軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

子爵夫妻と初ワイン(1)

町へ戻ってきた後。

一旦宿へ帰り、馬車を置いてから、ルルとお土産を買いに町へ出ることにした。

護衛二人と今回はメルティさんがついてくる。

町はのどかな雰囲気が漂っていた。

宿のすぐ近くに観光客向けだろうお店があるのは、ここでワインを購入したいという人が多いからか。

ルルと手を繋いで店に入る。

「いらっしゃい。ゆっくり見ていってください」

のんびりとした男性の声に迎えられる。

お店の中には木製の棚が置かれ、そこにワインの入っているだろう瓶が丁寧に並べられている。

歩き出したルルに引かれて店内へ入った。

……ワインの匂いがする。

ブドウの甘みと酸味の柔らかないい匂いだ。

ルルと並べられた瓶を眺める。

ワインの銘柄が書かれているが、どれも聞き覚えがないのはわたしがお酒に詳しくないからだろう。

「今年のワイン造りはもう終わったぁ?」

ルルが問うと男性が「ええ」と頷く。

「先週で終わりましたよ。あと少し早くいらしていたら、ブドウ摘みやワイン造りを見られたんですがね」

……残念、やっぱり終わっちゃってた。

もうすぐ冬なので、時期的に仕方がない。

こっそりルルに訊く。

「どれが美味しいか分かる?」

ルルが「そうだねぇ」と見回した。

「どれも美味しいと思うけどぉ、リュシーはどういう風にワインを飲んでみたいのぉ?」

「どういう風にって?」

「たとえば上質なワインをゆっくり楽しみたいとかぁ、出来たばかりの若いものを飲んでみたいとかぁ、高いものよりちょ〜っと安いもので気兼ねなく楽しみたいとかぁ」

……なるほど、飲み方かあ。

それは考えていなかった。

ただ美味しいワインを飲んでみたいと思っていたけれど、わたしがどういう風に飲みたいかで、選ぶワインも変わってくるらしい。

「うーん、初めてだから飲みやすいものがいいかも? お父様がワインは渋味もあるって言ってたけど、渋味は控えめだといいなあ」

バウムンド伯爵領で同じく作っているブドウジュースみたいな、甘くて、酸味と渋味がほどよくあって、濃厚な果物の香りがするワイン。

……なんて、欲張りすぎだよね。

「失礼します。ワインは初めてだと聞こえたのですが、もしやまだ口にされたことがないのでしょうか?」

男性に声をかけられて頷いた。

「ええ、お酒自体飲むのが初めてで。でもこちらのバウムンド伯爵領で作られているブドウジュースはよく飲むんです」

「では若いものと熟成したもの、両方を買ってどちらがお好きか確かめられた方がよろしいでしょうなあ」

男性が立ち上がるとゆっくり近付いて来る。

そうして、数ある棚の一角に立った。

「こちらは若いワインを取り揃えております。若いものは少々渋味が強いですが、果物の香りが強く、全体的に華やかでさっぱりとした味わいのものが多くなります」

男性が瓶を二本選び、手に取った。

「この中でも、この二つは渋味が少ない方でしょう」

「なるほどねぇ」

メルティさんが受け取った瓶を見る。

「果物の香りをもっと楽しみたいというようでしたら、こちらがお勧めですね」

男性が更に瓶を取る。

「じゃあその三本を二本ずつ買うよぉ」

ルルが言い、男性が「ありがとうございます」と微笑んだ。

メルティさんが瓶を男性に返す。

「熟成ワインもお選びしてよろしいですかな?」

「はい、お願いします」

こういうのは、やはり取り扱っているお店の人に訊いて選んでもらう方がいい。

下手に選んで自分好みじゃなかったら、せっかく買ったのに飲まなくなってしまう。

それよりかはこうして好みを伝えて、それに近いものを選んでもらう方が、わたし達としても美味しいワインを手に入れられる。

「若いワインに比べて、熟成されたワインは独特な匂いがします。若いものが果物や花の香りだとしたら、熟成したものはキノコや腐葉土、シガーのような香りがします」

「え、そうなんですか?」

と、なると若いワインの方が美味しいのだろうか。

でもお父様は熟成したものの方が好きだと、以前言っていた気がする。

「ふふ、全部の匂いがそうというわけではありませんが、そういった匂いに感じやすいということです。しかし熟成したものは渋味が弱まり、ほどよく酸味が出て、全体的に落ち着いて、その分ワイン本来の繊細な味が分かるようになります」

