作品タイトル不明
ルフェーヴルという子供(1)
夕食を食べて、ヴィエラさんに手伝ってもらい入浴して──驚いたけどこの家には浴槽があった──、二階の部屋に向かう。
二階には三つ部屋があり、一つはガルムさんの部屋で残り二部屋は空き部屋だった。
それぞれの部屋には二段ベッドが二つずつあった。
ルルに聞いたところ、この二部屋は弟子達が過ごしていた部屋で、ルルにとってもヴィエラさんにとっても懐かしい場所らしい。
部屋には二段ベッド二つと大きめのテーブル、四脚の椅子、そして二段積みにされた小さなチェストが二つあるだけだった。
……ここでルルは過ごしたんだ……。
寝るためのベッド、勉強するためのテーブル、服を入れるためのチェスト。必要最低限しかない。
しかもテーブルは四人で使うには少々手狭だろう。
しかもテーブルには小さな傷が沢山あった。
「昔はココでナイフの手入れをしてたなぁ」
ルルがテーブルについた傷を指でなぞる。
「ここ四人部屋みたいだけど、兄弟弟子ってそんなにいたの?」
「最初の頃は全部で八人いたよぉ」
「そんなに?」
それは初耳だった。
「逃げ出したりぃ、途中で死んだりぃ。まあ、結果的に今はオレと泣き虫だけになっちゃったけどねぇ」
……あ、それは聞いた気がする。
様子からしてルルは他の兄弟弟子のことはどうでもいいようなので、それ以上は訊かなかった。
二部屋あったため、ルルとわたし、ヴィエラさんで別々の部屋を使うことになった。
ヴィエラさんに着替えさせてもらって就寝する。
ルルと一緒のベッドに寝転がった。
二人で使うと狭いけど、ちょっと面白い。
「リュシー、狭くなぁい?」
「くっついてるから大丈夫」
むしろルルとぴったりくっつけるから嬉しい。
わたしがベッドから落ちないように抱き締められ、わたしもルルに寄り添った。
ルルの服を握ったり、腕を回したりはあまりしない方がいい。
もしも何かあった時にルルがすぐに動けるように。
そうしていいのは屋敷にいる時だけだ。
二人で毛布をかけて、顔を寄せる。
「なんだか秘密のお泊りみたいで楽しいね」
ルルが声もなく笑って頷いた。
さすがにお師匠様の家ということもあってか、今夜は何もなく、ルルにくっついて目を閉じる。
……いつも、わたしの方が先に寝ちゃうんだよね……。
ルルの腕の中は安心するので眠くなってしまうのだ。
* * * * *
ふわっと何かが頬に触れる感触で目が覚めた。
視線だけを動かせば、まだ暗い室内で、淡く光る小さな蝶々が一匹飛んでいた。
ルルを見ればよく眠っている。
……珍しい。
わたしが起き上がってもルルは目を覚まさない。
まじまじとルルを見ていると、目の前をひらひらと蝶々が飛んでいく。
まるで誘うように蝶々は扉の前で舞う。
淡く光っているおかげか、ほのかに周りが見える。
そっとルルを起こさないようにベッドを出る。
……少し冷える。
ヴィエラさんが置いていってくれたストールを羽織り、蝶々へ近付けば、扉のドアノブにとまった。
わたしがドアノブへ手を伸ばせば蝶々が離れる。
静かに扉を開けると、蝶々は廊下へ出た。
ひらり、ひらり、蝶々は階段へ向かう。
それでも、まるで意思があるように時々戻ってきてはわたしの足元をその淡く光る鱗粉で照らしてくれる。
そうして一階へ下りると蝶々はまた廊下を進む。
扉の前で舞う蝶々に促されて扉を開けた。
キッチン、リビング、ダイニングが一緒になった広い部屋がある。暖炉に火が灯っていた。
暖炉の火で照らされた室内に人影があった。
「……お疲れ様」
飛んでいた蝶々はガルムさんの手に寄ると、空気へ溶けるように消えていった。
こちらへ視線を向けたガルムさんが微笑む。
「こんな時間に起こしてしまってすみません」
手で促されたので、扉を閉めて室内へ入る。
暖炉に近い方のソファーを勧められて座った。
わたしの斜め前にガルムさんがいる。
「いえ。……昼間のお話の続き、ですよね?」
「ええ、あなたからルフェーヴルを引き離すには限界があるようでしたので」
それについ、クスッと笑ってしまった。
結局ルルは今日のうちに薪割り、水汲み、屋根の補修、雑草抜きなど色々なことをこなしていた。
最後には「これでもう言いつけるものはないでしょぉ?」とドヤ顔をしていて、それがかわいかった。
ちなみにガルムさんの方が上だった。
「明日は壁の補修をしてもらおうか。最近、隙間風を感じるようになってねえ」
その時にはもう暗くなっていて、ルルはそれを聞いて少しがっかりした様子だった。
テーブルには湯気の立つティーカップが置かれている。
