、いかがでしたか?」

そう問われてわたしは苦笑した。

「ルルが生きていてくれて良かったと思いました」

ガルムさんはあっさりと説明していたけれど、ルルから幼少時に受けた訓練については聞いている。

毒の摂取に、兄弟弟子やお師匠様との訓練、過酷な地に放り込まれての孤独なサバイバル、殺人の練習。

実際に他の子供達も死んでいる。

そんな中でルルが生き抜いてくれた。

それがわたしには一番嬉しかった。

「それだけですか?」

少し意外そうに訊かれて笑う。

「これまで、わたしはルルと暮らしてきました。ルルの歪さは感じていましたし、わたし自身にも歪な部分はあります」

……ルルに対してだけはわたしもヤンデレだしね。

ルル以外の他の人のことはどうでもいい。

そういう点ではわたしだって歪だろう。

「多分、誰にでもそういう部分はあって、あとはそれを受け入れられるかどうかの話だと思うんです」

そうして、わたしはルルのそれを受け入れられた。

ルルもまた、わたしの歪さを受け入れた。

「だから大丈夫です」

ルルを手放す気なんてないし、手放してもらいたいとも思っていない。

ガルムさんが初めて苦笑を見せた。

「そうですか」

仕方ないな、というような笑みだった。

「だ、そうですよ、ルフェーヴル」

「え?」

ガルムさんがわたしの後ろを見たので、慌てて振り返れば、いつからそこにいたのか廊下側の扉のところにルルがいた。

扉を開け、その枠に寄りかかり、こちらを見ている。

目が合うと枠から背中を離して歩いてくる。

「ルル」

立ち上がろうとしたが、手で制される。

足音もなく、ゆったりと歩いてきたルルの手がわたしへ伸びて、首筋に触れた。

「あ〜ぁ、体冷えちゃってるじゃぁん」

そうしてわたしの首から手を離したルルは、ソファーを回ってわたしの横へ座った。

ひょいと膝の上へ抱え上げられる。

ルルは薄着だけど、触れたところは温かい。

手を握られて、そこからルルの体温が伝わり、じんわりと手の感覚が戻ってくる。

いつの間にか冷えきっていたらしい。

「ルル、ごめんね」

勝手に離れたのはわたしなので謝る。

ルルが首を振った。

「気付いてたよぉ。でもクソジジイの魔力だって分かってたしぃ、リュシーがオレの話聞きたいって言ってたからねぇ」

「ありがとう」

ルルの頬にちゅ、と感謝のキスをする。

それにルルが満足そうに笑ってわたしを抱き締める。

お師匠様からルルの話を聞いたからといって何かが変わるわけではない。

ただ、わたしがルルを知りたいだけ。

わたしの知らないルルなんてないくらい、ルルの全部を知りたい。

それもきっとわたしの我が儘なのだろうけど。

「だけどぉ、やっぱりオレ以外の男と二人っきりってのはちょ〜っと面白くないかなぁ」

ぎゅっと抱き締められてルルの頭を撫でる。

「わたしが好きなのはルルだけだよ」

「知ってるよぉ」

「お師匠様からルルの話を聞いてたの」

ルルが「うん」と返事をする。

「ごめんね、次はルルかヴィエラさんにちゃんと声をかけるね」

聞きたかったことも聞けたから。

それにルルの話は気になるけれど、わたしが一番好きなのはルルと一緒にいる時間だ。

「そうしてぇ」

「うん、そうする」

ルルに褒めるように頭を撫でられた。

それに安心したのか、ふあ、と欠伸が漏れる。

「リュシー、寝直そっかぁ?」

ルルの言葉に頷く。

ガルムさんを見ると頷かれた。

「夜明けまでまだありますし、その方が良さそうですねえ」

おやすみなさい、と声をかけられて、わたしも同じく返してルルに抱き上げられる。

ルルはわたしを抱えたまま、扉へ向かい、足で器用に開けると廊下へ出た。

また足で器用に閉める。

わたしを抱え、廊下を歩き、階段を上がって二階へ行くと部屋へ戻った。

そっとベッドへ下される。

わたしの肩からストールを外して椅子にかけ、ルルがベッドへ入ってくる。

「……ベッド、冷えちゃったねぇ」

ルルが声を落として言う。

ルルにぺったりとくっついた。

「でも、ルルと一緒ならあったかいよ」

「そ〜ぉ?」

