作品タイトル不明
子爵夫妻と初ワイン(2)
ワインを飲むために軽めの夕食を済ませた。
それから部屋に戻って、今日の戦利品をテーブルへ置いていく。
ワイン四本に、おつまみのチーズや干し肉、ナッツにドライフルーツと色々ある。
メルティさんがコルク抜きを借りてきてくれる。
「どれからお開けになりますか?」
うーん、と悩んだ。
四本もあると全部は開けられない。
開けたら、いくらコルクで栓が出来ると言っても、時間が経てば味が落ちてしまうだろう。
「今日はこれとこれにしておけばいいんじゃなぁい?」
ルルが二本のワインを選んだ。
「若いのと、成熟したのと、飲み比べられればどっちがリュシーの好みか分かるでしょ〜?」
「そうだね」
そういうことで、その二本を開けることにした。
メルティさんがコルクにコルク抜きをクルクルと回しながら刺して、引っ張る。
ゆっくりとコルクが持ち上がり、ぽん、と可愛らしい音がしてコルクが抜ける。
ふわっと何かの匂いが漂ってくる。
……甘いような、果物の匂い?
不思議な匂いだ。
メルティさんがグラスにワインを注ぐ。
色はブドウジュースに近い、濃い赤紫色だ。
こぽぽ、と注がれたそれは透き通った色である。
「こちらは若いワインの方です」
メルティさんが差し出したグラスをルルが受け取り、匂いを嗅いで、一口含む。
それを飲み込んで、うん、と頷いた。
「リュシー、飲んでみて〜」
差し出されたグラスを受け取る。
まずは鼻を寄せて匂いを確かめる。
……果物の匂い。ブルーベリーとかラズベリーみたいな、ベリー系っぽい匂いかな?
甘さのある、爽やかな匂いがした。
他にも僅かにシナモンみたいな、木みたいな、ちょっと不思議な匂いもした。
ドキドキしながらワインを一口含む。
…………。
………………。
「……甘くない」
ごくりと飲み込んで呟けば、ルルが目を丸くした。
「そ〜ぉ? これは甘い方だと思うけどぉ」
ルルがもう一つのグラスを手に取って、飲み、頷いて「赤ワインの味だねぇ」と言う。
初めて飲んだ赤ワインはよく分からない味だった。
ほんの僅かに渋味があって、酸味もあって、飲み込んで少しすると喉とお腹がほんわか温かくなって、でも、ブドウジュースみたいな甘みはない。
結論を言うと想像と違ってあまり口に合わなかった。
「赤ワインってみんなこうなの?」
わたしの言葉にルルが首を傾げた。
「そうだよぉ。美味しくなかった〜?」
「……うん」
なんというか、甘くないブドウジュースを水で薄めたみたいな味がした。
そう伝えればルルが「あー」と呟く。
「もしかしてぇ、リュシーは赤ワインって甘いと思ってたぁ?」
それに頷き返す。
「うん、だってブドウジュースは甘いでしょ? 同じようにブドウで作ったワインなら、ブドウジュースみたいに甘くて飲みやすいと思ってた。香りもちょっと甘いし……」
「あはは、そっかぁ、確かにどっちもブドウを使ってるから甘いお酒って思っちゃうのも無理ないねぇ」
ちび、とワインを飲む。
……初めて飲むからかな?
ルルは普通に飲んでいるので、多分、ワインが悪いのではなくてわたしの舌がまだワインの美味しさを理解出来ないだけなのだろう。
何度飲んでみても、変な味に感じる。
「リュシー、グラス貸してぇ」
ルルに言われてグラスを差し出した。
すると、ルルはメルティさんに言って先ほど飲んだブドウジュースを持って来させると、開けて、わたしのグラスにジュースを注ぎ入れた。
「これで飲んでみなよぉ」
ワインをブドウジュースで割るって、かなりな暴挙な気がするが、渡されたグラスに口をつけた。
「ど〜ぉ?」
「……美味しい、かも?」
ブドウジュースの味でほぼ塗り潰されている。
逆にワインの感じはあまりない。
「飲めそ〜?」
「うん、これなら飲める」
「じゃあリュシーはそうやって飲みなよぉ」
……いいのかな、これ。
でもそのままのワインだと飲めないので、こちらの飲み方の方が飲みやすい。
甘味がないとちょっと厳しい。
ルルは横で普通にワインを飲んでいる。
ただ、ジュースの時のような飲み方ではない。
少量口に含み、味を楽しんでから飲み込み、残った香りの余韻を確かめている風だった。
……わたしもそのうち美味しさが分かるようになったらいいなあ。
恐らくワインを作った人が想定した飲み方ではないと思うのだが、そのままでは、多分全然飲めない。
ジュースで割られていると美味しく飲める。
「おかわり要る〜?」
中身を飲み干せば、ルルに訊かれる。
頷いてグラスを渡すと、ルルがまたワインとジュースをグラスの半々ぐらいずつに注いでくれる。
「リュシー、気持ち悪くなったりしてなぁい?」
差し出されたグラスを受け取って一口飲んでいれば、ルルに訊かれ、考える。