恐らく、わたしが来るのに合わせて用意してくれたもので、匂いからして、キノコのお茶らしい。
……用意してもらったけど。
ルルがいないところで何かを口にすることはない。
それを分かっているのか勧められはしなかった。
「昼間はあなたとルフェーヴルから話を聞かせていただきましたねえ。……あの子は昔の話をあなたへしたことはありますか?」
「ルルの生まれや人生は聞きましたが、ここでの暮らしについて詳しく教えてはくれませんでした」
「やはりそうですか」
ガルムさんがお茶を飲む。
「あの子は『勝手に話すな』と怒るでしょうけれど、ルフェーヴル=ニコルソンという人間の人柄について、あなたはきちんと理解しておいた方がいいと思うのです。人生を共にするなら尚更、あの子の歪さは知るべきでしょう」
……歪さ。
言い得て妙かもしれない。
「大丈夫です。ルルには子供の頃の話をお師匠様に訊いても良いと許可を得ています」
「あの子がそれを良しとしたのですか」
「はい」
ガルムさんが微笑んだ。
「では気兼ねなく話せますねえ」
そこから、ルフェーヴル=ニコルソンという一人の暗殺者の五年間を、わたしは知ることとなった。
* * * * *
ガルム=ダフがその子供と出会ったのは、今より二十三年も前のことであった。
その頃、大怪我を負って現役を引退したガルムは、当時の闇ギルド長から後任を育てるようにせっつかれていた。
そうしてガルム自身も、己の師から受け取った暗殺術を継承したいと考えていた。
そこで孤児院や知り合いから数名の子供を引き取ることにした。
その中の一人がルフェーヴル=ニコルソンであった。
とある侯爵家と没落した元男爵令嬢の娼婦の間に生まれた男児。
たとえ父方の侯爵家に引き取られたとしても、娼館にいても、ロクな未来はないだろう子供だった。
ただ他の子供と違う点が一つあった。
ルフェーヴルは自ら進んで暗殺者の道を選んだ。
「暗殺者は金が手に入るってほんとう?」
それが、初めて出会った時に訊かれたものだった。
少女のような顔立ちの少年であった。
「他の仕事より危険だが、その分、実入りはいい」
そう言えば満足したように黙ってついて来た。
娼館はルフェーヴルを育てて、館の護衛にしようと当初は考えていたようだが、侯爵家からの密かな圧に苦しんでいたらしい。
ガルムは弟子を得られる。
娼館は厄介なルフェーヴルを手放せる。
ルフェーヴルは望む職を目指せる。
全員の利害が一致した結果だった。
ルフェーヴルを合わせて八人の子供を集めた。
他の子供達は捨てられたり、売られたり、何か理由があって手放された子供である。
大きな馬車に乗せ、外が見えないようにして、眠らせた子供達をこの森の中の家にガルムは連れて来た。
当時、ルフェーヴルは七歳だったはずだ。
子供達は皆、元いた場所から引き離されて泣いていたが、ルフェーヴルだけは全く気にしていなかった。
思えば、その時には既にルフェーヴル=ニコルソンという子供は少々人として問題があったのだろう。
最初の一月で二人の子供が逃走を図った。
一人は野生の獣に襲われて死んだ。
一人は森の中を彷徨い、近くの村に辿り着きそうになったので、ガルムの手で殺した。
もちろん、子供には慈悲として暗殺者になる気はないかと問うたが、子供の答えは否だった。
子供が村に逃げ込んで騒がれては困る。
だからガルムはその子供を殺した。
ガルムはそれについては言及しなかったが、逃げ出した子供二人が死んだことだけは残った子供達に伝えた。
ルフェーヴルを除いた子供達は泣いた。
だが、ルフェーヴルだけは泣いている他の子供達を無視して、つまらなさそうにしていた。
「これから、私がお前達の暗殺の師となる」
子供達はもう、逃げようとはしなかった。
子供達は痩せていたため、ガルムはまず、食事を与えて体づくりをさせることにした。
きちんと食事をさせ、規則正しい生活を行わせ、その中でガルムは自分が師から受けたように訓練をさせた。
身体中の筋肉を動かし、伸ばし、運動させることで必要な筋肉をつけ、余計な脂肪をつけさせない。
けれども、この一年間に一人、子供が死んだ。
ルフェーヴルと遊んでいた子供だった。
正確には、遊ぶというより、絡んでいたらしい。
整った顔立ちのルフェーヴルは子供達の中でも一際目立っており、その可愛らしい顔立ちから、か弱いと思われて絡まれたようだ。
他にも二人、計三人でルフェーヴルに暴力を振るった。
他の子供より背は高いが、細身のルフェーヴルがいつも一人だったのも、絡まれた理由かもしれない。