「ならいいけどぉ」とルルの腕が背中に回る。

ルルの胸元へ顔を寄せれば、とくん、とくん、と心臓の鼓動が感じられた。

それを子守歌代わりに目を閉じる。

背中を優しく撫でるルルの手が心地良かった。

* * * * *

ルフェーヴルとその妻が出て行き、ガルムだけが部屋に残される。

室内には暖炉の薪が小さく爆ぜる音だけが響く。

完全に冷めてしまった茶を一口飲んだ。

……ルフェーヴルが誰かと結婚するとは。

最初にその報告書を見た時は、まさか、と驚き、そしてそれ以降十二年、ルフェーヴルは王女の傍に居続けた。

あの気分屋で、何にも執着しない子供が。

ガルムが育てた最高の暗殺者が。

愛を知り、愛に生きるなんて、誰が想像出来ただろうか。

だが、確かにルフェーヴルは妻を愛している。

ガルムの聞いたことのない甘えた声で妻の愛称を呼び、触れられるのを嫌っていたはずがべったりとくっついて離れない。

何をするにも妻を優先する。

元王女と言えど、まさか毎回、食事や飲み物をルフェーヴルが毒見しているとは。

そこまでいくともはや過保護どころではない。

妻の方もそれが当たり前という風だった。

ルフェーヴルがいない時は茶すら飲まない。

もしかしたらルフェーヴルがそう覚えさせたのかもしれないが、それにしても、と思う。

ルフェーヴルは妻に尽くすことに楽しみを見出しているようで、妻も、そんなルフェーヴルの行為を喜んでいる様子だった。

ガルムの覚えているルフェーヴルは十四歳までだ。

それ以降の情報は得ていたが、やはり、実際に目で見るのは違うものだと声もなく笑った。

相変わらず、ルフェーヴルは子供である。

自分勝手で、己の中に法則を持っていて、それに忠実で、他者に干渉されるのが大嫌い。

その辺りはあまり変わっていないようだ。

だが、昔よりかは人の話を聞くようになった。

それは恐らく妻の影響だろう。

……まるで人形を可愛がる子供だ。

尽くして、愛でて、腕の中に閉じ込めて。

自分が満足するまで構う。

そして、妻もまた似たような系統なのだろう。

ルフェーヴルに尽くされ、傍にいて、愛でられて。

どちらがどちらかに執着しているのではなく、両者とも、互いに依存し、独占したがっている。

歪な子供の歪な愛し方だ。

けれども二人は幸せそうだった。

ルフェーヴルとその妻が、それでいいと考えているのなら、ガルムが口を挟むことではない。

「子が成長するというのは、案外寂しいものだねえ」

本当の子供ではないし、育てたというにはあまりにも厳しく接したが、それでもルフェーヴル=ニコルソンというはガルムにとっては己が育てた子の一人だ。

何かと問題の多い子だったが。

あの子が自分の宝を見つけられたことは幸いだ。

暗殺者という職業は孤独である。

基本的に裏社会で生き、表に出ることはない。

しかし、ルフェーヴルは違った。

光と闇とを行き来し、裏の人間ではない者と結婚するというのは非常に珍しい。

……どちらも壊れているが故、だろうか。

ルフェーヴルも壊れているが、あの元王女も、どこか普通ではない。

だからこそルフェーヴルを受け入れられたのか。

キィ、と廊下へ続く扉が開いた。

「ああ、ヴィエラかい」

暗闇の中に、もう一人の弟子がいた。

「はい、師匠」

「こちらへ」

ソファーを目で示せば、静かに入ってくる。

そうしてヴィエラがソファーへ座る。

昔は何かある度に泣いていた気の弱い少女だったヴィエラだが、年月が経ち、泣き虫ではなくなったのかもしれない。

「良ければ、お前のことを聞かせておくれ」

ルフェーヴル達の話は昼間聞いた。

あの子達はあれで大丈夫だろう。

ヴィエラが視線を手元へ落とす。

「……長くなります」

ガルムは目元を少しだけ和ませた。

「構わないよ」

それから、ヴィエラは静かに語り出した。

ガルムが闇ギルドに引き渡してからの、その後の人生を、弟子は淡々と口にする。

それを聞きながら思う。

……もう、本当に私は必要ないようだ。

パチ、と暖炉の薪が小さく爆ぜた。

ガルム=ダフという暗殺者の仕事はもう終わったのだ。

* * * * *