「特には何もないと思う……?」
少しお腹の辺りがぽかぽかするけれど、それはきっと、お酒を飲んだからだろう。
「それならいいけどねぇ。酒に弱いヤツはちょ〜っと飲んだだけでもひっくり返ることがあるからさぁ」
「そうなの?」
「そうだよぉ。酒の弱いヤツはあんまり飲むと死ぬこともあるからねぇ。無理に飲ませない方がいいよぉ」
……そういえば前世でも飲酒の死亡事故ってたまに聞いた気がする。
大学のサークルの新歓会とか、入社したての歓迎会とか、そういうところで沢山飲んで、寝ていると思ったら気付いたら……なんてことがテレビニュースで流れてきたこともある。
「酒も飲みすぎれば毒ってことだねぇ」
ルルは肩を竦めてグラスの中身を飲む。
わたしもブドウジュース割りのワインを飲んだ。
……でも、ただのブドウジュースみたいだ。
若干感じる渋味のような、えぐみのような、少し不思議な味がするけど、大体はブドウジュースの味である。
「でも、思った味じゃなくて残念……」
お父様がよくワインを飲んで「美味しい」と言っていたので、期待値が高かった分、予想と違う味でちょっとがっかりだ。
「そのうち飲み慣れていけば味が分かるかもねぇ」
「ルルは美味しいって思う?」
訊くと、ルルが首を傾げた。
「赤ワインの味だなぁとは思うけどぉ、オレの好みじゃないかなぁ」
「やっぱり甘い方がいいよね?」
「そうだねぇ、甘い方がいいかもねぇ」
ルルが笑ってグラスを傾ける。
好みじゃないというのは本当らしく、グラスの中身はあまり減っていなかった。
「あ、せっかくだからチーズとかも食べてみようよ」
メルティさんが食べやすいように切ってくれている。
テーブルの上にはいくつかのお皿が用意されて、そこにチーズやナッツ、干し肉、ドライフルーツなどが綺麗に盛られていた。
ルルが手を伸ばしてチーズを取り、食べる。
どうなのかな、と思って見ているとルルがもう一枚取り、わたしの口元に差し出してくる。
ぱく、とかじりついた。
チーズ特有の乳製品のまったりした味わいと、それからカビの匂いが──……
「っ?!」
口の中に広がったえぐみにビックリした。
なんとか飲み込んだけれど、あまりのえぐみに思わず舌を出してしまう。
今まで食べてきたチーズと全然違う。
わたしの反応にルルが笑った。
「コレちょ〜っとクセが強いねぇ」
「強すぎだよ……」
せっかく買ったけれどわたしは食べられそうにない。
……うーん、難しい。
大抵のものは美味しく食べられると思っていたけど、どうやらそうでもないらしい。
ルルがメルティさんにチーズの載ったお皿を渡す。
「コレ下げちゃってぇ」
メルティさんが頷き、お皿を持って部屋を出る。
それを横目にルルがナッツに手を伸ばした。
口に入れて、カリコリと音がする。
「うん、こっちは美味しいよぉ」
差し出されたナッツを食べる。
塩気のあるナッツはカリカリしていて、歯応えも良く、ブドウジュース割りのワインとも相性がいい。
甘いブドウジュースに香ばしく塩気のあるナッツを食べると、食べて飲んでを繰り返したくなる。
「ナッツ美味しいね」
「これは不味い方が珍しいけどねぇ」
ルルがポリポリとナッツを食べる。
それから、次にドライフルーツを食べた。
「これが一番ワインに合うかもなぁ」
差し出されたドライフルーツを食べる。
乾燥させた果物の凝縮された甘さが、噛みしめるほどにじんわりと出てくる。
レーズンを食べながらグラスの中身を飲むと、よりブドウジュースの甘みとベリー系の香りを強く感じる。
わたしもルルも甘いものが好きなので、ドライフルーツはなかなかの当たりだった。
部屋の扉が叩かれて、メルティさんが戻ってくる。
「よろしければ干し肉もどうぞ。赤ワインには肉が合うといいますので」
勧められて、ルルが干し肉をかじる。
それからワインを飲んで、おや、という顔をした。
「なるほどねぇ」
ルルが差し出した干し肉にかじりつく。
硬い干し肉を何度も噛む。
じわ、と肉の味が滲んでくる。
噛めば噛むほど肉の味が出てきて、これはこのまま食べても十分美味しいものだ。
そしてブドウジュースを飲む。
「これも美味しいね」
口の中の肉の脂をブドウジュースが流してくれる。
むしろ、酸味がちょっと強い方が、肉のまったりした味をリセットしてくれて丁度いい。
「確かに肉も合うねぇ」
「干した果物とお肉、どっちがルルの好み?」
「オレは果物かなぁ。甘いから、甘味のないワインに合わせると飲みやすくなる気がするよぉ」
でも、肉も気に入ったのか交互に食べている。
「リュシーも交互に食べてみなよぉ」
今度はドライフルーツを差し出されて食べる。
……うん、甘くて美味しい。
グラスに口をつける。
甘いもの同士もとても合う。