ルフェーヴルは事故だと言った。
食事の作法を練習中に遊ぼうと言われたので、それに付き合っていたら、ナイフが目に刺さって死んでしまったという話だった。
他の子供二人は震えるばかりで何も言わなかった。
しかし、ヴィエラはガルムに言った。
「あ、あの、ルフェーヴルって子が、ガイウスの目を、さしたんです……っ。事故じゃなくて……」
ナイフを持って遊ぼうと絡んだ子供に、ルフェーヴルは応じたらしい。
子供の方はちょっとルフェーヴルに怪我を負わせてやろうという気持ちだったのかもしれない。
だが、ルフェーヴルは容赦なかった。
子供はナイフでルフェーヴルの頬を少しだけ切った。
ルフェーヴルは第二撃をフォークで受け止めたそうだ。
そして何の躊躇いもなく持っていたナイフを深々と、絡んできた子供の目に突き立てたという。
子供はすぐには死ななかった。
苦しんでゆっくり死んでいく様を、ルフェーヴルはただ、黙って見下ろしていたという。
他の子供達はそれを言えば自分達も殺されると思ったようだ。
ヴィエラはあまりの恐ろしさに耐えきれなかった。
だからガルムへ真実を告げた。
ガルムはそれを事故として終わらせた。
今はまだ子供だが、既に暗殺者としての才能を覗かせていたルフェーヴルが、むしろ興味深かった。
それからルフェーヴルに絡む子供はいなかった。
ルフェーヴルは気分屋なところがあり、たまに思い出したように自分から他の子供に話しかけることもあったみたいだが、子供達はルフェーヴルに怯えていた。
ルフェーヴルはその頃から才覚を現した。
運動神経も、反応速度も、子供達の中では一番で、そうして誰よりもガルムの教育に食いついてきた。
「オレは暗殺者になる」
ルフェーヴルには何か目標があるようだった。
日々の訓練に礼儀作法、各国の文字の読み書きはもちろん、現地の人間のように流暢に話せるようになるまで徹底的に教育した。
他四人の子供も何とかついてきた。
子供達には帰る場所などない。
だから、つらくとも生きていくのはガルムの与える教育を受けて、暗殺者へなるしか道はない。
一年間、五人の子供達に体を鍛えさせた。
ルフェーヴルが恐らく八歳を迎えた頃、ガルムは子供達への教育を変更させた。
予定よりも子供達は優秀だった。
お互いに競わせ、戦わせ、ガルムも直々に手合わせを行い、暗殺の技術を与えていくことにした。
ルフェーヴル以外の四名にはそれぞれ秀でた面があり、それに合わせて訓練を行い、優秀な面を主に育てていった。
同時に毒草などの知識も教え、実際に口にさせて実体験と共に覚えさせた。
それは毒に慣れさせる目的もあったが、毒によって出る症状を覚えさせることの方が重要であった。
毒を使えばどの草を使ったか、どの薬を盛ったか分かるため、手口が同じでは誰が殺したのか分かってしまう。
そうならないためにも多くの毒草を覚えさせ、毒にも薬にもなることを仕込んだ。
けれど、ルフェーヴルだけは特別だった。
大半の暗殺術はまるで息を吸うように覚え、毒の知識もすぐに理解し、そして生き物を躊躇いなく殺せる。
初めてガルムがルフェーヴルに人を殺させた時、ルフェーヴルは十歳であったが、殺人を行なっても特に何も反応しなかった。
兄弟弟子のヴィエラは殺人を犯した後、しばらく食事も出来ずに泣いていたというのに。
人間の本能としてはヴィエラが正解だった。
同族を殺すことに人間は強い拒否反応を示す。
「人を殺して、どう思った?」
ルフェーヴルは一言答えた。
「別に何も」
ルフェーヴルにとっては訓練や教育と同じ、殺人は『作業』のようなものらしい。
教えた通りに人を殺す冷徹な暗殺者。
ガルムが望んだ通りの理想的な暗殺者。
人間としてはあまりにも 歪(いびつ) だった。
更に二年間の訓練の中で、子供は二人死んだ。
一人は訓練のために放り出した沼地で、底なしの沼に足をはまらせて死んだ。
一人は、毒の扱いに失敗して、致死量を摂取してしまって死んだ。
残ったのはルフェーヴルを含めて三名になった。
ルフェーヴルと、ヴィエラと、そしてもう一人。
ルフェーヴルが十二歳になるとガルムは闇ギルドから比較的、簡単な依頼を受けて、子供達に行わせたし、犯罪奴隷を連れてきて殺させた。
一人の子供は毒の扱いが上手く、それによる暗殺に長けていた。毒への耐性も一番強かった。
ヴィエラは泣き虫だが人の感情の機微に敏感で、その大人びた外見もあって、誘惑による閨での暗殺に長けていた。
ルフェーヴルには全ての術を教えたが、一つだけ、どうしても性格に合わない暗殺術はあったものの、他の暗殺術は完璧だった。