若いものが好きか、熟成ものが好きかは完全に好みの問題らしいが、どちらもワインの美味しさを味わえるとのことだった。

男性が選んでくれたワインをルルが購入する。

若いワイン三本、熟成したワイン二本。

計五本を二本ずつがわたし達の分だ。

「父と兄の分も買いたいのですが、二人の好みが分からなくて……。父は多分、熟成したものの方が好きだとは思うんですけど」

お兄様がお酒を飲んでいるところを見たことがない。

年齢的には飲めるので、恐らく飲んでいるのだろうが、わたしが降嫁するまでにお兄様がワインを口にする場面は見かけなかった。

いつもわたしと同じくジュースを飲んでいた。

「二人とも熟成ものが好きだよぉ」

ルルの言葉に驚いた。

「そうなの?」

「少なくとも 義父上(ちちうえ) はそうだねぇ。アリスティードは、まあ、アイツは父親の真似が好きだからさぁ」

それに小さく笑ってしまった。

確かにお兄様はお父様の真似をよくしている。

肩に上着を羽織る格好も、長い髪も、話し方も、色々お父様と同じところがある。

昔からお兄様はお父様を尊敬していたから。

「でもずっとジュース飲んでたよね?」

「あれはリュシーに付き合ってたんだよぉ。リュシーだけジュースっていうのも寂しがるだろうからってさぁ」

「そうだったんだ」

別に違う飲み物を飲んでいたからと言って寂しい気持ちにはならないけれど、その気遣いは嬉しい。

ルルが男性に言う。

「じっくり熟成させたものでぇ、ちょ〜っと香辛料が効いたみたいな香りのものってある〜?」

「ええ、ございますよ」

男性が別の棚から瓶を二本持ってくる。

「こちらの二つがそうです。片方はシガーのような香りがあり、もう片方は樽の香りがあり、どちらも香辛料を効かせたような独特の風味があります。少々お値段は高いですが……」