口の中が空になると、また干し肉を差し出された。
……こっちは塩気があって美味しい。
ブドウジュースがさっぱりと脂を洗い流してくれるし、干し肉の野性味のある味が、ジュースの甘さを際立たせてくれる。
「甘いものと塩気のあるもの、交互に食べると飽きなくていいね」
「だよねぇ」
ルルは自分で食べつつ、わたしにも交互に食べさせてくれる。
たまにナッツが混じってきて、それもいい。
赤ワインの味が思っていたのと違ったのは本当に残念だけれど、味が分かって良かった。
ルルとまったり飲んでいたら部屋の扉が叩かれた。
メルティさんが出て、すぐに戻って来る。
「明日の旅程のことでお話があるそうです」
護衛の人が来たらしい。
ルルが立ち上がった。
「ちょ〜っと席外すねぇ」
ルルが置き土産のようにわたしに干し肉を食べさせて、席を立ち、部屋を出て行った。
残されたわたしはグラスの中身を飲み干した。
……ワインの味、どうやったら分かるかなあ。
ふと、前世の父が「ビールは飲み慣れれば美味さが分かる」と言っていたのを思い出す。
もう十何年も前のことで、少しずつ前世の家族や友人などのことも忘れつつあった。
少しの懐かしさと寂しさを感じる。
「リュシエンヌ様? どうかされましたか?」
グラスを見て黙ったわたしにメルティさんが声をかけてくる。
……ううん、いいんだ。
今のわたしの家族はルルだから。
「なんでもない」
グラスを置いて、メルティさんへ手を差し出した。
「ワイン、もらえる?」
メルティさんが不思議そうな顔をする。
「お飲みになられるのでしたら、注ぎますが……」
「いいのいいの、自分で注いで飲んでみたいし、ルルが戻ってきたら注いであげたいから」
「そういうことでしたら……」
メルティさんからワインの瓶を受け取る。
そうしてわたしは自分のグラスにワインを注ぎ入れた。
……ビールと同じく、ワインも飲み慣れたら美味しく感じるのかも。
瓶を置いて、わたしはグラスに口をつける。
やっぱり美味しいとは感じられなかったけれど、大人へ一歩近付いたと思うと悪い気はしなかった。
* * * * *
「そういうことでぇ、明日は町の外に出てしばらく進んだら街道から外れてねぇ」
「かしこまりました」
廊下で、ルフェーヴルはリュシエンヌのいる部屋の扉に背を預け、護衛の騎士と話をしていた。
どちらも囁くような声で話しているので、よほど近付かない限りは話している内容は聞こえないだろう。
「……その、一つご質問してもよろしいでしょうか?」
更に声を抑えて騎士が言う。
「なぁにぃ?」
「ご主人様の師匠という方は、その、大丈夫なのでしょうか? 行かれるのがご主人様と奥様、ヴィエラだけでは警備の面で不安が……」
「あー……」
ルフェーヴルは大丈夫だと手を振った。
「問題ないよぉ。師匠は泣き虫よりもずっと強いしぃ、あそこは色々な魔法で守られてるからぁ、こういう普通の宿よりずーっと安全だよぉ」
師匠の家はいくつもの魔道具が使われている。
幻影、物理防御、魔法防御、遮断結界。
何も知らない人間はきっとそこに家があり、人が住んでいるなどということすら気付けない。
幻影魔法で同じ場所をグルグルと歩き回るようにされて辿り着けないのだ。
遮断結界で魔力を薄め、もし幻影魔法に気付かれて攻撃されたとしても防御される。
うっかり外へ出て戻れなくなったことは一度や二度ではなく、最後まで、師匠はあそこへの入り方を教えてはくれなかった。
……正直、今も入り方は分からないけどぉ。
師匠は魔力探知に長けているので、近くに行けば、自然と向こうが気付くだろう。
「そうですか……」
騎士が微妙な顔をする。
出来ればついて行きたい、という顔だった。
リュシエンヌへの──正確に言えば王家への──忠誠に厚い者達ばかりなので、リュシエンヌの護衛につけないことが気になるのだろう。
「大丈夫だよぉ。オレがついてるんだしぃ」
ぽん、と騎士の肩を叩く。
「とにかく、オレ達が行ったら戻ってきてぇ、ココで待っててよぉ。予定通り、同じ場所の同じ時間に迎えに来てくれればいいからさぁ」
騎士が渋々といった風に頷いた。
部屋の中から話し声がする。
内容までは聞こえないが、侍女とリュシエンヌが話をしているのかもしれない。
「じゃあ、ヨロシク〜」
騎士を追い払って、ルフェーヴルは扉を開けた。
「あ、旦那様……!」
何故か侍女の焦ったような声がした。
部屋の中が随分と酒気臭い。
「ルル〜!」
立ち上がったリュシエンヌが駆け寄ってくる。
その足取りはどこか危なっかしく、手に、ワインの瓶を持っている。
近付いてきたリュシエンヌに抱き着かれた。
「……リュシー、なんか酒臭くない?」
見上げてくるリュシエンヌの顔は赤くなっていた。