「じゃあそれも二本ずつでぇ。さっき買ったものと一緒に、出て右手にある三階建てで白い壁の宿に持って来てくれる〜?」

メルティさんが男性にヒソヒソと話せば、男性はすぐに頷いた。

「分かりました」

ルルがワイン代を支払う。

そこそこな額になったので、お酒にこんなにお金を使うのはちょっと勿体ない気もした。

だけどルルはそうではなかったようだ。

「お酒ってこんなに高いの?」

お店を出てルルに訊けば、頷かれた。

「いい酒なんてこんなもんだよぉ」

「……そういえば、ルルがお酒飲んでるところって見たことない気がする」

いつもジュースや果実水、紅茶は飲むが、お酒の類を飲んでいるところは見たことがない。

「酔うと判断力も動きも鈍るからねぇ」

だから滅多に飲まないらしい。

ルルらしい理由だった。

「でも今日はせっかくだからリュシーと一緒に飲もうかなぁ」

* * * * *

ワインを購入してから、別のお店にも行った。

そこではわたし達がワインを購入したお店の店主から勧められた場所で、ワインに合うものが売られているとのことだった。

実際、行ってみるとチーズや薫製の干し肉、ドライフルーツ、硬く焼いたクラッカーなど色々な種類のものがあった。

そこでブドウジュースも売っていたので、ルルにお願いして多めに買ってもらった。

もしワインが飲めなくてもブドウジュースがあればいい。

ルルは燻製の干し肉とドライフルーツを買うことにしたらしい。

「リュシーはどれが食べたぁい?」

お店の中を見回した。

「ナッツは食べたい、かな?」

「そうだねぇ、ワインにナッツも合うよぉ」

「あとチーズも。ワインにチーズってありきたりかもしれないけど、外れないかなあって」

結局、ルルが干し肉とドライフルーツを、わたしがナッツとチーズを、それから二人でクラッカーみたいなやつも買って、二人で分けて食べることにした。

それらはメルティさんが受け取った。

その後も近くのお店をぶらぶらして、町を見て回り、そうしてティータイムの頃に宿へと戻った。

お酒を飲むにはまだ日が高く、なんとなく、わたし達は買ったばかりのブドウジュースを飲むことにした。

メルティさんがグラスを持ってきてくれる。

渡されたそれを二人分、受け取った。

横でルルがコルク抜きで瓶のコルクを引っ張った。

軽い動作と共に、キュポン、と音がする。

ふわっとブドウの甘い匂いが部屋の中に広がる。

ルルが瓶の口をこちらへ向けたので、グラスを差し出せば、こぽぽ、と中身が注ぎ込まれる。

濃い赤紫色の液体は透き通っていて、注ぐ段階でより甘く良い匂いが漂ってくる。

グラスの半分ほどまで注ぐと、ルルがグラスを受け取り、一口飲んだ。

「うん、美味しいよぉ」

言って、グラスが返される。

代わりに空のグラスをルルが持っていく。

わたしは手元に残ったグラスに口をつけた。

そっと一口飲む。

「ん、美味しい!」

王女時代に飲んでいたものとは少し味が違うけれど、こちらもなかなかに美味しいと感じた。

口に含んだ瞬間に感じる甘みと少しの酸味。

飲み込むと僅かに舌に感じる渋味。

そして鼻を抜けていくブドウの香り。

果汁たっぷりのブドウを食べた時のように、濃いブドウの甘みと香りが口に広がり、体に染み込むようだった。

横を見ればルルもグラスに口をつけている。

「リュシーが好きなのとは味が違うけどぉ、これはこれで美味しいねぇ」

「うん、こっちの方がちょっと酸味があって、その酸味が後を引くって言うか、もう一口飲みたいってなるよね」

「そうだねぇ、オレはこっちの方が好きだなぁ」

ルルが食べ物や飲み物で、自分の好みについて言及するのは珍しい。

わたしは酸味や渋味はほどほどで甘味の強いものが好きだけれど、ルルは酸味のあるものの方が好みらしい。

気に入ったのか、ルルはすぐにグラスの中身を飲み干して、更にもう一杯注いでいる。

「うん、美味しいねぇ」

ルルは機嫌が良さそうだった。

わたしもまたグラスに口をつける。

やや強い酸味があり、最初はその酸味にちょっと驚くけれど、飲み込んで口の中の味が弱くなると、不思議とまたその酸味が欲しくなる。

そうして一口、また一口と次が飲みたくなる。

「ルル、気に入った?」

「うん」

言いながら、一息でグラスの半分ほどを飲んでいる。

「ルルは酸味が強い方が好き?」

ルルが首を傾げる。

「ん〜、酸味って言うかぁ、香りが強いものは好きだよぉ。本職の仕事がある時はそういうの、食べられないしねぇ」

「なるほど」

これも結構香りが強い。

確かに暗殺者や間諜の仕事の時にこれを飲んだら、香りがついてしまって困るだろう。

そう考えると、普段食べられないものだから好き、というのも分かる。

「まあ、今は本職も休んでるしぃ、食べたいもの好きに食べてるから楽しいよぉ」

ルルが二杯目を飲み干した。

「そうなんだ。でも、三杯目はちょっとやめた方がいいと思う。あとでワインも飲むから、お腹タプタプになるよ」

それにルルが「そうだねぇ」と頷いてグラスを置く。

片足にもう片足を乗せて、そこに頬杖をついたルルが、ちびちびとジュースを飲むわたしを眺める。

ルルに見られるのは慣れているので気にはならないが、わたしだけ飲んでるのはちょっと落ち着かない。

「……もうちょっと飲む?」

グラスを差し出せば、ルルが首を振る。

「お腹タプタプになっちゃうからねぇ」

頬杖をやめたルルが顔を近付けてきた。

唇が重なり、ルルの舌が口内に入ると、わたしの舌に絡まった。

思わず「ん……」と声が漏れてしまう。

ルルの舌がわたしの口内を蹂躙する。

力の抜けかけた手からルルがグラスを取る。

「……うん、美味しい」

は、と離れた唇に息を吸う。

ぺろりと自分の唇を舐めたルルに顔が熱くなる。

……まさか、そう来るとは……。

両手で顔を覆うとルルの笑いを含んだ声が耳元でする。

「リュシー? もう飲まないのぉ?」

指の隙間からルルを見上げれば、ルルは面白そうに少し目を細めてわたしを見る。

……飲みたい。飲みたいけど!

「……ルルが飲んでいいよ……」

今は胸がいっぱいで飲んでいられない。

気恥ずかしいやら、嬉しいやら、ルルが格好良いやらで、色々な感情で胸が苦しい。

ルルは「そっかぁ」と言い、わたしの分のグラスに口をつけた。